episode6 潜水艇完……成……?

 


 リチャードさんに海洋魔物対策について聞かれて何も考えてなかった俺はかなり焦ったが、魚群探知機を使っていたら魔物が寄ってこないとの情報を受け、胸を撫で下ろしたが、なんでだろう?


 魔物はかなり臆病なのか?


 いや、知能が高い故に警戒心が高いのかもしれない。


 自然界に存在しない周波数の音が響くんだから怖いわな。


 そりゃ逃げるよ。うん。


 まぁ、とにかく魔物対策はなんとかなりそうだということがわかり、今日は何をするかというと、耐圧殻の性能テストだ。


 実は三分の一サイズのオリハルコン製の球体の耐圧テストは実施したが実物は今日が初めてのテストだ。


 理由は単純。そのテストができる設備がなかったからだ。



「頼む……上手くいってくれ……」



 現在、耐圧殻は200気圧……即ち海底2000mに相当する場所の水圧に晒されている。


 一先ず、前世で使われていた潜水艇の前代の性能は突破した。


 徐々に上がっていく圧力。



 300……400……



 数時間の時をかけて、かけられた圧力は遂に650気圧……目標を超えた。



「よし!」


「これで耐圧殻は完成だな!!」



 一緒に作業をしてくれたフォスター造船所の船大工さん達が声を上げる。


 でも、俺はまだモニターを見つめていた。



「どうしたんだ? アーサー? もう目標に到達したぞ?」


「いえ、まだです」



 6500m相当の気圧じゃ不十分だ。


 あと少し、せめて7150m相当の気圧には耐えてほしい。


 そしてその715気圧まで到達した。


 その気圧を維持したまま、時間を測る。


 もし7150mまで潜ったら、調査活動できるのは大体三時間程度。


 その間、何もなければ耐圧殻は完成したと言っていい。



 一分一分が長い……



 お腹を下してる時と同じくらいの時間経過の遅さに感じ、ホントにお腹が痛くなりそうだ。


 しかしそんな永遠とも思える時間も、終焉の時が来た。



 ――715気圧。その圧力に、耐圧殻は三時間耐え切った。



「っしゃぁぁぁぁぁ!!」



 それを認めた瞬間、俺は叫んだ。


 その叫びと同時に、制御室に拍手が鳴り響く。



「これでいよいよ船体組み立てだな!」


「あともう少しだぜ!」



 船大工の皆さんから声をかけられる。


 確かに皆さんの言う通りだ。


 開発を始めたのが春。


 そして今、夏が目の前に迫っていた。










 ◆










 ――夏。


 学生にとって一番長い休みを頂ける季節がやってきた。


 期末テストを終え、皆が帰省や研究室の夏合宿の計画、皆で旅行に行く計画を立てている。


 中には赤点をとって補習を受けるものもいて、その者達は楽しげなクラスメイトを見ては血涙を流していた。


 そんな中、危なげなしにテストをクリアしたシャーリーとエレナはテスト休み中に帰省の準備に取り掛かっていた。


 が、今回は少し事情が違った。



「ねぇ、ホントにいいの? 私がシャーリーの実家に伺って」


「いいよ。それに見たいでしょ? 潜水艇」


「それはそうだけど……」



 そう、エレナもシャーリーの実家のあるルインザブへ赴くことになったのだ。


 理由は単純。潜水艇見たさである。


 そしてその帰省には――



「ねぇ! 持っていく菓子折りはこれでいいかな!?」



 カレンも同行することになっていた。



「そんなに気を使わなくてもいいのに」


「気を使うよ! 休み期間中、泊めてくれるんだもん!」


「私も持っていくよ? 菓子折り」



 カレンに便乗してエレナも菓子折りを持参する旨をシャーリーへと伝える。


 本気で気を使わなくていいと思っているシャーリーだが、逆の立場だと同じことをするだろうと自身を納得させた。



「ま、二人がそれでいいなら」


「うん、そうする。それでさ! いつ進水式するの? 潜水艇!!」



 興奮気味にシャーリーへと詰め寄るカレンに若干引きながら、シャーリーは質問に答える。



「い、今組立工程に入ってるみたいで、上手くいけば来月中旬には進水するらしいわよ?」


「じゃあ進水式に立ち会えるのね! やったぁ!!」



 両手を上げて飛び跳ねるカレンを見て、エレナが疑問をシャーリーに投げかける。



「ねぇ、カレンって船に興味あったっけ?」


「ううん。船というより、搭載されてる魔道具に興味があるみたい。カレンってば、あの通信機でアーサー君と結構話をしてたから」



 シャーリーはことあるごとにカレンに魔道具を貸していて、魔道具談義をアーサーとしていることを話した。



「それでああなる?」


「結構感銘を受けててね。ここを卒業したらウチに入るって息巻いてた」


「えっ? この前は学院を辞めた方がいいんじゃないかって話してたのに?」


「アーサー君が止めたみたい。学院は卒業しといた方がいいよって」


「お父さんみたいだね。アーサー君」



 一つ下の男の子に諭されて言うことを聞いているカレンを見て、二人はそのうち男に騙されるんじゃないかという余計な心配をカレンに向けていた。



 ――


 ――


 ――



 夏休暇がやってきた。


 三日かけてルインザブへやってきたシャーリー、エレナ、カレンの三人は、早速荷物を下ろすとフォスター造船所へと足を運んだ。


 事前に訪問する旨を伝えていたおかげで、スムーズに潜水艇部門へと案内された。



「あっ、あれがそうじゃない?」



 シャーリーが指差す先に、先頭に球体がはめ込まれた骨組みがあり、周りでそのフレームのボルト締め作業が行われていた。


 そしてその中にアーサーの姿もあった。



「アーサー君!」



 シャーリーに呼ばれて、作業の手を止めて振り返るアーサー。


 エレナとカレンはその姿を以前、回路図記号一覧とともに送られてきた写真で知っていたが、色は付いていなかった為、今初めてその人の色を知った。


 黒だが、光が当たると茶色にも見える頭髪と金色の瞳。


 その目付きはおっとりとしていて、優しげな印象があり、それは写真で見たとおりであった。


 印象としては二人とも「どこにでもいる普通の男の子」である。



「お帰りなさいませ、シャーリー様。お二方もようこそいらっしゃいました」


「こんにちは、初めまして。私はエレナ・グリント。シャーリーとは寮のルームメイトなんです」


「そうなんですか。いつもシャーリー様がお世話になっております」



 挨拶の返しを聞いて、エレナは父親みたいだなと改めて思った。



「で、こっちが――」


「初めまして! カレン・セイヤーズです!!」



 シャーリーからの紹介を押しのける形でカレンはアーサーへ詰め寄った。



「初めまして……って感じがしませんね。かなり通信で話しましたから」


「あはは……そうですね」



 少し照れくさそうにするカレン。


 しかし、すぐに切り替えて、早速潜水艇について話を振った。



「今は組立作業中ですか?」


「はい。耐圧殻のテストも済んでそのほか搭載予定だった魔道具のテストも良好だったので最終組立作業に入っています。明日には魔道具の搭載作業には入れますよ」


「へぇ! どんな魔道具を積むんですか?」


「こちらへ」



 アーサーは作業中の船大工に作業を抜けることを伝えた後、とある部屋へと案内してくれた。


 その部屋に並んでいたのは数々の魔道具。


 それらは全て潜水艇へ積まれるものであることは三人ともすぐにわかった。



「まずは投光器ですね。これがないと話になりません」


「深海ってそんなに暗いの?」


「大体海底200mくらいから光はほとんど通っていないんです。だからそれ以下の海底を深海と呼んでいるんですが、この投光器でも10mくらいしか照らせません」



 エレナの質問に澱みなく答えるアーサー。


 それに対し、シャーリーも質問する。



「その投光器ってどれくらい明るいの?」


「見てみますか?」



 アーサーは投光器から伸びるケーブルを別の魔道具に繋げて、魔道具のスイッチを入れた。


 すると投光器から眩い光が放たれ、部屋をより一層明るくする。



「うわっ!?」


「ま、眩しいっ!?」



 シャーリーとエレナがその明るさに狼狽える。


 数秒だけだが、明かりを点けた後、アーサーはすぐにスイッチを切った。



「……えっ? これで10mくらいしか照らせないんですか?」


「はい。まぁ、実際潜ってみないとわからないこともあると思いますが、おそらくそうなるかと」



 カレンはアーサーからの回答を聞いて驚愕した。


 それはシャーリーとエレナも同じで、部屋を明るく照らした……下手をすれば目がやられてしまうほどのライトですら10mとは、深海とは恐ろしい場所だと身を震わせる。



「他に船外で設置するものはマニピュレータとカメラ類ですね。静画と動画、両方ともいけます」


「……動画ですか?」


「はい、海底の様子を記録するんだったら必要かなって思いまして」



 静止画だけでも大発明であるのに、動画まで撮れる魔道具を開発するとは……とカレンは開いた口が塞がらなかった。



「……それってもしかしてウチで売るの?」


「ルイさんはそのように考えてるみたいですよ? テレビモニターも一緒に売るようです」


「そうなんだ」



 アーサーがラザフォード商会に来て四ヶ月ほどにも関わらず、アーサーの開発した魔道具達は次々と売れていった。


 そのことはシャーリーにも伝わっていて、これもまた売れるんだろうなぁと遠い目をしていた。



「中には何も積まないの?」


「もちろん詰みますよ」



 エレナの質問に答える為、今度は小ぶりな魔道具達が並ぶ机に案内された。



「一つ一つは小さいんだね」


「ハッチが直径50cmしかありませんから、小さくして中で組み立てられるような構造にしています」


「へぇ……これは?」


「それは二酸化炭素除去装置……空気清浄機ですね。他にも色々ありますが、開発に時間がかかったのがこの蓄魔源池で――」



 その後、数々の魔道具の紹介がされ、カレンはそれらに目を輝かせ、シャーリーとエレナは目を回していた。











 ◆










 シャーリー嬢とそのお友達に搭載魔道具の説明とかをし終えて、三人は帰っていった。


 カレン嬢は楽しげだったが、シャーリー嬢とエレナ嬢は疲れた様子だったな。


 移動初日にそのまま造船所に来たからだろうか?


 学院からルインザブまで馬車で三日だもんな。そりゃ疲れるよ。


 逆によく今日来ようと思ったなって思うけど、若さかな?


 何はともあれ、潜水艇の完成が見えてきて俺もテンションが上がっている。


 フレーム組立は今日で終わったから、ここからは魔道具の設置、接続とその後は浮力材の設置。


 最後に外装を取り付けて完成だ。


 開発からここまで約半年。


 とてつもなく早かった。



 ――


 ――


 ――



 シャーリー嬢達が見学に来た日から二週間後。


 ついに最後の外装が取り付けられ、潜水艇は完成した。



「わぁ……」


「すっごぉい……」


「綺麗……」



 シャーリー嬢、エレナ嬢、カレン嬢は今日も見学に来ていて、完成した船体をまじまじと見つめている。



 楕円形をした船体断面、全面の二本のマニピュレータ、採取した試料を置くサンプルバスケット。


 マニピュレータの奥には三つの覗き窓がある。


 俺が目指した潜水艇……しんかい6500。


 日本が1989年に完成させた高水準の潜水艇だ。


 全長9.7m 幅2.7m 高さ3.2m


 厚さ73.5mmの耐圧殻に円錐状の形に成形した無色スライム製の13.8mmの厚さの窓。


 推進器は主推進器が二基とサイドスラスターが垂直方向に二基と水平方向に二基の計四基。


 2012年に改修された姿を目指して開発した。


 船底には潜航する為に必要な鉄板……バラストを設置でき、浮上時はそれを切り離す。


 鉄板には刻印を付けて、いつ潜航した際のものかわかるようにするつもりだ。



「すごいわね……これをたった半年で……」


「俺からすれば半年も経たずに船を完成させるのも大概ですけどね」



 驚愕するシャーリー嬢だが、母船の方が先に完成するなんて思ってなかったからな。


 やはり本職の船大工は素材が変われど肌感覚で作れてしまうんだろうな。


 職人ってすごい。



「あとはこれを実際に水に浸けて試すの?」


「いえ、その前にまず重量を計ります」



 ここで重量がミスってたら沈んだまま帰ってこないとかありえるしな。


 というわけで、今は潜水艇にチェーンを付けて、重量を測るための準備中。


 しかし、船大工さん達がテキパキ動いてくれたお陰ですぐに計量に移れた。


 ゆっくりと釣り上げられていく潜水艇。


 ここで船体が歪んだりすることはないかじっと見ていたが杞憂だったようで、しっかりと水平を保ったまま、潜水艇は釣り上げられた。



「おぉ……軋んだりしてない」


「軋んだらアウトだけどね」


「いやぁ……完成に立ち会えるなんて感動だよぉ……」



 シャーリー嬢にツッコミを入れるエレナ嬢の横で感涙しているカレン嬢。


 それを横目に俺は重量を見ていく。


 さてさて――



「……は?」



 俺はその数字を見て声を漏らした。


 それにいち早く反応したのはシャーリー嬢だった。



「どうしたの? ……これが潜水艇の重量? さすが重いわね」


「でもこれでも浮くようになってるんだよね?」


「すごいよね! 浮力材の力って!」



 シャーリー嬢、エレナ嬢、カレン嬢が口々に重量計の数字を見て会話を交わす。


 しかし、俺はその数字を見て愕然としていた。



「150kg……重い」



 ここまできて、トラブルに見舞われた。

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