episode22 空を自由に飛びたいな
さて、家に着いてシンシアの手料理を食べ終えお茶をする時間がきた。
今までの生活じゃ考えられないほどQOLが高くなった。
ご飯めっちゃ美味いし、紅茶めっちゃ美味いし。
「それで……お聞きしたいんですが、ライザー掘削ってなんですか? この前テストした方法じゃダメなんでしょうか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」
前回実施したテストはライザーレス掘削というもので、それぞれ利点がある。
ライザーレス掘削は掘れる深度がライザー掘削と比べて浅い分、水深7000m下の海底を海底下2000mまで掘れる。
しかし、ライザー掘削は水深2500m下までしかパイプを伸ばせないが、海底下7000mまで掘削ができる。
つまり、ライザーレス掘削は水深が深い場所を掘れるが海底下1000mから2000mしか掘れない。
ライザー掘削は水深2500m下の海底しか掘れないが海底下7000mも掘ることができる。
そしてそれ以外にもライザー掘削には利点がある。
それは――
「泥水を流す……造船所でも仰っていましたね? それが利点ですか? どんな利点があるんですか?」
「まずは掘削しているということは岩石を砕いているってことだが、この砕いた岩石のことをカッティングスというんだけど、それをどうやって除去してる?」
「えっと……パイプ内に水を流して坑内に逆流させて孔口から噴出させてます」
「その通り。では、それを海底ですると?」
「海底に溜める形になります?」
「何故疑問系? 合ってるよ」
そう、カッティングスは海底に溜まってしまう。
カッティングスも貴重な試料になるから結構もったいない。
「ライザー掘削はドリルパイプ内に特殊な泥水を流すんだけど、役割はライザーレス掘削と同じでドリルビットの冷却やカッティングスの除去なんだけど、ライザーパイプってのをドリルパイプ周りに設置することで、逆流してきたカッティングスをライザーパイプを通じて回収できるんだよ」
「へぇ! 回収できるんですね!! ……それだけですか?」
試料が回収できるよ! やったね!!
ってだけでメリットそれだけかよって思われてそうだな。
もちろんそれだけじゃない。
「泥水を流すから地層からかかる圧力を調整したり、坑の崩壊を防ぐ泥壁を形成したり、泥水の比重、温度、導電率、流量、圧力などなどを検出することで
「す、すごいですね……だから7000mも掘れるんですね」
「だからそれぞれのメリットデメリットを鑑みて、建造中の掘削調査船はライザー掘削とライザーレス掘削を選択できるようになってるんだよ」
ライザー掘削だけできるようにしちゃうと、掘削できる海底が限定されてしまう。
だから両方できるようにするのは必須だった。
「でもそれだけのデータ……いっぱいありすぎて頭がパンクしそうですね」
「それは……人海戦術しかなさそうだな」
コンピュータでデータを統合とかできないからな。
コンピュータねぇし。
一つのモニターに一つの検出器しか繋げられないから、とんでもねぇモニター量になりそうだ。
「とりあえず掘削船はなんとかなりそうだけど……問題はロケットだな」
「その……ロケットってどういうものなんですか?」
「すごく簡単に言うと作用反作用の力を使って空を飛ぶもの」
「さようはんさよう?」
作用反作用の法則……テーブルを叩いたら、叩いた分手のひらに跳ね返ってくるっていうアレ。
ロケットは燃焼ガスを噴射して空気を蹴って飛ぶ。
宇宙では自身が噴射した燃焼ガスを蹴って飛び続ける。
ということをシンシアに話した。
「こ、こんなの……どうやって思いつくんですか?」
「なぁ、すごいよな」
「えっ?」
「えっ?」
「「……」」
沈黙が降りる。
……そうだ! これこの世界で最初に作ろうとしてるの俺だ!?
前世の感覚で答えちゃった!?
「は、はははっ! いやぁすごいよな! こんなのを思いついちゃうんだよ!! 俺!!」
「あ、あはは……自画自賛だったんですね。びっくりしました。まるで他人事でしたもん」
他人事ですもん。
最初にロケットを使えば宇宙に行けるって言い出したのはツィオルコフスキー博士だし、液体燃料ロケットを最初に作ったのはゴダード博士だし。
俺は後追いしてるだけだけど、前世で最上級の技術を使って作るものを今作れて楽しいってのはある。
まだマシなのはゴダード博士と違って俺は批判されていないってところか。
「まぁ、まずは空を自由に飛びたいよな」
なんて某国民的アニメの一昔前の主題歌の歌詞みたいなことを言ってみる。
「そうですね……飛行魔法はありますけど、十数mしか飛べませんから」
「そうだな。だから作ってもらったんだ」
「……えっ?」
トップドライブが完成した時、高性能魔動モーターができたから作ってもらったんだ。
回転翼型航空機……ヘリコプターを。
◆
「いやぁ、シンシアが飛行魔法使えてよかったよ。俺も最近使えるようになったんだ、これのテストの為に。非常時には飛行魔法で飛び出さなきゃいけないしさ」
「……」
「やっぱり一人でっていうのは不安でさぁ。協力者が欲しかったんだけど、飛行魔法を習得してる人なんてほぼいないし、覚えるにしても難しすぎるって言われて焦ったよ」
「……」
先ほどから隣に座るシンシアからの返事がない。
気分でも優れないのだろうか?
「さっきから何も話してないけど大丈夫? 気分悪いとか」
「こんなに高いところを
外からはバタバタと激しく空を切る音が響き、シンシアの声はヘッドセット越しに聞こえる。
俺は今シンシアと共に二人乗りのヘリコプターに搭乗して、ルインザブの沖合を飛行していた。
「聞こえてたか。ヘッドセットの不調かと思って少しビビったよ」
「この状況に少しはビビってください! どれだけ高いところを飛んでいるんですか!?」
「今は520mくらい」
「冷静に答えないでください!!」
まぁ、シンシアの言いたいこともわからなくもない。
飛行魔法でも十数mの高度だったのがまさかの50倍以上の高度で飛んでるんだから。
「まさか魔動モーターで飛べるなんて思ってなかったけどね。二人乗りならこれで問題なさそうだな」
「……二人乗りなら?」
「何十人も乗れなきゃ掘削調査船への人員輸送ができないだろ?」
元々ヘリを開発しようと思ったのがこれだ。
掘削調査はかなり長期間、同じ場所に停泊する。
前回のQUELLEでは寄港地があったが、掘削調査では寄港地などない。
船内での暮らしが何ヶ月も続いてしまうのだ。
それでは乗組員がストレスでまいってしまう。
なので人員輸送といくつかの物資輸送ができるようにヘリを用意したのだ。
船でもできるけど、急病人が出た際にもヘリは便利だしな。
「その大人数用ヘリコプターもこれの魔動モーターで浮くんですか?」
「いや、これだと力不足だからターボシャフトエンジンってのを使う」
ターボシャフトエンジンはガスタービンエンジンの一つで、ジェットエンジンと構造はほぼ同じだ。
違いは、ジェットエンジンは排気をそのまま推進力として使うが、ターボシャフトエンジンは内部で回るタービンの回転を伝える構造となっている。
この技術はロケットエンジンでも応用できるから作っててよかった。
「もうフォスター造船所では最終組み立てに入ってるよ」
「なんだかフォスター造船所って呼ぶのが違和感ありますね。空飛ぶ乗り物や新型の魔動モーターなんて作ってたら」
「同感」
そうさせてしまったのが自分というのも相まっている。
そういえばリチャードさんが「社名変えた方が良さそうだな」って言ってたな。
俺もその方がいいと思う。
「それで……今はどこに向かって飛んでいるんですか?」
会話したことで落ち着いたのか、シンシアが周りを見て質問してきた。
「ルイさんの所有してる島に向かってる。降りることはできないと思うけど、上からどんな地形になっているのか見ておこうと思って」
もちろんルイさんに許可ももらっている。
「そうなんですね。えぇっと……今はこの辺りかな? じゃあ目的地は――」
シンシアは傍らから地図を取り出し、現在地を確認する。
この世界の人達は地図を使って移動することが普通だから、すぐに自分がどこにいるのか把握するのが早い。
前世じゃ地図アプリ開いたらGPSで現在地すぐ出ちゃうからな。
「もしかして……アレじゃないですか? 社長の所有している島」
「おっ? ぽいね」
前にそこそこ大きな島が見えた。
特に人が住んでいる様子はなく、木々が生い茂り、岸壁付近ではヤギかな? 動物が動いている様子が見てとれた。
「うん、ロケットの最終組立棟や発射場も十分作れそうなくらい大きいな」
「確かに大きいですね……なんでこんな島を買ったんでしょう?」
「リゾート化させようとしたんじゃないかな? 砂浜も真っ白で海も綺麗だし」
ビーチには漂流した木々が多く流れ着いているが、それを片せばかなり綺麗になるだろう。
リゾートとしては最高の立地じゃないかな。
離島のリゾート地って便は悪いけど非日常感あるからな。
「じゃあ、写真撮って帰ろうか。シンシア、お願い」
「わかりました!」
島の周りをホバリングしながらその地形を写真に収めていく。
どんな発射場にしようか、家でじっくり考えよう。
――
――
――
というわけで帰宅。
ヘリはフォスター造船所の倉庫に預けて、自動車で家に戻る。
今はまだ自動車は一般販売されていないから、街を通るたびに人々がまぁ振り返ること振り返ること。
もう慣れたけども。
「ところで、空から見下ろす為にカメラを空に飛ばすってことですけど……カメラが突然落ちてきたりしませんか?」
「大丈夫だよ。速度と重力が釣り合えばね」
宇宙で衛星が落ちてこないのは言うなればずっと落ちているからだ。
放り投げた石が速度に乗っている時は宙を進み、速度が落ちてくれば重力に引かれて地面に転がる。
では速度が落ちなければ? ずっと浮き続けられるってわけだ。
でも空気抵抗やらなんやらで加速させる術がないとどうしても落ちてしまう。
じゃあ、邪魔する奴がいないところまで飛んでしまえってな訳で、空気が気薄な宇宙空間が一番なのだ。
「――っていうわけ」
「なるほど……でも速すぎると見下ろす前に通り過ぎちゃいますよね? どうやって真上から見下ろすように止めるんですか? それこそ速度が落ちて地面に落ちてきそうですけど」
「静止軌道っていうのがあってね。この星が回る速度と同じ速度でカメラを回せば、進んでいてもずっと真上を飛んでくれる」
まぁ、気象衛星とかならまだしも、今回はGPSなんだよなぁ。
GPSは一機だけで運用されず、複数の衛星から情報を受け取ってそれぞれの衛星が何処にいるのかを見て、自身の位置を測る三角測量と同じ要領のシステムだ。
ってわけで、少なくとも三機は打ち上げなければならず、精度を高めるにはそれ以上必要になる。
「できれば真上からずっと見てくれる準天頂軌道に乗せたいけど……難しいね」
「なんでですか? ずっと真上から見てくれるなら心強いと思うんですけど」
「準天頂軌道に衛星を乗せようと思ったら衛星自身がデカくて重くなるんだよ。だから複数回打ち上げなきゃならない」
「? 打ち上げればいいんじゃないですか?」
「そうなんだけどねぇ……」
俺は一枚の紙をシンシアに渡した。
そこには部品数やその金額がびっしりと書かれている。
「な……なんですか? この金額……」
「ロケット一機当たりにかかる費用」
「そ、そうなんですね……で、でも一回作ってしまえば何回も使えるじゃないですか!」
ああ、そうか。
シンシアはこれを船か何かと同じように捉えているのか。
「シンシア、衛星は空を飛ぶけどロケットは一回使ったら海に落とすんだよ。だから戻ってこない」
「……えっ?」
シンシアは再び費用が書かれた紙に視線を落として、手をプルプルと振るわせた。
「じゃあ……これって……」
「うん。使い捨て」
「ピィ!!」
だよねぇ、使い捨てって聞いたらびっくりするよねぇ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます