episode13 超好熱メタン菌

 


 第一回潜航調査を終え、俺達は最初の寄港地であるボラディア共和国にやってきた。


 ボラディア共和国は複数の島々からなる海洋国家で、俺達の住む国ヘラスロク王国とは交友関係にある。


 海洋国家故に、造船技術はピカイチで、ヘラスロクの造船はここからの技術供与によって大きく飛躍したという歴史があるのだとか。


 確かに島同士を行き来しようと思ったら船は必須だし、より速くより安全にって思うようになったら造船技術も上がるわな。



「ん〜! 三ヶ月も船の上にいたから揺れない地面の方がなんか違和感あるわ」


「ね。私もちょっと頭がフラフラするかも」


「そう? 私全然だよ?」



 いくつかの入国審査をクリアして、街に繰り出すことができるようになった。


 シャーリー、エレナ、カレンの三人は久しぶりの陸でテンションが上がっているようだ。



「では、我々はこの島の領主に挨拶に行ってくる」


「夕刻には帰る予定ですが、変更があればお知らせいたします」


「わかりました」



 殿下とレイさんはもしかすると夕食は別になるかもな。


 挨拶行ってそのまま食事へ……ってありそうだし。



「……」


「な、なんですか?」



 殿下がジィっと俺を見てくる。



「……敬語。容易く呼んでくれと言ったはずだが?」


「いや! だからそれは……」



 あれ本気だったのか!?


 でも王子を呼び捨てやタメ口っていうのはさすがに……


 どうするべきか悩み、助け舟を出してもらえるようレイさんを見た。


 ……首を横に振られた。


 そんな!? 助けてくれないんすか!?



「ッ〜……わかり……わかった。でも時と場所は弁えるよ、エリオット」


「ッ!? ああ! それでいい!! ではまた!!」


「失礼します」



 上機嫌になった殿下……エリオットと共にレイさんがその後に続いた。


 ……よかったのだろうか? 王子殿下を呼び捨てとか。



「殿下って結構かわいいところあるのね」


「そうだね。ちょっとキュンとしちゃった」


「あれ〜? まさか身分違いの恋ですかぁ?」


「ち、ちがうよぉ!?」




 三人娘はさっきのやり取りを見ていたのだろう。


 色々言っているが、少しは俺のことも気にかけてほしい。



「で、お前らはどうすんの?」


「私達は街に行こうかなって。二人ともこんなに遠くに来たのは初めてらしいから」


「うん。ヘラスロクの隣のガルテファとかは行ったことあるけど、海を渡っては初めてだから楽しみ!」


「私も! そもそも海外なんて初めてでさ。さっきの入国審査も悪いこと何もしてないのに緊張したよ」



 シャーリーはルイさんの手伝いで海外には何回も行ったからなのか慣れている感じだな。ボラディアにも来たことがあるのか?


 エレナとカレンは期待半分、不安半分といった感じか。



「それはよかった。楽しんできて」


「えっ?」


「アーサー君、一緒に来ないの?」


「何か用事があるの?」



 なんか驚かれてるけど、用事も何も……



「研究設備はここにしかないし?」



 自分の後ろに停泊しているヴェリタスを親指で指す。



「まさか……研究してくつもりなの? この停泊期間」


「? うん」



 何を当たり前のことを言ってるんだ。



「えぇ!? 少しは遊びましょうよ!!」


「そうだよ! 海外だよ!? ボラディアだよ!?」


「そうホイホイと来れないんだから楽しまないと!」


「そうは言ってもなぁ……」



 俺はこの調査航海は皆にという思いが強い。


 だから寄港地では皆には楽しんでほしくて休息期間を長く取っている。


 ただでさえ一年間の航海だ。


 これくらいの旨みがなければやっていけないだろう。


 しかし俺は別だ。


 この航海で何かを見つけなければ、航海そのものが無意味になってしまう。


 それだけは絶対に避けたい。



「俺はいいよ。楽しんできて」


「で、でも……」


「なんだか悪いよ……」



 エレナとカレンの眉がハの字になる。


 うーん……確かに一人仕事しますなんて言われたら気が引けるか。


 しくったなぁ、どうしよう。



「……私、残る!」


「「「えぇっ!?」」」



 シャーリーの宣言に、俺とエレナとカレンの声が重なる。



「何言ってんだ!? せっかくのボラディアなのに!?」


「それさっき私が言ったよ!?」



 エレナからツッコミがきたが気にせず先に進める。



「ただでさえ長い航海なんだ。息抜きは必要だよ」


「それはあなたも一緒よね?」


「……」



「せやね」という言葉が浮かぶ。


 クルーの中には自身も含まれているんだ。


 シャーリーの言い分は正しい。


 けどなぁ……時間が惜しいってのもあるんだよなぁ……



「私だって別に自己犠牲の精神で言ってるんじゃないわよ? 停泊期間中ずっと研究っていうのはアーサー一人で、での話でしょ? 私が手伝えば作業が進んで遊ぶ時間だってできるでしょ?」


「あぁ、なるほど。じゃあ私も残るよ」


「確かにそれなら私も残ろうかな。レポートも書けそうだし」



 エレナとカレンもシャーリーに乗ってきた。


 うーん……仕方ない。



「じゃあ、手伝ってもらおうかな?」


「「「はーい!」」」



 元気のいい返事を受けて、俺達はヴェリタスへと戻った。



 ――


 ――


 ――



「あっ! 何かコポコポ出てるわよ!!」



 船に戻り、作業開始してから大体三時間。


 シャーリーが一つの瓶を見て、俺にそう言った。


 瓶の中に入っているのは深海調査で採ってきた土とチムニーの一部だ。



「おっ? やっぱり作ってくれてるか」


「これって……なんの泡なの?」



 目をキラキラさせて瓶を見つめるシャーリーと興味深そうに見るカレンを横目に、エレナが質問してきた。



「確認しないとわからないけど、多分メタンだと思う」


「メタン?」



 メタンは前世地球でよく使われていた燃料で、所謂天然ガスのことだ。


 プロパンガスというのも使われていたが、これはLPガスと呼ばれて使用されていた。



「燃える空気だよ。この土やチムニーの中にそれを吐き出す菌がいるってことだな」


「菌って細菌とかのこと? 病気の原因になったりする?」


「そうそう」



 病原菌とかの知識はあるのか。びっくり。



「えっ!?」


「そうなの!?」



 それを聞いてシャーリーとカレンが慌てて瓶から離れる。


 その様子を見て、俺は少し吹き出した。



「はははっ! 大丈夫だ。これは病原菌の類じゃないから」


「そ、そうなの?」


「ああ、菌って言っても色々種類があってな。これは古細菌に分類される」



 安全だと言ったのに未だに不安がるシャーリーの為に説明する。



「これはメタン菌って言って、嫌気性……酸素単体を使用せずにエネルギーを取り出して生命を維持する菌で、副産物としてメタンを放出するんだ」


「へぇ……ところで酸素って?」


「そこからか」



 三人に原子論を説明する。


 大体の説明が終わると、理解したのか目を輝かせていた。



「私達が息をするのって空気中の酸素を取り込んでるからなんだ!」


「すごいね、生命って。メタン菌みたいな酸素を使わない細菌って結構いるの?」


「いるぞ。なんなら最初の生命体は全部、嫌気性生物だぞ」



 興奮するシャーリーとは対照的に、冷静なエレナからまた質問が飛ぶ。


 冥王代……星が誕生してから五億年間の間の大気組成に酸素は殆ど無かった。


 代わりに二酸化炭素は大量にあった為、それを利用して代謝や自己複製を行う物質……生命体が誕生した。


 前世地球の話だから、今世ここでもそうなのかわからんけど。


 だって魔法や魔力があるからなぁ。


 それがどう影響するのかさっぱりわからん。



「最初の生命体……じゃあこのメタン菌のような菌から私達のような人間や動物ができたの?」


「ような……というより、このメタン菌そのものが全生命体の共通祖先だと思ってる。深海は極現環境だから、まだ星が誕生した時とほぼ同じ環境だと言えるからな」


「共通祖先?」


「そう。これをLUCAって言うんだ」



 LUCA……Last Universal Common Ancestorの略で、日本語に訳すと最終普遍共通祖先。


 このメタン菌から始まって、細菌や真核生物へと発展し、お互いに共生していくことで複雑な処理を行うことができる動物へと進化していったとされる。



「もしこの瓶の中のメタン濃度が上がっていたら、これはメタン菌だと言っていいだろう」


「ああ、だからあの魔道具で最初に観測したんだ。メタンを調べる為に」



 カレンが魔道具の方を見てそう言う。


 赤外線吸収分光法を使った観測装置だ。


 ガスに赤外線を当てることでどれくらい光が弱くなったのかを観測して、その強弱でガス濃度を確認する。


 そしてその装置で瓶のメタン濃度を確認する。



「おっ、メタン増えてる」



 微増ってとこだけど、数時間しか経っていないのに増えた。


 ってことはこれはメタン菌がいると考えていいだろう。



「あとはアルトゥムのCTDのデータから水素濃度を調べてみるか」


「水素? さっき言ってた一番軽い元素のこと?」



 シャーリーは先ほど学んだ水素というワードが出て、興味を持ったようだった。



「そう。原始惑星の大気組成は殆どが二酸化炭素。それを酸化剤としてエネルギーを取ろうと思ったら水素しかないんだ」


「そうなんだ。その水素って熱水と一緒に出てくるの?」


「いや、熱水は必要だけど、そこから出てくるわけじゃない」



 そう、水素を発生させる為に必要な物質がある。


 その物質の名はかんらん岩。


 惑星を構成する層、地殻の次の層であるマントルの主成分だ。



「そのかんらん岩があれば水素ができるの?」


「ああ、熱と水があれば発生する」


「へぇ、だから熱水噴出孔の近くだと水素が発生しやすいんだ。じゃあ、次に確認するとしたら――」


「土を持って帰ってくる……ってこと?」


「そう。次の潜水調査では深海から土壌を採取してくる。あと、ちょっとだけエビやら貝もね」


「やったぁ! それならお手伝いできそう!!」



 エレナが土壌採取と聞いてテンションを上げる。


 実家が鉱山ってことで、地質への興味が高いみたいだ。


 しかし、ここまで地球と同じとはな。


 魔力なんてあるからなんか違うと思ってたんだけど違ったらしい。


 まぁ、人の見た目に一切変わりがないことを考えるとこれが自然なのかもな。


 にしても不思議だ。


 星そのものが違うのに、ここまで生物が似通うのか。










 ◆










「おぉっ! あれがマリンスノーというものか!! 確かに雪のようだな!!」


「テンション高いな」



 第二回潜航ではエリオットが乗船し、今は目標深度まで潜航中の状態だ。


 エリオットはそれはそれは楽しそうに船外を見ていた。



「世界で深海に行った四人目となるのだ! 興奮するに決まっているだろう!!」


「まぁ、否定できないな」



 この世界で深海に行ったことがあるのは俺とシャーリー、エレナとエリオットの四人になる。


 確かにそれは興奮するな。



「でも船外を見すぎて、レポートのこと忘れるなよ? エリオットは一応記録係として搭乗してるんだからな」


「おぉ!? そうだな! すまんすまん」



 慌てて記録用の用紙を挟んだバインダーを取り出して記録していくエリオット。


 それを見届けたところで、肩をちょんちょんと指されてその方向を向く。



「あんた普通に話してるわね。相手は王子殿下よ?」


「だって普通に話さないと拗ねるんだもの」


「だからって……」



 副操縦士のシャーリーは俺の殿下に対しての態度に納得がいっていないようだ。


 しかしながら、これはこの仕事上では重要なことでもある。



「じゃあシャーリー。船内では誰がトップだ?」


「えっ? 船長でしょ?」


「じゃあエリオットの船上での役割は?」


「……私と同じ学生搭乗員」


「だよな」



 そう、これこそ重要なのだ。


 船上では船長をトップとして、その指示の元、動くことのなる。


 それはエリオットが王子という政治的に上位の人物であっても、船上では船長の指示に従わなければならない。


 にも関わらず、無意識のうちにエリオットを特別扱いすると船内の秩序が乱れる。



「――それに今回は研究航海だからな。俺はヴェリタス船長と同程度の権限を持っている。そもそもこのアルトゥムの船長は俺だ。船長が搭乗員に謙ってどうする」


「それはそうだけど……」


「シャーリー嬢」



 俺とシャーリーの会話を聞いていたのだろう。


 エリオットが記録を終えたところで話しかけてきた。



「アーサー殿の言う通りだ。私はこの航海中はただの学生搭乗員でそれ以上でもそれ以下でもない。特別扱いは私も望んでいない。難しいとは思うが、慣れてくれ」


「……」



 シャーリーは少し悩む様子を見せ、その後、顔を上げた。



「わかりました。対等に接します。でも敬語は抜きませんよ?」


「ああ、それでいい」



 エリオットが手を差し出し、シャーリーはそれを掴み握手を交わした。


 ……寝転ぶ俺の背中の上で。

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