episode3 潜水艇開発

 


「一体彼は何者なの?」



 第一回海洋探査から帰ってきたシャーリーは、自身の部屋で一人問う。


 水深を調べる魔道具に海水の成分を調べる魔道具を作り、果ては水深を調べる魔道具の技術を使って片手間で魚群探知機を作る始末。


 そもそも水圧を計算で導き出すなんてシャーリーは思ってもみなかった。


 正直、シャーリーはアーサーから聞いた水圧に関する話を半分も理解できなかった。



「もしかして彼、ヘラスロク高等魔法学院卒業レベルの知能を持ってたりして……」



 ポツリと呟いてみたが、実際あり得そうだと思ったシャーリーは、一週間後から始まる学院の先生に、問題を作ってみてもらおうか……などと考えていた。



 ――


 ――


 ――



 数日後。


 休暇もあと少しというところで、シャーリーは学院寮へと帰ってきた。


 シャーリーが通う学校「ヘラスロク高等魔法学院」は国名を冠している名の通り、王国最高峰の学校であり、王都に存在する。


 王都レオリアルは自身の実家があるルインザブから馬車で三日程度で来れるが通学は無論できない為、寮生活となる。



「ただいまー」


「あっ、シャーリー。おかえり」


「ただいま、エレナ」



 寮の自室に入ると同室のエレナが既に居た。


 栗色の長い髪に紫の瞳を持つ少女である。


 荷物の整理具合から、数日前には帰ってきていたことが伺えた。



「早めに帰ってきてたの?」


「うん、実家にいても何もすることないから。じゃあ帰ってきて図書館とか行こうかなって」


「真面目〜」



 トランクケースを机近くに、ダッフルバックを机の上に置き、シャーリーは椅子に座ってホッと息を吐いた。



「とか言って、シャーリーだって去年の夏休暇とか冬休暇は早めに帰ってきてたよね? 今回はどうしてギリギリだったの?」



 その質問を受け、シャーリーは不敵な笑みを浮かべた。



「フッフーン……聞いて驚きなさい。私達は深海に挑むことになったの!」


「えっ? 深海に?」



 まさかそんな返答が返ってくるなどとは思っていなかったエレナはキョトンとしていた。



「そ、実はうちの商会に大型新人が入ってね。その人の夢に乗ってるの」


「へぇ……男の人?」


「うん、しかも歳が一個下。なのにね、とんでもないのよ」


「えっ? 何が?」


「実は――」



 シャーリーは自身が見てきたものを全てエレナに話した。


 魔道具のこと、深海に行く潜水艇のこと、春休暇中に一緒に行った海洋調査のことを。


 話し終えると、エレナは懐疑的な目をシャーリーに向けた。



「シャーリーを信用しないわけじゃないけど……そんな人信じられないよ」


「えっ!? いや、ホントだよ!? 実際に見てよ!! この数式!!」



 慌ててカバンから一枚の紙を取り出してエレナに見せる。


 そこに書かれていたのは水圧を求める計算式だった。



「……これで本当に水圧がわかるの?」


「実際に計測したけど合っていたわ」


「えぇ……」



 文字や数字がたくさん並んだその紙を見たエレナの感想は「なにこれ?」だった。


 高等学院であるヘラスロク高等魔法学院は魔法を中心に学ぶことができるが数学も学んでいた。


 しかし、ここまで複雑な数式は見たことがなかった。



「ど、どういうこと? これの何が何を示してるの?」


「ええと……SAは絶対塩分で単位はg/Kg、tは水温 で単位は°C、pは水圧 1dデシbar。gWとgSはそれぞれ純水、塩のギブス関数……だって」


「意味わかんない。g/Kgとbarって何?」


「g/Kgは1kg中、ある成分が何g含まれているかを示す単位で、barは水圧の単位だって」


「ふーん……」



 エレナはそれしか出なかった。


 単位の接頭語であるdデシは理解できたがそれだけだった。



「その人……何者なの?」


「孤児だから出自はわからないし、どこでこんな知識を得ているのかもわかんない。けど、五歳の頃から本をたくさん読んでたらしいよ」


「そうなんだ。天才っているんだね」


「ね。私も思った」



 二人とも「すごいですね」という感想しか思い浮かばず、ひとまずこの話題はこれで終了した。










 ◆










 シャーリー嬢学校行ってんじゃねぇかぁ!!


 当たり前かぁ!! 大商会のご令嬢だもんなぁ!!



「なんか手伝うって感じだったのに……所詮お嬢様の戯れだったのか……」



 まぁでも部活動感覚で冒険できるんだったらいいのか?


 そんなんでいいのか? 冒険って。


 今やろうとしてんの、言ってしまえば登山部でエベレスト登ろうとしてるようなもんだぞ。


 在学中に死亡とか学院に迷惑かかるんじゃないの?



「……」



 まぁでも、ラノベとかでは学生が課題でダンジョンに挑んで危機に陥るなんてよくあることだしな。(?)


 これも似たようなもんだろう。異世界だし(??)


 とにかく今日はルイさんに連れられて、商会お抱えの造船所の所長さんに会う約束の日だ。


 造船所の事務所の中に入り、秘書さんに所長室まで通される。


 中にはガタイのいいおじさんが鎮座していた。



「おぉ、ラザフォードさん。もうそんな時間でしたか」


「こんにちはフォスターさん」



 お互いに挨拶を交わすがその声音からは上下関係は感じられない。


 対等な関係が感じられた。



「こちらが例の?」


「初めまして、アーサー・グレイヴスと申します」


「初めまして、私はリチャード・フォスター。ここの所長をしているものだよ」



 右手を差し出してきたので、俺も右手を出し、握手を交わした。


 ガタイの良さから大体想像していたけど、手のひらのマメの具合からこの人は現場に積極的に出ているであろうことが伺えた。


 着席を促されて、お茶がきたタイミングで今日の訪問理由がルイさんから切り出された。



「今日伺ったのは作って欲しい船がありましてね。それをお願いしたくて来たんですよ」


「船ですか? 一体どんな?」



 ルイさんに視線を送られて、俺はカバンから紙束を出す。


 例の潜水艇の設計図だ。



「どうぞ」


「拝見します」



 俺のような子供に対しても真摯に向き合ってくれる。


 正直、舐められると思っていたけど、それはルイさんがいるからかもしれない。


 気を引き締めていこう。



「……」



 一枚一枚丁寧に見ていくリチャードさん。


 最後の一ページを読み終えると口角を上げた。



「これは……凄まじいですね。検証しないとなんともですが経験から言ってこれならいけそうですよ」


「そうか。フォスターさんもそう思いますか」



 二人は顔を合わせて笑みを浮かべた。


 何か通じるものがあったのだろうか?



「いやぁ、これは素晴らしい。一体どこの誰が設計を? うちに欲しいくらいだ」


「それを書いたのはアーサー君です。例の魚群探知機を開発したのも彼です。あげませんよ」


「はっ? この子が!? あの魚群探知機も!?」



 驚愕の表情で見つめてくるリチャードさんにはにかんで見せた。


 すんません、片手間で作ったものを……



「そうか君が……とにかく、この潜水艇の建造をうちに依頼したいってことですか?」


「そうです。やっていただけますか?」


「もちろんですとも。そんな大冒険に手を貸せるのでしたらいくらでも!」



 リチャードさんは快諾してくれた。


 よかった……まぁ、でもやっぱりやめたって言われる可能性もあるから気を引き締めよう。


 ここからは俺がしっかりとしていかないとな!



「アーサー君、フォスターさんに何か言いたいことはあるかい?」


「そうですね。まずは耐圧殻のことなんですけど、ここにはオリハルコンを使いたいと思っています」


「まぁ、妥当ですね」



 リチャードさんもわかってくれているようだ。


 前世ではこの耐圧殻はチタン合金製のものだったが、この世界にはチタン合金はない。


 チタンはそもそもイルメナイト鉱石をなんやかんやしてあげないとチタンが取り出せない。


 しかしオリハルコンは鉄と同じように存在し、鉄と同じように鍛えるだけで鉄よりも硬い素材になる。


 しかも軽量性、強度、耐食性、耐熱性がチタンのそれにかなり近い。


 加えて魔力も通りやすい。


 まぁでも、この世界でもオリハルコンはやっぱり高いようで、しかもそれを加工しようものなら、チタンと同じようなものだからかなりの技術がいる。



「耐圧殻を水圧に耐えられるようにするには真球に近く形成しなければなりません。中も人が乗り込みますから空洞にしなければいけませんが、鋳造だと応力が弱いので話になりません」


「ほう」


「それに鋳造では重量が増します。直径2mの球を船体前方につけてしまうとバランスを取る為に後ろを大きくするなどしまければいけませんが、それをすると今度は圧力に耐えられなくなる。したがってこの耐圧殻は鍛造が最適です」


「確かに。だが鍛造でどうやって空洞の球を作る?」


「半球を作ってそれを重ねて継ぎ目を溶接するしかありません」



 ここは前世の製造方法と同じだ。


 耐圧殻は二つの半球を重ねて継ぎ目を溶接して、削って真球にしていた。


 この継ぎ目の溶接には職人技が必要だが、ここは魔法のある世界だ。


 簡単に魔道具で電子ビーム溶接ができるかどうかだが、そこは俺の腕の見せ所だろう。



「溶接か……」


「正確に裏波ビードも綺麗にしなければいけないのでここは溶接用魔道具を作成しようと思っています」


「そうか……」



 ? なんか口数減ってきたな。


 なんか不備でもあっただろうか?



「ひとまず、うちの設備を見ていってはどうだい? 見ることで新たな方法が浮かぶかもしれないし」


「そうですね。あっ、その前にお手洗いをお借りしてもいいですか?」


「ああ、いいよ。お手洗いは部屋を出て左に真っ直ぐ行ったらところにあるよ」


「わかりました。ありがとうございます」



 ドックはどんな感じなんだろう。


 ワクワクしてきたぞ。











 ◆










 アーサーがお手洗いに立ち、姿が見えなくなったその瞬間、リチャードがルイに質問した。



「……彼は何者なんですか?」


「私も知りたいくらいだ。孤児院で魔法を知ったその時から才能を開花したそうだよ」


「ですがあの知識量は才能で片付けられませんよ?」


「そうだなぁ……でも――」



 ルイはフッと笑みを浮かべてリチャードに言った。



「期待しないかい? 彼ならとんでもないものを我々に見せてくれるんじゃないかってね」


「それは……そうですね」



 それはリチャードも同意見だった。


 彼ならば我々の想像を超えるものを見せてくれる。


 そんな予感をしていたのだ。










 ◆










 お手洗いの後、案内された建造ドックは意外にも近代的だった。


 建造用にクレーンはあるし、水密性扉もある。


 逆に機帆船しか作っていないのが不思議なくらいの設備だ。


 これなら近代的な船だって作ることも可能だろう。


 だったら話は早い。



「すごい。これならアレも作れそう」


「アレ? アレとはなんだい?」



 リチャードさんの質問に答える為に、カバンからもう一つ紙束を取り出す。



「潜水艇を作ったとしても、それを運ぶ船が必要だと思いませんか?」



 その紙束に書かれているのは潜水艇支援母船の設計図だ。


 潜水艇を運んで整備する為の船だけど、中には潜水艇での調査で持ち帰った土や深海生物の研究の為の設備もつけようと思っている。



「……これは、鉄で作るんだね」


「はい」


「……どうやって作るんだい?」


「えっ? ……あっ!!」



 そうかブロック工法を知らないのか!?



 ――


 ――


 ――



 さて、造船所ではブロック工法を説明する羽目になったがリチャードさんは理解してくれたようだった。


 最初は一枚の鉄板を木造船のように切り出そうと思っていたらしいが、木造と違って鉄なら溶接が使えるから、分割して作って最後にくっつけることができることを伝えると「なるほど!!」と満面の笑みを浮かべていた。


 前世ではブロック工法なんて普通のことだったが、この世界では画期的だろう。


 今まで木を切り出して組み立てていたんだから、それを分割して組むなんて頭の柔らかい人でないと思い浮かばないんじゃないか?


 すげぇな、前世地球の人は。


 でもこれも注意するところがある。


 溶接の出来が悪ければもちろんそこから水は染み出すし、重量バランスが悪くて自重が一点に集中したりすると折れてしまうことだってある。


 これは前世でブロック工法を本格的に採用して建造されたリバティ船っていう船の建造で得られた教訓であり、工学の発展に寄与した事例の一つだ。


 ってな訳で、地球の二の舞を防ぐべく、考えていかなければいけないことは多いけど、頑張ろう。



 ――


 ――


 ――



 一週間後、潜水艇とその支援船の建造計画が開始され、建造メンバーも集まった。


 開発責任者が俺だから、最初はお前みたいなガキに従えるか! とか思われないだろうかと思っていたが、皆さん好意的だった。


 そして口々に、「こんな大冒険に携われて嬉しい!」と言ってくれてありがたいと思ったと同時に、こうも思った。



 ――皆、冒険に飢えているんだなと。



 テレビもない。ラジオもない。車はそんなに走って……いや、そもそも自動車がない。


 娯楽という娯楽がないんだ。


 一般的な娯楽といえば酒かギャンブルくらいだろう。


 そんな世界で冒険譚はそれはそれは人気だったはずだ。



 未知の洞窟を探ったり、山に棲みつくドラゴンを退治したり……前世でいう週間漫画を心待ちにしているような感覚だろう。


 そんな一大コンテンツがなくなったんだ。


 ロスはかなり大きいだろう。


 そんな時に深海に行くなんて言われてそれに携われるというのは逆の立場なら俺も飛びつくと思う。


 ……じゃあやってやろうじゃないか。


 もう一度、冒険ブームを起こしてやろう。


 深海なんてそうそう行けるところじゃないが、もしかしたら他国で既に計画が始動している可能性だってある。


 やっぱここまできたら欲しいじゃん。世界初の冠。


 ってなれば話は早い。



 速攻で行ってやる!!

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