冒険に行こう!!〜陸は踏破された!? じゃあ海とか行けばいいじゃない!!〜

syake

episode1 夢



 冒険者――


 それは、道なき道を往き、危険を賭して前人未踏のその場所へ赴き、そこに何があるのかを確認し、宝などを手にする者達のことをそう呼ぶ。


 ドラゴンの住まう火山、灼熱の砂漠、氷に閉ざされた大地……


 数々の危険地帯を突き進む冒険者の武勇伝は人々の心に響き、我も続けと冒険に憧れた数多の人々が誰も踏み込んだことのない場所へと挑み続けた。


 そして、その命知らず達の行動によって、大陸には誰も行ったことがない場所はないと言われるまでになった――











 ◆










 窓から差し込む光の眩しさで目を覚ます。


 寝覚めのいい方ではない俺は、重い瞼をゆっくりと開け、外の景色をぼうっと眺めた。


 空の色と太陽の高さから今が早朝であることはすぐにわかった。



「……今まで昼近くまで寝てることも多かったのになぁ」



 俺の名はアーサー・グレイヴス。


 ここ、フューリー孤児院に住む五歳児だ。


 五歳児にしては言葉が子供っぽくないだろう。


 自分でも信じられないが、俺には前世の記憶がある。


 しかし、生まれた時代が違うとか生まれた国が違うとかいうレベルの問題ではない……俺が目覚めたのは異世界であり、俺の持っている記憶は「地球」という世界の記憶だ。


 なぜ俺がそう思ったのか……キッカケは一週間前まで遡る。



 ――一週間前、俺は生死の境を彷徨った。


 原因不明の高熱にうなされていたそうだ。


 そうだ……と他人事のように言ってしまうのは、俺自身にその時の記憶がなく、孤児院の院長から話を聞いたからだ。


 そして、熱が下がり、目を覚ました俺が真っ先に感じたこと……それは違和感だった。


 建物の作りにも、心配してくれた院長や同じ孤児院に住む子供達の着ている服にも違和感を感じた。


 その違和感の正体に気がついたのは割とすぐだった。



 ――何もかも、古臭かったのだ。



 なんというか、漫画やアニメでよく見るファンタジー作品に登場する人達の衣装に近い。


 もしかしてここは異世界という場所ではないか?


 そんなバカなと思ったが念の為、俺は院長に頼んで町を見せてもらうことにした。


 古く感じたのはこの家だけで、町に行けば近代的な建物や衣服を身に纏った人達を見ることができるんじゃないかと思ったからだ。


 しかし町に来ても皆、孤児院にいる人達みたいな格好の人ばかり。


 なんなら木の板で出来た柵で町は覆われていた。


 そんな町、現代社会では見たことがない。そもそも町を柵で囲う必要がない。


 それを見て、俺は悟ったのだ。



 ――ここは異世界で、これは異世界転生というものなのではないかと。



 俺はそれを悟った瞬間、絶望感……と言っていいのか、突然体から力が抜けていった。


 地球では漫画やらアニメは好きで見ていたから、異世界転生物も何作品も見てきた。


 それらの作品に出てくる主人公達は大体、「これが異世界転生ってやつか!?」って言って有頂天になり、即座にいろいろ行動する人達ばかりだった。


 正直言おう。彼らはバケモノだ。


 身体的なものじゃなく精神的なところでだ。


 こんな状況に突然置かれて、すぐに行動でき、なんなら盗賊に襲われている貴族の令嬢を助ける為に盗賊を処すことができている。


 わけがわからん。


 そんなメンタルモンスターが異世界転生する資格を持っているんじゃないかと思ってしまうほどだ。



 じゃあなんで俺は異世界転生してんだよ!!



 俺はこんな状況に置かれたら、いろんなこと考えちゃうよ!!


 生活は? 稼ぎは? そもそも通貨はあるのか? っていうかそもそもこれからどうやって生きていけばいいんだ?



 もう頭の中ぐちゃぐちゃだよ。



 ってな感じで無気力状態になって一週間が経った。


 実はこれは夢で、何日か経てば自然と地球の景色を見ることができるんじゃないかと思ったけど、一週間経っても変わらない。


 これは夢じゃなく現実……そう、これは現実なんだ。



 もう体はそんなことは重々承知のようで、おかげで陽が上がると同時くらいに目を覚ます日々にも順応してしまった。


 ……腹を括るしかない。


 もう俺はこの世界で生きていくしかないんだ。


 そうと決まれば、まずは情報収集だ。


 この世界はどんな世界なのか知っていかなければ。



 ――


 ――


 ――



「アーサー君が元気になってくれて本当に良かったわ。また皆でお勉強できるわね」



 教壇に立ち、そう語るのはこの孤児院の院長であり俺達孤児に勉強を教えてくれる先生でもあるエスリン・フューリー先生だ。


 茶髪で淡い青色の瞳を持つ先生だが、三十代という年齢にも関わらず、非常に若く見える。


 二十代……いや、高校生ですと言われたらそのまま信じてしまいそうになるほどだ。



「さて、皆ももう五歳になるのでそろそろ魔法を覚えてもらおうと思います」


「!?」



 わぁっと盛り上がる周りの子供達とは裏腹に、俺は驚愕していた。


 ま、魔法!? 魔法と仰いましたか!?


 異世界転生とはいえ魔法があるなんて露にも思ってなかった。



「魔法とは空気に含まれる魔力を集め、想いを込めて事象を起こす奇跡です。想いの込め方は様々ありますがスタンダードなのは詠唱発動ですね。思うだけで発動するイメージ発動という方法もありますが、皆さんはまず詠唱発動を練習しましょう」



 エスリン先生は人差し指を立てるとその指先に光が灯った。


 多分あれが魔力なんだろう。



「この光が魔力です。そしてこれに……」



 どうやら当たったようだ。


 すげぇ……マジでファンタジーの世界だよ。



「火よ灯れ」



 エスリン先生が一言呟くと光は小さな火へと変わった。


 火力的にはジッポライターくらいの火だけど、それを可燃性燃料なしで作っていることに感動する。



「このように、魔力は火を出したり水を出したりできます。さぁ、まずは魔力とは何かを感じ取るところから始めましょうか」


 手を振り払い、火を消した後、俺達の実習が始まった。


 エスリン先生が一人一人の手を取って何かをやっている。


 多分、魔力を流しているんだろう。


 その流れを感じ取れるかどうかを見ていってるんだな。うん。


 僕は詳しいんだ。


 とりあえず俺は順番的に結構先になりそうだけど、このまま待っているのもなんだな。


 ……いっぺん、見よう見まねでやってみるか?


 手のひらを合わせるようにして、その開いた空間に魔力が溜まるイメージを持つ。


 よくアニメやらでやってる魔法の表現をイメージしてみたがどうだろうか?


 と、思った次の瞬間、教室が光に包まれた。



「うおっ! まぶしっ!!」



 突然目の前に光が灯り、思わず目を背けて目を瞑った。


 とにかく小さくしなければ!


 そう思い徐々に灯りを小さくするイメージをすると、瞼越しに光が小さくなっていくのがわかり、目を開けられるほどまでになってから目を開けた。


 すると手のひらには小さな光の球が出来ていた。



 うおぉ!? これは楽しい!!



 前世ではなかった魔法というものが、今現実に存在して、しかもそれを俺自身で成している。


 ゲームシステムとかによるものじゃない。


 俺自身がこの魔力を集めているんだと思うと感動で体が震えた。



「あ、アーサー君? あなた……」


「えっ? ……あぁ!? ごめんなさい!! 勝手にやっちゃって……」



 そうだ! 今授業中だった!?


 エスリン先生が駆け寄ってくる。


 まずい! 怒られる!!



「体は大丈夫!? あれだけの魔力を集めたら体に支障が出てもおかしくないわよ!?」


「そうなの!?」



 魔力こえぇ!!


 でもなんともないんだよな。


 強いて言えば、さっきの光が眩し過ぎて瞬きする度にその光の跡みたいなのが見えるのが鬱陶しいくらいだ。



「なんともないみたいね……ねぇ、アーサー君。ちょっと先生のマネしてもらえる?」


「? はい」



 俺が答えると先生はさっき教壇でやったように指先に魔力を集め始めた。


 俺も同じように魔力を集める。


 さっきと違って、感覚は掴んだからマッチの火くらいの光が指先に灯った。



「今度はそれを魔法に変換してみましょう。さっき先生がやったように詠唱してみて? 「火よ灯れ」って」


「あっはい」



 答えてはみたものの……魔法……できるかな? この光を火に変えるの?


 熱量あげて、発火点まで上昇させるの?


 ……まずはマッチの頭薬をイメージしよう。


 塩素酸カリウムやリンを発火点150℃まであげる感じ。


 をイメージした時だった。


 ぽっと俺の指先に火が灯った。


 それは確かにマッチの火のような小さなものだが、俺は初めて魔法を使えた。



「す、すげぇ!! 先生!! 出来た!!」



 その初めての魔法の火が消えないようにしながらもテンションが爆上がり、左手をブンブンと振って喜びを表現する。


 が、それとは裏腹に、エスリン先生は唖然としていた。



「イ、イメージ発動……」



 無詠唱で発動することは何かいけないことだったのだろうか。


 そろそろ熱くなってきた指先をさっきの先生のように振り払って火を消すと、俺は恐る恐る聞いた。



「……なんかまずかったですか?」


「う、ううん! 違うのよ!」



 エスリン先生は立ち上がると皆を見渡して話し始めた。



「皆、アーサー君のやったことはほんの一握りの人しかできないことよ。挑戦してもいいけれど、やりたい子は先生に言ってからしてね。アーサー君は大丈夫だったけど、さっきみたいに魔力を集めすぎたら、大変なことになるから気をつけてね。大きくなってからすること。わかった?」


「「「「「はーい」」」」」」



 俺も含めて先生に返事をする。


 魔力って集めすぎるとダメなのか。


 いや、先生の言い方だと体が出来上がっていない状態だとダメっぽい。


 大きくなったらってどれくらいだろう。


 大体高校生くらいの年齢にならないとダメなのかな?



「にしてもすごいわね、アーサー君。魔法の才能があるのかもしれないわね」


「そうなの?」


「ええ、時代が時代なら冒険者になって名を馳せたかもしれないわね」


「ぼ、冒険者!?」



 なにそれ!? あるの!? そんな職業!?



「冒険者はいろんな土地を回って秘境の地を探索したりする職業よ。剣技や武道、魔法に長けている人がなるの」


「へぇ! 例えばどんなことをするの?」


「そうね……例えば洞窟を探検して中に宝物がないか探したり、ドラゴンと戦うこともあったみたいね。絵物語にもなっているわ」


「そうなんだ!」



 やべぇ! ファンタジーの世界じゃん!!


 でもそっか! 結構悲観的になってたけど、異世界転生といえばチート能力だもんな!!


 そっかそっか! 俺は魔法に長けているのか!!


 これから魔法を学んで強くなって、冒険者になって、旅に出て……もしかしたらどこかの町を救って可愛い女の子と結婚とかもできるかも!?


 いやいや、なんならどこかの国のお姫様をひょんなことから救って想いを寄せられたり!?


 これで俺もラノベ主人公の仲間入りかなぁ!!


 なんかテンション上がってきた!!


 よっしゃ!! そうと決まればこれから魔法の勉強――ん?


 なんかさっきからエスリン先生、言い回しがおかしくない? 過去形?



「まぁでも、大体強い魔物や魔獣は倒されたし、前人未踏の秘境も去年踏破されて誰も行ってない場所なんて無くなったから、絵物語のような冒険はもうできないけどね」


「どぅえっへーい」



 夢ができた瞬間に砕かれて変な声が出た。



 ――


 ――


 ――



 夢破壊最速記録保持者となったが、見た感じ文明はあまり発展していないんじゃないかと思い、そうなったら先生や皆の言う「世界」ってかなり狭いんじゃないか? と考えた俺は先生に頼んで本を取り寄せてもらった。


 冒険の本と魔法の指南書を少々。


 自分に魔法の才能があるんだったら伸ばしたいじゃないか。


 で、本を読み進めていくとこの世界のことが大体わかってきた。



「嘘……機帆船あんの?」



 どうやら帆船ではなく機帆船が存在するらしい。


 機帆船とは帆とスクリューによって推進力を得ている船のことだ。


 スクリューを作ることができる技術力とそれを回すエンジンを作る技術がこの世界にはあると言うことだ。


 思ったより工業は発達しているらしい。


 で、肝心の冒険の方は――



「クッソォ……極まで行ってやがる……」



 まさかの北極、南極両方とも踏破していた。


 本当にこの世界には誰も足を踏み入れていない場所がなかったのだ。


 地球儀……まぁ、この世界はアルカイムって名前だからアルカイム儀って言えばいいのか、それがあるから大体の地理は判明しているんだろうなとは思ってたけど、まさかこれほどとは……



「南極は地球と同じで周りを海で囲まれてるのか……40°50°60°線は地球と同じで暴風圏なのかな?」



 ――吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度。


 地球の南緯40°50°60°線は周りに陸地がなく、風や海流の流れを妨げるものがないことから、勢いが激しい。


 よってそこを突破するのは至難の業だ。


 確か日本の観測船しらせは横揺れ傾斜角は50°以上も傾いたことがあったんだっけ?


 現代の船でもそれだけ傾く時があるんだから。この世界……実際に大きさは見てないけど、機帆船だったら全長100mぐらいで幅15mくらいだろう。


 そんな細っこい船で行くなんて白瀬矗かな?


 人の探究心っていうのはすごいエネルギーを持っているもんだ。



 ……いや、そんなことよりもだ。



 異世界転生して魔法の才能があるとわかったのに、このまま平々凡々な人生を歩んでいっていいものだろうか?


 いやそれでもいいんだろうけど、なんだかなぁ。


 せっかく普通の五歳児と違って知識も知恵もあるんだから、このアドバンテージを活かしていきたい。



「……ん?」



 そんなことを考えながら読み進めていたのは魔法の本。


 その本のページには、魔法の術を記しているものではなく、魔法を発動できる道具……魔道具の製作方法を記しているものだった。



「ほんほん……へぇ……」



 どうやら魔道具は魔力を乗せることができる特殊なインクを使って、物にどんな魔法を発動させたいか文字にして書いていくものらしい。


 文字は書いていくとインクが染み込むようにして素材に溶けていくから、文字が多すぎるとどこにどこまで書いたかわからなくなる為、注意が必要とのことだ。


 ってことは文字制限とかはないけど、どこまで書いたかわかんなくなるし、なんなら文字が重なると意味を成さなくなるからめっちゃ長い文章は現実的じゃないってことだな。



「魔道具……ねぇ……」



 大体武器類に使われている技術みたいだけど、兵器から生活用品に転用された物なんて地球でもごまんとあるんだから、俺がこの世界でそれを成す先駆者になってもいいかもな。


 そうだな……じゃあ、今は冬になろうとしている時期だから……



「お湯の出る蛇口とか作ってみるか?」



 既にあるかもしれないけど、いってみようやってみようの精神で進んでいこう。


 第二の人生だ。せっかくならいい人生歩みたいしね。










 ◆










 魔法書を読み進めていたあの日から俺の魔道具開発の日々は始まった。


 魔法というものをよくわかっていない最初は、熱湯通り越して水蒸気しか出てこなかったりしたけれど、才能があったからかすぐにコツを掴んで、数日後、俺の魔道具第一号「お湯も出る蛇口」が完成した。


 もっと名前を捻ればよかったと後悔している。


 それを孤児院に設置して使用してもらった感想は、冬だったこともあって皆大喜びだった。


 それからいくつか地球の家電をイメージして魔道具を作っていたら、エスリン先生の旦那さんが営んでいる商会で売ってみないかと言われて売り出したら飛ぶように売れて、前世の記憶が甦ってから九年経った今では小金持ちくらいになっている。


 そして、来年は孤児院を出る歳だ。


 ……早くね?


 来年だと俺まだ十五歳ぞ?


 十五歳の子供を社会に放り出すんか?


 とか思ったけどこの世界、十五歳で成人だそうだから働くなり、学校に行くなり好きにする年齢らしい。


 前世の日本の十八歳の立ち位置ってことだ。


 そう考えると普通だな。うん。


 でもどうしよう。働くでもいいけど、この前エスリン先生の旦那さんから子会社作らないか? って持ちかけられたことがあったんだよな。魔道具製作の。


 それもありかなぁ……


 なんて自室の椅子に座って考えていたが、少し疲れたから背もたれに体重を預ける。


 すると視界に本棚が入ってきて、ちょうど目線の先には冒険者の自伝やらの本があった。


 ……冒険かぁ。


 最初、なれないってわかった時はショックだったなぁ。


 まぁ、魔法なんて技術があったら冒険って地球と比べれば比較的楽そうだよな。


 飲み水は魔法で作れるし、火だってそうだ。


 回復魔法を習得すれば薬も節約できるだろうしな。


 防寒着も魔物や魔獣の皮で作れば魔法付与で常にあったかくできるみたいだし。


 そりゃ地球と違って踏破も早いよな。


 このままいけばいつか誰かが深海とかにだって行くだろうな。



「……あっ」



 あった。あったよ。


 まだ誰も踏み入ったことのない場所。


 海の底があんじゃん!!



「そうだよ……まだ冒険できる場所があったじゃんか!!」



 そうと決まれば潜水艇の設計をしてみよう。


 なぁに、考えるだけならタダさ。



 ――


 ――


 ――



「あなたがアーサー・グレイヴス?」



 海の底に挑むことを考えた半年後。


 俺の元に一人の少女が現れた。


 ピンク髪にボブカット、エメラルドグリーンの瞳とは随分とファンタジーな容姿をしているではないか。



「私はシャーリー・ラザフォード。ラザフォード商会の一人娘よ。歳はあなたより一つ上」


「はぁ……初めまして。アーサー・グレイヴスです」



 ラザフォード商会はこの国、ヘラスロク王国でトップの大商会だ。


 そんな商会の一人娘が俺に何用で?



「アーサー、あなたをスカウトしにきたわ。商会で魔道具製作をして欲しいのよ」


「えっ? 俺が?」


「そうよ。フューリー商会で売っている魔道具はあなたが製作しているそうじゃない。あんなに高性能な魔道具は初めて見たわ! 間違いなくあなたは天才よ!!」


「ど、どうも……」



 彼女のエメラルドグリーンの瞳がキラキラと俺に向けられる。


 でも、すごくありがたい話だ。


 俺の製作した魔道具がこんなに評価されるとは思っていなかったからな。


 しかし……俺は半年前に深海に行く夢を見つけてその想いは日に日に増していった。


 それを成すには雇われ給料じゃあ不十分だ。


 自身で起業して、その稼ぎを潜水艇開発に注ぎ込まなければ!



「その……ありがたいお話ですが辞退します……」


「……えっ!?」



 最初、何を言われたのか理解できなかったのか、返事が返ってくるまで少し時間がかかった。



「ど、どうして!? 給金の問題かしら!? あなたの今の稼ぎの倍を出しているのだけれど!?」


「いやあの、給金の問題ではなくてですね……」


「じゃあ何が問題なの? 希望があるのならお父様に掛け合うわ!」



 どうする? まさかここまで食い下がってくるとは思っていなかった。


「そう、残念ね」って言われて終わるものと思っていたのに……


 とりあえず、契約内容に不満がある訳じゃないし、正直に言った方が良さそうだ。



「契約内容に不満があるわけではないんです。個人的な理由でお断りさせて頂きたく思います」


「個人的? 一体なんなの?」



 まだ食い下がってくるか!?



「その……深海に挑みたくて……その為には自身で起業して稼がなければと思っていまして……」



 なんと言えば下がってくれるのか考えながら話をした。


 が、特になにも思い浮かばなかったから正直に言った。


 すると、シャーリーさんはキョトンとした表情で俺を見ていた。



「……深海? 何をしに行くの?」


「冒険……ですかね? そこに何があるのか見にいきたくて」


「……具体的にどうやって行くの?」


「まず潜水艇は必須ですよね。深海ですから生身で潜るなんてできませんし、水圧だってかかる」


「その水圧にはどうやって耐えるつもり?」


「操縦席は真球に近く形成しなければいけないでしょうね。あとは材質ですが、可能であればアダマンタイトかオリハルコンが欲しいところです」


「……深海に行ったあとの浮上方法は?」


「それは――」



 そこからシャーリーさんの質問に答えていった。


 自身の夢だからか、言葉は止まることなく出続けた。



 ――


 ――


 ――



 数時間後、語り尽くした俺は渇いた喉を潤す為に茶を飲んだ。


 いやぁ、楽しかった。


 楽しくて饒舌になってしまったわ。



「……最初は何を荒唐無稽なことをと思っていたけれど、ここまでとはね」


「?」



 何やら考え込んでいる様子。


 何かあったのだろうか?



「アーサー。私もね、冒険者になりたかったの」


「えっ? はぁ……」



 どうした急に。



「でも、陸は踏破されたし、私もあなたと同じように海の中を冒険することも考えたわ。でも、どうやっていけばいいか私では考えもつかなかった……でも、あなたは違った!!」



 パッと顔を上げたシャーリーさんが両手で俺の手を取った。



「あなたはより具体的な考えを持って海に挑もうとしている! 素晴らしいわ!!」


「ど、どうも」



 彼女に気圧されてそれくらいしか返事できなかった。


 すると、彼女から思ってもみない提案がされた。



「アーサー……あなたのその夢、ラザフォード商会が叶えてあげられるかも」


「えっ?」


「潜水艇の開発費、商会が持つわ!!」


「えぇ!?」



 もしそうなったら俺としてもありがたい。


 でもいいのか? 俺が言うのもなんだが荒唐無稽だぞ?



「い、いいんですか?」


「ええ。そのかわり、完成したら――」



 ――この出会いがなければ、俺は夢を夢で終わらせていただろう。


 そして、その夢の先を見ることもなかっただろう。



 そう。全てはここから始まった。



「私も、冒険に連れていって!」



 ――君との出会いが、全ての始まりだったんだ。

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