episode29 海底生命圏
掘削調査船アルカイムの完熟航海は順調に進み、海底の地層サンプル……コアが引き上げられてからラボフロアは多事多端を極めていた。
観測魔道具を使用するシンシアの実家の元研究員達は新しい機器に四苦八苦しながらも研究に打ち込んでいた。
アーサーもコアが上がってきてからラボに篭りっぱなしである。
そんな中、シャーリー達学生組はアルカイムの食堂で昼食を摂っていた。
「ねぇ、私達ってここにいる理由あるのかな?」
「ん?」
パンを頬張っていたカレンはシャーリーの言葉を受けるも、すぐに返答ができなかった。
口に入っているパンを飲み込み、口を開く。
「ん〜……まぁ、研究の手伝いってよりは見学者って感じの扱い方だよねぇ。私はROVを動かさせてくれたり、エレナはコアの解析の手伝いを今もしてるし」
「シンシアは?」
「シンシアはもう学生じゃないし、今じゃアーサーの助手じゃん。この船の説明だってシンシアがしてくれたし」
確かにと、シャーリーは納得した。
アルカイムの説明の際のシンシアは淀みなく、すらすらと船の設備を説明しており、熟知している様子が伺えた。
何十年……もしかすると何百年と先を進んでいるようなこの船を、である。
「エリオット殿下は王子様だから、そもそもコキ使えないし、側近のレイさんもだよね」
「そうね……ん? じゃあ私は? カレンやエレナは調査や研究を手伝ってるのに、なんで私には声がかからないの?」
シャーリーの言う通り、カレンはROVを、エレナはコア研究の手伝いをしているが、シャーリーには声がかかっていなかった。
その扱いはまるでエリオットと同格のように感じたシャーリーは、その疑問をカレンにぶつけた。
「えっ? そりゃこのアルカイムの発注元のご令嬢なんだから特別扱いされてるんじゃない?」
「えぇ!?」
それはシャーリーにとって盲点だった。
しかし、言われてみれば納得できる理由である。
そしてそれは今までの調査航海での扱いにも言えることであった。
アルトゥムでの長期航海「QUELLE」でも、きつい仕事をさせられたことはあまりなかった。
エレナやカレンは手伝っていたのに、である。
「まぁ、アーサーはそんなのお構いなしにシャーリーやエリオット殿下にも手伝わせたりしてたけど、周りはそうはいかないよねぇ。特にこの船はヴェリタスと違って乗組員が多いから、尚のことだよ」
ヴェリタスの乗組員は六十名、対してこのアルカイムは二百名が乗船している。
ヴェリタスと違ってアルカイムは多種多様な業務があり、それぞれに専門家がいる。
総括しているのはアーサーではあるが各部署の采配は部署長に一任しており、助力を頼む場合だけアーサーに連絡するような形である。
「ヴェリタスでは乗組員一丸になって作業や準備してたけど、この船は専門的なところが多いから人員を増やしてるみたいだし、人手が足りてるっていうのもあるかも」
「じゃ、じゃあ私はどうすれば?」
「頼めばいいじゃん。手伝わせてって」
「で、でもそれで何も手伝えるものがなかったら?」
「その時はその時だよ。うちの工房でも新人さんが入ってきたらそんな光景ごまんと見るし」
カレンのアドバイスは個人経営故に現場をよく見ることが多いことから発せられたものだった。
対してシャーリーは親が経営している商店が巨大すぎる故に現場でどのようなやり取りが繰り広げられているのかわからなかったのだ。
したがって、シャーリーはこの場合どうすれば仕事をさせてくれるのか、どう行動すればいいのか想像できなかったのである。
「とりあえず、アーサーに聞いたら? 何か手伝えることある? って」
「わ、わかった。やってみる」
新人社員やアルバイトってこんな感じなのかな? と思うシャーリーであった。
◆
「えっ? 何か手伝えることはないかだって?」
「ええ。何かない?」
昼過ぎ、アルカイム前方部のラボ・マネジメント・デッキにある俺の個室にシャーリーが尋ねてきた。
暇なのかな?
まぁ、そうだろうな。人手は足りてるし。
特に今は別ポイントを掘削中で、次のコアが上がってくる時でないと人手を要する用事がない。
「ん〜……今はないかな?」
「えぇ!?」
がくりと項垂れるシャーリー。
……なんか悪いことしたな。
やる気がある内に何かさせてやりたいけど……
あっ、そうだ。
「シャーリーって写真撮るの上手かったよな?」
「? ええ。自分じゃ実感わかないけど、皆からよく言われるわ」
「じゃあ、お願いしたいことがあるんだよ」
俺は席を立ち、シャーリーを連れて一階上のラボ・ストリート・デッキへ向かう。
ラボ・ストリート・デッキは分析や顕微鏡観察を主に行うフロアだ。
他にはコアから水分を抽出したり、見やすいように粉末にしたりと試料分析の前作業をする。
そこにあるラボ内の一角、顕微鏡の前にシャーリーを案内した。
「な、何するの? 私、石とか詳しくないわよ?」
「それはわかってるよ。やってほしいのは写真撮影だ」
スライドガラスには既にいくつかの岩石薄片が用意されている。
岩石薄片とはコアから採れた岩石を薄く研磨して断面が見れるように加工したものだ。
岩石を観察する場合、手に取っただけでは周りは風化してしまって詳細な観察はできない。
だから岩や石を割って風化していない面を観察して、それらがどうやってできたのかを見るのだ。
しかし、それでは石に含まれている小さな鉱物などが見えづらい。
そこで多くの鉱物の特徴である「薄くすると光を通す」という特性を利用して、石を0.03mmまで薄くして光を透過させて観察させる為に作られるのが岩石薄片だ。
「顕微鏡に岩石薄片をセットするからそれを撮影していってほしい。微調整の方法も教えるから」
「わ、わかった。やってみる」
少し不安そうな表情を浮かべるシャーリーだが、特段難しい作業じゃないし、慣れてくれば速度も上がってくるだろう。
岩石薄片を作るとかだったら難しいかもしれないけど。
……いやどうだろ? 案外やらせてみたらめっちゃ上手かったりして。
などと考えている間に顕微鏡の一通りの操作方法を伝えると最初は辿々しく作業を始めたが、次第に慣れていった。
シャーリーはアルトゥムで操縦補佐をしてくれたがその際に気づいたことが魔道具の扱いがすごく上手いことだ。
俺が作ったものはこの世界では先進的過ぎる魔道具……通信機やカメラ、その他諸々、常軌を逸したものが多い。
それらの扱い方を教えても慣れるのに時間がかかる人が多い中、シャーリーは二、三回使ったらコツを掴むのだ。
そういえば俺をスカウトしにきた時、魔道具が気に入ったと言ってたな。
元々魔道具を触るのが好きなんだろう。
魔道具士希望のカレンと仲良くなったのも頷ける。
「アーサー、こんな感じで撮ったけど、どう?」
「おぉ、いいじゃん! 綺麗に写ってるし写してほしいところにピントも合わせてくれてるな」
大きい鉱石のみならず、小さな鉱物片にもピントを合わせて写真を撮ってくれていた。
痒いところに手が届いているいい写真だ。
「そう? よかったぁ。小さなものもはっきり写してた方がいいよねって思って撮ったんだ」
「最高だよ。じゃあ、申し訳ないけどここにあるスライドガラスの写真を撮っていってもらっていいかな?」
「わかったわ! 任せて!!」
最初の不安げな表情はどこへやら。
やる気に満ちた表情で答えてくれた。
◆
海底下1422mまで掘り進み、石炭層と思われる場所までの掘削が完了した。
今はインナーバーレルの引き上げ作業中で、コアが出されるのを今か今かと待っている。
「いよいよだな。アーサーの見たいと言っていた石炭で何がわかるのかいまいち理解していないのだが」
「まぁ実物見たら大体わかるって」
エリオットもラボ・ルーフ・デッキにあるコアカッティングエリアでコアが来るのを待っていた。
規則でドリルデッキと繋がるフロアの外に出る時は作業着着用を義務付けている為、エリオットも例に漏れず着用している。
掘削エンジニアはオレンジ、運用スタッフ……大体ラザフォード商会の人達は青、研究者は緑と色分けしており、エリオットは俺の客人ってことで青を着用している。
「微生物の発見……それからヒトが生まれるなぞ、にわかに信じがたいが、アーサーが言うと説得力があるな」
「なんだそりゃ」
それだけ信頼してくれているということなのか?
ただ、それは前世知識であって今世でもそうとは限らない。
物理や化学は
もしかしてここって地球なんじゃ? って思った時もある。
SF小説や映画でよくある、一度滅んだ世界ってやつだ。
とはいうものの、それらしい遺跡や何かはないみたいだし、地図も地球のそれとは全然違う。
地殻変動で大陸がくっついたにしても、だ。
だから異世界だって今は言い切れるけど、じゃあこの世界はどうやってここまで文明を築けたのだろう?
南極まで行ける船を作れるほどの技術力を持っているというのはすごいことだ。
もしかすると魔力というものが、魔物という脅威がいるから急速に技術を発展できたのかもしれない。
必要は発明の母……とはよく言ったものだ。
「おっ? 上がってきたようだぞ」
「あっ、ホントだ」
考え事をしていたら、インナーバーレルが引き上げられ、コアを取り出しているところだった。
引き出されたコアが、パイプトランスファーシステムによって、コアカッティングエリアに運ばれてくる。
運ばれてきたコアからは独特な香りが漂ってくる。
うむ、間違いなく石炭だわ。
「石炭だ。間違いない」
「匂いでわかるのか……」
エリオットも匂いを嗅いでいるがわからないようでしきりに首を傾げている。
多分、エリオットが見たことあるのって無煙炭だからな。
ガッチガチの石炭になる前のものの匂いなんて炭鉱夫くらいじゃないとわかんないだろう。
ドリラーズのリーダーであるマシューさんもコアカッティングエリアにやってきてコアの匂いを嗅いで首を縦に振る。
「うん、石炭ですね」
ほらね。
「さぁ、早速観測するとしよう」
エリオットに手伝ってもらいながらコアを切り出し、一階下のコア・プロセッシング・デッキへ向かい、まずは1.5 mのコアをそのまま……ホールコアの状態で計測する。
コアをX線CTスキャナーにかけてコアの内部構造の観察するが、この異世界でX線CTなんてどうやって作ったんだ? と思うだろう。
魔法さまさまである。
とはいうが、これはラザフォード商会の商品ではなく別会社のものだけど。
というのも、このX線CTは医療用にも使えるよとルイさんに言ったら「だったら医療用機器を製造している会社に頼んでみよう。そっちの方がノウハウもあるだろう」ということでその会社に依頼して作ってもらった。
ちなみに電子顕微鏡も開発し、それも同じ会社で作ってもらっている。
ここで撮られた画像は、掘削によるコア内部の変形・変質のチェックするのに役立つ。
液晶があるおかげでかなり綺麗に見れるからこのあたりは前世と変わりない。
……記録媒体がないから、これで見終わった後は写真という形で印刷するしかないけど。
どこかのタイミングで作んないといけないな……
次に、密度や帯磁率などの様々なセンサを使っての非破壊物性計測を行い、そして、微生物研究用や間隙水分析用などの、ホールコアでのサンプルが必要な分析のための試料の切り出しを行う。
ホールコアでの処理が終わると、コアはコア半裁室で縦に半裁し、保存用のアーカイブハーフと試料切り出し用のワーキングハーフに分ける。
アーカイブハーフは、コアの記載や精密デジタル写真の撮影、古地磁気測定に使い、ワーキングハーフからは、船上での物性計測や化学分析のための試料のほか、陸上に持ち帰って分析するための試料採取用に使う。
ということでワーキングハーフを持ってようやく微生物ラボへ。
加工されたコアを電子顕微鏡に設置して様子を見る。
「おぉおぉ、いるいる。いっぱいいる」
「どんな感じだ? ……ほぉ、これが微生物か。生きているのか?」
「そこにいる個体は多分死んでる。生きてるのはワーキングハーフの中の個体から調べる」
まぁ、調べてみたら死骸だったって可能性もあるし、生命活動をしてるにしてもゆっくりと行っているだろうから、すぐにはわからないかも。
もし、生命活動……ようは代謝を行っていたら海底下1400mで生きていた生物ってことになるからとんでもない発見だ。
こうしてアルカイムの完熟航海は大成功を収め、母港ルインザブへと帰港した。
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