episode5 何事もなんとかなる

 


 さてさて、電子ビーム溶接機の開発に難航しているからといって通信機だとかスライム使って耐圧ガラスとか作ったわけだけれども、そろそろ先に進まないと。


 とはいうものの、溶接機ができなきゃ耐圧殻が完成しないし、それを中心に組んでいく船体も作れない。


 耐圧殻下半分の半球には窓用の穴を開けるくらいはしたが、どうしたものか。


 ……やっぱり直接ビームを収束させるような形にしたのがまずかったのかな?


 前世の電子ビーム溶接機はフィラメントを加熱して熱電子を放出し、カソードとアノード……マイナスとプラスの電極に高電圧を流して熱電子を加速させ、フォーカスコイルというもので収束し溶接したい母体に当てるという代物だった。


 で、この世界には魔法があるから熱電子発生も加速と収束もワンパーツでできるんじゃね? って思ってやってみたらできてしまった。


 その結果があれだよ。


 う〜ん……



「……よし、原点に帰ろう」



 ちゃんと別々で作ろう。


 そっちの方が上手くいきそうだ。


 素人が下手に手を加えるとよくないね。



 ――


 ――


 ――



 電子ビーム溶接機は原点回帰することにして、潜水艇に必要な要素であるマニピュレータの開発にも着手した。


 マニピュレータは船外に設置されたアームとそれを操作するコントローラーを含めたシステムのことで、これがないと海底の土や生物を採取できない。


 自由自在に操れなければいけないが、これがまた難しい。


 油圧で動き、七軸を持つマニピュレータ。


 そしてそれを操作する為のコントローラー。


 ロボット工学の世界に手を入れなければいけなくなった。


 全く、前世の深海調査潜水艇は化け物だぜ!



「……ん?」



 作業机に置いていた携帯からコール音が鳴り響く。


 シャーリー嬢か。なんだこんな朝早く。


 っていうか授業中なんじゃないのか? 今の時間は。


 いや、この世界の授業時間はよくわかっていないけれども。


 特に高等学院のは。



「はい、アーサーです」



 とりあえず出てみる。



『おぉ!?』


『ホントに声が聞こえる!!』


『すげぇ!!』



 なんだなんだ? シャーリー嬢じゃない声が聞こえるぞ?


 っていうか男女入り乱れているんっすけど?


 まさかシャーリー嬢、見せびらかしたのか?


 そうか、シャーリー嬢はス●夫タイプだったのか。



「……シャーリー様? まさか授業中に通話を?」


『いや違……わないけど! 授業の一環で今通信してるのよ!』


「へぇ……」



 授業ねぇ……



「これの何が授業になるんですか?」


『貴方ね……遠距離通信なんて夢物語だったものを作ったんだから当たり前じゃない!』


「そんなものですか」



 前世の通信技術と比べれば簡単にできたこの通信機を自慢する気にはなれない。


 潜水艇だったら自慢するかもだけど。


 ……いや嘘。かもとかじゃない。すげぇ自慢する。



『で、この通信機はどんな原理で声を届けているのよ?』


「声を魔力波に変換しているのはお話ししたとおりですが――」



 声……即ち音は空気を振るわせることで発生する。


 前世の通信機……電話は音をマイクで拾い、電気信号に変えた後、微弱すぎるその電気信号を真空管やらトランジスタやらで増幅、整流させて電線に流したり、アンテナから電波にして飛ばしたりして受け手の電話機で電気的に弱くなった電気信号や電波をまた増幅して声を聞いていたわけだけれども、この世界で作ったものはそれらを魔力で行っている。


 付与魔法文字で声を魔力に変換し増幅させ、魔力波にして送信。


 そして受け手の場合は逆手順で受け取った魔力波を声に変換する。


 これを基盤用の魔法盤一枚にに書き込んだ。


 そしたらびっくりすることにこれで出来ちゃったんだ。通信。


 トランジスタも何も要らん。


 こんなに簡単でいいのかとも思ったが、まぁいっかの精神で進むことにした。



「――まぁ、この通信方式が海中で使えるか? と言われるとわからないので他の方式も試す予定です」



 魔力が使えなければ、海中は電波は通らないから音波通信になるだろう。


 波であればなんでも出来るってすごいよね。人類の知恵って。



『そ、そう……なるほどね』


『……わかった?』


『さっぱり。音は空気の震えっていうのはわかったけれど、その先は全くわかんない』



 シャーリー嬢は納得したようだ。


 しかし、他の人達はよくわかっていないっぽい。


 やっぱシャーリー嬢って頭いいんだな。



『ちょ、ちょっと待って! なんでそんな複雑なことをあんな幾何学模様で出来るの!?』



 女の子の声がスピーカーから聞こえた。


 携帯の付与を見たのか?


 あれってものすっごい小さな魔力を流さないと見れないのに……さすが高等魔法学院。


 いや、もしかしたらそんなことは朝飯前なのかもしれないな。彼らにとっては。



「それは回路図っていう……いわばオリジナル言語です」


『お、オリジナル?』



 そう、電気回路図の記号で魔道具を作ったら動いたのだ。


 記号ではあるがあれを文字と認識したらしい。


 確かに見る人が見たら何がしたいのかわかるもんな。回路図って。


 文字自体が情報のやり取りを行う記号なのだから、電気回路図の記号も立派な文字だ。


 そうなると、音符でも魔法付与が出来るかもしれないが、俺には音楽の知識がないから検証できないや。



「これをもっと細い線で書けたらもっといろんなことができると思うんですが、私の技術じゃあこれが精一杯ですね」


『そ、そうなんだ……』



 何やら向こうでブツブツと何か言っている。


 この質問を投げかけてくるってことはこの子は付与魔法が得意なのだろう。


 しかもそれを極めようとしている。


 だったら――



「良ければ回路記号の一覧をお送りしましょうか?」


『えっ!? ホント!? それは助かる!!』



 女の子の声が跳ね上がる。


 ホントに付与魔法が好きなことが声音から伝わってくる。



『確かルインザブにいるんだよね? だったら届くのは三日くらいかな?』


「いえ、今すぐにでも大丈夫ですよ」


『……へ?』


「シャーリー様の元に先日、もう一つ魔道具をお届けしましたから」



 それ使えば一発だからな。










 ◆










「――で、その届いた魔道具がこれなんだけど」


「……何これ」



 四角い箱が教室の教壇に置かれ、クラス皆の注目を集める。


 昼頃に回路記号一覧を届けると言われ、どんな魔法が使われるか見たい! というクラスメイト達の想いに応える為、シャーリーはエレナの手を借りて慌てて教室まで持ってきたのだった。


 が、カレンはその箱を見ても何が何だかさっぱりわからない。



「これ、どうやって使うの?」


「なんでも、受け取り手は下のトレイに紙を入れて、付属の線を使って通信機と繋げたらいいだけみたいよ? もう通信機は繋げてるけど……」



 これからどうなるのか……いや、ある程度は想像できている。


 箱の上部に隙間が見えるからだ。


 恐らくこの隙間からその回路記号一覧が書かれた紙が出てくるのだろう。



「あとはこの紙をセットすればいいだけね。一応、何枚かセットしておきましょ」



 シャーリーは一枚だけだと不十分な可能性を鑑み、数枚入れて時を待った。


 そして、時計が12時を示したその時だった。


 通信機のガラス面……ディスプレイが光り、画面が表示された。


 コール音が数回鳴った後、鳴り止んだと思ったら今度はその箱が動き出す。


 そして、予想通り上部の隙間から紙が数枚出てきて、魔道具の動作が止まった。



「「「「「……」」」」」



 シャーリー、エレナ、カレンも含めたクラスメイト皆が互いに顔を見合わせる。


 代表して、持ち主であるシャーリーが排出された紙の一枚を取り上げ、裏面を確認した。



「……書かれてる」



 シャーリーは紙を両手で持って印刷面をクラスメイトへ見せると、響めきが起こった。


 もう一枚にも手を伸ばし、その紙にも手にしている紙に記載されている記号とは別の記号がいくつも並んでいた。


 一先ず、全ての印刷物をシャーリーはカレンに渡した。



「はい、カレン」


「ありがと……何これどういう原理?」


「……わかんない」


「えぇ……」



 印刷物をまじまじと見つめるカレン。


 そこに書かれていた記号に対する説明は短くもわかりやすい文章でまとめられていた。



「……私、ここ辞めてこの人のとこに行った方がいいんじゃないかなって思い始めてる」


「……ここ、国内最高峰の教育機関だよ?」



 カレンの言い分に反論するシャーリーではあるが、自身もそう思い始めていて、言葉に覇気がない。



「……ん?」



 カレンがペラペラと紙をめくっていると、最後の一枚のところで止まった。



「どうしたの? あっ、もしかしてこの人がアーサー君?」


「えっ?」



 カレンの手元を覗き込んだエレナが、その一枚を見てそう言った。


 なぜここでアーサーの名が? と疑問に思ったシャーリーもカレンの手元を覗き込む。


 そこにはアーサーと造船所所長であるリチャード他、船大工達が球体の前で集まっている様子が描かれていた。


 そしてその紙の余白には、「溶接機と耐圧殻! 完成!!」の文字が印字されていた。



「すごい! 肖像画とは比べ物にならないくらい詳細に描かれてるよ!! ……シャーリー?」


「……ふふ」



 興奮するエレナとは裏腹に、シャーリーは一人俯いて口から笑う声が漏れた。



「あはは! スゥ……アーサー君って何者なのよ!!」


「シャーリー! しっかりして!?」



 もはや破天荒すぎて自分はなんて人を雇ってしまったのだろうと、シャーリーは笑うしかできなかった。











 ◆










 なんとか耐圧殻を完成させることができて、現在はそれに窓と搭乗口用の穴を開ける作業に入っていた。


 潜水艇に装備予定のカメラの性能確認で耐圧殻完成の静止画をシャーリー嬢に送ったが見て喜んでくれているだろうか?


 さて、一番の難関をクリアしてホッと一息ついたところで、俺は潜水艇支援船の進捗具合を見に、第二ドックへ足を運んだ。



「……すごい」


「ははは! 船造りなら任せてくれ。鉄製の船とはいえど、そっちならお手のものだ」



 ドックにあったのは、もう既に船体が出来上がっている状態で、あとは艤装……装備類を取り付けるだけの状態の船だった。


 リチャードさんは笑っているが、ブロック工法を伝えてはいたものの初めて作る鉄製の船をこの短期間で作り上げていることにびっくりだ。


 やはり年季が違うからなのか?



「こっちに関しては俺はなんの心配もしていないが……アーサー君はどう思う?」


「いえ、仰るとおりだと思います。逆に僕の方が足を引っ張ってしまってすみません」


「はははっ! 何を言ってるんだい? それが簡単に出来たら海底なんてもう既に誰かが行ってるよ」



 正直、あなた方の技術力凄くない?


 工法が思いつかなかっただけで、それだけの技術はあったってことでしょ?


 勉強出来るけど東大受けてないって感じかい?



「船体は出来たけれど、どんな艤装にするんだい?」


「内部は研究室を設置しようと思っています」



 深海から引き上げた岩石や生物をその場で観察、解析ができる場所があると捗るだろうし。


 居住スペースも快適なものにしたらストレスも溜まりにくいだろうから力を入れたいな。


 まぁ、機帆船から現代の船舶に乗ったらなんでも快適に見えるだろうけど。



「いや、そっちじゃなくて。武装だよ」


「武装?」



 なんでそんな物騒なものを積むんだ?


 海賊でも出るのか?



「いや、海洋に出れば地上よりも巨大な魔物は多いぞ? それの対処は?」


「……あっ」



 しまった!!


 海にも魔物はいるんだった!!


 しかもリチャードさんの言う通り、海の魔物は地上に出現する魔物より大型のものが多い。


 地上で大型というとドラゴンとかがあるが、大型のものは既に討伐され、今は大きくなる前に駆除するようになっている。


 他に突発的にデカい魔物といえばクマが有名だが、それでも最大で体長5mほどで平均は2m前後だ。


 しかし海洋の魔物は小さいもので2m前後、デカいものは30mを超えるものもいる。


 だがそれらが討伐された記録は非常に少ない。


 理由は至極単純。倒しにくいからだ。


 頑丈だから……というのもあるだろうが、そもそも海の中に入られると討伐しようにもそれ以上攻められないというのもあるし、魔物もバカじゃない。


 海の中に潜れば攻撃してこないとわかれば、そのまま逃げる個体も多く、中には船底から攻撃をしてきて船を沈める奴もいる。


 ……ということをすっぽり忘れてた。


 ど、どうしよう……!?



「まぁ、例の魚群探知機を使ったら魔物との遭遇率が劇的に減ったらしいから、研究船なら大丈夫じゃないかなって思うがね」


「先言えよそれ」



 目上に対してタメ口になるくらいには焦った。

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