episode4 色々作っちゃいました

 


 潜水艇で一番気を使わないといけない箇所、耐圧殻。


 搭乗員席であるこの場所は水圧に耐えなければならないのともちろん浸水もしてはいけない。


 もし、深海6500mの海底で限界を迎えてしまったなら水圧に押しつぶされて中の人はバラバラになってしまう。


 四肢が寸断されるなどではなく、文字通りのバラバラだ。


 ただの肉片になるほどにまで潰されてしまう。


 故に耐圧殻は高水圧に耐える為に真球……具体的には真球率1を目指さなければならない。


 真球率は最小の半径を最大の半径で割ったものだ。


 これが1に近ければ、「とっても丸い!」ということである。


 ちなみの太陽が自然界で一番丸い物体で、その真球率は0.999983だ。



「おっ? おはよう。アーサー君」


「おはようございます」



 現場に出てきていたリチャードさんと挨拶を交わす。


 フューリー造船所に通い始めて五日後、耐圧殻を形成する型が出来上がった。


 半球の凸型と半球の凹型で、凹型に凸型をプレスすることでまずは半球を作る。


 そしてその二つをくっつけて球体にする訳だ。



「いいですね。あとはこれにオリハルコンの鋼板を押し付けるだけです」


「押し付けてくっつけて終わりなのかい?」


「いえ、削ります。」



 削っていいのか? と言いたげな目をするリチャードさんだが、削って厚さを均等にしてさらに真球率を上げる工程であることを伝える。



「なるほど。窓は付けるのかい?」


「もちろんです」



 有人探査船なのだから窓は必須だ。


 肉眼で見ないのなら無人機を沈めればそれでいいのだから。


 人が見て、感じること。


 それによって新たな知見が生まれることだってある。


 だからこそ、有人探査は意味があるんだ。



「でも窓なんて付けて大丈夫なのかい? それこそ水圧で潰されて、そこから浸水してしまうんじゃ?」


「舷窓を想像しているのなら確かにそうなりますが、潜水艇では円錐型の窓を付けます」



 搭乗員席の方の径を小さくして外側を大きくとる円錐型の樹脂ガラスが前世の潜水艇で採用されていた。


 理由は通常の窓ガラスのように付けると水圧によって窓ガラスを支える内側の金属枠に負荷がかかり、最後は破損してしまう。


 浅い場所なら問題ないが深海では全く役に立たない。


 しかし円錐型なら、水圧で押し付けられても、内側が小さいからガラスが窓を突き破ることはない。


 ようは水圧が窓ガラスを支えてくれるってわけだ。


 しかし――



「ただ問題は……ガラスの素材ですね」



 そう、素材だ。


 前世では透明アクリル樹脂を使っていたが、当然そんなものは今世にはない。


 作るとしても、正直外が鮮明に見えるほどの透明度のものを作るのは耐圧殻以上に難しい。


 耐圧殻を形成するオリハルコンの加工は、この世界の人達にとっては難しいことではあるが日常茶飯事だ。


 前世とは何世代も前の設備しかないのに魔法を駆使してチタン合金レベルの硬さと加工のしにくさを誇るオリハルコンを剣や盾、鎧に加工してきたんだ。


 丸くするのが難しいだけで、加工そのものに不安はない。



 しかしガラスはどうするべきか……。



「なるほどね、私の方でも調べてみるよ。水圧に耐えることができる透明の素材をね」


「ありがとうございます。俺は耐圧殻の溶接機の開発に注力すると思うんで助かります」



 耐圧ガラスもそうだけど、色々準備しなければいけないものが多い。


 そりゃそうだ、何世紀も先の技術を先取りしているようなものなんだから。


 まぁ魔法を使えばなんとかなるっしょ!!



 ――


 ――


 ――



 さて、三日程で電子ビーム溶接機の試作ができた。


 やっぱ魔法でサクッと出来たぜ!


 で、いきなり本番は怖いから試しにオリハルコンの鋼板を溶接してみることにした。


 鋼板二枚の端と端を合わせ、固定。


 その合わせ目に沿うように溶接機を動かせるようにした。


 本番では耐圧殻側を動かすことにしている。


 この世界に魔導モーターがあってよかった。



「さて、ポチッとな」



 準備が完了し、起動ボタンを押す。


 すると溶接機から光が照射され、溶接が開始された。



「おぉ! やった!!」



 ゆっくりと動いていく溶接機。


 真空チャンバー越しではあるけど綺麗に溶接できているみたいだ。


 いやぁ、簡単な仕事でしたね!



 そう思っていたその時だった。



 オリハルコンの鋼板を後ろ側……即ち、溶接機の裏の方に煙が立ち始めているのを、俺は見つけた。



「うぉぉ!?」



 慌てて緊急停止ボタンを押し、有毒ガスが発生していた場合に備えて魔力障壁を全身に張り、部屋へ入る。


 無毒化の魔法と換気も同時に行いながら、何が起きたのかを観察していく。


 しかし、すぐ原因がわかった。



「……貫通してる」



 オリハルコン鋼板の裏側が途中から焼き切られたように抉れていた。


 溶接機の出力が時間が経つにつれて上がり、鋼板を溶接するどころかその熱量で溶かしすぎたのだ。


 ……要するに俺はビームサーベル的なやつを作ってしまったってわけだ。



「……誰だぁ! 簡単だって言ったのぉ!!」



 自動で出力調整する機構を考えなきゃいけなくなったじゃないか!!











 ◆










 ――拝啓、シャーリーお嬢様。


 学院ではいかがお過ごしでしょうか。


 私の方は耐圧殻の溶接を自動で行う溶接機の製作に難儀しております。


 他にも浮力材や耐圧ガラスの問題もあり、私が今取り組んでいるものの難しさに改めて打ち震えている状態です。


 完成までいつまでかかるかわかりませんが気を長くしてお待ち頂ければと存じます。――



「……」



 寮に届いた手紙を読み終えるとシャーリーは天を仰ぎ目を覆った。



「……何? 自動溶接機って?」



 溶接というのは人に手で行うものではなかったか?


 しかも熟練の鍛治師が行うものではなかったか? とシャーリーは思い返していた。


 そしてシャーリーの独り言を聞いたエレナはその言葉が信じられず、聞き返した。



「えっ? 自動溶接機って言った?」


「そう」


「そんなことできるの?」


「できるみたい……手紙には出力が高すぎてオリハルコンを貫通させちゃったんだって」


「えっ……えぇ!?」



 史上最強の金属オリハルコンを貫通できるってすごいことでは? とエレナは思った。


 そしてそれはシャーリーも同じであった。



「な、なんなのその人。ホントに私達より歳一つ下なの?」


「信じられないけどホント。……あと、封筒の中に入ってたこの箱なんだろ?」



 寮に届けられた封筒には手紙の他に木箱が入っていて、中を開けるとそこには細長い魔道具が収められていた。


 その魔道具には小さなガラス面と数字の入った文字盤が備えられているが、これがいったいなんなのかシャーリーにはさっぱりわからなかった。



「……これ何?」


「他になんかないの?」


「えー、なかったと思うけど……あっ」



 エレナに言われてこれに関して何か書かれたものはないか探すと、魔道具の下にもう一枚手紙が入っていた。



 ――追伸


 潜水艇から母船に対して遠距離通信を行わなければならないので、魔力波を使った通信機を開発致しました。


 テストも兼ねて一台お送り致します。


 下記の操作を行って頂くと私に繋がるように設定しておりますので、お手隙の時におかけくださいませ。――



「「……」」



 二人の顔から感情が消えた。











 ◆










 フォスター造船所にある管理棟の一区画で、俺は潜水艇の浮力材の配置を練っていた。


 なんとかシンタクチックフォームの試作が完成した為、一度計算をしてみようと思ったわけだ。


 もしこの浮力材の配置をミスってしまったら、潜水艇は平衡を保ったまま潜航できず、前や後ろに傾いてしまう。


 そうなると調査はおろか操縦もままならなくなるし、なにより浮上する際に危険が生じる可能性があるからこの計算は重要なポイントと言っていい。



「ていうかまさか樹脂の代わりにスライムを使うとはな」



 スライム……RPGやファンタジー小説などに必ずと言っていいほど登場するモンスター。


 軟体で個体によっては有色無色と様々だが、総じて透明の生物である。


 このスライムだが、核を破壊されて死亡すると水のようになって形を保たなくなるらしい。


 水のよう……とは言うが、少しは硬さがあり、ミルク以上蜂蜜以下の硬さだ。


 そのスライム液だが、魔力を通すと固まってその形状を保持するそうだ。


 だから冒険中に出会すと剣で核を壊せば液体になって死亡し、高出力の魔法を浴びせれば、核が魔力量に耐えられず破壊されて、破壊時の形のままで死亡する。


 だから今回、冒険者さん達に依頼してスライムを生きたまま捕獲して水槽の中で絞めてもらった。


 色とりどりのスライム液が揃ったが、その中に無色透明のものもあり、それを耐圧ガラスに、それ以外のものでシンタクチックフォームの開発を実施した。


 加工も容易だったから最高の素材に巡り会えてよかった。


 ファンタジー世界さまさまだぜ。


 そんなことを考えていた時、手元にあった携帯通信端末から音が鳴った。


 魔力の波……魔力波で通信できないかと思って開発したもので、片割れはシャーリー嬢へ先週送った。


 今日くらいに届くと思っていたがドンピシャだったな。



「はい、アーサーです」


『……なぁに? これ?』


「? 通信機ですが?」



 手紙にも書いたのに何を言っているんだろう?


 ……あっ、もしかして――



「もしかして手順が難しかったですか? 自分の技術ではこれが限界でして……」


『違うわよ! 初見の私でもちゃんと連絡できるくらいにわかりやすかったわ!!』


「それはよかった」



 じゃあなんすか。



『遠距離通信機って何!? しかもこんなに小型で無線ってどうなってるのよ!!』


「そう言われましても……大きいと潜水艇に積めませんし」



 重すぎると沈むし?



『……ねぇ、ちゃんと会話できてるの?』


『できてるわよ? 本当にすぐ隣にいるみたいに』



 何やら他にも人がいるようだ。


 そういえば寮生活って言ってたな。


 同室の方か。



「とにかく、長距離でも会話ができることがわかってよかったです。明日も学院でしょう? もう遅いですし、就寝なされては? 消灯時間もあるでしょうし」


『そ、そうね……色々言いたいことは山ほどあるけど、休みの日に言うわ』


「そうですか」



 なんだ? 言いたいことって。


 全く検討がつかん。



『それじゃあ、おやすみなさい』


「はい、おやすみなさいませ」



 挨拶を交わして通信を切ると、伸びをして身体をほぐす。


 ……さて、もう一踏ん張りだ。


 頑張ろう。










 ◆










 通信機が届いた翌日。


 その通信機を手に、シャーリーとエレナはとある研究会の門を叩いていた。


 その研究会とは魔道具研究会。


 なんの捻りもない為、すぐにわかると思うが文字通り魔道具の可能性を広げる為の研究会である。


 その研究会にはシャーリーとエレナの共通の友人が所属しており、その子に通信機を見てもらう為ここにやってきた。



「……」


「ど、どう? カレン」


「それ、どんな原理で動いているかわかる?」



 分解された通信機を覗き込む友人にシャーリーとエレナが問いかける。


 彼女の名はカレン・セイヤーズ。ショートの赤髪に碧眼の容姿で、二人と同じクラスメイトであり、仲の良い友人である。


 そして魔道具に精通していることから今回通信機の解析をお願いしたのだ。


 ところが――



「正直……わけわかんない。どういう魔法付与を施せば遠距離で、しかも無線でやり取りできるのかさっぱり」


「えっ!?」


「そうなんだ……」



 エレナはカレンの言ったことに驚きを隠せず、しかしシャーリーは大方予想通りの答えが返ってきた為、あまり驚きはしなかった。



「これ、魔力波を使ってるんだよね? それでどうやって声を載せているのか全くわからないし、なによりだよ? これ見て」



 通信機の内部、魔法付与が施されているであろうメイン盤に魔力を通す。


 するとそこに青白い線で幾何学模様が浮かび上がってきた。



「何これ?」


「幾何学模様?」


「付与魔法って起動寸前くらいの魔力を流すと付与された魔法文字が見えるようになるのよ」


「へぇ!」


「そうなんだ!」



 シャーリーとエレナは新たな知識と、そして起動寸前の魔力なんていう微弱な魔力をコントロールできるカレンの技量に驚いた。


 が、すぐにその感情は別のものに移ることになる。



「えっ!? じゃあこの幾何学模様が――」


「付与魔法文字ってこと!?」


「そういうことなのよ……」



 二人のテンションとは逆にカレンのテンションは下がっていた。



「一体なんなの? 文字ですらないこれでなんで魔法が起動しているのか全くわからない……」


「カレンでも?」


「私でもって言い方が少し気になるけど……そうよ」



 エレナの言葉に答えた後、カレンは表情を少し歪ませた。


 全く原理が解明できずに悔しがっていることが見て取れ、それが彼女の強みなのだろうとシャーリーは感じていた。



「魔道具研究会のホープでそれかぁ……」


「ねぇシャーリー? これ誰が作ったの? 王立魔術院の人?」



 王立魔術院とは、王国最高峰の魔法研究機関であり、魔道具開発の第一線である。


 そこで開発されたものをラザフォード商会にサンプルで貰ったのかもしれないとカレンは睨んだのだ。



「ううん、うちの新人従業員。しかも歳が私達の一つ下」


「……は?」


「しかも今6500m潜れる潜水艇を開発中なんだって」


「はぁぁぁぁぁ!?」



 学院にカレンの叫びが木霊した。

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