episode23 ケロシン

 


 さて、掘削調査船を作ってるはずなのに宇宙開発が始まって何が何だかわかんなくなってきたぞ。


 でも必要だから仕方ないね!


 ってなわけで――



「ロケットエンジン作るか」



 朝食を頂いた後、家にある工房に移動して作業を開始する。


 使用人で雇ったが勉強もしたいってことで、実質助手みたいになってるシンシアと共に、設計図を見つめた。



「ロケットエンジン……なんか二種類書かれてますけど何が違うんですか?」


「燃料だよ」



 ロケットと一口に言っても種類があり、固体燃料ロケットと液体燃料ロケットの二種類がある。


 固体燃料ロケットは構造が単純で推力も高く、開発するのが一番容易だ。


 しかし制御が難しく、比推力……燃料の消費率当たりの推力が液体燃料ロケットに比べて低いというデメリットがある。


 比推力が低いということは遠い距離まで飛ばせないということだから、今回開発するのは液体燃料ロケットということになる。



「で、肝心のロケットエンジンの設計図がこれ」


「……すっごい複雑なんですね」



 広げた設計図には細かなパーツが描かれていて要所要所にボルト締めか溶接かが書かれている。



「これとあとはタンクがあればひとまず飛べるよ」


「このエンジン一つで飛ぶんですか?」


「いや、固体燃料ロケットも補助として横につけるよ」



 というわけで固体燃料ロケットの設計図も出してみた。



「……今度はかなり質素ですね」


「モータケースとノズルと燃料があればできるからね」



 詳細にいえばそれだけではないが、簡単にいえばそうなる。


 液体燃料ロケットはいくつかバリエーションがあるが、主要なものは酸化剤と推進剤の二種類を貯めるタンクが必要で、それを燃焼室へ送り込むターボポンプ、そしてそのターボポンプを動かす為に一度燃焼させるプレバーナー、二つの燃料が混ぜ合わされ、プレバーナーで燃焼されたガスと共に一気に燃焼させ推進力にする主燃焼室と部品点数が多い。


 が、固体燃料ロケットは先も言ったようにロケット本体であるモータケースと中に入れる燃料、そしてその燃料に火をつける点火装置、点火され燃焼されたガスを外界に吹き出し推進力とするノズルで構成されていて、構造は単純だ。


 簡単にいえば前世のロケット花火が固体燃料ロケットと同じような構造だ。



「でも、何回も打ち上げられないんですよね? このロケットがどれだけ遠くに行けるかなんてそれこそ何回か飛ばさないとわからないんじゃ?」


「ん? 計算すればいいじゃん」


「計……算……?」


「うん」



 ツオルコフスキーの公式Δv=w ln m0/mTで計算ができる。


 この式を使えばそのロケットがどれだけ飛べるかを知ることができるし、燃料の量も知ることができる。


 空気抵抗とかその他諸々考慮してないから多段式ロケットの第一段ロケットに全てを適用はできないけど。



「ロケットの初期の質量を m0、時間 をT 、T経過後の質量を mT、質量変化は推進剤として速度 w で噴射されたものとすると、 T 経過後のロケットの速度変化分を ΔV として表した式が、これ」


「……あのぉ、lnは?」


「自然対数だけど?」


「自然対数……」



 あっ、目がぐるぐるしてる。


 この世界は数学がそんなに発達していないのか?


 ……いや違うな、流体力学を知らないだけか。


 造船とか建築で数学は使ってるはずだしな。



「まぁ、ゆっくり覚えていきなよ」


「は、はい! 頑張ります!!」



 フンスと気合を入れるシンシアを見てほっこりするが、エンジンが一番の鬼門で、ここから何処まで行けるか……


 ほんと、なんでこうなっちまったのか……


 とりあえず、燃料は魔力で作ろうと思うけど、できるのか?


 試してみたいけど、もし事故ったら周りに迷惑かけるしなぁ。


 ……あっ、そうだ。



「シンシア、学院って魔法学院って言うくらいなんだから魔法実習室みたいなのはあるよな?」


「えっ? えぇ……もちろんありますよ。結構頑丈なのが造られてました」



 それがどうしたんですか? と言いたげな表情だ。


 いい情報をくれた。


 それならちょっと貸してもらおうかな。


 ……貸してくれるかな?










 ◆










 とある日の昼下がり。


 昼食も終えて、シャーリー達は食後の紅茶を楽しんでいると、外から聞き覚えのない音が響いてきた。



「何? この音」


「なんだろ? 聞いたことないね」


「校庭の方かな? 見に行ってみよ!」



 そう言って一人、食堂のバルコニーに駆けていったカレンをシャーリーとエレナは見送った。


 他にも大勢バルコニーに押し寄せていた為、シャーリーとエレナは見に行くのを諦めたのである。



「……まぁ大体想像つくけどね」


「そうだねぇ……今日だったよね? アーサー君達が来るの」


「そう。だから多分――」



 シャーリーが言い切る前に、バルコニーから響めきが聞こえた。



「な、なんだ!? あれ!!」


「そ、空飛んでるよ!?」



 野次馬からそんな声が聞こえる。


 なるほどとシャーリーとエレナは紅茶を一口飲む。


 そして互いに、カップソーサーにカップを置いた瞬間だった。



「「そうきたかぁ……」」


「そうきたかぁ!!」



 野次馬の中からも、同じ台詞を吐くカレンの声が響いた。










 ◆










「あんたとんでもないものを作ったわね」


「えぇ? まだ二人乗りだぜ?」


「十分じゃないの……」



 魔法学院の校庭にヘリを降ろすと、校舎からシャーリー達が駆け寄ってきた。


 まぁ、今日ここに来るとは言ってたし、ローター音ですぐバレるから別に驚くことではないけど。



「久しぶりシンシアさん。半年ぶりだね、どう? アーサー君のお仕事を一緒にした感想は」


「久しぶりですエレナさん。すごく刺激をもらってます。ただ色々先を行きすぎてて時折圧倒されてしまうんですけど……」


「あぁ〜、ですよね」



 シンシアとエレナが談笑している。


 ……あれ? 同室だったカレンは?


 キョロキョロと周りを見渡す。


 が、すぐに見つかった。



「す、すごい! 魔動モーターで羽を回してるんだ!! うわぁ! 羽の形状も風車とは全然違う!!」



 大興奮である。


 あとで中も見せてあげるからガニ股でドア越しに中を覗き込もうとしなさんな。


 はしたなくってよ。



「今日は魔法の実験できたんでしょ? 一体何をするの?」


「えっ? ちょいと爆発させたくて」


「……はい?」



 ひとまずシャーリーの疑問は一旦置いといて、学院長さんに挨拶と魔法実習室を使わせてもらえることへのお礼をした後、シャーリー達に魔法実習室へ案内してもらった。


 実習室……と言っても部屋というよりは前世で言う体育館のような感じだ。


 的のようなものがあるから、雰囲気は室内でできる弓道場って印象かな。



「ここって火災対策はできてるのか?」


「もちろん。炎魔法の実習もあるからね」


「一体どんな魔法を使おうとしてるの?」



 シャーリーに火災対策がされていることを確認した後、エレナから質問された。


 魔法……うーん、魔法と言っていいのか?



「魔法って言っていいのかわかんないな。やってみないとわかんなくてさ」


「? どういうこと?」


「俺が今ロケットエンジンを作ってるのは知ってるだろ? 燃焼イメージはできてるんだけど、燃料を魔力で生成できるのかわかんなくて」



 今回、実験したかったのはこれが理由だ。


 前世で主流だったロケットエンジンの燃料である液体水素だったら、魔法で水を作れるのなら水素を生み出すこともできるだろうと思う。



「水素だったら魔力から作れると思うんだけどさ」


「その水素も燃料になるの? 作れるイメージが高いならそっちの方がいいんじゃない?」


「それもそうなんだけどさ……問題があるんだよ」


「どんな?」


「すぐ燃える」



 すぐ燃えるとは言ったが、水素単体では燃えはしない。


 問題なのは酸素と混ざった時だ。


 水素2に対して酸素1の混合気に火を灯せば最大効率で燃焼する。


 この水素の燃焼は慎重に行わないと本当に大爆発を起こしてしまう。



「例えば魔力で水素と酸素を生成して混ぜて準備しても、空気中の酸素のことを考慮せず着火したら、自分のイメージ以上の爆発を起こしかねない。燃料としては申し分ないんだけどな」


「えぇ……でも燃料としては最適なんだよね? その空気中の酸素のことも考慮して魔法を使えばいいんじゃ?」


「それはそうなんだけど、制御がかなり難しいし、液体水素自体が沸点が-253℃だから状態維持しようとするとタンクに魔法付与しなきゃならないしでやること多くなるんだよ。今回は速攻でGPS打ち上げたいからさ」


「……GPS?」


「空から見下ろしてもらって位置を教えてくれる魔道具」


「へぇ……えぇ!?」



 エレナが驚いているが、今は無視しよう。あとで説明してあげるから。


 てな訳で俺が今回魔力から作ろうとしているのが――



「扱い辛い液体水素じゃなくて、ケロシンを作りたいんだよ」


「ケロシン……」


「またわかんない単語が出てきた……」



 ケロシン……すごく簡単に言えば灯油。


 少し詳しく言うと水分を奪った灯油。


 前世じゃ初期に作られたロケットの燃料として使われてた。


 近年でも民間宇宙開発企業のロケットがこれを使ってたな。


 で、なぜこれを魔力で作れるか疑問に思ったかというと――



「ケロシンは炭化水素……メタンとかと同じなんだよ。有機化合物だから魔力で作れるかどうか……」



 そう、水素という原子なら魔力を水素に変換すればいいと思うが、炭化水素はどうなるのかがわからない。


 だから試してみたかった。



「っていうわけだからやってみるぞ」



 会話はこれくらいにしておかないと、貸し出されている時間にも限りがある。


 早速、魔力を集めて、まずはそのままケロシンを生成するイメージを魔力に流し込む。


 魔力の光がだんだんと液体に変わり、数秒で全て液体となった。


 ふよふよと胸の前で浮かぶ液体。


 匂いから灯油臭さを感じるから、出来ているのは出来ているみたいだ。


 その液体をビーカーに入れ、シンシアに持参した検査器に入れてもらい検査する。



「どう?」


「待ってください……結果出ました。オクタン価が低いですね、40しかありません」


「作れるんだ、炭化水素。でも、ただの灯油か……」



 先ほどケロシンは水分を奪った灯油と言ったが、厳密にはそれから色々と手が加えられてロケット燃料となる。


 オクタン価というのはノッキングのしにくさ……つまり異常燃焼のしにくさを示もので、これが高いとノッキングしにくい。



「やっぱ化学しなきゃなんないか。で灯油作って、でそれを加工するか」


「「「……はい?」」」



 なんか三人が声を上げたが気にしない。


 さっきは両手でやったが右手だけで魔力を集め、それをケロシン……のつもりが灯油ができたので灯油を作る。


 できた後、左手でまた魔力を集めて、それを使って右手で生成した灯油の水分を抜く。


 作業を始めた数分。


 ひとまず、ロケット燃料に使えそうなところまでいったと思う。


 またビーカーに生成したそれを入れてシンシアに検査器で調べてもらう。



「疲れた……」



 調べてもらう間、ちょっと休ませてもらおう。


 椅子とかはないから地べたに座り込んで、ホッと息を吐いた。



「ちょ……ちょっと待って!? 今、別々の魔法をそれぞれの手で発動してなかった!?」


「えっ? うん」



 シャーリーがなんか言ってきたがそれができなきゃ色々と不便なものでして。



「そんなのおかしいよ!? 普通、発動できるの一つだけなのに!!」


「そうなのか? でも出来てるし」



 そんなことを言われても出来てるんだから困る。


 俺の返答に不満なのか、エレナは頬を膨らませていた。



「まぁ、俺だって最初やった時は出来なかったけど、練習したら出来たんだ。皆も出来るようになるよ」


「えぇ……そんな投げやりな……」


「アーサー! 結果出たよー!」



 エレナからの不満の声はカレンの声にかき消された。


 立ち上がって検査器の値を見る。



「アーサー様、これならいけるかと」


「そうだね、これでいこう」



 シンシアに賛同し、魔力を使ってビーカーの中のロケット燃料を浮かせる。


 浮かせたそれに混ぜる液体酸素を左手で生成し、その二つを自身の前で混ぜ合わせ、その水弾を弾き飛ばした。


 そしてすかさず水弾にマッチ程度の火の弾丸を打ち込む。


 すると、光を放ったかと思ったその瞬間、爆発音と衝撃波が伝わる。


 爆発自体は激しいが、威力はビーカー半分程度のロケット燃料だから、施設破壊までには至らない。



「あとはこれを量産するための魔道具を作ればいいだけだな」



 とは言っても、これ以外に作らなきゃいけないものが多すぎる。


 全く、冒険ってのは大変だぜ!

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