episode27 ライザー掘削試験



 掘削調査船アルカイムの解泥・揚泥試験の日がやってきた。


 解泥は泥水に混ざった粒子凝集体……いろんな粒子が一つにまとまった物をふるいにかけたりなんやかんやしてまとまった粒子をバラバラな一つの粒子に分散させてあげる作業のことだ。


 こうすることでその土壌にはどんな物質が混ざっているのかが粒子単位でわかる。


 掘削時に出てくるクズであるカッティングスも無駄にしないのがライザー掘削のいいところだ。


 揚泥はその名の通り、海底2500m下から泥水を吸い上げることだから特に難しい説明は要らない。


 ただ2.5km下から吸い上げるからかなりポンプの力が必要だから言うは易し行うは難しな状況なんだよな。


 ってなわけで、テストをするって流れなわけですよ。


 ……で、そろそろ出港なんだけど――



「なんでエスリン先生がここに?」


「なんでって、あなたがなかなか帰ってこないから「だったら私が行こう」って思ったのよ。あなたの活躍は新聞でよく知っているから元気にしているっていうのはわかっていたけれどね」


「それは……すいません」



 確かに一切帰ってなかった。


 アルトゥムやヴェリタス開発だけじゃなく色々と作ってたからなぁ。



「にしても……」



 エスリン先生がアルカイムを見上げる。



「すごいものを作ったわねぇ……あなたは昔からとんでもないものをしれっと作る子だったけど、まさかここまでなんて。うちの旦那のとこじゃ、こうはならなかったわ」


「ええ、ラザフォード商会には感謝しています。結構好きにさせてもらっているので」



 ホントにありがたいことだ。


 この掘削調査船を建造する時も、海底資源が見つかった際に作る掘削施設建造の基礎固めになるって言って許可してくれたもんな。



「旦那もラザフォード商会とパイプができたおかげでいい思いしているし、おかげで孤児院の運営も順調よ。少なくともお金に困ることはないから助かっているわ。ホント、アーサー君様様ね」


「ちょっ!? 撫でないでください!!」



 乱暴ではなく、優しく撫でてくるものだから非常にこそばゆい。


 っていうかこの歳で撫でられるのは普通に恥ずかしい。



「あら? あなたは確か……フューリー孤児院の……」


「これはこれはシャーリー様。ご無沙汰しております」



 撫でられてたらシャーリー達がやってきた。


 声が聞こえた瞬間に離れたが、絶対これ見られたよな!?



「うちのアーサーがいつもお世話になっております」


「いえいえ、お世話になっているのはこちら側です。アーサー君にいろんな魔道具を開発してもらったおかげで、ラザフォード商会の業績は鰻登りですから」



 えっ? そうなの?


 社報とか見てないけどそんなになの?



「お噂はかねがね。船舶技術が向上したおかげで、海外への販路が拡大できたとか」


「はい。それもこれもアーサー君のおかげです」


「……」



 さっきから令嬢モードのシャーリーに鳥肌が立つ。


 アーサー君なんて久々に呼ばれたわ。



「エスリン先生、そろそろ出港なんで俺達はこの辺で」


「あら、大分引き留めてしまったわね。ごめんなさい、気をつけていってらっしゃい」


「はい」


「あと、帰省しなさいとまでは言わないけれど手紙ぐらいはよこしなさい。心配になるから」


「新聞見れば俺のことわかるでしょ」


「それとこれとは話が別でしょ」



 そう言ってエスリン先生は俺にデコピンをくらわしてきた。


 しかも身体強化させて。


 それに気がついたから咄嗟に魔力障壁を張ったけど、不完全だったからか完全には防ぎきれず身体が吹っ飛んだ。



「イッテェ……鳴っちゃいけない音してたぞ!?」


「私の心配はそれくらいだと思いなさい。ほら、時間なんでしょ? 行った行った」


「自分で吹き飛ばしたくせに……いってきます」



 俺がそう言うとエスリン先生はニコリと笑みを浮かべ、手を小さく振ってくれた。


 俺はそれを見てから踵を返し、アルカイムへと歩を進める。


 シャーリー達もエスリン先生に挨拶してから、俺の後ろについてくる。



「あんた、頭撫でられてたわね」


「やっぱ見てたのか……」



 ニマニマと俺を見ているシャーリーは「弱みを握った!」って感じを表情に出していた。










 ◆










 港から数十kmの沖合。


 水深が2000mもある地点へとやってきた。


 できればライザーパイプの最大深度である2500mでテストしたかったけど、港に近くて水深が深い場所はここしかなかったから仕方ない。


 何か問題があったらすぐに港に戻りたいからな。


 さて、今は海底を見る為の無人潜水機ROVの準備をしている間に、俺はシンシアも含めたシャーリー達六人をある場所に案内していた。



「どうだ? いい景色だろ?」



 エレベーターの扉が開き、景色が見えた瞬間に俺はそう聞いたが、皆顔面蒼白だった。


 まぁ、理由は今俺達がいる場所にあるんだけども。



「あ、あんたよくこんな高い所で平然としていられるわね!?」


「なんで床が網になってるのぉ!?」



 エレベーターから足を引き摺るようにしてゆっくりと出てくるシャーリーとエレナからそんなことを言われる。


 今居る場所はアルカイムの最大の特徴であるデリックの頂上だ。


 海面から120m……大体前世地球のビル30階建相当になる屋上にやってきたのだから、ああなってもおかしくないか。


 この世界でこんなに高い建物ないし。


 エリオットとレイは表情は変わりないが顔が青ざめていて、且つエレベーターから一歩分しか出ていない。



「……レイ、先に行ったらどうだ?」


「いえいえ、殿下よりも先に行くなんて恐れ多い……」



 どうぞどうぞと譲りあっているが海上に出てるからハーネスと命綱は付けてもらって大丈夫なんだけどなぁ。



「ちゃんと命綱付けてたら大丈夫だよ」


「いや、だからといってすんなりと足を踏み出せるかと言われるとそうではなくてな」


「まぁ、確かに」



 でもエレベーターから出て足場に立ってる俺の横にはシンシアが立っていて、顔色も悪くなく、表情に固さもない。


 通常通りだ。



「シ、シンシアは怖くないの? すごく高い場所にいるけど……」


「えっ? う〜ん……」



 カレンに尋ねられ、唇に人差し指を当てて考える素振りを見せた後、シンシアは答えた。



「慣れちゃった」


「慣れちゃった!?」


「うん。建造中に何回も登ったし、なんなら柵のない時にも登ったし……だから今の方が安心できるかなって」


「「「柵のない時に登ったの!?」」」



 シャーリーとエレナとカレンは柵のない時を想像してしまったのか、とうとうしゃがみ込んでしまった。


 うーん、潮時かな。


 ここまで怖がられるとは思わなかった。


 シンシアはそのあたり耐性があったのかな?


 最初こそ怖がってはいたけど、へたり込むことなく俺に着いてきてくれたし。



「ちなみに私、結構気合いで立ってましたよ?」


「あっそう……」



 耐性があるわけじゃなかった。気合いだった。


 ……っていうか俺の考えてることわかったの?



『アーサーさん。ROVの準備できました』


「わかりました。すぐ降ります」



 ちょうどいい所で無線機から声が響いた。



「じゃあ降りるか。エレベーターに乗ってくれ」



 そう言うとさっきまでのへっぴり腰はなんだったのかと思えるくらいシャーリー達はキビキビとエレベーターに乗った。


 ――


 ――


 ――



 ROVを海底に下ろし、リモートコントロール室で有線でROVに搭載したカメラ映像を受け取りモニタリングする。


 有線だから音波通信とは比べ物にならないくらいに綺麗な映像で海底の様子が画面に映る。



「へぇ、ここの真下はこうなっているのね」


「やっぱり掘削ポイントは平坦な所を選ぶの?」


「そう。あとは大きな岩とかがないことも選定条件になるかな」



 大きな岩があってもROVじゃ退かせないし、アルトゥムでも無理だ。


 でも今回はそんな大岩はないし、比較的平坦だからすぐに選定できそうだ。



「平坦じゃないとダメなの? 掘りやすいとは思うけど」


「穴を掘ったら高い所から土が崩れちゃうじゃない」


「あ、そうか。穴が塞がっちゃうんだ」



 エレナは鉱山の生まれだからか、どういう場所が掘削に適しているのかわかるようだ。


 シャーリーの質問に澱みなく答えている。



「あっ、カレン。ここまでROVを進ませてくれないか? もっとしっかり見たい」


「わかった!」



 モニターの一部を指差す。


 今回ROVを操作しているのはカレンだ。


 着水させる時にROV本体を見せたら「私が操縦したい!!」って言ってきたから試しに動かしてもらったけど、なかなか上手かったからそのまま操縦を任せている。



「しかしアーサー。このように遠隔操作が可能ならアルトゥムは不要ないのでは? わざわざ危険な有人機で行かずともいいだろう?」


「お前冒険家全員を敵に回すぞ、その台詞」



 まぁ、エリオットの言いたいこともわかる。


 無人潜水機と映像を記録できる魔道具があるなら人がそこまで行く理由はないように思う。


 しかし、人の感性というものは結構馬鹿にできないものがあるのだ。



「人の目で見て感じたこと、実際に見てわかることってのは往々にしてある。お前だって映像で海底を見てたけど実際に行って思うところもあっただろ?」


「確かに……それはあったな。学術的なものではなかったが」


「有人探査機だったからこそ、エレナが花崗岩を見つけてくれたし、シャーリーがメタンハイドレートを見つけてくれた。カメラ映像でも見つけられるかもしれないが、やっぱり肉眼で見るって大事だよ」



 人類を進歩させるような学術的なものでなくていい。


 自身の精神の成長の為に見て感じるというのは大事なことだと思う。


 それに人の目で見て感じることで、「ここには何かある」と第六感的なもので新たな発見があることもある。


 技術然り、学問然り。



「アーサー、着いたよ」


「おっ、ありがとう」



 ROVの移動が完了したことをカレンから伝えられて、映像を確認する。


 場所は平坦、岩などもなく転がっているのは手のひらサイズの石ころだけ。


 ――ここだ。



「よし、ここにしよう。座標マーク」


「えぇっと……これだね」



 コントロールパネルのキーをカレンが押す。


 これで今映像に映る場所の座標が記録された。


 俺は壁に設置されている内線で船橋ブリッジに連絡を取る。



「ポールさん、ポイント確定しました。座標を送りますのでDPS起動してください」


『了解! 座標を確認したぜ!! 定点保持状態になるまで待ってくれ』


「わかりました。連絡を待ちます」



 DPSにより、船体が動き出す。


 船底に設置されている計六基のアジマススラスタが、GPSと海底に沈めたトランスポンダの情報を受け取り、座標位置に移動と定点保持を始めたのだ。


 やべぇ……ちゃんと動いてる。テストしたからわかってはいたけど。


 これ俺が作ったのか。


 こういう前世でも活躍していた船を自身で再現した時は身体が感動で震える。


 この感覚は何回味わってもいいもんだ。


 さて、今度はドリラーズハウスへ連絡するか。



「マシューさん、ウェルヘッドとBOP、ライザーパイプの準備をお願いします」


『わかりました』



 返事を受け取り、受話器をかける。


 俺ができるのは待つだけだ。


 そんな時、エレナが俺の肩を叩いた。



「ねぇ、アーサー君。ウェルヘッドとBOPって何?」


「ああ、坑口装置と噴出防止装置のことだよ」



 坑口装置はその名の通り穴に設置する装置で、海底掘削の場合、正確にはウェルヘッドハウジングと呼ぶ。


 前世では地上掘削の場合はウェルヘッドの上にケーシングパイプやらなんやらが接続されるが、海底じゃそんな複雑作業はできない。


 だから穴が崩れないようにする為のパイプ、コンダクターパイプを先に埋めて、その上にパーマネントガイドベースという接続ガイドを取り付け、そこにウェルヘッドとBOPを設置する。


 これで掘削時に石油なり天然ガスなりが急に噴き出さないようにする。


 もし噴き出してしまったら、即座に石油やガスを遮断してドリルパイプを切断し、穴を塞げるようになっている。


 これもこれで作るのに苦労したが、トップドライブよりはまだマシだった。



「掘削して何か噴き出したら大変だからな。俺含めて、まだ海底に何が眠ってるかわかんねぇし」


「そうなの?」


「そうだよ……」



 なんで「知らないの?」って顔で俺を見るんだよ。


 知るわけないだろ、海底に何が眠ってるかなんて。


 異世界なんだから尚のことだよ。

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