episode2 夢の第一歩

 


 ――その魔道具は、洗練されていた。


 それは街外れの小さな町から取り寄せられたその魔道具を見たシャーリー・ラザフォードが最初に抱いた感想だった。


 戦闘用が主流だった魔道具は近年、生活用のものが開発され始めていた。


 冒険者業が斜陽になり始めたからだ。


 しかし、開発されたそれらは動かす為の手順が多く、言うなれば人が行っていた手順を機械化しただけで、体力を使わない故に楽は楽だが手順を間違えれば面倒なことになることが多く、体力的な負担はなくなったが精神的な負担が増えてしまっていた。


 その為、生活用魔道具は金持ちの好事家くらいしか買っていないことが実情だった。


 だが、目の前にある小さな町で開発されたその魔道具は違った。



 ――簡略化された操作手順。


 ――にも関わらず、一度起動させれば一連の動作を自動で行う。


 ――それを可能とする複雑な機構と付与魔法。



 どれもこれも、既存のものとは何世代も先を行っていた。



「これはすごいです! 一体どんな方が作られたの?」



 シャーリーはそれらを作った人に興味を持った。


 一体どんな賢者がこれを作ったのだろうと。


 しかし父、ルイから出た言葉は予想外のものだった。



「信じられないんだけどね、これらはお前と同年代の男の子が作ったそうだよ」


「……えっ?」


「いや、私も最初は疑ったが本当のことのようでね。これを扱っているフューリー商会の会長が興奮気味に語ってくれたよ」



 ――曰く、魔法を知ったその日から無詠唱で魔法を発動でき、制御魔力量も常人のそれを超えているとのこと。


 嘘八百並べているようにしかシャーリーは思えなかった。


 しかし、もしそれが本当ならこれらの魔道具に説得力がある。



 ――会ってみたい。



 シャーリーはもしその話が本当ならその男の子に会ってみたいと思うようになっていた。



 ――


 ――


 ――



「その……ありがたいお話ですが辞退します……」


「……えっ!?」



 数ヶ月後、念願が叶い、ラザフォード商会に来てもらう為にその男の子……アーサー・グレイヴスの住む孤児院に足を伸ばしたシャーリーに返ってきた言葉は思いもよらぬものだった。



「ど、どうして!? 給金の問題かしら!? あなたの今の稼ぎの倍を出しているのだけれど!?」


「いやあの、給金の問題ではなくてですね……」


「じゃあ何が問題なの? 希望があるのならお父様に掛け合うわ!」



 給金の問題ではないのならば、一体何があるのか。


 もしこの孤児院のことを想っているのならば商会が支援することだってできるだろう。


 そう考えていたが、返ってきたのはこれも予想外のものだった。



「その……深海に挑みたくて……その為には自身で起業して稼がなければと思っていまして……」



 ……深海?


 海の中ってこと? とシャーリーは首を傾ける。


 実はシャーリーも冒険者に憧れた時期があった。


 だが、冒険者の目標といえば前人未到の場所へ行き、踏破することである。


 そんな場所は今、もうどこにも無い。


 であれば、まだ誰も行っていない場所はどこだ? と考えた時にシャーリーも海の中を行くことを考えた。


 しかし、空気はどうすればいいのか、潜水服を着るのか、潜水艇を用意するのか。


 潜水艇の場合は人を乗せた船をどうやって沈めて、どうやって引き上げればいいのか……考えてはみたがピンと来るものがなかった。


 その為、シャーリーは早々に諦めたのだが、アーサーはどうなのだろう。



 男の子なんて何も考えず、ただただ大きな夢を語ることがある。



 もしかして、彼もそうなのか?


 そう思い、シャーリーは彼に問いかけた。



「……具体的にどうやって行くの?」


「まず潜水艇は必須ですよね。深海ですから生身で潜るなんてできませんし、水圧だってかかる」


「その水圧にはどうやって耐えるつもり?」


「操縦席は真球に近く形成しなければいけないでしょうね。あとは材質ですが、可能であればアダマンタイトかオリハルコンが欲しいところです」


「……深海に行ったあとの浮上方法は?」


「それは――」



 彼の口から語られたその計画は、荒唐無稽のそれではなく、困難なものではあるが具体性を帯びていた。


 とうに諦めた冒険者の夢。


 それが再燃していくのを、シャーリーは感じていた。


 故に――



「私を、深海に連れてって!」


「……へ?」



 そう言ってしまう自分自身をは止めることはできなかった。










 ◆










 シャーリー嬢が来た日から半年後。


 孤児院の皆に見送られた俺は、港町であるルインザブに来ていた。


 ここにラザフォード商会の本社があるからだ。


 ……うん。入ることになったんだ。ラザフォード商会。


 魔道具の開発の他、潜水艇の開発させてくれるとなったらもう飛びつくしかなかったさ。



 というわけで、会長であるルイさんに今日は会うことになっていた。



「初めましてだね。私がこの商会の会長のルイだ。これからよろしく頼むよ」


「よ、よろしくお願いします!」



 先生の旦那さんにはなんとも感じなかったが、大商会の会長はなんというか……オーラが違う。


 格の違いを肌で感じ取れる。



「そんなに緊張しないでくれ。君の能力なら、難なく仕事をこなせるだろう」


「は、はぁ……」



 違うんです。仕事をこなせるか不安で緊張してるんじゃなくて、これは貴方と対峙しているから緊張しているんです。


 しかもそれはそれで……期待されているようで気が重くなる。


 俺はこの人の期待に応えられるだろうか?


 いや、とりあえずいつも通りにやってみよう。


 それでダメならその時はその時だ。


 あんだけ作った魔道具が飛ぶように売れたんだ。


 きっと大丈夫と自分に言い聞かせよう。うん。



「シャーリーから話を聞いてるよ。海底に行きたいんだってね?」


「は、はい!」


「ちなみに設計図はあるのかな? 無いのならどんなものを作りたいのか君の口から聞きたいな」



 俺の口から……ってことは、半年前にシャーリーさんに語った内容は伝わっているんだろう。


 とりあえず、カバンから紙束を取り出して、ルイさんに手渡した。



「これが今考えている潜水艇です」


「ふむ……」



 ルイさんはゆっくりと紙束を読み進めていった。



「これほど頑丈に作るんだね……何m潜るんだい? 100m? それともその倍?」


「えっ? 6500mですが?」



 100mは深海じゃない。


 深海は200m以下だ。


 前世ではダイビング潜水で332mも潜った記録があるそうだが、はできても、はできないだろう。


 それに200mくらいなら、まだ魚も生息できるし、採取も底引網とかでできる。


 俺が見たいのは熱水噴出孔とかだから、それを見たいのなら最低でも700m以下まで行かないと。



 と思っていたんだけど……



「ろ、6500?」


「ええ」



 もしかしてこの世界の海はどこも浅いのだろうか?


 そうだよな。異世界なんだからその可能性もあるよな。


 調べる方法考えないと。



「た、確かにこの構造なら6500mも夢じゃないだろう。完成した暁には、その技術は唯一無二のものになる。それは我が社のアドバンテージにもなるだろう」


「そう言って頂けると助かります」



 なんか顔が引き攣ってるけどどうしたんだろう。


 ストレスでも抱えているのかな?


 大商会なんだから、気苦労も多いだろうしストレスも大きいだろうしな。


 ご自愛ください。











 ◆










「ようこそラザフォード商会へ!! 待っていたわ!!」


「あっはい」



 案内された部屋に入ったらシャーリーさんがいた。


 テンションが高すぎて俺は逆に冷静になってしまった。



「もう、テンション低いわよ。これから一緒に冒険するものとしてしゃんとして欲しいわ」


「そう言われましても……」


「まぁいいわ。さぁ、早速潜水艇について話し合いましょう!」


「じゃあ、この設計図を見てもらっていいですか?」



 さっきルイさんに見せた設計図……というより概要図みたいなもんかな? どんな形のものかを書き記したものだ。


 とりあえず、さっきルイさんに話した内容も共に伝える。



「――6500m……そんなに潜るのね。人が乗り込む場所は頑丈にするのは想像に難くないけど、これってどうやって沈んで浮上するの?」


「潜航は単純におもりを付けます。浮上が一番難しいんですけど、浮力材っていうものを作る必要がありますね」


「浮力材?」



 沈むのは結構簡単なんだけど、浮上は困難だ。


 ていうかそもそも浮力がなければ、着底してそのまま上がれないし、探査もできない。


 だから浮力が釣り合わないといけず、それをする為には浮力材というものが必要だ。


 浮力材はウレタンやらがあるけれど、深海を進む潜水艇のものはマイクロバブル中空ガラスを固めたシンタクチックフォームでないと潰れてしまう。


 前世でカップラーメンの容器が水圧で小さくなっているものを見たことがある。


 あれは発泡スチロールでできている容器が加圧で空気の入っているセルって部分が潰されてしまうからだ。


 だが、シンタクチックフォームは発泡スチロールなどと違って膨らませているわけじゃなくて、中空のガラスビーズを凝固材で固めて作るから強度は高く、しかし密度は低い素材だ。


 高水圧にも耐えて、且つ浮きやすいとなればこれ以上に最適なものはない。



「――ってわけです」


「なるほど」


「しかもこの浮力材も配置をミスったら船体が水平に沈まないから重量バランスも重要です。まぁ、耐圧殻が一番難しいと思うんですけど」


「? 頑丈に作ればいいだけでしょ?」


「そうもいかないんですよ」



 耐圧殻は与圧区画だから空気を入れないといけない。


 非与圧区画には海水を入れて圧力差を無くす「均圧」という方法が取れるが、搭乗部である耐圧殻は当然均圧なんてできない。


 外は高水圧なのに内部は1気圧……約1013hpaでは半端な殻ではすぐにペシャンコになる。


 爆縮と呼ばれる現象だ。


 ちなみに気圧は潜水艇を作るって決めた時に測った。


 地球と同じでよかった。



「高水圧って……具体的にどれくらいなの?」


「大体10m潜る度に気圧が1上がるんですけれど……」


「じゃあ6500mは651気圧?」


「そうとも言えないんですよね……」



 海水の場合、塩分もあるし、深海に行くと水温が下がるし圧力も上がるから当然密度もその分上がる。


 これらのせいで単純に「10m潜れば1気圧増えるから6500mは651気圧」とはならない。


 この世界の塩分濃度がわからないからまだなんとも言えないけど、地球だったら海底6500mの気圧は657.2180気圧になる。


 圧力単位に変えれば66592.62kPa。数字が大きすぎて訳がわからん。


 しかもこれ緯度によっても変わるから腹立つ。



「まずは海水の成分を調べたいですね。でないと耐圧殻の設計ができない」


「……では、船を出しましょう。会社所有の船を出せるか確認するわ」


「お願いします」



 さすが金持ち……と思ったけど商会だから持ってるのか。


 たまげたなぁ。


 っていうか普通に話できたな。


 この世界の教育ってそんなに水準高いのか?










 ◆










 シャーリーさんが船を手配してくれて、出るまでに時間があったから海水のConductivity電気伝導度Temperature温度Depth水深を調べるCTD観測機とより水深を詳細に調べる為にマルチビーム音響測定機を作った。


 マルチビーム音響は、指向性の高い音波を四方八方に出して海底の起伏を詳細に調べることができるものだ。


 その測定結果を見る為に液晶モニターみたいなのも作ったんだけど、作りとしては地球のものとは全然違う。


 地球では液晶っていう物質を使って画面に映していたが、俺が作ったものはオウムガイ型の魔物の貝殻の粉を使ったガラスに映像出力の原理と光の三原色の情報を書いて、その上に普通のガラスを貼り付けて魔力を流したら映った。


 ……どういうことだよ。


 まぁなんとかなったからいいや。


 魔力を流し続ける魔道具は既にあったからずっと表示させられるし。


 ――っていうかだ。



「機帆船って動力は魔力なんですね」


「? それ以外に何があるのよ?」



 そう、機帆船の動力は魔力で、内燃機関のようなピストンとクランクを使って回転力を生み出す形ではなく、どっちかっていえばモーターに近いものを使っていた。


 っていうか水車みたいな外輪回して進む方式じゃなくて、ちゃんとスクリューが開発されてた。


 ……どうりで南極にいけるはずだよ。


 前世地球の南極観測船は電気推進だったからな。


 普通の船のエンジンはすぐに前進と後進が切り替えられないから加速と自重で氷を破壊するラミング航法をするには加速が不十分だったりしたからやりづらかったけどディーゼルエンジンで発電した電力を使ってモーターを回しているディーゼル・エレクトリック方式はすぐに前進と後進を切り替えられるからラミング航法に最適だった。



「いえ、何も」



 この世界では石油とか出てんのかな?


 出たとしても使用用途がわからずに厄介者扱いされてそう。



「そう? にしてもあなた本当にすごいわね。こんな魔道具を数日で作っちゃうなんて」


「応用して魚群を見れるようにした魚群レーダーを作ったら会長大喜びでしたよ。絶対売れるって」



 片手間で作った感あるから非常に忍びないけど。



「そうね! あれがあれば不漁とは無縁になるわ!! 探知魔法を使える魔法士でも大体海面から5mくらいしか見れないから」


「そうなんですか?」



 なんか……あべこべだな。


 スクリュー作れるくらいなのに魚群探知機のようなものは作れないのか?


 ん〜……でも探知魔法って確か「魔力を薄く周りに放出して感じ取った魔力を知覚する魔法」だったはずだから、「なんで魔力が知覚できるんだろう?」と疑問に思わなかったら調べもしないか?


 魔法って感覚的な部分が多くて、理屈的なのって皆無なんだよな。



「まぁ、とりあえずはこの近海の深度と水深を調べていきましょう」


「ええ!」



 冒険の第一歩を踏み出せたのが嬉しいのか、シャーリーさんは明るい笑みを浮かべた。

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