episode39 世界創造の聖地へ

 


 次回の掘削地点を聖書だか、神話だかに記載されていた創世神ソルがこの大地の浄化をしたっていう場所を決めて、行動を開始した。


 ただ、五カ所ある場所全て海底ってことで詳細な計測と掘削地点の確認から始めることにした俺達は、久しぶりにヴェリタスに乗船していた。



「流石に座標までは記載されてなかったか……」


「昔の手記だもの、仕方ないわよ」



 海図室で海図を見ながら、シャーリーと話す。


 使徒オリヴァーの手記にはどこで浄化を行ったかというのは載っているものの、詳細な場所までは記載されてなかった。


 シャーリーの言う通り昔の手記だから、経度緯度の情報なんて載っていない。


 しかも何年かけて浄化をしたかも書いてないから、もしかしたら場所そのものが移動している可能性もある。


 いや、もっと言うともうマントルまで沈み込んでいるかも……


 そうなると掘るのは困難になってくるな。


 どうかありますように。



 ――


 ――



 というわけで、海底へ。


 アルトゥムで水深6348mの深さまでやってきた。



「地図上じゃあ、この辺りのはずなんだけど……」


「何もないわね……岩も少なくて掘りやすそうではあるけれど」



 俺もシャーリーと同じ感想を抱く。


 掘るとなったら絶好の場所だが、目的地ではない以上、ここを掘る意味がない。


 別目的だったら掘ってもいいんだけどな。


 例えば地震のメカニズムの解明の為に断層のサンプルリターンをするとか。



「移動しますか?」


「お願いします、イーディスさん」


「かしこまりました」



 操縦しているのは、俺達がアルカイムに行くようになってから海底調査をしてくれているアルトゥム操縦士のイーディス・カスティルさん。


 海洋冒険者ギルド「リヴァイアサン」のメンバーでプラチナブロンドのショートヘヤーが似合う女性だ。


 今までは海運業をしていたらしいが、ギルド長が「これって冒険者のやることか?」と我に返り、アルトゥムの運用メンバー募集の貼紙を見て一念発起してここに来たらしい。


 俺も長い間アルトゥムを動かしてないから、慣れている人に操縦を頼んだというわけだ。



「それにしてもここで創世神が世界の浄化を行なったんですね」


「らしいですよ。昔の手記ですから、もしかしたら創作かもしれませんが」



 ただそうなると全部プレート沈み込み帯を浄化した場所に設定しているのがすごいけどな。


 説得力あるもの。


 これが適当な山とかだったら鼻で笑ってたかもな。



「……ん? あれ?」


「どうしたシャーリー?」



 右側の窓を見ていたシャーリーが声を上げた。



「イーディスさん、右旋回お願いできますか?」


「かしこまりました」



 コントローラーを操作してイーディスさんがアルトゥムを右側に向ける。


 シャーリーが今まで見ていた場所が正面に移動して、俺達も見える範囲に入った。



「窪んでるな」


「ええ、不自然な形ですね」



 自然にできた窪みじゃない。


 それはイーディスさんも思ったようだ。


 まるで、誰かがそこを垂直に掘ってそれが塞がったような、そんな窪み。


 もしかしてビンゴか?


 だが、しかし……だ。


 その窪みはどう見ても――



「大きすぎるわ。直径が大体5m以上はあるわよ」



 そう、あまりにも大きい。


 シャーリーもそこで引っ掛かっているみたいだった。


 それもそのはず、俺達がアルカイムで掘っている穴の直径をシャーリーは知っているからだ。


 俺達がアルカイムで掘削している坑井の直径は最大でも約45cm。


 1mにも達しない。


 だが、目の前には誰かが垂直掘削をしたとしか思えない巨大な跡がある。


 ……ホントにここがそうなのか?



「とにかく、窪みに堆積している土とかを採取しよう。ポインターも忘れずに」


「了解です。では、前進します」



 イーディスさんが窪みへとアルトゥムを動かす。


 さて、どうなるかな。



 ――


 ――



 掘削地点を示すポインターを設置し、穴に堆積した土壌サンプルを採取した後、アルトゥムは浮上した。


 で、早速サンプルを解析する為に研究室で皆と土壌を確認したのだが――



「プランクトンの死骸ばっか。よく青潮ができなかったな」


「青潮? 赤潮みたいなもの?」


「赤潮知ってるんだ……」



 シャーリーから赤潮って聞いてちょっとびっくり。


 赤潮は水温の上昇や流動性の低下……つまり流れが弱くなったりしてプランクトンが大量発生して起こる現象だ。


 赤潮って名前が付いているが、色は赤に限らず、プランクトンの色素で決まる為、茶褐色とかになることもあるが大体オレンジ色だ。


 対して青潮は大量発生したプランクトンがのちに死滅し、海底に沈澱した後、それらが分解される際に酸素が大量に消費され、貧酸素水塊となり、それが水面に出てくる現象である。


 色が薄い水色になるから青潮と呼ばれているが、これは貧酸素水塊で形成された硫黄化合物の影響だ。


 ただこれの発生要因が自然的なものだけではなく、人的要因で起こることの方が多い。


 前世では赤潮は沿岸部の埋め立てや護岸工事をしたことによって、本来であればプランクトンを食べてくれる浅瀬の生物……アサリや牡蠣のような貝類やエビやカニなどの甲殻類の棲家が失われて、プランクトンの捕食者がいなくなり数が増えたことで起きたり、青潮は川などから流れ着いた土砂の堆積物を取り払う浚渫しゅんせつが原因で窪地ができて、そこにプランクトンの死骸が溜まって貧酸素水塊が出来上がる。


 本来なら自然に浄化され、起こる頻度は稀になるはずの赤潮。


 本来なら水流や潮流によって攪拌され、霧散するはずの青潮。


 人というのはなんとも業が深い生き物である。



「そんなのもあるのね……」


「赤潮は起きると魚が死んじゃうって聞いたことあるけど、青潮もそうなの?」


「ああ、酸素も少ないし、なんなら硫化水素だからな。猛毒だよ」



 シャーリーが横で関心しているところにエレナが質問してきた。


 硫化水素は吸うと一発アウトの猛毒だ。


 混ぜたら危険の洗剤を混ぜたらできるアレ。


 そう聞くとその危険性はよくわかるんじゃないだろうか? 前世の人なら。



「硫化水素は空気より重いから下に溜まるんだけど、例えばこの部屋の下に硫化水素が溜まっていたとする。そこで、床に物を落として取ろうとしゃがむ。するとどうなると思う?」


「えっ? 苦しみだす……とか?」


「ぐわぁぁぁぁ!!」



 エレナが自信なさげにそう言った後、カレンがふざけて床に転んだ。



「あはは、残念ながらその声も上がる前に死ぬよ」


「「ちっとも残念じゃない!?」」



 ふざけ合っていた二人の笑顔が消えた。


 一瞬にして命を奪う硫化水素はかなり危険なガスなのだ。



「あっ! だからエリクサー採掘の時に硫化水素に気をつけろって言ってたのね!」


「そりゃ口酸っぱく言うわけだ」


「もしかして鉱山で原因不明の大量死が出るのってそれ?」


「かもな」



 シャーリーがアルカイムでの掘削調査時の時のことを思い出し、カレンはその危険性からアルカイムで厳重注意されていたことに納得していた。


 するとエレナから鉱山での死亡事故があったのか、そのことについて聞いてきた。


 鉱山内だったら硫化水素が発生する可能性は極めて高い。


 そこを掘り起こしてしまったら大惨事になる。



「そうなんだ……呪いとかじゃないんだね」


「特殊な魔法が施されているとかじゃないんだ」


「……そういう場所もあるかもな」



 そんなことあるわけがない……と言い切るには、この世界特有の知識が足りない。


 特に魔法や魔力に関しては特にだ。


 例のナノマシンが何某かの影響で鉱山内に魔法を発動させて人を死に追いやっている可能性だって否定できない。


 ん〜……冒険ってやっぱり危険が多いなぁ。


 目に見えない危険にも立ち向かわなきゃならないんだから。

 まぁ、それが冒険か。



「とにかく、こんなに綺麗な円を描いた穴なんて自然ではあり得ない。恐らくここが創世神ソルの浄化跡だな」


「では、ここを掘ると?」


「そうなるね」



 レイに聞かれ、頷く。


 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。


 そんなことを考えていたらエリオットが話しかけてきた。



「水深6348m……か。一気に水深が伸びたな」


「今まで2500m以上は掘ってないからな」


「今回はライザーレス掘削ということだが……できるのか? 6km先の一点を何回も掘るのだぞ?」



 掘るといっても伸ばしたドリルパイプで一気に目的深度まで掘削するわけじゃない。


 一回目、二回目、三回目と何回も掘らないといけないからだ。


 ということは自ずと一回目と同じ場所にドリルパイプを入れなきゃならない。



「確かに未知数だ。でも、できないわけじゃない」



 難しいことではあれど、不可能なことじゃない。


 それだけの能力をアルカイムは持っているし、それを可能とする技術者達も大勢いる。


 できる……絶対に。











 ◆










 というわけで気合いを入れ直して掘削準備を始めた。


 距離的にはライザー掘削時でもドリルパイプは9000mまで伸ばせるから、積載自体は問題じゃない。


 しかし、ドリルパイプ自体を支持する機構がまだ準備段階だったこともあり、今回の掘削は調査でもあり試運転でもある。


 だから何が起こるか想定はしているが実際に動かしてみないとわからないというのが現状だった。


 そんな今回の掘削でだ。


 予期せぬ来客がルインザブの港にやってきた。



「この度もよろしくお願い致します」


「……うっす」



 ローレルリングさんとそのお付きの人がまた来たのだ。


 なんで来たんだ。


 今回あなたに気を使える余裕あるかどうかわかんないんだけど。



「……で? 何しに来たのよ? ティア」



 準備を一緒に見守っていたシャーリーがローレルリングさんに理由を尋ねた。



「今回の掘削は創世神ソルが星の浄化を行なった場所、いわば聖地なのだから、ソル教が関わらないわけにはいかないの。だから、私が顛末を見守る為に来たのよ」


「そうなんだ。アーサーは知ってたの?」


「そりゃな」



 まぁ、ローレルリングさんが来た理由は責任者故に知ってるんだけどね。


 だが、それでも言いたいんだよ。


 何しに来た。


 VIPをもてなす余裕は何度も言うが今回あるかわからんぞ。


 というか高確率でもてなせないぞ。



「今回の同行、打診が来た時点でお伝えしましたがお相手できるかどうかわかりませんよ? むしろほったらかしになる可能性の方が高いです」


「重々理解しております。どうぞ、我々のことはいないものと考えてください」



 そうは言うが、乗組員全員がそう出来るとは限らない。


 気を使うっていうのは結構なストレスだ。


 船上で何ヶ月も過ごすんだ。ストレスは無くせる限り無くしたい。


 しかも俺も皆も未知の領域に挑戦するんだ、緊張感が半端じゃない。


 そんな俺の思いをドカンと吹っ飛ばしてきたのがこのローレルリングさんだ。


 打診の通信が来た時にピシャリと断ったんだが、「そこをなんとか!」と押し切られてしまったんだ。


 ちくしょう……ただでさえもう一人のVIPがいるってのに。



「――おや、これはユースティアナ殿。お久しぶりです」


「お久しぶりです、エリオット殿下。今回も共に乗船できることを嬉しく思います」



 そんなこと思ってたら顔馴染みのVIPこと、エリオット第五王子の登場だ。



「貴方がきてくれたお陰で私も乗船できるようになったのです。礼は私が言う方です」


「? 殿下は今回乗る予定ではなかったのですか?」


「えぇ。……彼がね」



 エリオットが俺に視線を向けた。



「今回の掘削はマジで未知数なんだ。だからドリラーズ達の精神的負担を取り除きたかったんだよ」


「それを言われた時にも聞いたが、私が精神的負担になるのか?」


「あの時にも言ったが、鏡見ろ」



 おまえ第五王子やろがい。


 そんなやり取りをエリオットとしていたら、くすくすと鈴を鳴らすような笑い声がローレルリングさんから漏れた。



「仲が良いのですね」


「彼くらいです。私にこのような軽口を叩いてくれるのは」


「おまえがそうしろって言ったんだろうが」



 俺やシャーリー達はエリオットが居ようが居まいが、特になんとも思っていないが、他の人はそうじゃない。


 だから今回乗るなって言ったのにローレルリングさんが乗るってどこかで聞きつけたのか、俺の家に来て「彼女が乗るのならば私が乗っても支障ないだろう?」って言ってきた。


 出来るだけ負担を増やしたくなかった俺はそれでもエリオットの乗船は拒否したが、このことを乗組員にミーティングの場でそう言ったら「もうここまで来たら、許可しましょう!?」と皆に言われた。


 彼らにとってはVIPが一人乗るのならば二人目が乗ってももう一緒なのだそうだ。


 確かに俺もそう思う。


 でもね? もう一度言わせて?


 何しに来た。

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冒険に行こう!!〜陸は踏破された!? じゃあ海とか行けばいいじゃない!!〜 syake @syakeChgc

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