episode7 150kg
重量計測が行われて結果が出た後すぐ、アーサーは事務所の研究室に篭ってしまった。
「150kgってそんなに大事なの?」
「さぁ? 正直重くなっても問題ないんじゃない? とは思うけどね」
エレナに対し、両手を上げて答えるシャーリー。
さっぱりわからない、お手上げという意味合いだった。
「何かあるのかな、重いと」
カレンの素朴な質問。
その声に応えたのは、造船所の長であるリチャードだった。
「バランスの問題……だと思いますよ」
「バランス?」
シャーリーがリチャードに尋ねる。
しかし質問に答えたリチャードも、頭を掻いた。
「答えていてなんですが、私も詳しくはわからんのです。ただ、彼が二番目に注力していたのが重量バランスでしたのでそう思っただけですよ」
「そのバランスが崩れたらどうなるの?」
「水平に潜航できない……と思います。最悪海中でバランスを崩して浮き上がれなくなるなんてことにもなりかねない。だから重要なんだと以前、彼が語ってくれてました」
シャーリーはそれを聞いてリチャードも同じ疑問を抱いたことがあり、それをアーサーに話したのだなと考えた。
であれば、今アーサーは――
「その重量をどうするか……それを考えているってことね」
「恐らくは」
沈黙が降りる。
その沈黙に耐えかねてか、エレナが声を上げた。
「そ、その……皆さんで話し合ったりしないんですか? 船に関しては一日の長がありますし」
それはもっともなことであった。
想定外なことが起きたのなら、それに対して皆で話し合い、問題解決に向かうべきである。
しかし――
「エレナさんの言いたいことはわかります。ですが、私達もこの潜水艇に関してはさっぱりなんですよ」
「えっ?」
「逆に聞いてしまいますが、わかりますか? 重量と浮力材の配置を工夫して水平に潜航させる方法を。しかもそれを計算で導くんですよ?」
「け、計算……ですか……」
「私達でも船を作る際に計算術は使いますが……彼は別格です。私達では手も足も出ませんよ」
地球の記憶を持つアーサーの計算法は、リチャード達から見れば何世代も先を行っていた。
一応概要を聞いて多少理解はできたが、ではそれを使って設計せよと言われるとまだ難しかった。
リチャード達では手も足も出ない領域。
つまりは――
「この潜水艇は……彼一人で設計したのね。魔道具も何もかも全部」
「……はい。私がお手伝いしたのは素材探しぐらいです」
シャーリー達は驚愕した。
これほどの規模の乗り物を一人で設計するなどありえない。
複数人で取り組むのが普通だ。
魔道具はどこに配置するのか、重量はどれほどか、設置位置はどうするか。
船体に関しても専門知識が必要となってくる。
そんな代物をたった一人で作り上げたという信じられない事態が、目の前で起こっていた。
◆
150kg……150kgかぁ……
総トン数26.7tある潜水艇でこれは誤差みたいなものみたいに思えるが、この数字は大きい。
このままだと沈むことはできるが浮かんでこれなくなる。
なんとか削らないと……
どこを削る?
魔道具? それとも耐圧殻?
最後のは論外だから選択肢から除外して、できるとすれば魔道具か?
交換を想定して取り外ししやすくしている魔道具に手をつけるのが一番だが、軽量化できるところは軽量化したしなぁ……
「いやいや、諦めるな俺!!」
頬を叩いて弱気になっている自分に喝を入れる。
それにこれは俺が招いた事態じゃないか。
組立工程で少しずつネジやら接ぎ手やらを増やしたことが原因だ。
責任は自分で取らなきゃな。
――
――
――
一週間――
考えに考え、魔道具の軽量化に挑んだが芳しくない。
そもそもこれ以上軽量にしようとすると強度に難が出てきてしまう。
軽量且つ強度も高いものを作るには、新素材を開発しなきゃならないレベルだ。
そんなもの、ポンと作れたら苦労なんてしない。
どうしよう……
そうやって悩んでいたら、部屋のドアがノックされた。
「はい」
「私よ。シャーリー」
シャーリー嬢? 一体何の用だろうか?
ドアを開けると、ワゴンを押しているシャーリー嬢が立っていた。
ワゴンの上にあるのは……ティーセットだろうか? それに菓子類もたくさん載っている。
とりあえず部屋へと通し、適当な椅子を用意して座ってもらった。
「……部屋、散らかってるわね」
「……すみません」
メモ書きやら資料や実験データを書き記した紙が机の上にドンと積まれ、所々床にも散らばっている。
人を招く部屋ではないことは確かだ。
「いいのよ。というより、あなたの頑張りの一部を見れて嬉しいわ」
側にあるワゴンの上で、器用に紅茶を入れ始める。
給湯魔道具からお湯をティーポットへ入れ、茶葉が広がるのを待っている間にシャーリー嬢から話しかけられた。
「この給湯魔道具も、あなたが開発したものなのよね」
「えっ? あぁ……作ったような、作ってないような……」
正直わからん。
色々作りすぎてて。
「私はあなたの作った魔道具に感動した。魔法の力を持たない人達にも魔法の恩恵を与えられるこの技術に」
話しながらシャーリー嬢はティーカップに紅茶を注いでいく。
「でもまさか……通信機やら撮影機やらそれを送ることができる魔道具やら……あそこまで技術があるなんて思っていなかったわよ」
二つあるカップのうち一つを、俺に差し出した。
「だから、私はあなたが……アーサーが何に悩んでいるのか理解してあげられないと思う。けど、愚痴ぐらいなら聞いてあげられるわ」
茶菓子も差し出され、俺は一体なぜシャーリー嬢がこんな行動に出たのか戸惑っていたら、それを察したのかシャーリー嬢は恥ずかしそうに理由を話してくれた。
「……私、魔法は全般得意なのよ? でもあんな高度な魔道具をたくさん積んでるなんて知らなかったし、なんなら学院に行ってる間に出来上がっちゃったし……」
「あぁ……」
なるほど。
自身よりレベル高いことやられて戸惑ってるのか。
「だから! こうして愚痴ぐらい聞いてあげられるかなって思ったの!! 私じゃ……アーサーの手伝いすらできないと思うから……」
指を突き合わせてゴニョゴニョと話すシャーリー嬢を見て、頬が緩んだ。
差し出された紅茶に手を伸ばし一口、口に入れる。
美味しい……ホッとする味だ。
「……美味しい」
「ホント?」
「ええ、嘘じゃありません。……さて、何から話せばいいのか――」
俺は今抱えていることを話した。
軽量化させるには魔道具を構成している素材から見直さなきゃいけないこと。だがそれにはかなり時間が掛かること。
既にある素材も探し回ったが、めぼしいものは既に使っていることや色々と細々したことを話していった。
「――と言った具合で、今八方塞がりです」
「なるほどね……」
なんか、話したらスッキリした気がする。
頭ん中で色々考えるより、口に出した方がいい時もあるよな。
「ねぇ、少し思ったんだけど」
「ん?」
茶菓子を口に含んだ時、シャーリー嬢から質問がきた。
「組立工程で少しずつネジや接ぎ手を増やしたことが重量増加の原因なのよね? それを取り除くことはできないの?」
「ん……ん〜」
どう言えばいいのだろう?
少し考えた後、口の中の茶菓子を紅茶で流して口を開いた。
「確かに仰るとおり、追加したものを取り除く……ことは無理ですが、何とかすることはできます」
「例えば?」
「例えば……接ぎ手に穴を開けて軽量化させたり、強度的に問題ないところのネジを一本ずつ抜いたり……ですかね?」
一応、それも考えた。
その方法なら150kgの軽量化に成功させられる。
「じゃあ、それをすればいいんじゃないの?」
「それは……無理です」
「何で?」
それを実施しようとしたら、全分解は必須だ。
既に組み立てたものを崩す……それは職人にとって、どれほど辛いものか。
フォスター造船所の人達にはかなり無理してもらっている。
新しい造船法や既存の組立工程とは違う潜水艇の組立……あげたらキリがない。
そんな状況でさらに完成品を崩してくれとは口が裂けても言えない。
それを全てシャーリー嬢へ話した。
「でもそれは貴方が勝手に思ってるだけよね?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
確かに俺が勝手に思っているだけだが、内容が内容だけに、言いにくいことには変わりない。
俺がそう答えたら、シャーリー嬢はおもむろに立ち上がった。
「行くわよ」
「えっ? どこに?」
「ドックよ」
――
――
――
正直、まだ何も決まっていない状態で行きたくなかったが、シャーリー嬢に無理やりドックへ連れてこられた。
「ん? やあ、アーサー君、シャーリー様もご一緒で」
ドックに入ると、リチャードさんが声をかけてくれた。
しかし、その格好がいつものスーツ姿ではなく、作業着だった。
「リチャードさん? 何で作業着なんか……」
「いや、俺も何かしてあげたくてね。手伝っていたんだよ」
「手伝う? 何を――」
リチャードさんの後ろ……潜水艇の方に目線を動かし、飛び込んできた光景で言葉を失った。
その光景とは、職人さん達が潜水艇をバラしている姿だった。
「軽量化させるっていうなら何をどうしても分解は必須だろうと思ってね。魔道具の取り出しがスムーズにできるようにしているところだよ」
リチャードさんは全ての魔道具の交換を視野に入れて分解を行っていたのだ。
俺が言葉に詰まっていると、ポンと背中を押された。
押したのは、シャーリー嬢だった。
「ね? あなたが勝手に思い込んでただけ。もうあそこまでいったら一緒だと思うんだけど?」
ウィンクしてそう言うシャーリー嬢。
確かに、もう殆どバラしているようなもんだから、悩んでいたことが吹き飛んだな。
苦笑して顔を上げる。
……よし!
「リチャードさん……職人の皆さんを集めてください」
リチャードさんに集めてもらった職人さん達に軽量化計画の一部始終を話した。
どんな言葉が返ってくるか少し気構えたが――
「まぁ、アーサーの言うことだしな」
「これに関してはアーサーの専売特許だ。それにどれだけこれに時間を費やしてきたか皆知ってるしな」
やれやれといった感じだが、口々にそう言って協力の意思を示してくれた。
そして――
「それじゃ大将、どこから手ぇ付けりゃいいんだい?」
職人の一人が声をかけてくれた。
「そうですね、まずは――」
滲み出そうな涙をグッと堪えながらノートを広げ、軽量化の箇所を全て伝えていく。
職人達はそれを理解すると、分担して作業に取り掛かり始めた。
「シャーリー様、ありがとうございます」
「礼ならいいのよ」
皆が作業を開始し始めた直後、シャーリー嬢へ感謝を伝えた。
礼はいい……そう言った後、シャーリー嬢は何か考える素振りを見せた。
な、なんだ?
「そうねぇ……礼をしたいなら私の言うことを聞いてもらおうかしら」
「な、なんでしょう?」
何を要求されるのだろうか?
あまり高い物はやめて欲しいんだけど……
「名前で呼んで」
「……?」
呼んでますが?
と考えていたら、それを読まれたのか、頬を膨らませて俺に抗議してきた。
「あなた、私のこと様付けで呼ぶじゃない? 一応私も共同開発者なんだけど?」
「……えっ?」
共同開発者なの? 出資者じゃなくて?
「あ〜! あなた私のことスポンサーくらいにしか思ってなかったんでしょ!!」
また心を読まれた。
というわけでハッキリと答えた。
「はい」
「ハッキリ言わないで!!」
怒られた。
「と、とにかく! 私達は対等!! 様付けなんて嫌だわ」
「じゃあどう呼べば? シャーリーさん?」
「呼び捨てでいいわよ」
「いやでも……」
年上だし。
「いいの! いいから呼び捨てで呼びなさい!! あと敬語もなし!!」
注文が多い……
興奮してなのか、顔を赤らめてそう言ってきた。
シャーリー嬢……シャーリーがそう言うのなら従おう。
「わかり……わかった。これからもよろしく、シャーリー」
俺がそう言うと、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「ええ! よろしく! アーサー!!」
こうして、俺の中ではスポンサーだった彼女が、共同開発者になった。
そしてこの三日後、分解整備が終わり、再計量が行われ、きっちり150kg、軽量化に成功した。
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