episode17 新計画を始めるその前に

 


 家を買うことになり、物件は見つかったが使用人を雇わなければならなくなった俺は会社の自室で腕を組んで考えていた。


 ……なんで庶民の俺がこんなことを考えなきゃならないんだ。


 いや、騎士の称号を貰ってしまった以上、もう庶民ではないんだけれども。



「どうしようかな……」



 とりあえず、一旦忘れて次のこと考えよ。


 次は海底の何を調べようかな。


 ……現実逃避ではないよ? ホントだよ?



 ――


 ――


 ――



 QUELLEによって採取された海底サンプルを詳細に調べた結果、前世と同じく熱水噴出孔近くで且つマントル地質が露出している場所は水素濃度が高いことがわかった。


 加えて魔力濃度も高く、この世界の超好熱メタン菌は魔力代謝も行っているということも証明された。


 この古細菌が寄り集まって真核生物となり、やがて動物と進化していくのだろう。


 魔力に多く触れた動物は「魔力を使う動物」である魔物へと分岐する。


 この世界では普通の動物が魔物になる……所謂、魔物化という現象はないようだ。


 魔物は魔物、動物は動物と分けられている。


 しかも魔物は魔力濃度が高いところではかなり大型化するらしい。


 現在はドラゴンやワイバーンなどの巨大で凶暴な魔物は大きく成長する前に討伐する間引きが元冒険者や各国軍で行われていて、街や人里に飛来する可能性は極めて少ない。



「結構火山帯に集中してるんだな」



 魔物の分布図を見てみると火山地帯や洞窟にほぼ魔物は集まっているようだ。


 やはり魔力は地中からやってくるのか?


 だったら魔石鉱脈とかあってもいいような気もする。


 縞上鉄鉱床みたいな感じで。


 ……ん?



「……ありか」



 そうだな。あるかもしれない。


 エレナが魔石は地中深くから採れるって言ってたからダイヤモンドみたいなものかもしれない。


 だったら掘ろう。


 掘って確かめればいいじゃない。


 思い立ったら吉日、すぐさま設計に取り掛かった。



 ――


 ――


 ――



 で、草案が出来上がったからルイさんに相談に行ったら――



「掘る!? 海底を!?」


「はい」


「どうやって!? まさかアルトゥムでかい!?」


「はははっ、ご冗談を」



 んなアホな。


 数m掘るのにどんだけ時間かかるだろうか。



「じゃあどうするんだい? 一回一回土を掬うにも何百、何千mも掘るのは難しいと思うよ?」


「あぁ、なるほど」



 ルイさんは掘ると聞いてスコップで土を掘るような想像をしてしまったんだろう。


 俺が考えているのは掘削の方だから、それじゃない。



「そうじゃなくて、俺がやりたいのはボーリングという円筒状に土を掘り出すものです」


「円筒状に?」



 ボーリング掘削。


 前世では温泉や油田を掘り当てる為に使用されることが多いが、建物を建設する際に地質を調べる為に使用することもある。


 それをやろうと思い立ったのだ。



「――という計画です」


「なるほど、確かに海底にも土があるのだから掘ればオリハルコンやアダマンタイト、魔石が掘れる可能性もあるか……いいじゃないか」



 おぉ、思いの外やる気だ。



「それで、一体どうやって海底をそのボーリング掘削するんだい?」


「船を作る形になりますね。とはいっても、本格的な掘削となるとまた別のものを作らないといけませんが」



 俺はそう言ってカバンから設計図を取り出し、ルイさんに手渡した。



「……相変わらず、こんなものを簡単にポンと渡してくるね」


「いけませんでしたか?」



 どこかの部署の仕事取っちゃってるとか?


 それだったらアルトゥムの時から言って欲しかった……


 いや、あれは誰も作れなかったから何も言われなかったのか。



「いやいや、君の才能に驚いているだけだよ。よし、この設計図はフォスター造船所へ持って行こう。彼ならまた協力してくれるだろう」


「ありがとうございます」



 船体の建造はやはりフォスター造船所の人達に任せるのが一番だ。


 前も言ったけど餅は餅屋ってね。



「それで、このボーリング掘削の機器はここの工房で作って船体が出来上がったら積み込むという感じかい?」


「いえ、一度試運転したいと思います」



 この世界ではまだドリルが開発されていない。


 鉱山での採掘作業は全て人の手。


 採取した鉱石などを運ぶトロッコなんかは全て魔動化が進んでいるとはいえ、まだまだ発展途上の状態だ。



「じゃあどこかの鉱山に協力してもらう必要があるね。探しておくよ」


「あっ、それなんですけど、心当たりが一件ありまして」



 エレナの実家が鉱山持ってるって言ってたしな。


 聞いてみるだけタダだろう。










 ◆










 一方その頃、高等魔法学院では――



「そういえばアーサー、家買ったんだって」


「えっ? あぁ、騎士になったんだもんね」


「うん。だからいつまでも小さなアパート暮らしはやめておけってパパに言われたみたい」



 お昼休み、食堂へと向かう道すがらにアーサーが家を買ったという報告をシャーリーから受けたエレナは一度驚きはしたが、受勲して貴族位を貰ったのだからありえる話だと思い、すぐに落ち着いた。



「でも受勲されてもおかしくない功績を挙げてるもんね。私達も学院から表彰されたし」


「ね。確かに手伝ったけど、殆どアーサーがやったことだから実感が全然ないけどね」



 などと話しながら食堂へ到着し、食事を手にして座席を探している時だった。


 見慣れた赤髪が目に入り、相席を頼もうと二人は近づいた。



「カレン、相席しても……」


「……どうしたの?」



 シャーリーが相席を頼もうと声をかけようとしたが、途中で切れた為、後ろからエレナは席を覗き込んだ。


 カレンとその正面に座る亜麻色の長い髪を持つ女の子から放たれる雰囲気がこれ以上ないほどにどんよりとしていた。


 それでシャーリーは声をかけるのを躊躇ったのである。



「……エレナぁ! シャーリーぃ! なんとかしてぇ!!」


「何を!?」



 カレンがエレナに泣きつくがなんのことかさっぱりわからない。


 とりあえず、話を聞く為に二人は断りを入れてから同じ席に座った。



「で? 何があったのよ?」


「とりあえず、先に紹介するね。彼女はシンシア・アンカース。私のルームメイト」


「は、初めまして。シンシア・アンカースです。お二人のご活躍は存じています」


「そう? でも自己紹介はさせて。私はシャーリー・ラザフォード」


「シャーリーのルームメイトでクラスメイトのエレナ・グリントです」



 お互いに自己紹介を終えたところで、シンシアが口を開く。



「その……私的なことなんですけど、私、この学院を退学することになったんです」


「えっ? なんでですか? 確かシンシアさんって……」


「成績悪いわけじゃないわよね? むしろ上位者じゃない?」



 前回の試験結果の順位を見た際に、エレナとシャーリーはその名前を覚えていた。


 順位は一番上からエリオット、シャーリー、ルイ、カレン、エレナと続いていて、シンシアはその名前の近くにあったのだ。


 要するにトップ10グループにいたのである。



「実は……その……」



 シンシアが肩をすくめて縮こまり、言葉を濁す。


 そしてシンシアの代わりに、カレンが理由を語り始めた。



「シンシアの実家はね、エレナと同じで鉱石の採掘と販売を営んでいるの」


「へぇ! そうなんだ!!」



 親近感を抱いたエレナが声を上げる。


 しかし――



「でも、その経営が傾いちゃったらしくて……学費、払えなくなっちゃったんだって」


「えっ……」


「……」



 カレンから放たれた言葉にエレナとシャーリーの顔が曇る。


 高等魔法学院は学力や魔法力の高い者しか入れないが、それ以外にもハードルがあった。


 ――学費である。


 ヘラスロク王国最高峰の学院であるが故にその学費は高額で、一般の人では到底行けない場所である。


 したがって、集うのは貴族や経営者などの子女ばかりなのだ。


 財がある者を優遇するのかと思われがちだが、義務教育は初等部までで、しかも教える内容は基礎知識のみであり、高度な学問を学びたい場合は進学する必要がある。


 しかし、一般家庭ではそのような余裕はなく、殆どが初等部を卒業したら実家の手伝いか奉公に出るのが一般的だ。


 学力がある=進学や教材購入などにお金を出す余裕があるということとなり、自ずと学力が身につくのは貴族や経営者の子女だけになる。


 そんな状況故に、「学力があるのに金の問題で通えない」という者はほぼほぼいない為、不満は上がっていないのである。



「それは……なんというか……」


「その……」



 なんと声をかけていいかわからず、言葉を詰まらせる。



「……私、カレンやシャーリーさん、エレナさん達が海底調査に行って、いろんな発見をしたっていう新聞記事を見て、すごく刺激を貰ったんです」



 そんな中、シンシアの口から、今の思いが語られた。



「同学年の学友が未知に挑んでいる……私も負けられないって思って、せめて学院の勉強だけでも上にって思って頑張ってたんですけど……」



 そう語るシンシアの瞳から、ポロポロと涙が溢れ出す。



「もっと……勉強……したかったなぁ……」



 泣き出したシンシアにハンカチを渡しながら肩にそっと手を添えるエレナ。


 堪え切れなくなったカレンが、隣に座るシャーリーに詰め寄った。



「なんとかできない!? シャーリー!!」


「そんなこと言われても学費の問題でしょ!? 私達じゃどうしようも……」



 正直言うと、こういった話は


 家が没落した、会社が倒産したなどを理由に学院を去る者はそこそこいるのだ。


 勉強についていけずに去る分には、親はどう思うか知らないが、本人からいえば「ついていけなかったのだから、退学して当然」と思う者もいるだろう。


 しかし、自身の問題ではなく経済的問題で去らなければならないというのは……心にくるものがある。



「でも、こんな終わり方なんてあんまりだよ。シンシアさん成績上位十人にいるんだよ?」


「う〜ん……」



 エレナの言葉を聞いて、シャーリーは腕を組んで考え込む。


 何かないか――


 シャーリーは頭をフル回転させる。


 お金の問題であれば、お金を用意する?


 それができれば苦労はしない。


 では、お金のかからない塾……しかも高等魔法学院レベルの学問が学べる場所があれば――



「ここじゃなくて、お金のかからない……且つ高等魔法学院ここと同じくらいのレベルの勉強ができる場所があれば……」


「そんな場所あるわけないじゃん!」


「そうだよ! そんな所あったら私だって行きた……い?」



 シャーリーの呟きにカレンとエレナのツッコミが飛ぶ。


 が、エレナは何か頭の片隅に引っかかった。



 ――この高等魔法学院を去ることは避けられない。


 ――しかし、勉強はしたい。


 ――その為には学費がかからずに高等魔法学院と同レベルの勉強ができるところが必要。



 改めて考えてみてもありえない。


 そんな場所があれば、皆こぞってそこに行くだろう。


 しかし何かが引っかかる。


 何か最近、そんな経験を学院外でしなかったか?



 ――そう考えた時、三人の頭にある光景が浮かんだ。



 ヴェリタスでの勉強会の光景である。



「「「アーサー(君)だっ!!」」」


「アーサー君、家買ったんだよね!?」


「うん! しかも貴族位だからってそこそこ大きい家!! 離れがあるから実験室にするって言ってた!!」


「そうなの!? じゃあ、そこの使用人として働かせてもらえたら!!」


「えっ? 何? 何?」



 三人が何やら盛り上がっている様子を見て、シンシアは一人頭にはてなマークを浮かべる。


 戸惑うシンシアの両手を握り、カレンが話した。



「シンシアあるよ!! ここと同じ……ううん! 高等魔法学院ここ以上に高度な勉強ができる場所が!!」


「えっ!? そ、そんな場所どこに――」



 シンシアが問い返すところで、何やら聞き慣れない音が食堂に響く。


 その音の原因を取り出したのはシャーリーだった。



「それ……確か遠距離通信魔道具じゃ?」


「そうよ」



 戸惑うシンシアの問いに、微笑みながらシャーリーは答えた。


 なぜシャーリーは微笑んでいるのか。


 それは通信魔道具を鳴らせる相手は現状一人しかいないからである。


 シャーリーはすかさず、通信を開始した。



『あぁ、突然ごめん。アーサーだけど今時間いいか?』


「「「タイムリーっ!!」」」


『えぇ!? 何っ!? 何が!?』



 あまりのグッドタイミングに、シャーリー、エレナ、カレンが叫んだ。

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