episode8 公式試運転
軽量化が成功し、各部試験が終了。
支援船は既に進水し、艤装類も全て設置が完了していた為、潜水艇はいつでも潜れる状態になった。
そして船名なのだが――
「何がいい? シャーリー」
「アーサーはいいの? 名前付けなくて」
「船名くらいはシャーリーに決めてもらおうかなって思ってさ」
「そうねぇ……それじゃあどうしよっかな」
船名はシャーリーに決めてもらおうと思い、俺が借りている造船所の一室に来てもらった。
夏休み期間中一緒に帰ってきたエレナさんとカレンさんも一緒だ。
「……」
「……」
しかし、先ほどから二人とも声を出していない。
というより、ジト目で俺を……というよりシャーリーを見ている。
「ねぇ、いつからお互い呼び捨てになったの?」
「えっ?」
エレナさんから質問が飛んできたが、今気になるか、それ。
まぁ、気になるか。
「つい先日。潜水艇の軽量化について話してた時にね、私から頼んだの」
「へぇ、シャーリーって船のことわかるんだ」
「えっ!?」
軽量化について話したってところにカレンさんが食いついた。
「その……えぇっと……」
しかし、シャーリーは何か見栄を張ろうとしようとしているのか、しどろもどろになっている。
「……いえ、アーサーの悩み相談的なことをしただけです」
が、正直に話すことにしたらしい。
するとカレンさんは少しガッカリした様子を見せた。
「なぁんだ。で? どうするの? 名前」
「どうせならかっこいい名前がいいよね」
カレンさんが話を元に戻すと、エレナさんから意見が飛んだ。
かっこいい名前かぁ……
「思いつく? シャーリー」
「うーん……支援船の名前もセットでしょ? う〜ん……」
腕を組んで悩んでいるシャーリー。
しばらくしたら、俯かせていた顔をバッと上げた。
「潜水艇はアルトゥム、支援船はヴェリタスってのはどう?」
「深いと真実か……いいんじゃないか?」
「よく知ってるわね」
両方ともラテン語……っていうかこの世界にラテン語がある方が驚きだ。
「ホント、アーサー君ってすごいね。古語もわかるんだ」
「古語?」
エレナさんに褒められたが、古語ってもしかしてラテン語のことか?
確かに地球でも古語だけれども。
「うん。古語ってあんまり魔法に関係ないから勉強している人の方が少ないの。シャーリーは本をよく読んでたから知ってるみたいだけど」
「へぇ」
意外。シャーリーは本の虫……かどうかは知らないが読書家だったのか。
「昔から冒険譚が好きだったのよ。古語で書かれたものもあったから勉強しただけ」
「なるほど」
海外の人が日本のアニメを見たくて勉強したようなもんか。
趣味ってそれだけ力があるんだな。
「とりあえず、アルトゥムとヴェリタスの二つの名前はもらったよ。リチャードさんに話してくる」
「「「お願いしまーす!」」」
――
――
――
数日後。
三人が帰る直前に公式試運転を実施することになった。
最大乗員三名だが、試運転だから今日は二名体制で行う。
パイロットは俺で、副パイロットは――
「いいなぁ、シャーリー。私も乗りたかった」
「ふふん! 操縦試験頑張ったもんね!!」
「私はちょっと怖いから遠慮しようかな」
カレンさんに羨ましがられながらドヤ顔で潜航服を見せびらかすシャーリー。
エレナさんは特に乗りたいと思っていないようだ。
「えぇ、エレナこそ乗るべきだと思うけどなぁ……海底の岩石とか気にならない?」
「うーん……それは気になるけど……持って帰ってこれるんでしょ? 私はそれを見れたらいいかな」
「エレナさんって地質学を専攻しているんですか?」
意外だ。魔法学院に通っているからてっきり魔法学特化なのかと思ってた。
「ううん、地質は完全に趣味だよ。パパが元冒険者で、鉱山を持ってるから」
「あぁ、それでですか」
冒険者は自身で発見した鉱山を売るか、或いは自身で掘って採掘した鉱物を売買するかして成果を活用している。
エレナさんのところは後者ってわけだ。
大体の冒険者は鉱山を売る選択をする方が多いらしい。
理由はその山から鉱物がどれだけ出てくるのか予想できないからだと言われている。
要するにそれだけの学を持っていない冒険者が多いってことだ。
「エレナさんのお父さんは見識があったんですね」
「それがそうでもないよ? パパ、まさかこんなに掘れるなんて思ってなかったって言ってたから」
「……そっすか」
賭けに出たってわけか。
冒険者は学がなくてもなれる職業ってことで昔は一攫千金目指していろんな人が冒険してたらしいからな。
でも、運も実力のうちなんだろう。
さて、そろそろ潜航地点に着く頃かな。
「そろそろ機内に入るか。行こう、シャーリー」
「わかったわ!」
カレンさん、エレナさんに見守られながら、スタッフの補助を借りて入っていく。
搭乗口は直径50cmとかなり小さい。
俺やシャーリーのように細い体型なら、問題ないが、大柄な人だときついだろう。
「わっ、外から見て思ってたけどやっぱり狭いわね」
「最大直径が2mだからな」
人が座るところはそれより小さい。
内部は座席はなく、マットを敷き詰めていて、頭上には計器類、酸素発生器、二酸化炭素除去装置などなどが設置されている。
「操縦するのに寝そべるなんて、不思議な光景ね」
「確かに」
前世でしんかい6500の操縦風景を見たが、覗き窓を覗きながら、手には操縦用のコントローラーが握られていて、あたかもテレビゲームでもしているような光景だった。
副パイロットや同乗している研究者もタブレットや覗き窓を見ていたりしていて、くつろいでいるみたいだったな。
「おっ」
「あっ、動き出した!」
アルトゥムが格納庫から甲板へ引き出され、クレーンに接続され始めた。
『アルトゥム、ヴェリタス。クレーン接続完了。釣り上げる』
「ヴェリタス、アルトゥム。了解しました」
通信機を使ってやり取りをする。
通信を終えると、浮遊感と共に、ゆらゆらと船全体が揺れ始めた。
「うぇ……この揺れで酔いそう」
「この船で一番揺れるところだからこれ抜けたら揺れないよ」
シャーリーが顔を顰めるが、言った通り、ここが一番揺れる。
これさえ切り抜ければあとは穏やかだ。
「あっ、エレナ達だ」
シャーリーが覗き窓一番右の窓を覗き込み、外を見ていた。
俺も真ん中の窓を覗き込むと、エレナさんとカレンさんが手を振ってくれていた。
俺もシャーリーも手を振り、アルトゥムはゆっくりと海面へと近づき、着水した。
その直後、スイマーが近づいてクレーンの縄やワイヤーを外してくれる。
『アルトゥム、ヴェリタス。船から離れた』
「ヴェリタス、アルトゥム。了解。これより潜航する」
そう通信すると、シャーリーに目配せをしてバラスト内に海水を入れていく。
こうして船内の空気と海水を入れ替えることとアルトゥムの底に設置している鉄板バラスト1200kg分の重さで潜航していくのだ。
「片道二時間半、長丁場だぞ」
「一応この船って九時間稼働できるのよね?」
「ああ、でも一応八時間を目安に潜航スケジュールを立ててる」
マージンは取った方がいいしな。
計器類の確認をしているうちに四分半が経過した。
覗き窓の外は、もう既に暗い。
あるのはアルトゥムの投光器からの光のみだ。
現在水深200m、深海の世界に俺達は入った。
「水深200m……ここが深海の世界……」
俺も覗き窓から外を見る。
投光器に照らされた約10mほどの視界。
それが今、俺達に許された視界だ。
海の色……青色とは全く異なる漆黒の世界。
まるで宇宙を彷彿とさせる景色が広がっていた。
「……? ねぇ、アーサー」
「ん? 何?」
「なんか……雪みたいなのが上に流れてない?」
確かにシャーリーの言う通り、白い雪のようなものが上に流れているのを見つけた。
「……ああ、マリンスノーか」
「マリンスノー?」
マリンスノーとは、植物プランクトンなどの死骸やら砂やらの有機物無機物で生成されていて、粒子状の形をしている。
これは非常に脆いから網で掬おうとしてもすぐにバラバラになってしまう。
その為、主な成分なんかは予想はされていても確認が難しく、前世地球でもよくわかっていない。
ちなみにこのマリンスノーの名付け親は日本人である。
「マリンスノーはプランクトンの死骸とかだよ。厳密に言えば色々混ざってるけど」
「プランクトン?」
「浮遊生物。オキアミとかのこと」
「ああ、なるほど。これが上に上がってるってことは私達は順調に潜ってるってことね」
「そういうこと」
音波を使った通信機でこまめに連絡を取り合う。
海中では電波は減衰してしまい、使い物にならないから、通信は音波を使用する。
というのは前世地球の話。
今世では魔力を使って通信を行なっている……わけではなくて今世でも音波だ。
理由は単純に魔力も減衰するようで魔力通信も使えなかったからだ。
不思議だね。魔力も電子の一つなのだろうか?
潜航中も計器の確認を怠らず、異常はないか見ていく。
ここで壊れたりしたら緊急浮上……全てのバラストを投棄して浮かないと命に関わる。
今のところ問題なく動いていて、そろそろ底が見えるはずだが……
「……あっ!」
「どうしたの?」
「見えてきたぞ!!」
「えっ!? どこどこ!?」
計器を見ていたシャーリーも覗き窓を覗く。
投光器に照らされ、淡く見える海底。
それが徐々に近づいてくる。
「ヴェリタス、アルトゥム。着底した。深度は――」
そして、潜水艇アルトゥムは海底に到着した。
その深度は――
「――6527m」
俺達は初めて、この世界の深海を見た人類となった。
「ここが……深海の世界なのね……」
「ああ、そうだよ」
バラストを半分投棄して、アルトゥムの操船を始める。
1200kgのバラストの半分を棄てることで残り半分の600kg……浮力600kg分と吊り合う形を取ることで海底を自由に動けるようになる。
一応公式試運転だから調査に関してあまり気にしてなかったけど、ここまで順調だとなんかやりたくなる。
けど――
「……何もないな」
「そうね……一面真っ白……」
進んでいくも何も見当たらない。
まさかこの世界では深海生物はいないのか?
と思っていた矢先だった。
「……あっ!? なんか見える!!」
「ん?」
シャーリーが見ている窓の先、右斜め前方へ舵を切る。
確かに少し土が盛り上がっているように見える。
近づいていくにつれ、目下にも変化が見え始めた。
甲殻類がその姿を表し始めたのだ。
その姿はよく知る赤い甲殻を持つエビやカニではなく、白い甲殻を持っていた。
深海生物の特徴だった。
そして、なぜここに沢山集まっているのか……その理由もわかった。
「これって……骨?」
「みたいだな」
巨大な骨……形から見て背骨だろうか? それの周りに沢山群がっていた。
これって……
「鯨骨生物群集?」
鯨骨生物群集は、鯨が死亡し海底へと沈んだ後、その死骸を中心にして形成される。
深海はエネルギー源が非常に乏しい世界だ。
生き物も少なく、プランクトンですらも少ない。
あるのは沈殿したマリンスノーくらいだ。
そんな深海での大きなエネルギー源の一つが鯨の死骸で、それも四段階に別れる。
脂肪や筋肉、内臓を食べる為に生物が集まる「腐肉食期」
肉がなくなり骨が露出すると骨に含まれる有機物を食べる為に多毛類などが集まる「骨侵食期」
骨侵食にて有機物が微生物によって分解され硫化水素が発生し始める頃、それを利用して有機物を作る化学合成細菌を体内に持つ貝類が集まる「化学合成期」
そして何もかも吸い付くされ骨という構造物のみになり、使用用途が住処以外になくなる時期が「懸濁物食期」
見た感じエビとかうなぎっぽいのが集まってるから、これは腐肉食期なのかな?
だとしたらかなり最近のものだ。
「へぇ……こうやって生命は循環していくのね……」
目の前に広がる光景を見て目を潤ませているシャーリー。
すごい感性の持ち主だ。
これを見て命の尊さを感じ取るなんて。
「……映像で十分撮影できてる。そろそろ上がろう」
「うん、わかった」
ヴェリタスに連絡を取り、バラストを全投棄する。
またこれから二時間半かけて、海面へと浮上し、俺達の最初の冒険が幕を閉じた。
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