episode9 偉業達成のその後に

 


「おかえり〜! すごかったよ〜!!」


「うわっ!? ちょっとカレンっ!?」



 アルトゥムの機内から出るやいなや、シャーリーに泣きながら抱きつくカレンさん。


 よほど心配していたのだろう。その声音からシャーリーの帰還を心から喜んでいることが伺えた。



「おかえり、アーサー君」


「はい、ただいま帰りました」



 俺はというとエレナさんから帰還を労われていた。


 ただシャーリーがカレンさんに取られているからってだけの話だと思うけど。



「すごいね、映像見たよ。あれも音で伝えてるんだよね?」


「はい。まぁそれしか方法がなかっただけなんですが」



 既に魔道具でカメラを開発していた俺は、それを船外に取り付け、音声と同じく音波で映像を届ける機構をアルトゥムに積んでいた。


 前世では高性能な信号素子を作るのにかなりの技術が必要だったのに、今世では魔法で一発解決だ。


 とはいうが、像を受ける部分に特殊な魔力膜を張らなきゃいけないからそれを作るのに苦労はしたけど。



「送信したものは画質を落としてましたけど、アルトゥムに保存されているのは画質そのままなんでかなり鮮明ですよ」


「そうなんだ。じゃあ、後で見せてもらおうかな」


「ところでお二人さん、どうだった? 深海の世界は」



 エレナさんとの会話が一区切りつくと、カレンさんが感想を求めてきた。



「もうすっごいよ! 水深200mくらいまでは波の影響で揺れがあったけど、そこから先は全くなくなったの!! 周りも真っ暗で水の中にいるのを忘れるくらい!!」


「そうなんだ。底の方は?」


「底は白と黒の世界って印象かな? 砂は白いし、周りは光が届いてないから真っ暗で黒いし……生物も白かったしね」



 シャーリーが興奮気味に語る。


 するとエレナさんから質問がきた。



「なんで深海の生物って白いの?」


「色素が必要ないですからね」



 深海には光が届かない。


 ということは有害な紫外線も届かない。


 色素はその紫外線から肌を守る為に作られるが、深海ではその必要がない為に白い。


 しかも色素を作るのでもエネルギーがいるから、エネルギー源が乏しい深海では省きたい機能でもある。


 深海に適応した進化による結果だ。



「――というわけですね」


「へぇ……ところでアーサー君」


「はい? なんでしょう?」


「なんでそんなことを知ってるの? 深海には誰も行ったことないのに」


「っ!?」



 しまった!? そうだ!? 俺とシャーリーが深海到達初だ!?


 なのに深海生物のことを知ってたらおかしいじゃないか!?


 ん〜……何かいい言い訳はないか!?



「底引網漁で200m以下の水棲生物は獲ってるじゃない。それで知ったんでしょ?」


「えっ? ……そ、そう! そうなんです!!」



 シャーリーから助け舟がきてそれに全力で乗っかった。



「なるほど。すごいね。魔法学だけじゃなくて生物学まで勉強してるんだ」


「は、はは……知りたがりなもので……」



 あっぶねぇ……「前世の記憶のおかげで知ってました」なんて言えなかったからシャーリーが言ってくれなかったらどうなってたことか。


 一先ず、こうして公式試運転は成功を収め、各部チェックを終えて帰路についた。



 ――


 ――


 ――



 公式試運転から数日後、シャーリー達の夏休み終了に伴って学院に帰る日がきた。



「もっといろんな魔道具見たかったのにぃ……」


「もう十分でしょ。あれだけ見たら」


「でもそれでもまだ見れてない魔道具が沢山あったよね」



 大きめの、長距離用の馬車に荷物を積んでいく。


 室内のシートのクッションと板ばねが強化されたタイプだ。


 この一ヵ月、いろいろ手伝ってくれたから荷物積みくらいの手伝いはしておかないとバチが当たる。


 エレナさんとカレンさんは帰省もさせてあげられてないし。


 にしても馬車かぁ……いつかは自動車とか作りたいなぁ。



「……あれ、またなんか考えてるわよ」


「何を思いついたんだろうね」


「大体、アーサー君の考えてることがわかってきたわ」



 なんか三人が言ってるけど、別に何も考えてないっすよ。



 ――


 ――


 ――



 さて、みなさん学院に帰り、俺の潜水艇完成を迎えて仕事も完遂してヒマ……になるわけではない。


 Q:仕事が終わったら何が始まるの?


 A:新しい仕事だよ!


 ってことで新たな仕事……海底調査が始まる。


 潜水艇が完成したのだから、海底を探検しないでどうするんだって話だ。


 というわけでどこを調査するのか選定している時だった。



「アーサー君! 大変だ!!」


「すごいことになったぞ!!」



 ルイさんとリチャードさんが俺の仕事部屋に駆け込んできた。


 この慌てよう……一体何があったんだ?



「潜水艇アルトゥムの完成と6500mの海底に行ったことを魔術省に伝えたら、王族の方の耳に入ったらしくてね! この功績を讃える為にパーティーを開いてくれるそうだ!!」


「へぇ、それはすごいですね!!」


「それに、これまでに君が開発した魔道具のことも高く評価してくれているそうだよ」


「それはよかった!」



 まぁ、俺が作った魔道具は前世じゃ当たり前にあったものだし、それらを模倣しただけだからあまり威張れるものじゃない。


 けど、自作できたことは素直に嬉しいし、潜水艇もしんかい6500を再現できたから大満足だ。


 それを評価してくれるのは嬉しくもある。



「ところで誰なんです? パーティーを開いてくれるのは」


「第五王子、エリオット・ヘラスロク殿下だよ。シャーリーと同い年で今は同じ魔法学院に通っているよ」


「そうなんですね」



 聞いてみたが、俺はそのエリオット王子を知らん。


 第五王子ってことは王位継承は望み薄なんだろうか?


 そのあたりは全く興味がないな。


 関係ないだろうし。



「パーティーは一週間後に行われるそうだ。君のタキシードも用意しなきゃいけないね」


「? 何故ですか?」



 ルイさんの言ったことに疑問を抱いた。


 何故俺のタキシードが必要なんだ?



「なんでって……君も行くからだよ」


「どこにです?」


「パーティーにさ」


「……何故?」


「何故って……開発者が行かない方がおかしいと思わないかい?」


「……」



 そっすね。










 ◆










 ヘラスロク高等魔法学院の新学期が始まった。


 いつもの風景、いつもの日常がまた始まると思っていたシャーリー達三人だったが、その予想は大きく外れることになる。



「ねぇねぇシャーリー! 深海に行ったんだって!?」


「どんなとこだった!?」


「深海に文明はあったか!?」



 クラスに入ると同時にシャーリーとエレナ、カレンの周りに人集りができる。


 なんでそうなったのかわからず、シャーリーが慌てながらも皆に聞いた。



「ちょ、ちょっと待って!! なんで皆知ってるの!?」



 すると皆はキョトンとしながらも互いに顔を合わせ、その後、クラスメイトの女の子が理由を話し始めた。



「だってもう新聞に出てるよ? エレナとカレンも行ったんでしょ?」


「新聞?」


「うん。えぇっと……ほら」



 女の子が自身のカバンから取り出した新聞をシャーリーに差し出した。


 シャーリーはそれを受け取り、潜水艇の記事を探し始める。


 が、即その記事は見つかった。


 一面に取り上げられていたからだ。


 しかし、そこには文字だけでなく――



「写真が載ってる……」



 そう、写真が載っていたのだ。


 そこに載っていた写真は大きく取り上げられていたのはアルトゥムの前で撮った集合写真。


 それ以外では海底の生物の写真とコックピット内の写真が載っていた。


 しかも――



「すごい……色が付いてる……」


「これ……どうやってるんだろ?」



 写真はモノクロではなくカラーで載っていた。


 そのことに驚くエレナとカレンだが、カレンはその色をどうやって載せているのか気になっているようだった。


 シャーリーも気になったところだったが、それは新聞を発行している会社を見て納得した。


 自身の実家……ラザフォード商会が出資している会社だったからだ。


 となると、この新聞を発行できるシステムを作った人間は一人しか思い浮かばなかった。



「……アーサーだわ」



 きっと彼がカラー印刷機を作ったのだろう。


 そう結論付けたシャーリーは、一先ず、皆の質問に答えていくことにした。



 ――


 ――


 ――



「……疲れた」


「お疲れ様、シャーリー」



 質問攻めにあい、それがひと段落して机に突っ伏して休むシャーリーにエレナは労いの言葉をかける。


 ちなみに今、カレンはアルトゥムに搭載されている魔道具のことを熱く語っている。



「ありがと……でも言っててくれてもいいと思わない? 深海に行ったことを記事にしたよって。写真付きで」


「それは……そうだね」



 シャーリーにエレナは同意したが、ふと思い浮かぶことがあった。



「でも、アーサー君通信機を作ってもしれっとしてたから、写真付きの新聞を作ることなんて簡単でなんとも思ってなかったのかも」


「あぁ……あり得そう……」



 通信機の時も「必要だったから作った」って言っていたことをシャーリーは思い出した。


 新聞のことも何か必要だったから作ったのだろうとシャーリーは考えた。



「アーサーって基本「欲しいから作る」って感じだから、この新聞も何か必要があって出したのかも」


「必要って?」



 少し考える素振りを見せた後、シャーリーは口を開いた。



「深海を探検するにもアルトゥムじゃ海底をせいぜい三時間しか動けない。となると、潜水ポイントはなるべく調べたいところにする必要があるでしょ?」


「そうだね」


「いろんな潜水ポイントを調べたいけど、商会だけじゃ調べ尽くせない……だから新聞で呼びかける為にカラー写真付きの新聞を出したんじゃないかな?」


「そっか、測定器はもうあるんだしね」



 マルチビーム音響測定器はラザフォード商会で販売されている。


 研究所などで購入されたそれらを使って、人海戦術で潜水ポイントを調べようとしているのだとシャーリーとエレナは結論付けた。


 そんな時だった。


 何やら教室に外の空気がざわつき始めたことにシャーリーとエレナは気がついた。



「なんか騒がしいね」


「どうしたんだろ?」



 突っ伏していた身体を起こし、教室の外を見やる。


 するとその時、教室の入り口に思いもよらぬ人が現れた。



 金髪に薄いグレーの瞳。


 整った顔は誰をも魅了するであろう。


 その人物とは――



「エ、エリオット殿下!?」



 エリオット第五王子……シャーリーやエレナ、カレンの隣のクラスに所属しているその人が、このクラスに来る理由がわからなかった。


 なるほど、それでざわついたのかと思っていたシャーリーとエリオットの視線が重なった。



「君がシャーリー・ラザフォード君だね?」


「えっ!? はい! そうです!!」



 まさか呼びかけられるとは思わず、シャーリーは立ち上がってエリオットを出迎えた。



「新聞を拝見したよ。深海6527mへの潜航……偉業を成し遂げたね」


「あ、ありがとうございます……しかし、私は潜水艇に同乗していただけで、この偉業の立役者は別の者になります」


「ああ、伺っている。アーサー・グレイヴスだったね、この潜水艇を開発したのは」



 そう言って従者が広げたのは例に新聞だった。



「彼の偉業を讃える為のパーティーを開く予定でね。君達も招待しようと思い、足を運んだんだ」


「……君?」



 シャーリーの隣にいたエレナが言葉を漏らす。



「君とカレン・セイヤーズも現場にいたのだろう? 写真に載っているではないか」


「そ、そうですが、私とカレンは見学者の立場でして……」


「だが、先んじて彼にパーティーの参加を聞いた時に言っていたよ? 二人にも手伝ってもらって助かったと」


「……彼?」


「アーサー・グレイヴスからさ」



 エレナはこの夏休み期間中にやったことを反芻した。


 お茶汲み、書類の片付けや整理などなど……雑用しかしていない。



「手伝いって言われるほどのことはしていません!」


「そうです! 雑用くらいしかしていないですよ!?」



 話を聞いていたのか、カレンも会話に参加してきた。



「そうなのか? 彼からもぜひ君達三人を参加させてほしいと言っていたのだが……参加してはもらえないだろうか?」


「「……喜んで、参加いたします」」



 苦虫を噛み潰したような表情でエレナとカレンは答える。


 するとエリオットは花が咲いたような笑顔を三人に向けた。



「そうか! では当日を楽しみにしていてくれ!」



 エリオットが教室を去る。


 その瞬間、エレナとカレンが項垂れた。



「どうしよう!? 私王族主催のパーティーなんて行ったことないよ!?」


「私だってそうだよ!! そもそも貴族様のパーティーですら未経験だよ!!」



 慌てふためく二人を見てシャーリーは励ます為に口を開いた。



「だ、大丈夫だよ。ただの貴族のパーティーだって思えば――」


「「大商会のお嬢様は黙ってて!!」」


「はい!!」



 などと言うが、エレナとカレンはその後、シャーリーに必要な物を聞き、作法なども聞いてパーティーに備えていくが、二人の心中はただ一つの感情で満たされていた。



「「アーサー君めぇ!!」」



 ――恨み節である。

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