episode14 魔石と深海
第二回潜航から帰ってきた翌日。
持ち帰った土壌サンプルの解析を始めた。
「こんな30cmくらいの筒を差し込むだけでこんなに綺麗に採れるんだ。普通、口からサラサラ落ちていきそうなのに」
「海底は圧力高いからな」
「あぁ、なるほど。押しつぶされてるから元々硬いんだ」
地質に興味のあるエレナは、海底から採取してきた土壌をまじまじと見つめていた。
俺は採ってきたうちの一つを縦に真っ二つに割り、内部を露出させる。
「うぉ?」
中を見るとキラキラした透明のガラスにような粒があった。
これは――
「あれ? これって……」
「魔石?」
――魔石。
ファンタジー作品には必ずと言っていいほど出てくる石だ。
魔力が凝縮されて固まっているという代物だが、それはこの世界でも例外ではない。
「魔石にしては小さいな」
「そうですね。砂粒大の大きさは初めて見ました」
エリオットとルイさんが魔石を見てた感想を言い合っている。
この世界での魔石は出てくるとしたら小さくても手のひら大の大きさのものが殆どだ。
大きいものは大岩ほどのものもあり、魔道具を動かす動力にもなっていて、それのおかげで機帆船を開発できたという背景もある。
前世でいうところのレアアースに近い存在だ。
「元々大きかったのが水圧でバラバラになったとか?」
「あ〜、それあり得そうだよね」
「でもこんなに粉々になる?」
シャーリー、カレン、エレナも意見を交わしているが、そもそも魔石ってどうやって作られるんだ?
「なぁ、魔石ってどうやってできんの?」
というわけで聞いてみた。
前世の記憶を駆使して今までやってきたが、魔力や魔法に関しては孤児院で学んだくらいで、あまり詳しくない。
ここはこの世界のトップの教育機関である高等魔法学院の学生に聞くのが一番だろう。
「知らない。逆に聞きたいくらいよ」
「うんうん」
「ていうかアーサー君なら知ってると思ってた」
「私もだ。アーサー殿ならば知っているのではと思っていた」
「私もです」
「……」
しかし、学生達全員に足を払われた。
君ら……高等学院生だよね?
「それは……君らが知らないだけ? それともまだ謎のままなの?」
「謎のままよ。世界各国で未だ研究されてるんじゃないかしら」
「鉱石採掘中に出てくることがあるから圧力が関係してるんじゃないか? とか言われてるみたいだけどね」
「そうなんだ。初耳」
「私もその論文は読んだぞ。かなり理に適ったものだと感じた」
「私はカレン殿と同じく初耳でした」
カレンとレイさんは初耳だったようだが、圧力で魔石ができているのでは? とは言われてるみたいだな。
聞いた感じじゃ、まだ仮説の域を出ていないみたいだけど、この状況じゃあり得なくはなさそうだ。
「実際こうして海底の土壌に魔石ができてるんだから、圧力で魔石ができるってのはありそうだな」
「でも意外。アーサーってこういうのは知ってるものだと思ってた」
「えっ?」
シャーリーの言葉に皆うんうんと頷いていた。
いやまぁ……そう思われてもおかしくないことしてるけれども、この世界特有の事象はもちろん知らない。
正直、地球の知識というか、物理が活かせる状況で助かってる感はある。
これがラノベとかでよくあるスキルとかステータスとか出された日にはもうわけわかんなくなって引きこもると思う。
あまりにも前世と違いすぎて。
「俺だって……知らないことぐらい……ある」
「なんで溜めんのよ」
冗談はさておいて。
「でも魔石の生成メカニズムがわかっていないってのはな……てかそもそも魔石を作る魔力はどこからきたんだって話にならないか?」
「確かに。言われてみればそうだな」
エリオットが賛同してくれた。
魔力が何かの元素であったと考えてもだ。
手のひらに集めたら光るってなんだよ。どんな元素だよ。
その光が青白かったらなぁ……チェレンコフ光かもって言えたのに。
仮にそうだったらもう死んでるけど。
「魔力がどこから……かぁ。考えると難しいね」
「……もしかしたらメタン菌が関係してるかもよ?」
「ん?」
カレンの後、シャーリーが何か言い出した。
「なんでそうなった?」
「生き物って大なり小なり魔力って持ってるじゃない? 私達人間以外でも」
「そうだな」
この世界の生物はすべて魔力を帯びている。
それは動物のみならず、植物や虫も同様だ。
……ああ、なるほど。
「つまり、魔力の出どころはメタン菌からじゃないか? と言いたいわけだ」
「そういうこと」
確かにあり得なくはないか。
水素と二酸化炭素を取り込むときに魔力も取り込んで、メタンを吐き出す際に吸い込んで使いきれなかった魔力も吐き出していたとしたら、それが溜まって固まったというシナリオが書けそうだ。
「そうなると魔石は魔力の濃度と圧力が合わさって固まるのかもな」
「例のメタン菌の瓶内の魔力ってどうだったの?」
「……まだ調べてないや」
というわけで皆で駆け足でメタン菌の瓶を取りに行った。
――
――
――
なんやかんやとあって、魔力の濃度を調べた結果、濃度が上がっていたことがわかった。
放置期間が短かったけど、しっかりと増えていたからこのまま継続してどこまで増えるか確かめよう。
「これで魔力の出どころはわかったな」
「まさかメタン菌からなんてねぇ」
「いやいや、シャーリーのおかげですぐに辿り着けたよ。ありがとう」
「そ、そう? えへへ」
礼を言うと照れくさそうに頭を掻くシャーリー。
しかし今回、これのお陰で俺の弱点が露呈してしまった。
弱点……というか、盲点というか、抜けていたところかな?
魔法や魔力というものの存在を忘れていた。
魔道具やらなんやらで使ってはいるものの、調べる方向に行かなかった。
どうも前世の地球と同じかどうかに無意識のうちに重きを置いてしまっているようだ。
反省しよう。
「もしかしたら深海の方が魔力濃度は高いのかもな」
「そういえば載せてなかったもんね。魔力測定器」
どうやら皆も特に魔力とかは気にしていなかったようだ。
……そんなんでいいのか、学生諸君。
なんでも疑問に思わないと。
「魔石生成には高圧環境が必要ってのは大体合ってそうだな」
「そうだよね。鉱山の地下深くで見つかるから間違い無いよ」
エレナが賛同してくれる。
採掘される場所を自身でも見ているからなのか、かなり納得しているようだ。
「これはかなり重大な研究成果なのでは無いか?」
「そうですね。これで魔石の採掘量が増えるやもしれません」
エリオットとレイさんは魔石が大量に取れるかもと期待しているようだ。
だが、本当に圧力だけで魔力は固まるのだろうか?
「まだ圧力が高いところに魔石があるとは言い切れないぞ。もっとサンプルを集めないと」
「となると……次の目的地か?」
「ああ、次はムウオーンだ」
ムウオーン王国。
南半球に位置するこの国は熱帯地方で、特産物といえばその気候を活かした作物が多い。
例えば、バナナやコーヒーとかが有名か。
ラザフォード商会でもよく取引されているものだ。
「へぇ、ムウオーンかぁ。何があるの?」
「ここの海底では海山があるんだ。プレートテクトニクスの影響で隆起したんだろうけど、それはそれで好都合」
カレンの質問に答えていく。
海底が隆起しているのなら、太古に生成された物質が手の届くところまで上がってきている可能性が高い。
それに海山だから、海底から頂部までの間でどのように生物が変化しているのかも見れるだろう。
「なるほどね」
「海嶺もあるからここと同じような光景が広がっているかもしれない。海山に魔石が発見されなかったら、メタン菌が吐き出した魔力が魔石になったという仮説の確度が上がるだろう」
「おぉ〜」
カレンが納得した後、他にも調査するポイントを示すとエレナからは気の抜けた声が発せられた。
うむ、潮時か。
皆、小難しい話で疲れただろうしな。
「今日はここまでにしようか。レポート頼むぞ」
「「「「「はぁ〜い」」」」」
やはり疲れてきてたのか、皆から気のない返事を聞いて、その日は解散となった。
◆
――夕食時。
シャーリー達学生組が一つのテーブルに集まって時だった。
「アーサーって、何者なんだろうね?」
小さくちぎったパンを口に放り込み、モグモグと咀嚼しながらシャーリーがポロリと口にした。
少しキョトンとしながらも、その言葉を受け、周りにいた者も口を開く。
「確かに知識量が半端じゃないよね」
「うんうん。私なんて最初、凄腕の魔道具職人としか思ってなかったしね」
「そうそう。通信機なんか見た時には私夢でも見てるんじゃないかって思ったもん」
エレナとカレンが最初の印象を口にする。
「確かに彼の頭脳は異常だ。聞いたところではアルトゥムの設計も彼が一手に担っていたと聞いたが……どうなのだ? シャーリー嬢」
「そうですよ。ほぼ彼が一人で青写真を書いたってフォスター造船所の所長が言ってました」
エリオットに話を振られたシャーリーがそれに応える。
それを聞き、エリオットは顎に手を添えた。
「ふむ。メタン菌のことや熱水噴出孔のこと……彼は魔法学術院の研究員達の遥か先に行っているやもしれん」
「言い過ぎ……と言えないのが恐ろしいところですね」
レイはスプーンでスープを掬い、口にする。
「……にしてもヴェリタスの料理は美味しいですね。スープは味がしっかりしているのにあっさりしていて、パンもふっくらと柔らかい」
「そうですよね! 私こんなに美味しいスープ初めて食べました! 他の料理も美味しいし……ねぇシャーリー、ヴェリタスの調理師ってどこかの貴族様のとこの料理長だったとかある?」
レイに賛同したカレンはその料理を作った人に興味を持ち、シャーリーに質問した。
するとシャーリーはなんとも言えない表情を浮かべ始めた。
「な、何? 実は言えない出自とか?」
「……のよ」
「えっ?」
シャーリーから発せられた声が小さく、カレンは聞き返した。
「……アーサーなのよ。このヴェリタスの食堂の料理のレシピ考えたの」
「「「「……」」」」
それを聞いた瞬間時が止まり――
「嘘でしょ……」
――エレナの言葉で時は動き出した。
「いやいや! おかしいって! 料理までできんの!? アーサー君って!?」
「なんか海藻乾かして茹でてってしてるからなんかの実験でもしてるのかなって思ってたら、飲むって言うから何考えてるんだって思ってたけど、飲んでみたら美味しかったの! 衝撃的だったわ!!」
「海藻? あの海岸に打ち上げられてる?」
「そうそう」
「あれでこれ出来るの!?」
アーサーが作ったのは昆布出汁。
昆布に含まれるグルタミン酸を出す為に、一度乾燥させた後、再度水につけてその後火にかける。
こうすることで細胞膜内のタンパク質が分解されアミノ酸の一種であるグルタミン酸が水に溶ける。
という説明を受けたことを、シャーリーは皆に話した。
「……グルタミン酸って何?」
「旨味成分だって。ガルムと同じものだとも言ってたわよ」
「なんですって!? これがガルム!?」
レイがスープを覗き込む。
ガルムとは魚醤のことで、この世界で生産されている調味料の一つである。
色合いは醤油に似ているが、レイの見ているスープは黒くはなく、どちらかというとコンソメスープに近いという印象があった。
「まぁ、ガルムと違ってこれは味を整える程度の塩しか入れてないみたいだけど」
「確か……ガルムって魚を塩漬けにして放置してできるんだよね?」
「そうそう」
エレナの説明に頷くシャーリー。
自身の実家の商会で取り扱われている調味料故に、知識があったのだ。
「生活能力は皆無だと思ってたのに……」
「あ〜……工房、すごかったもんね」
アルトゥム建造時のことを思い出し、カレンとエレナは遠い目をした。
足の踏み場もない工房を見て、「男の子だなぁ」と感じていたのだが、まさか料理もできるなぞ想像していなかった。
「……凄まじい才能の持ち主だな。アーサー殿は」
エリオットの一言が、アーサーの総評となった。
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