episode24 ロケットエンジン
学院での実験から数ヶ月が経過し、ロケット建造は順調に進んでいた。
掘削調査船に関しては、そもそも造船所であるが故にスムーズに建造が進んでいて、船体はもう既に進水式を終えている。
あとはそれに艤装をしていくだけなんだが、その装備類の開発が滞っているのが現状だ。
……はい。頑張ります。
だが、このロケットさえ打ち上げられれば、建造は加速するはずだから、あと一歩だ。
機体は掘削調査船の進水式を終えたお陰で、建造出来ている。
問題はロケットエンジンだ。
燃料を燃やした際に発生する燃焼ガスを一方向に噴出させて飛翔体とさせるロケットエンジンは、内部で起こる爆発力に耐えるように作らなければならない。
実際に燃料を燃やす燃焼室の強度もさる事ながら、燃料を送り込むターボポンプや配管に掛かる圧力も馬鹿にできない。
というわけで、俺が作るロケットエンジンの方式は――
「ガスジェネレーターサイクル?」
「そう、その方式でロケットエンジンを作るよ」
首を傾げるシンシアに説明していく。
前世で一般的だったロケットエンジンは二段燃焼サイクルと呼ばれるもので、燃料である推進剤と宇宙で燃焼させる為に必要な酸素を供給する酸化剤を一度
この時発生した燃焼ガスはターボポンプを回すと同時に加圧され、燃焼室へと送られて、酸化剤と混ぜて燃焼させてノズルからそのガスを噴出させて飛ばすというのが二段燃焼サイクルだ。
ではガスジェネレーターサイクルはどうかというと作りとすれば二段燃焼サイクルのロケットエンジンとあまり変わりはない。
しかし、二段燃焼サイクルのロケットエンジンの場合はかなりの圧力を
だがガスジェネレーターサイクルの場合は、
加圧が必要ない為、強度をあまり必要としない故に二段燃焼サイクルのロケットエンジンよりは造りやすい。
……言うほど簡単ではないけど。
「じゃあ、なんで二段燃焼サイクルなんて方式があるんですか? 基本的な構造は同じなら簡単なガスジェネレーターサイクルの方がいいんじゃ?」
「二段燃焼サイクルのエンジンはガスジェネレーターサイクルのエンジンより推力が高いんだ」
「推力が高いと何かいい事があるんですか?」
「同じ大きさのロケットでもガスジェネレーターサイクルのものよりも重い物を同じくらいの距離まで飛ばせるようになるね。軽い物だったら、より遠くに飛ばせるようになる」
「なるほど、大型化を防げるって事ですね。大きくなる分、ロケット自身を飛ばす推力も必要になりますから」
「その通り」
シンシアは手にしていたノートに書き込みをしていく。
この家に来てからというもの、シンシアは勤勉に俺の知識を吸収していってる。
簡単な理科知識程度なら、普通に会話出来る程だ。
元々地頭は良かったのだろう。
でなければ高等魔法学院に入学だって出来なかったはずだからな。
特に数学に力を入れているようだから、そのうち追い抜かれてしまうかもしれない。
「とは言ってもガスジェネレーターサイクルのエンジンでも準同期軌道には十分乗せられるから大丈夫だよ」
「……準同期軌道?」
準同期軌道とは簡単に言えば惑星自転の半分くらいの速さで一周する軌道のことだ。
この世界でも惑星は一回転に二十四時間掛かるから十二時間で一周する軌道に乗せるということだな。
それを首を傾げるシンシアに説明した。
「えっ? じゃあ少し早いってことですよね? 真上から見れないんじゃ?」
「一基で計測しないからな? 複数打ち上げて最低でも三基と接続できるようにするんだよ」
「どうして三基なんです?」
「三角測量の要領で自分の位置を確認するんだよ」
GPSは自分の位置を教えてくれるシステムではあるが、その位置をGPS衛星が教えてくれる訳じゃない。
衛星から送られているのは衛星自身の位置情報だけだ。
衛星との位置関係を知ることができれば、自分がどこにいるのかがわかるって訳だが、これを宇宙規模でやろうと思うと色々計算しなきゃならないから、計算用の魔道具を作らないと……
前世で使ってた便利機能はいろんな道具があって初めて使えるんだなぁ。
それを成し遂げた先人達には尊敬しかない。
◆
――アーサーが学院で実験をしてから数ヶ月後。
シャーリー達学生に春休みがやってきた。
今回も夏休みと同じく、アーサーの研究と開発に携わろうとしている三人だが、今回はもう二人参加していた。
「アーサーは今、ロケットエンジンというものを作っているのだろう? 楽しみだな!」
「そうですね。殿下」
エリオットとレイである。
いつも帰省に使う馬車では手狭な為、今回はエリオットの厚意で大型の馬車を用意してもらっての移動であった。
わざわざ馬車を分けずに一台にしたのは、こうして移動中会話を楽しみたいというエリオットのわがままからであった。
「もう発射場? は既に出来ているそうです。そろそろ離島へ部品を運んでいこうとしていると聞いてます」
シャーリーがアーサーから聞いた状況をエリオットに話すと笑顔を浮かべた。
「そうか! もしかしたら、そのまま離島へ付いていけるかもしれんな!」
そんな期待に胸を膨らませて、馬車に揺られること三日。
港町ルインザブに到着した。
各々、宿や家に荷物を下ろしてまた集まり、フォスター造船所へと足を運ぶ。
「見学の許可はもらってるんだよね?」
「うん。着いたら連絡してってアーサーに言われてるわ」
エレナの質問に答えるシャーリーの視線の先。
何やら人集りができているのが見えた。
しかもその人集りができている通りはフォスター造船所がある通りである。
「なんだろ? ……って一つしかないよね」
「さぁってと。どんなものを作ったのかな?」
「人集りができるほどのものを作るとは……どんな形をしているんだろうか?」
カレンが疑問に思うものの、すぐにそこに何があるのかを大体悟った。
シャーリー達は覚悟を決めて通りに続く曲がり角を曲がる。
エリオットが言ったようにロケットとはどんな形をしているのか全く想像ができない。
船のような形をしているのだろうか?
それとも先日見たヘリコプターのような形だろうか?
緊張と好奇心を胸に人集りを掻き分けていく。
とは言うが、王子であるエリオットのお陰で、その人集りは掻き分けるどころか割れた。
「すまない。ありがとう」
道を開けてくれた人達に手を上げて礼を言いながら進むエリオットに続く形でシャーリー達も進む。
開けた道の先、フォスター造船所の姿が見え、そこにあったのは珍妙な形のものがあった。
まるで教会の天頂に置く大きなベルのような形の裾が広がった円錐。
そのベルの頂点部分には、複雑に絡み合った配管類が無数に張り巡らされていて、よく見るとベルの方にも細い細い配管無数に張り巡らされているようだった。
「「「「「なんだあれーっ!?」」」」」
想像以上のものがそこに鎮座しており、シャーリー達は声を揃えて叫んだ。
◆
「おっ? 来たか。おかえり」
なんか叫んでる人いるなと思って見てみたらシャーリー達だった。
エリオットも同じように叫んでたが、公衆の面前なんだから控えた方がいいぞ?
王子様なんだから。
「た、ただいま……えと……何これ?」
「ロケットエンジン」
シャーリーが指差すそれこそが、建造したロケットエンジンだ。
ガスジェネレーターサイクルロケットエンジン「RF-1」
燃料は液体酸素とケロシン系ロケット燃焼を使用する。
第二段には硝酸と非対称ジメチルヒドラジン系を高圧ガスで送り込む圧送式サイクルエンジン「NE-1」を搭載させる。
圧送式サイクルは構造が単純だからすぐに作れて、それは既に島の方にある。
「こ、これで空を飛ぶの? 羽は?」
「ないよ」
一応言えば中にタービンの羽があるけど、外にはない。
「どうやって飛ぶのよ?」
「その前にこれを船に積んでいい? 説明なら道中話すからさ」
「……道中?」
シャーリーの質問に答える前にエンジン積みたかったし、そう言ったらエレナが首を傾げた。
「これからロケット発射場に行くんだよ。だからその道中に話そうかなって」
「「「「「……」」」」」
あれ? 五人とも黙った。
……あっ!? 同行するか確認してなかった!!
「あぁ、ごめん! 一緒に来る前提で話しちゃったな!! なんなら戻ってきてから話しするから――」
「「「「「行く!!」」」」」
「――おぉう、そう? じゃあ道中話すよ」
てなわけで、シャーリー達も島に同行することになり、エンジンを船に乗せ始める。
ちなみにシャーリー達はエンジンを船の停泊場所まで運ぶ自動車を見て、目を点にしていた。
――数時間後。
船の上でロケットが空を飛ぶ原理とエンジンの構造を話し終えると、皆一様に目を点にしてしばらくしたら今度は呆れた表情で俺を見てきた。
「全く……自走する車を作るし、わけのわかんない機械を作るし……色々と先に進みすぎて頭がくらくらするわ」
「そうだよな……でも必要だったからさ」
シャーリーはロケットエンジンを船に運ぶ際に自動車を見て驚いてたな。
確かに時代にそぐわないものばかりだというのは自覚がある。
けど、必要だったんだからしょうがない。
「だが、あれだけのものを用意してもギリギリなのだろう? その……なんだったか?」
「GPSです。殿下」
「それだ。それを空に上げるには」
エリオットも少し頭がこんがらがっているのか、GPSの名前をレイさんに聞いていた。
「初手から目標を高く設定し過ぎたなって思ってるけど、GPSを投入するにはこれくらいないといけないんだよ」
GPSは準同期軌道……惑星の周りを十二時間で一周する軌道に乗せなきゃならない。
高度は約2万km……前世の国際宇宙ステーションが約400kmだったことを考えるととんでもない距離だ。
しかもそこに複数機打ち上げないと意味がないときた。
宇宙開発って難しい。
深海探査も大概だが、宇宙も冒険しようとなると相当難易度高いよな。
――
――
――
というわけで島に到着し、ロケットエンジンを設置。
各部点検を行い、一夜明けてとうとうテストの日を迎えた。
「いよいよですね……無事動いてくれるといいんですけど……」
胸の前で祈るように手を組み、制御室のモニターを見つめるシンシア。
一緒になって頑張ってくれたもんな……計算とか。
ツオルコフスキーの公式を教えた後から数学に目覚めたようで、俺が色々と教えていくととんでもない速度で吸収していき、今では一部の計算を任せる程になった。
前世アメリカの宇宙開発を引っ張ったヴェルナー・フォン・ブラウンもロケットに興味を持った時は数学が大の苦手だったようだが、数式を理解したいが為に必死に勉強して最後には数学教師の代わりに教壇に立てる程になったらしい。
シンシアもこのまま進んでいけばそうなるだろう。
「一発成功すればそれに越したことはないけど、失敗してもそれはそれで知見を得られるんだから前向きにいこう」
「はい!」
フォスター造船所から派遣された方々がテキパキと作業を進めていく。
それを俺とシンシアは普通に見ていたが、連れてきた五人は唖然としていた。
「どうしたんだ? 何か気になるところでもあるか?」
「……なんなんですか? ここは?」
俺が質問したら、レイさんがモニターの並ぶ正面を指差した。
「制御室ですが?」
「異質過ぎますよ……なんか色んな計器が並んでて……」
そうかな……そうかも。
「でもこれでも最低限なんですよ。時間があれば色々用意したんですけど、今回は早く打ち上げたかったんで」
「クレイヴスさん。各部チェック終了しました」
俺が答えたその時、全ての準備が整ったことが現場主任から知らされた。
「ありがとうございます。では、早速始めましょう」
「はい。ロケットエンジン、燃焼試験を開始します」
現場主任がアナウンスをした後、警告を示すブザーが鳴り響く。
「ターボポンプオン」
「プリバーナー燃焼開始。ターボポンプ回転数上昇」
各セクションから報告が上がり、燃焼室に燃料が入った瞬間――
「点火」
俺は点火を指示した。
その瞬間、モニターに映る横向きに設置されたロケットエンジンのノズルから、炎が吹き出し、数秒もしないうちにその炎は勢いを増した。
燃焼ガスが音速を超えると発生するショックダイヤモンドがモニター越しにくっきりと見える。
……うむ。
「上手くいってるっ!?」
「えっ!? なんで驚いてるんですかっ!?」
シンシアからツッコミが入ったが気にしてられねぇ!!
ロケットエンジンってこんなスムーズに開発できたっけ!?
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