episode21 掘削テストと原子時計
トップドライブが完成して数ヶ月。
まだ8m程度しか掘削したことがないから、これからはエレナの実家であるグリント社の鉱山で掘削テストを行なっていく。
基本はドリルパイプを四本繋げたものをワンセットとして運用するから、まずはワンセット38m分の掘削。
その後、徐々にセット数を増やしていって千m近くまで掘っていきたい。
てなわけで冬季が過ぎるのを待ち、その間に元アンカース社の方々にボーリング掘削の訓練を積んでもらって、満を記して完成したトップドライブを持ってグリント社へやって来たのだが――
「……」
「……」
組み立てたトップドライブを見て、エレナのご両親……ウィリアムさんとサラさんが固まっていた。
まぁ、無理もないか。
これが完成した際に運搬用に自動車も作ってそれに乗って鉱山までやって来たからな。
自走する車に巨大なドリルと立て続けに見せられたら、こうもなるか。
「……都会はこんなに発達しているのか?」
「もしかして私達の掘削方法って遅れてるのかしらね、あなた」
違う方向に勘違いを起こしている!?
「グリント社の掘削方法が主流ですよ。このドリルの方が異質なんです」
「そ、そうなのか?」
「はい、これこそ次世代の掘削方法です」
正そうとしたら助手として一緒に付いて来てくれたシンシアがウィリアムさんに説明してくれた。
鉱山業のことを知っているから、説得力あるな。
「掘削準備も完了したようです。危険ですのでこちらへどうぞ」
コントローラ類が収められているプレハブに入る。
中には棟梁であるシンシアの父親であるマシューさんがいた。
「アーサーさん。準備はバッチリです」
「ありがとうございます。点呼は?」
マシューさんの隣にいる女性……シンシアの母親のアンナさんに確認を取る。
「終えています。皆揃っていますのでいつでも」
「わかりました。では……始めてください」
「了解しました。トップドライブ駆動、掘削開始」
ドリルパイプが回転し、ドリルビットが地面へと潜り込んでいく。
コントロールするマシューさん率いるドリラーズチームは、この世界ではかなり先進的な機械であるドリルを卒なく動かしている。
今日に至るまでの訓練の賜物だ。
最初会った時のマシューさんやアンナさんにはビビったなぁ……
――
――
――
「ありがとうございます!! 私達を雇って頂き本当に……本当にありがとうございます!!」
「なんと……なんとお礼すればいいか……娘も最先端の魔道具開発に携わらせて頂けるなんてっ!!」
「いえっ!! お礼なら代表のルイさんに言ってください!!」
――
――
――
こんな感じで俺の手を握ってめっちゃお礼言われたんだよな。
それだけ追い詰められてたんだろうなぁ。
「どうですか?」
「順調です。パイプの追加作業も滞りなく行えてます」
「ビットの摩耗具合は?」
「この調子であれば掘削予定深度までは交換なしでいけると思います」
「わかりました。お願いします」
「はい」
マシューさんからの報告を受けて安堵する。
でもさすがだな。
いくら先進的な機械であっても掘削機械だからか、すぐにコツを掴んで、こうしてドリルビットの摩耗具合も数値で判断できるようになってる。
専門知識を持ってる人を雇えてよかった。
普通に人を雇ってたらこの段階に来るまでもしかするともう数ヶ月要してたかもしれないからな。
一先ず、ここはマシューさん達に任せて、ウィリアムさんに聞きたかったことを聞いておこう。
「掘削には時間を要しますので、その間にお聞きしたいことがあるのですがお時間頂いてもいいですか?」
「……えっ? えぇ、構いませんよ」
少し惚けていたウィリアムさんは我に返ると返事をしてくれた。
プレハブで話してるとマシューさん達の邪魔になるから、一言断りを入れてプレハブをあとにした。
「お聞きしたいのはこの鉱山で取れる鉱物なんですが……主に採れるのは何ですか?」
「そうですね、主に採れるのはオリハルコンと鉄ですね。他に宝石も少々産出しています」
その後、ウィリアムさんとサラさんに案内されたのは、標本がたくさん並んだ部屋だった。
研究室だろうか? かなりしっかりとした部屋で、顕微鏡も置かれている。
「ここでは産出した鉱物の分類を行なっています。中にはこういった宝石には適さない半透明な鉱物も産出されます」
そう言ってサラさんが差し出してくれたのは白色半透明の鉱物だった。
「確かに……宝石というには濁ってますね」
一緒に着いてきたシンシアがその鉱物をまじまじ見ながら感想を述べる。
これって――
「ポルックス石?」
その石はポルックス石によく似ていた。
ポルックス石はリチウムを多く含むカストライトという石と共に産出されることから、カストライトの名前の元であるギリシャ神話に出てくる双子の神「カストル」と「ポルックス」からそれぞれ名付けられた。
ってことは、カストライトもあるな。
「これと同じところから似たような鉱物が出てきてるんじゃないですか? 無色透明の」
「は、はい。――こちらがそれになります」
サラさんが棚から出してくれたものは無色透明で、一見ポルックス石と似たような特徴を持っている石だった。
わかりやすい違いがあるとすれば劈開があるという点くらいか。
劈開は結晶や鉱石を割る際にある特定方向に割れやすいという性質だ。
ポルックス石はその劈開はないが、カストライトにはある。
「これって割ったりしました?」
「はい、最初に出したものは四方八方に割れますが、今出したそれは一方向に綺麗に割れます」
ビンゴだ。
これらはポルックス石とカストライトと見ていいだろう。
カストライトはリチウムを多く含んでいるから、前世ではお馴染みリチウムイオン電池を作る材料になるが、この世界では今の所必要ない。魔石そのものが電池みたいなもんだからな。
しかしポルックス石の方にはセシウムが多く含まれているから、
海底掘削調査ではピンポイントで掘削地点に穴を開けなきゃいけないからな。
「先ほど見せていただいた石ですが……廃棄していなければ購入したいのですがいいですか?」
「えっ? でも……クズ石ですよ?」
「いいんです。おいくらですか?」
「えぇ……では……こちらで」
紙に書かれた値段は子供の小遣いでも買える値段だった。
◆
掘削テストも順調に進み、全ての項目をクリアしてから数日後。
「在宅でいいから」とルイさんから言われて家で研究と開発をしているが、ぶっちゃけ「会社で寝泊まりすんな」ってことだと思う。
家を買ったのに帰ってなかったのはまずかったかな……
「あの……これは何ですか? 見たことない魔道具ですけど……」
なんて考えてたらシンシアが机の上にある魔道具を指差した。
「これ? 時計だよ。原子時計」
「時計? でも……針がありませんけど……」
「そりゃそういう用途じゃないからね」
原子時計というのは、原子の震え……周波数を利用した時計である。
前世の地球ではセシウムのマイクロ波9,192,631,770 Hzを一秒としていた。
ちなみにセシウムが選ばれた理由が原子時計を作る際に、それまで使われていた時間感覚に一番近かったかららしい。
閑話休題。
で、なんでこんなものを作ったかというと、もちろん海底掘削の為だ。
「これ使うと正確に時間を測れるからな。誤差は一億年に一秒」
「そ、そんなに正確なんですね……これがなんで海底掘削に必要なんですか?」
「定点掘削に必要なんだよ」
海底の一点……ピンポイントで掘削する為には位置情報を正確に測らなければならない。
その為に必要なのは前世ではカーナビやスマホの地図アプリなんかでお馴染みのGPSだ。
正確にはGNSS……
で、これを構成する為には――
「空を突き抜ける魔道具がいるな」
というわけでと傍らから紙束を取り出し、シンシアに見せた。
「……」
その紙束を見たシンシアは――
「……なんですかこれ?」
「ここに来てから物見るたびにそれ言ってるね、シンシア」
その紙束に書かれているのは、青の天蓋を突き抜ける為の乗り物……ロケットと、その翼であるロケットエンジンが書かれている。
というわけで、これを持って会社に行くことにした。
――
――
――
「……君は毎度毎度度肝を抜くものばかり提案するね」
社長室でロケットとロケットエンジンの設計図を見せ、どんなものかを説明したらそんな言葉がルイさんから出てきた。
「……ダメでしょうか?」
まぁ、確かに荒唐無稽だよな。
仕方ない……海底に沈めるトランスポンダだけでなんとかするか。
「いやいや……本当なら却下するけど、これだけ精密な設計図を持ってこられたらね。できるんじゃないかって思わせられる」
「では!」
「うん、やってみよう。幸いこれの打ち上げに適してそうな離島を持っているから、そこに発射状を作ろうか」
「……わぁい」
お金持ちぃ……
と、とりあえず、許可は下りた!
礼を言って社長室をあとにすると、部屋の前にはシンシアが待ってくれていた。
「ど、どうでしたか?」
「許可が下りたよ。開発尽くしになるけど、着いてこれる?」
「が、頑張ります!!」
フンスっ! と気合いを入れるシンシア。
小動物みたいな子だからなんかホッとするわ。
とりあえず、またまたお世話になるフォスター造船所のに掘削船の見学と今回の件を伝える為に足を運んだ。
「……君は毎度毎度度肝を抜くものばかり提案するな」
リチャードさんに設計図を見せたら、ほぼルイさんと同じこと言われた。
「すいません、フォスター造船所には本当にお世話になりっぱなしで」
「いやいや! 君のおかげでこっちの技術は鰻登りで向上しているよ。業績の方もね」
リチャードさん曰く、ヴェリタスを建造したことで金属船を建造できることが知れ渡り、国内問わず、国外からも注文が入っているとのことだった。
……それ、そんな状況でこんなの頼んでいいんすか。
いや、電子ビーム溶接機あるのこの工場だけだから、それは使わせて欲しいけど。
「大丈夫さ。船の方は知り合いの造船所から人手なんかを借りたりしてなんとかできるけど、君の提案するものはうちの技術者でないと務まらないよ」
「そうですね。ここの人達の技術力はピカイチですから」
「いや、それもそうなんだがね。君の荒唐無稽な要求に驚かないでできるのはうちの技術者くらいさ」
「……そっすか」
なんかホントにすんません。
「あ、あのぉ……お話中申し訳ないんですけど……」
「ん?」
話の区切りを見つけたからか、シンシアが話しかけてきた。
「この……目の前にあるのが掘削船ですか?」
シンシアが指差す先……大型ドックで建造中の船を指差した。
全長210m 型幅38mの……今世ではおそらく最大の船がそこにあった。
「そだよ」
「こんなに大きいんですか!?」
「そだよ。さらに言うとここから艤装を付けるからかなり高くなるよ」
「えっ!? ……あぁ! そうですよね!? この船に掘削機器を載せるんですもんね!?」
ほわぁ……と巨大船を見上げるシンシアを見て、またほっこりした。
「掘削地点の確認用の
「ありがとうございます!」
よし! これであの掘削方法も試せるな!!
「な、なんですか? パイプって。ドリルパイプとは別なんでしょうか?」
「ああ。ドリルパイプは今言ったパイプの中を通すんだよ」
「パイプの中にドリルパイプを? ガイドってことですか?」
俺は首を横に振る。
「そのパイプの中に泥水を流すんだよ。ライザー掘削法って言うんだ」
「ライザー……掘削法?」
「とりあえず、その話は家でするか」
一旦話を区切って、リチャードさんに挨拶して造船所をあとにした。
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