episode16 アーサー、家を買うってよ

 


 長期航海「QUELLEクヴェレ」が終了してから二週間が経過した。


 シャーリー達は王立魔法学院へと復学し、今は学院祭の為の露店作りに勤しんでいるらしい。


 さて、俺はと言うとラザフォード商会の本社で与えられた部屋で、机に置かれた二つの小さな箱の中身を見つめていた。


 先日頂いた勲章が入った箱である。


 一つは小綬のメダルでもう一つが大綬のオーダーだ。


 小綬は勲章と聞くとよく思い浮かべる左胸につける帯に金属製の装飾がされたあれで大綬は小綬に施されている装飾を少し大きくして首から下げるような形になっている。


 勲章としては小綬は大体低く、大綬は大体高い位に位置する。



 ……ふむ、俺は一度に低い位のものと高い位のものを授与されたってことだ。


 しかもこれが授与されるってことは騎士団に所属するってことでもあるのだ!


 はははっ!!



「まさかこんなことになろうとは」



 行き過ぎた技術なんかは気味悪がられたりする可能性だってあったが、まさか褒め称えられる程になるとは思ってなかった。


 それに俺が騎士団所属になるとはなぁ。


 騎士団所属とは言っても俺は戦場に駆り出されるような騎士ではなく、名誉騎士扱いだ。


 悪い言い方で言えば、国に囲われたと言っても良いだろうけど。



「さて、これからどうするか」



 そんなことより、今回の深海探検で、この惑星ほしは前世地球とほぼ同じ過程を経ている可能性が高くなった。


 熱水噴出孔付近の物質循環はほぼ地球での生命誕生から進化への過程そのものであることから、この星でもそのようにして生命はより複雑化し、今に至るのだろう。


 けれど、本当にそうなのだろうか?


 魔力というものがあるこの世界で、いくら収斂進化とは言ってもここまで人や動物の姿が似かよるものだろうか?


 いや、その魔力の影響で生まれたのが魔物だと言われたらそれまでだが。


 それこそファンタジー小説や漫画の出てくるような耳の長いエルフなんていてもおかしくないんじゃないか?



「いや、俺が知らないだけなのか?」



 調べてみようかな。



 ――


 ――


 ――



 数日、エルフのことを調べてみたが特に何もなかった。


 言われてみれば、世界を周った時にも耳長の人には出会でくわさなかったな。


 ってことは末裔とかもいないのか……見たかったなぁ。


 ケモミミ種族の人とかもいたらよかったのになぁ、異世界なら。


 そんなことを考えていたら、仕事部屋のドアがノックされた。



「? はい、どうぞ」


「失礼するよ」



 入ってきたのはルイさんだった。



「こんにちは、ルイさん。何かありましたか?」


「問題が発生しているわけではなくてね。今日は君のことで話があるんだよ」


「俺の?」



 なんの話だろう?



「君は今回の功績で勲章を授与されただろう? しかもメダルだけじゃなく、オーダーまで」


「そうですね」



 身の丈に合わないものをもらって今、戦々恐々としているよ。



「オーダーメダルを授与されたということは騎士に任命されたということだ。ということでだな――」



 ルイさんが手に持っていたカバンから一枚の紙を差し出してきた。


 それを受け取り、内容を見ると――



 ――家の間取り図だった。



「君に家を用意することになった」


「なんでぇ!?」



 何が「ということで」ぇ!?



「君は騎士になったんだ。あんなボロ寮に住まわせるわけにはいかないよ」


「あそこに住んでいる人達が怒りますよ、その言い方」



 あんなってなんだ、あんなって。



「? あそこには君しか住んでないが?」


「えっ!?」



 そうなの!?


 全然帰ってないから知らなかった!



「老朽化も進んでいたし、この際だから取り壊して新しい寮を建てようと思ってね」


「……そっすか」



 どのみち追い出されるやないか。


 まぁ、ほとんど帰ってないから良いけど。


 ……なんなら家も無くてもいいんじゃないかな?



「今、家は無くてもいいって考えてないかい?」


「そんなことないですよぉ」



 バレてる……



「とにかく、一代限りとはいえ、貴族の仲間入りを果たしたんだ。家の一つは持ちなさい」


「わ、わかりました……」



 くっそ、貴族って大変だなぁ。


 家買ったってそれをどうやって維持してきゃいいんだよ。











 ◆










 ――王立高等魔法学院。


 それはヘラスロク王国に設立されている王国最高峰の魔法学校。


 入学できる人は一握りで、カリキュラムも厳しく、卒業まで在籍できたものはどんな職にも困らない。


 そんなエリートが集う学び舎で、シャーリー達は――



「ねぇ、なんだかテスト簡単じゃなかった?」


「あぁ、うん。それは思った」


「厳しい人達が不意に見せる優しさに当たったのかなぁ」



 ――テストの歯応えの無さに首を傾げていた。



「まぁ、多分どう考えても……」


「あれだよねぇ……」



 シャーリーとエレナが原因を思い返す――



 ――


 ――


 ――



 一年に及ぶ調査航海中、調査の傍ら、彼ら彼女らは学院の勉強も進めていた。


 学院に戻った時に備えてである。


 勉強会と称し、ヴェリタスの食堂で互いに教え合いながら勉強しないか? とエリオットから提案されたシャーリー達はそれを快諾し、やり始めたことだった。



 ――航海中、何回目かの勉強会の時のこと。


 食堂に飲み物を取りに来たアーサーが机に近寄ってきた。



「おっ、これが噂の勉強会か」


「あっ、アーサー君。お疲れ様」


「お疲れ。皆も大変だな、航海レポートに学院の勉強にと大忙しだ」


「それはアーサー君もでしょ?」


「俺はこれ、趣味みたいなもんだしな」



 エレナから同じだと言われたアーサーは、はははっと笑う。


 趣味で世界初を打ち立てたのか、と皆の心中が重なった。



「で、どんなこと勉強してんの?」


「今は魔法学の勉強。教科書読んでみる?」


「ありがとう」



 シャーリーから教科書を受け取ったアーサーは、ペラペラとページを進める。



「どうだ? かなり高度な内容だからいくらアーサー殿でも難解だろう?」


「うーん……」



 エリオットにそう言われたアーサーは教科書とノートを見比べた。



「ここの魔法式さ、教科書の教え方だったら……こうするべきじゃない?」


「えっ……あっ、ホントだ」



 ノートに書かれた魔法式の間違いを指摘されてカレンが驚く。



「あとは――」



 アーサーはその後も次々と問題を解答していき、それの解説まで行った。



「そっかそっか。高等魔法学校じゃあ、こんな風に教えられてるんだな」



 一通り問題を終えるとアーサーは感心したような声音でそう言った。


 その後、すっかり冷めてしまったお茶の入ったマグカップを持ち上げ、身を翻す。



「邪魔しちゃったな。勉強、頑張って」


「……えっ? あっ、うん」



 かろうじてシャーリーがそう返事をするとそれを受け取ったアーサーは食堂を後にした。


 パタリとドアが閉まったのを確認し、暫し静寂が降りる。



「……ねぇ、どうだった? アーサーの解説」


「めっちゃわかりやすかった」



 シャーリーの質問にカレンが間髪入れずに返答する。


 そこから、次々と声が上がった。



「なんなのだ彼は……まさか教科書を一瞥しただけで理解するとは……」


「まさに天才……ですね……」


「しかもアーサー君、解説の時ずっと「教科書の教え方なら」って言ってたよ。それって自分では別の方法を使ってるってことなんじゃないかな?」


「……あり得そうね、それ」


「ここにある魔道具やアルトゥムとか見てたらねぇ……」



 それ以降、暇があれば勉強を見てほしいとシャーリー達はアーサーに頼み込み、アーサーは最初は渋っていたが、最終的には折れて見てくれるようになった。



 ――


 ――


 ――



 ――というエピソードがあり、シャーリー達はもはや教科書の内容を全て網羅している状態だった。



「最初は帰ってきた時ついていけなかったらどうしようとか考えてたけど、まさかパワーアップして帰って来れるなんてねぇ」



 頬杖をついてカレンがしみじみと言う。


 その時、シャーリー達に近づく二人組がいた。


 エリオットとレイである。



「やぁ、皆。テストはどうだった?」


「なんというか……歯応えがなかったなって今皆で言ってたんです」


「やはりな」



 エリオット達も同じ感想を抱いていたようで、シャーリーの言葉に疑問を抱かず、むしろ同意した。



「ヴェリタスでの勉強会は充実した時間だった。調査航海での研究結果も相まって、我々はまさにフロントランナーとなったことだろう」


「そうですね……でも真のフロントランナーを知っている身としたら……」


「……確かにな」



 学院のフロントランナーになった自信があるが、その更に先を走る者がいることを知っている為、あまり実感が出ない五人であった。










 ◆










 さて、家を買うことになってしまった俺はルイさんと共にルイさんが用意してくれた家を見ることになった。


 最初はルイさんが全額出すと言っていたが、自分の貯金で賄える金額だった為、それは断った。


 出してもらうとか気を使うもの。


 で、ルイさんが見繕ってくれた家に来てみたものの――



「……でっか」



 そこは豪邸……というと大袈裟だが、そこそこ大きな屋敷だった。


 絶対一人で住んでいい家じゃない。


 中に入ると大きな玄関と、そこから足を踏み入れると吹き抜けがありシャンデリアが吊り下げられている。


 リビングがパーティーも開けるくらいに広く、キッチンも広くてアイランドキッチンといえばいいのか、真ん中には大きな作業スペースがある。


 この世界ではガスコンロのようなものがないから、島部分にコンロはなく、壁側に釜戸がある。


 トイレも広く、この世界では贅沢品扱いの風呂まで付いている物件だ。


 ……うむ。



「絶対俺一人で住んでいい家じゃないですよね!?」



 俺は素直な気持ちをルイさんにぶつけた。



「そうはいうがね、騎士資格を持つ人間ならこれが最低限だよ。これだって君のことを考えてこぢんまりとした家を選んだんだから」


「これでこぢんまり!?」



 返してぇ! あの六畳一間の寮に返してぇ!!


 ぼく、そっちがいい!!



「それに、この家には離れがあって、かなり広いから君なら魔道具開発に使えるかなと思ったんだよ」


「事情が変わった」



 ぼく、こっちがいい!!


 というわけで、早速その離れへやってきた。


 離れというだけあって中は殺風景だが、改装すれば立派な実験室にできそうな広さだ。



「最高の物件ですね!!」


「数分前の君はどこへ行ったんだい?」



 ルイさんの声を無視して色々と想像を働かせる。


 ここで何をしようかな?


 調査期間に判明した俺の欠点である魔力や魔法に関する研究の為の部屋にしようか?


 開発は会社で部屋貰ってるしな。



「ところでアーサー君」


「なんでしょう?」



 ホワホワと想像しながら、ルイさんの問いかけに答えた。



「使用人はどうする? 何人雇う?」


「……」



 俺はルイさんの方を見て――



「……?」



 ――首を傾げた。



「いや、この屋敷の管理の為の使用人だよ。まさかこの広さの屋敷を君一人で管理するのかい?」



 確かにルイさんの言う通りだ。


 こんな広い家、掃除するのも一苦労だし、そもそも俺は掃除が苦手だ。


 気がついたらゴミ屋敷……となっていてもおかしくない。



「……どうしましょう?」


「それは……君次第だね」



 ごもっとも。



「なんなら私の屋敷のメイドや執事を紹介しようか?」


「うーん……」



 それはそれで左遷されたって感じないかな? そのメイドさんや執事さんが。


 十六歳のクソガキのところに送り出されるなんて「私何かしましたか!?」ってなるよ。俺ならなるよ。


 でもそれは新しく雇っても同じか。


「こんな主人でも金さえくれればいいや」っていう人しか集まらなさそう。


 でも雇わないってなるとゴミ屋敷になる未来しか見えない……


 さて、困ったものだ。

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