episode41 アーサーの人気

 


 掘削構成が完成し、海底から船体の位置を確認する為のトランスポンダも設置し終えた今、ドリラーズ達が小休止に入る際にマシューさんから「見学でもどうですか?」とお誘いされたので、ユースティアナさんやマティルデさんも含めた皆を引き連れドリルフロアへとやってきた。



「なんだかんだで初だわ。作業中のドリルフロアに入るの」


「そういえばそうだね。何か移動させたりしないように注意しないとね」


「うぉぉッ!! ドリルパイプめっちゃ並んでるっ!!」



 ドリルフロア……というより外に出る時は作業着を着用する決まりにしている為、皆研究者を示す青色の作業着に身を包み、ヘルメットを着用している。


 シャーリーとエレナは作業中のドリルフロアに入ることに若干緊張しているようだ。


 あとカレンうるさい。



「ドリルパイプが騒然と並ぶと圧巻だな」


「そうですね。これほどの量を用意しないと深海へ行けないとは……視覚的にその困難さが見てとれます」



 エリオットとレイもドリルパイプの多さに驚いているようだ。


 ドリルパイプを四本ワンセット……専門用語で1スタンドというが、それがパイプラッキングに所狭しと並んでいる。


 こんな光景は確かに初めてだ。



「これがトップドライブ……巨大ですね」


「この巨大な魔動機械だけでこの量のパイプを支えるのですか?」


「本来はそうなんですが、今回は6348mも下の海底を掘ることになりますのでパイプ自体の重量も相当なものになります。従って、今回はパイプを支える専用魔動機械を用意しました」



 ユースティアナさんは頭上にあるトップドライブの大きさに圧倒されているようで、上を見上げながら口をポカンと開けていた。


 その横で、マティルデさんがシンシアに質問して、シンシアはそれに答えていた。



「ところでアーサー。あそこにある鋼鉄製の太いパイプはなんなの?」


「ん? あぁ、あれはコンダクターパイプだよ」


「コンダクターパイプ?」


「ケーシングパイプの一種だ」


「えっ? あんなのだったっけ? ケーシングパイプって。先端にドリルビットみたいなのが付いてなかった?」



 シャーリーの質問に答えたが、シャーリーは今まで見たケーシングの構成と違っていて驚いているようだ。



「今までやっていたケーシングはケーシングパイプそのものの先端にドリルビットがついてるタイプでな。今回はそれを外す機構が作れなかった」


「なんで? このコンダクターパイプでも一緒なんじゃないの?」


「コンダクターパイプは今回、ジェッティングで設置するから回転させて掘らないんだよ」



 ジェッティングとはコンダクターパイプを回転させて埋めるのではなく、そのまま押し込んでパイプを埋める方法だ。


 押し込む……とはいうものの、何もせず力任せに押し込むのではなく、パイプ内に水を流してその水流で土を押し除けていく挿していく。


 故にジェッティングと呼んでいるのだ。



「そのまま押し込むの? 今まで通り回転させてもいいんじゃない?」


「言っただろ? 今までの方法じゃウェルヘッドが外せないって」


「……えっ? 今までウェルヘッドってくるくる回して取ってたの!?」


「そうだよ」



 瓶の蓋を外すかの如く、今まではウェルヘッドを外す際はトップドライブを反回転させて取っていたが、それが今回は使えない。


 だから新しい機構が必要となったのだが――



「今回積んだウェルヘッド脱着機構だけど、トルクが低くてな。回せないんだよ」


「そうなんだ……押すのは大丈夫なの?」


「そこは大丈夫。でないとケーシングなしでやることになるからな」


「だよね」



 ケーシングなしで掘削なんかしたらスタック……ドリルパイプが回らなくなること請け合いだ。


 それだけは避けないとな。



「このパイプ達を繋げて海底までいくのですね。6kmも繋げたら切れちゃいそうな印象なのにすごいです」


「切れますよ」


「……えっ?」



 ユースティアナさんがラッキングされたパイプを見ながらそんなことを言うものだから、口を挟んでみた。



「切れますよ」


「聞こえてますっ! えっ!? じゃあどうするんですか!?」


「まぁ、詳細に言うと繋げたら、ですね」



 そう、何も考えずにドリルパイプを繋げていくとパイプ自身の自重に耐えられずに破断してしまう。


 それほど6km……掘削深度分を含めると7km分のドリルパイプを支えるというのは至難の業なのだ。



「まずはパイプの肉厚が薄いものを海底に、厚いものを船側にって感じで構造力学的に負荷を分散させているんです」


「そ、そうなんですね……それで大丈夫なのですか?」


「何回も計算しましたが計算上は問題ありません」



 ただコンピューターなしでの計算だからな……シンシアに手伝ってもらって精査して計算違いはないと思うけど不安は残る。



「だからここにラッキングされているドリルパイプ達は降ろす順番が決まっているんです」


「そうなのですね……知らないことばかりです」


「私だってそうです。知らないことばかりですよ……だからこそ――」



 俺はドリルフロアの下、掘削ポイントを見るように顔を下に向ける。



「「知る」為に、こんな大掛かりなことをしているんです」


「っ……」



 下に向けていた視線を上げてユースティアナさんを見ると何やら惚けていた。


 ……どうした?


 あぁ、なるほど。


 いろいろ言い過ぎて頭がパンクしているのか。


 シャーリー達も最初はそんな感じだったからな。


 同じ二の鉄は踏まない。俺も成長しているんだ。



「そろそろ休憩時間も終わりだ。居住区へ帰ろう」



 見学させてくれたマシューさんに挨拶した後、俺達はアルカイム前方の居住区へ向かった。











 ◆










 見学を終えて、アーサーは自室で調べ物があるとのことで途中で別れたシャーリー達は、その足で食堂へと向かった。


 マティルデとシンシアの二人がティーセットを用意している間、ユースティアナは椅子に腰掛けてポォっと惚けていた。



「どうしたのティア。惚けちゃって」


「……えっ!? ううん! 大丈夫!! 全然平気!!」



 シャーリーに声をかけられてようやく我に返ったユースティアナは慌てた様子で手を振る。



「あー、もしかして圧倒されました?」


「あぁ……あの設備を見たらね。近未来すぎるもんね」



 カレンはドリルフロアにある設備に驚いたのではないかと口にし、エレナもそれに便乗する。


 それはマティルデを除いた他のメンバーも同様だった。



「なるほど、私達が圧倒されていたのは近未来の魔動機械を見せられていたからか。いい表現だ」


「ヘリだけでも夢のような乗り物ですし、近未来的と言われて腑に落ちました」


「にしても……私達はアーサー様の作るものに慣れすぎましたね」



 同じ席を囲んでいたエリオットとレイがエレナの近未来という表現を気に入った。


 シンシアは新鮮な反応をするユースティアナに対して、自身が未来を行っていることを改めて自覚する。



「違うんです! いや……違わなくはないんですが……その……」


「? じゃあ、どうしたの? 気分が悪いんだったらちゃんと言って?」



 しかし、ユースティアナは設備に圧倒されたわけではない……ということではないようだが、他にも理由がありそうだった。


 もし体調の問題であるのならば、早めに対応しなければと、シャーリーは改めて惚けていた理由を聞いた。


 するとユースティアナは顔を赤くし、手をもじもじとさせながら理由を語った。



「あの……さっきね? 私が知らないことだらけだってアーサー様に言ったら……」


「言ったら?」


「自分も知らないことだらけだって言って……だからこそ「知る」為に大掛かりなことをしているんだって言ったそのお顔がとても凛々しくて――」


「「「「あぁ……」」」」



 恋してるなぁ……というのがマティルデを除く女性陣の感想だった。


 が、彼女らは失念していたのだ。


 この場には彼女らもいることを。



「なんだ。ユースティアナ様はアーサーに想いを寄せているのか」


「「「「っ!?」」」」



 しまった!? という感情が四人の表情に現れる。



「あの! その、違うといいますかそのぉ……」


「あれですよ!! 舞台俳優を見る時に抱く感情と一緒ですよ!!」


「そうそう!! なので決してユースティアナさんがアーサーに恋してるってわけじゃないんです!!」


「なのでその……聞き逃していただくとありがたいのですが……」



 ユースティアナのスキャンダルをなんとかしようとする四人を少し驚いた様子で見ていたエリオットだが、すぐに笑顔を浮かべた。



「なに、別になにもしないさ。むしろそうなる女性が居てもおかしくないと思っていたからな」


「えっ?」


「私も……アーサーには憧れているからな。対等な友人に、と彼に打診したのはお近づきになりたかったからだ」


「「「「えぇ!?」」」」



 衝撃の事実に声を重ねるシャーリー達。


 それにかまわず、エリオットは話を続けた。



「しかしなるほど。これまで何度も父上にアルカイムなどの乗船を打診していたのはその為だったか。強かなのですね、ユースティアナ様」


「えっ? あの……恐縮です……」



 想いを寄せる男性に近づきたくて国家元首を動かしました。と言っているようなものなので、ユースティアナは恥ずかしそうに顔を伏せた。



「まぁ、あれほどの男だ。何もしなければ引き手数多だろう。その証拠に、交際目的で近づく輩は王家とラザフォード商会でブロックしているが今までに何十人止めたことか」


「えっ!? そんなにいるんですか!!」


「あぁそうだとも。知らなかったのか? シャーリー嬢。てっきり父君から聞いているものだと思っていたが」


「聞いてませんよ……」



 またしても衝撃の事実を聞き、シャーリーは脱力した。


 しかし、それを聞いて焦った人物がいた。


 ユースティアナである。



「その……そんなに人気なのですか? アーサー様は」


「ええ。これだけの功績を挙げていて、あの容姿ですからな。人気が出ないわけがないとは思っておりました」



 シャーリーも、それには頷いた。


 光の当たり方によっては茶色にも見える黒髪に金色の瞳。


 目つきも優しげで整った顔は好印象を受ける。


 そして何より偉業を次々と成し遂げているところが拍車をかけている。


 露出が増えれば人気は出るだろうなとは思っていたが、まさか父がアーサーへのそれを止めていたとは梅雨知らず、それどころか王族の関わっているというのだから驚きを隠せない。



「確かに顔がいいよね、アーサー君って」


「新聞に写真載り始めたからねぇ。あれからかな? 人気がで始めたのって。皆、現金だよねぇ」



 エレナとカレンもアーサーの人気の高さを口にする。


 それを聞いたシャーリーは気になって二人に聞いた。



「二人ももしかして……男性として惹かれてる?」


「なわけないでしょ。あんな破天荒な人、憧れこそすれ付き合うとなると話は別だよ」


「私も……気苦労が絶え無さそうで無理かな。冒険仲間としたらすごく頼りになるけどね」


「そうなんだ……シンシアは?」


「私はアーサー様はご主人様で先生ですから、それ以上の感情はありませんね。考えたこともないです」



 カレンとエレナ、シンシアはアーサーのことを異性として好いてはいないようだった。



「だからこそ、貴女方のアーサー宅での宿泊を認めたのだがな」


「えっ!? 殿下、私達がアーサーん泊まってるの知ってるの!?」


「もちろん」


「なにがもちろん!?」



 衝撃の事実が明かされ、驚くカレンを横目に、エリオットは話を元に戻す為咳払いをすると、再び口を開いた。



「とにかく、ユースティアナ様はこうして船にまで乗船して共に冒険をしている。そのことから、これまで打診のあった女性達と違い、接触を止める理由はない。そしてこの件をひけらかすつもりもない。ご安心ください」


「恐縮です……」



 暗に「頑張ってください」と言われている気がしたユースティアナは顔を再度赤らめる。


 それを見ていたシャーリーは、心に言いようのない……モヤモヤした感情を抱いていた。

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