episode15 メタンハイドレート

 


 ――ムウオーン王国 沖合


 Quest2が開始された。


 今回も前回のQuest1とやることは基本同じだが、海域が変わり、深度も変わることで生態にどのような変化があるのか。


 それを知る為に必要な情報を集めていく。


 今回のメンバーは俺とシャーリーとエレナだ。


 カレンに乗ってみるか? と聞いてみたが、「帰ってきたアルトゥム触る方が好き」ということで搭乗は無しになった。



「水深が浅いからかな? いろんな種類の生き物がいるわね」



 窓の外を見ていたシャーリーがつぶやいた。


 確かに深海には違いないが、今回潜っている場所は前回と比べて浅い。


 だからこそ対照させるにはもってこいなのだ。



「ホントだね。魚もいるし珊瑚なんかもいるし……なんかイソギンチャクなのかなんなのかわかんない生き物もいるし」


「魚も真っ白……色をつけるってホントにエネルギーがいるんだね」


「深海だと食べ物がないから色がつかないって言ってたよね? アーサー君」


「そだよ」



 アルトゥムを慎重に動かしていく。


 今回のこの場所は結構入り組んだ地形をしているから、ぶつからないように注意しないと。



「……あれ?」



 窓を覗きながら操作していたら、横から声が聞こえた。


 エレナからだ。



「なんかあったか?」


「えっ? ううん、なんでもないよ」


「なんか見つけたんだろ? 言ってみ?」


「ホント大したことじゃないよ。があるなって思っただけ」


「……何?」



 海底を生成しているのは主に玄武岩。


 対して花崗岩はどこで生成されているかというと――



「大陸地殻の主成分がここにあるのか?」



 そう、大陸を生成しているのが花崗岩だ。


 船首をエレナの見ていた方向へと向ける。


 確かにそこには花崗岩質の岩場があった。



「……全く違いがわかんない」


「え〜、結構違うよ? ねぇ? アーサー君」


「そうだな」



 まぁ、シャーリーの言いたいことはわからなくもない。


 興味ない人から見たらただの岩だもんな。



「でもなんで花崗岩があるとそんなに驚くの?」


「花崗岩は大陸を生成する岩質だ。それが海底にあるってことは……」


「じゃあ……ここは元々大陸だったってこと!?」


「可能性はある」



 もしこの花崗岩の成分が、陸の成分と一致していたら過去に存在した大陸と見て間違いないだろう。


 加えて、プレートテクトニクスが実際に行われているということの証左にもなりえる。



「どこか手頃に拾えそうな石ないかな?」


「う〜ん……大きい岩が多すぎて拾えそうなのは難しいね」



 エレナと共に拾えそうな石を探す。



「……ねぇ、生物観察は?」


「「……あっ」」



 シャーリーの一言で目が覚めた。


 そうだ、生物見に来たんだった。



「じゃあ、いろんな生物見つつ捕らえつつで、手頃な石採るか」


「そうだね」



 などとエレナと会話し、アルトゥムを進める。


 途中、何匹か深海魚を捕らえたところで、シャーリーが声を上げた。



「あっ、すごい! 氷がある!!」


「氷?」



 何言ってんだ?



「何言ってるの? シャーリー?」


「いや! あれはどう見ても氷だって!!」



 興奮気味にそう語るシャーリーの見たものを確かめる為にアルトゥムを旋回させる。


 そこには透明で内部が白っぽい氷のようなものが確かに存在していた。



「ホントだ。氷だね」


「でしょー!」



 3000m近くの水深。確かに水温は低いが海水が凍りつくほどの温度じゃない。


 海底……氷……ってことは――



「メタンハイドレートか!?」



 メタンハイドレートとはメタン分子が水分子に網状に囲まれた結晶構造を持つ固体だ。


 この水分子の水素結合によって網状に囲まれた結晶のことを包接水和物ハイドレートという。


 中はメタンだから、火をつけると燃えることから「燃える氷」とも言われている。



「へぇ、あるんだメタンハイドレート。まぁ、メタン菌がいるんだからあるか」



 アルトゥムのマニピュレーターを動かしてメタンハイドレートを採取する。



「これってそんなに貴重なの?」


「まぁ、珍しくはある……のかな?」



 特にこれのように目に見えて固まっているものは珍しいだろう。


 殆どのメタンハイドレートは大体泥や砂の中に分子レベルで紛れ込んでいるから、前世日本ではメタンハイドレートを採掘して商業化を目指したものの、コストに見合わないということで商業化を断念したという経緯もあった。


 だからこうして採取できたのは行幸である。



「さて、そろそろ上がるか。シャーリー、ヴェリタスへ通信」


「はーい。ヴェリタス、アルトゥム。これより浮上する」



 ――


 ――


 ――



 アルトゥムが格納され、俺達乗組員が着替えを終えたところで、早速採取した生物や石、メタンハイドレートを確認していく。



「ほぉ! これが海底にあったのか!? 不思議なものだな!! 深海とは!!」


「うるさい!」



 エリオットが興奮している。


 まぁ、不思議だよな。メタンハイドレート。


 見た目氷なのに燃えるんだもの。


 で、実際に燃やしてみたら確かに燃えた。


 間違いなくメタンハイドレートだ。



「おぉ! 燃えてる燃えてる!!」


「すごぉい! ねぇ、これもメタン菌の仕業なの?」



 カレンが燃えるメタンハイドレートを見つめ、エレナもそれに続く。


 メタンと聞いて、エレナはメタン菌が関わっているんじゃないかと考えたようだ。



「メタン菌だけじゃないけど、大半はそうだ。他には海底火山から噴き出す火山ガスにもメタンは含まれているからそれが固まったとも考えられるね」


「へぇ……」



 エレナは俺に向けていた視線をまたメタンハイドレートへと戻す。


 すると何かに気がついた様子で、首を傾げた。



「あれ? なんか中に別の結晶みたいなのがある……」


「ん?」



 エレナの見つめるところを、俺も見る。


 確かにキラキラと輝く別の結晶体があった。


 燃やしていないメタンハイドレートを取り出して、ルーペで確認する。


 これは――



「魔石?」



 かなり小さいがそれは紛れもなく魔石だった。



「なんで包接水和物ハイドレートに魔石が?」


「知らないわよそんなの」



 俺の呟きにシャーリーから元も子もない返答が返ってきた。


 なんだ? 何かが引っ掛かる……


 確か魔石は土壌の中にもあったな。


 それも小さな粒だった……けど……


 ……あっ!?



「エレナ、実家の鉱山で魔石って採れたことあるか?」


「えっ? うん、あるよ」


「どんな形で出てくる?」


「ええっとね、石を割ると出てくるよ。水晶とかみたいな形では出てこなくて、割らないとわかんないの」


「なるほど」



 ジオードみたいな感じか?


 うーん……だとしたら俺の考えてることとは違うんだけど……



「あっ、そうそう。たまに骨みたいな形で出てくることもあるよ。巻貝みたいな形とかも」


「先にえ、それを」



 ――


 ――


 ――



 さて、顕微鏡やらなんやらでメタンハイドレートや土壌の魔石を色々と調べていった結果、魔石の正体がわかった。


 それは――



「「「「「メタン菌の死骸!?」」」」」


「そう、土壌の魔石調べたらメタン菌そのままの形で残ってた」



 それらの形はメタン菌と同じで、メタン菌がそのまま結晶化したような印象だった。


 しかし、生物が結晶化するなんて考えにくい。


 が、あり得そうな事象が一つあった。


 化石化である。


 生物の死後、土砂などに埋もれ、骨に鉱物成分が染み込み石化したもの。


 それがこの世界では魔力が染み込んで固まったのか、あるいは元々内包していた魔力が石化したものなのかまではまだわからない。


 が、生物由来であることは間違いはなさそうだ。



「純度の高い魔石って、骨の形してるものが多いんじゃないか?」


「そ、そう! そうなの!! なんでか骨の形したものの方が魔石としては高品質なんだよ!!」



 よし、エレナの反応を見るに俺の仮説は的を射てそうだ。



「じゃあ、今まで採掘された魔石は元々生物だったってこと?」


「いや、全部が全部じゃないと思う」



 プレートに引き込まれた魔力が結晶化したものも中にはあると思う。


 そして、それが本当なのだとしたら、もう一つの鉱物の生成プロセスも大体予想できる。



「オリハルコンって魔力を帯びてるだろ? もしかしたら魔力がプレートに巻き込まれてその中で鉱物と練り合わされて出来上がった可能性もある」


「なるほど。地殻内に入った魔力は魔石かオリハルコンやアダマンタイトへと変貌を遂げると……そういうことですか?」


「そうだと思います」



 レイさんが要約してくれた通り、魔力は地殻内では様々な形に変貌すると考えるのが妥当だと思う。


 ちなみに聞き馴染みのあるファンタジー金属「オリハルコン」と「アダマンタイト」はこの世界でも希少鉱物だ。


 オリハルコンは魔力を通しやすく、魔力から魔法への変換を高速化させてくれる金属で主に剣や杖に加工される、アダマンタイトは少し重いが魔力を弾く特殊な膜を持ち、魔法を弾くことができる為、盾や鎧に加工される。


 もちろん、両方ともかなり高価で、どちらかの素材を使った武具を持っていたら一目置かれるらしい。


 高級車的立ち位置かな?



「しかし不思議だ。この光がまるで物質と同じような動きをするなんて」



 俺は手のひらの上に魔力を集めて、その光を見つめる。


 光を発するということは光子が出ているということ。


 でもその振る舞いは物質そのもの。


 まるで素粒子のようだ。


 あれは波と粒の両方の特徴を持ってるからな。



「それにそもそも古細菌ですら魔力を持ってることにも驚きだ。まぁ、この世界じゃ全ての生物に魔力が宿っているから普通なんだろうけど」


「この世界って?」


「いやこっちの話」



 カレンに聞かれなかったらそのまま話してた。


 やべぇやべぇ。



「しかし、これは大発見だぞ。化石の魔石はともかく、魔石は火山帯で採掘できる可能性が高いということだろう?」


「多分。オリハルコンやアダマンタイトも同じように採れるかもね」


「早速調べてもらおうではないか。通信機は使えるのか? 父上に話をしたい」


「通信室にあるけど、時間気にしろよ」



 エリオットの思い立ったら吉日な行動力は好ましいが、残念ながら、ここはもうヘラスロクの反対側なのだ。


 時差が生じているから、気をつけないと相手は就寝時間の可能性だってある。



「おぉ、そうだったな。世界の裏側まで来たのは初めて故に気にしていなかった」


「これはレポートが捗りますね」


「そうですよね! これ、学院で表彰されるんじゃない?」


「それどころか魔法学術院から勲章もらえるかも!」


「うわぁ、これは気合い入るね!」



 レイさんの発言にシャーリー、エレナ、カレンの三人のやる気が爆上がりした。











 ◆










 ヘラスロク王国を出発してから約一年。


 俺達は全ての潜航調査を終えて、帰国した。


 採取した試料達はこれからはより高度な観測機器でより詳細に調べていく予定だ。


 事前に連絡していた為か、港にはラザフォード商会の方々のほか、港町で働く方々が出迎えてくれた。



「ん〜! 帰ってきたわぁ!!」


「いやぁ、海外で何回か降りて地上が恋しかったわけじゃないけど、地元って落ち着くね」


「そうだね。見慣れた景色を見るとホッとする」



 ルインザブの港へ着き、地上に降りたシャーリーが伸びをする。


 カレンとエレナは自国へと帰ってこれたことを景色を見て実感しているようだった。


 その二人に続く形でヴェリタスから降りたエリオットとレイさんの二人が地面に足をついたところで、桟橋を埋め尽くしていた人垣が割れた。



「よく帰った。エリオットよ」


「父上!」



 ――国王陛下、登場。


 えっ? 聞いてない。


 来るなら来るよって言ってて欲しい。


 ほら、停泊作業してる船員さん達の目が点になってるではございませんか。



「クレイヴス殿」


「はい!」



 突然話しかけられて、声が上擦る。


 ……ん? 『殿』?


 確か航海前はクレイヴス『君』だった気がする。



「長期の航海、ご苦労であった」


「ありがとうございます」



 少し引っかかったが、気にせず会話を続けた。



「……正直、君を過小評価していた。エリオットから聞かされた数々の調査結果を見て度肝を抜かれたよ。ただ潜っただけではないのだね」


「ご納得頂ける結果が出せてホッとしております」



 いやホントに。



「小さな生命達のその活動と、長年謎とされていた魔石の生成条件とその正体を聞いた時は心躍ったよ。まさしく冒険譚であった」


「はははっ、恐縮です」



 なんて伝えたん?


 そんな小説染みた表現で伝えてたの?



「ここを出発する際に伝えたかと思うが、君には勲章を用意している。当初はメダルを用意していたが、今回の調査航海によってオーダーも用意させてもらった」


「はぁ……ん?」



 勲……章?


 しかもオーダーってことは――



「……爵位を賜るって、ことですか?」


「そうなるね」



 しばし思考が止まる。


 そして、ようやく出てきた言葉が――



「……ほわぁ」



 なんとも気の抜けた言葉だった。

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