episode28 石炭層



 ――夕刻。


 朝の九時頃に出発してもう日が暮れ始めた。


 しかし、船上のドリルフロアでは未だにライザーパイプを海底に伸ばす作業をしていた。



「結構時間かかるのね」


「2000m先に下ろしてるからな」



 ラボフロアのモニターでドリルフロアの作業風景を眺めるシャーリーからそんな声が漏れた。



「ライザーパイプの次はドリルパイプを下ろすから掘削はさらに先だぞ」


「えっ!? じゃあ夜中になるじゃない!?」


「そうだよ?」



 掘削調査船は結構過酷な労働環境だ。


 シフト制で人を回してはいるが、所謂「二十四時間戦えますか?」状態である為に船上が静まることは掘削中はまず無い。


 しかも何かを掘り起こしてしまったら一瞬で大惨事になるから気も抜けない。


 正にだ。



「交代制だから疲れが溜まるとかはないだろうけど……全体休みとかないの?」


「掘削中はしないな」


「なんで? 今だったら例えばライザーパイプを海底のBOPに繋いだら一区切りして休むとかできそうだけど」


「地上だったらできるだろうけど、なんせここは船の上なもんで」



 確かに一区切りして残りは明日とできるかもだが、それは地上での話。


 休んでいる時に船が揺れてパイプに異常が出ることだってありうる。



「パイプを監視する人だけを残しても、異常が出たらすぐ対処しないと船にも影響出るし、そうなると監視で異常を見つけて作業員起こして、作業着やらなんやらの準備してもらって作業開始……って感じになる」


「そっか、安全を確保する為にも人員は必要なのね」



 そんな会話をしていたらモニターの数字はもうすぐ海底に着こうとしているようだった。


 ROVの映像にはBOPの姿が見える始めている。



「そろそろ掘削かな。いよいよだな」



 ドリルフロアに行くために作業着に着替える為に席を立つ。


 すると向かいにいるシャーリーの目が点になっていた。



「なんだよ」


「えっ? 今からドリルフロア行くの!?」


「そうだよ」


「今何時かわかってるの!? もうすぐ寝る時間だけど!?」


「お前21時に寝てんのか、健康的だな」



 寮の消灯時間がそうなのか?


 いや違うな。シンシアもそれぐらいに寝てんな。



「まさか最後まで付き合うつもりじゃないでしょうね!?」


「途中仮眠するよ、流石に」


「仮眠で済ませるな! 就寝しなさいよ!!」


「そう言われても……」



 そのあと、なんとかシャーリーを言いくるめてからドリルフロアに向かった。



 ――


 ――


 ――



 で、ドリルフロアに行ったら――



「アーサー様、掘削はお父さん達に任せて就寝なさってください」


「えっ? いや……」



 俺も掘削作業見たいんだけど……


 まさかシンシアにまでそんなこと言われるなんて。



「今日だけ、今日だけなんだ」


「私、今までも何回もご忠告致しましたよね? ちゃんと寝てくださいって」


「寝てるって!」


「私よりも遅く寝て、私よりも早く起きている人が何言ってるんです?」



 ちゃうねん。


 貴方達が早寝過ぎなんやて。


 娯楽がないから遅くまで起きている理由がないのか、この世界の人達の就寝時間は前世地球の人達と比べればかなり早い。


 深夜1時に寝るなんて普通だろ。


 俺ショートスリーパーだからそれでも6時には目が覚めるんだけど。



「とにかく! アーサー様はコアが上がってきてからが本番なんですから、それまでは休んでください!!」


「わ、わかったよ……」



 シンシアに背中を押されながら、俺はドリラーズハウスを後にした。



 ――が。



「部屋のモニターでだって作業を見ることはできるんだ!! 数字もチャンネル変えたら見れ――」


「そんなことだろうとは思ってましたっ!!」



 勝手に起きてモニタリングしておこうと思ってたら、定期的にシンシアが見回りに来た。


 お前もそれじゃ寝るしかないじゃん……って言ったら――



「じゃあ、寝てください♪」



 って笑顔で言われた。


 ……寝ました。










 ◆










 シンシアに言われて自室で就寝し、朝四時に起床。


 二十二時に寝たのだから、これくらいの時間に目が覚めるのは当然だ。


 ただ仮眠とは比べ物にならない程に身体が軽い。


 睡眠ってすごいんだなぁ……知ってたけど。


 身支度を整えている最中、ドリルフロアを映しているモニターのスイッチを入れると、どうも掘削はしていないようだった。


 いよいよ引き上げかな?


 そうだったなら行かないとな。


 身支度を終えると、俺は早速ドリルフロアに上がった。



「おはようございます。グレイヴスさん」


「おはようございます」



 ドリラーズハウスに入り、マシューさんと挨拶を交わす。



「どうですか? 調子は」


「順調です。これといったトラブルもなく、今はインナーバレルの引き上げ作業中です」



 インナーバレルとはドリルパイプ内に設置され、掘削時の土壌を詰め込んでいく筒のことだ。


 この筒をドリルパイプ内から抜き取り、中の土壌を取り出す。


 取り出した円柱状のそれこそが、コアである。



「素晴らしい、しっかりと地層を取ってきてくれている。組成も丸わかりだ」


「そうですね。ですがコアの表面はライザーパイプの泥水に汚染されていますが、研究に使えるのですか?」


「割って中を見るので大丈夫ですよ」



 パイプトランスファーによって運ばれたコアは、そのままラボフロアへ運べるようになっていて、調査する部分を切り取って各観測機器に持って行けるようになっている。


 インナーバレルはドリルパイプを引き抜くわけじゃなくてドリルパイプ内からワイヤーを使って引き抜くから時間はそんなにかからない。


 ドリルパイプを引き抜こうと思ったら今回の深さである3000mだと大体五時間かかる。


 ドリルパイプの先端に付けるドリルビットは掘削していくと摩耗していくから都度交換が必要になるが、交換はそれだけ時間がかかるのだ。


 そりゃ深夜作業とかになってもおかしくないよな。



 ――


 ――


 ――



 さて、海底2000m、海底下1000mの計3000mの掘削作業が終わり、無事コアも取ることができた。


 しかしこれで終わりじゃない。


 ライザーシステムのもう一つの機能、カッティングスの回収の確認だ。


 回収されたカッティングスを見る為に泥水処理システムのある部屋へと向かう。


 回収されたカッティングスは篩にかけられ、ライザーパイプに流す泥水とは別の場所へと運ばれる。


 粉々になったそれを見ていくと砂粒大の大きさの石がたくさん溜まっていた。


 ちゃんと仕分けられているようで何よりだ。


 ……ん?



「これって……」



 ――


 ――


 ――



「わぁ! すごい!!」


「こんなにたくさん採れるものなんですね!」



 エレナとシンシアがカッティングスの山を見て興奮気味にそう語る。


 なぜ二人はこんなに興奮しているのか。


 その理由は――



「まさかこんなに魔石の砂があるなんてね」


「そうだね、びっくり」



 魔石が大量に採れたからであった。


 それらの大きさは砂粒程度だから大型の魔道具を動かすことはできないが、小型の魔道具を動かす分には十分だ。


 エレナ達とは違ってシャーリーとカレンは驚いてはいるものの温度差がある。


 やっぱあれかな? 鉱山で魔石が採れるのって大ニュースなんだろうか?


 それで興奮しているのかもな。



「この海域の海底には小さな魔石が大量に眠っているということか?」


「多分」


「大きな魔石が埋まっていて、それを削った可能性は?」


「それはないな。コアに魔石がまるまる採取されてないし」



 エリオットとレイの疑問に答える。


 俺も大きな魔石が海底にあるのか? と思ってコアを見ていったが、魔石そのものが採取されてはいなかった。


 どちらかというと土の中に紛れ込んでいることが多かったから、砂金みたいな感じで海底に存在しているんだろう。


 その魔石が海底でできたのか、はたまた太古の昔に形成された巨大な魔石が長い年月をかけて海底に沈み、水圧で粉々に砕けたのかはこれから調べることにしよう。



「なんにせよ魔石がこれだけ採れるのはいいニュースだ。この辺り一帯を採掘すればもっと採れるということだろう?」


「たまたま大量に採れるところを掘った……っていうのは奇跡に近いし、アリだと思う」



 多分、この辺りの海底には砂状になった魔石がゴロゴロ転がってるんだろうな。


 前世でいうところのレアアース泥みたいなもんだ。



「いやぁ、試験航海でこんな発見するなんてな。何かあるかもって思ってここを選んだけど、まさかこんなお宝に会えるなんて」


「魔石があるなんて思っていなかったと?」


「ああ。石炭が採れたらいいなってくらいしか思っていなかった」


「石炭? そんなものを見つけてどうするつもりだ? ただの燃える石だぞ?」



 へぇ、石炭知ってるのか。


 でも魔法がある世界だから全部魔力で動かすから、口ぶりから察するにホントにただの燃える石っていう認識しかないんだな。



「石炭はタイムカプセルだからな。太古の昔に生息していた植物の成れの果てだから、それに生息する微生物を調べられたらなって思って」


「何っ!? 石炭は元々植物だったのか!?」



 前世地球での話だが、3億5920万年前から2億9900万年前までの期間、シダ植物が発達し、それらが湖底や海底に堆積した後、地殻変動なんかの環境変化に巻き込まれて地熱と地圧を受けて濃集し、木が腐敗分解される前に変質したものが石炭だ。


 だから見方によっては植物化石とも言える。


 もしこのアルカイムでも同じ過程を経ているのならあると思っていたんだが、エリオットの言葉を聞いて石炭があるってことがわかって安心した。



「とはいってもエリオットが想像しているのってガチガチに固い真っ黒な石だろ?」


「そうだが……それが石炭なのではないのか?」


「それ、かなり洗練された後なんだよ」



 石炭と一口に言っても色々な形がある。


 泥炭、褐炭、瀝青炭、無煙炭と形があるのだ。


 そしてそれらは熟成工程順で並んでいる。



「無煙炭がエリオットの想像している石炭だと思うけど、俺が探してるのはその一つ前の段階の瀝青炭なんだよ」


「それがあると微生物も見つけられるのか?」


「多分、高確率で」



 生物が生きていく上で有機物のやり取り……所謂、炭素循環は必要不可欠だ。


 生命資源に乏しい深海底では特にだ。



「アルトゥムでの潜航調査の際に言ったが、深海は生命が生きていくには厳しすぎる環境だ。それは小さな微生物も然り。そんな環境だからこそ、栄養がたっぷり含まれている熱水噴出孔の周りはエビやら貝やらが群がっているんだよ」


「そうだったな。では、微生物にとって石炭も熱水噴出孔に匹敵すると?」


「ああ、恐らくな。それを確定させたいから見つけたいんだよ」



 あと何回か別の場所でアルカイムの完熟航海を行うから、その時に石炭層が見つかるかもしれない。


 ありそうなところをピックアップしてはいるが、見つかるだろうか?

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