第28話「終戦後・懇談」

 *


「弊社内定を獲得された方は、染谷塩基様でございます、おめでとうございます!」


 死屍累々の戦場から離れ、本社の会議室1にて、染谷は椅子に座らされていた。


「ありがとう、って言った方が良いのか」


 出迎えられた染谷は、にらみながら言った。


「それとも、くそくらえ、か」


「どちらでも構いませんよ」


 頚城代表取締役は、そう言って柔和に笑った。


「何かお話を伺ったのでしょうか、染谷様。我が社の内定を得たのですから、もう少しお喜びになられても宜しいのでは」


「何かお話を――じゃ、ねえよ。僕がただ逃げ回ってた腰巾着だって思ってたのか? だとすると、随分曖昧な監視カメラだな」


「ははあ――仰る通りでございます」


 頚城氏は、困ったような表情になった。

 

 鉄面皮のように見えて、意外とウィットに富んだ人物なのかもしれない。


「しかし――我々にとっても少々想定外のことではありました。内定候補筆頭、核田様、最強の軍事力を持つ刮岡様、絶対防御の入間様、相手を研究し尽くす亜白間様、近年稀に見る大接戦を想定していたのですが、被害規模が存外低いこと、そして何より内定者が染谷様になったことなど、驚きの連続でございました」


「言うじゃないか――頚城さん。でもさ、結局この戦いは、戦争社側が、実験をするために行われたものなんだろう? その辺りの話を、もう少し掘り下げていただきたいな」


「…………」


 こちらの秘中の秘の事実を提示した――つもりだったけれど、頚城氏に微塵の動揺も見えなかった。これが、大人というものなのだろうか。


「ははは。構いませんよ。内定者の方には全てをお話することが決まっています故。ただ――それを語るためには、いくつか我々の質問にも答えていただきたいですね。染谷様、貴方の行動はなかなかどうして奇抜であった。。どうして貴方が内定を取ることができたのか、我々に教えていただきたいものです」


「教えていただきたい、ね。別に良いけど。知っているだろ。僕の能力『共感神経シンパシー』」


「相手の行動を未来予知する――脳の電気信号を感知する、というものだと聞いていますが」


「ああ、それは嘘だ」


 最終戦考に至るまでに、自身の能力は一度として明かすことはなかった。


「いや、嘘というか、全てではないって感じかな。副産物としてはそうなんだけど、ただの結果でしかない。本質じゃあないんだよ」


「虚偽の申告――として訴訟を起こすことはできませんねえ」


 大して驚くことはなさそうに、頚城氏は言う。


「追求をしなかった弊社の社員にも責任があります。確かに今回の最終戦考では、それだけでは説明のつかない所がございます」


 そう言って頚城氏は、わざとらしく肩を落とした。


「『共感神経シンパシー』の本質は何なのですか」


「…………」


 この情報を明かすのは、ここが初めてとなる。


――それが『共感神経シンパシー』の本質だよ。相手の気持ちになる、を、実際に体感することができるようになる」


「自己と他己、成程……」


 頚城氏は頷いた。どうやら相当に頭が回る老人らしい。


「だから貴方は、人の考えていることが分かり、攻撃を避け、防御を貫くことができたのですね。相手の自己同一性の中に割り込むことによって、考えや思考を共有する、共感する。。成程、その発想は、確かにありませんでした。相手の思考を読むのではなく、相手そのものになる――と。しかし、それだけの能力であれば、何らかの前提条件が必要なのではありませんか? 簡単に境界を解除することができてしまえば、もっと楽にこの局面を終わらせることができたでしょうに」


 数文の文章だけでそこまで推測してしまうとは――と、染谷は驚いた。


 無論、その驚嘆は感情を抑制することによって心の内に封じた。


「そう簡単な話でもないんだよ。ただ、戦考開始前に、既に一度僕らは一同に介していたからな。僕の共感領域内に――一定秒数いてくれれば、それで前提条件はクリアだ」


「あの場で策を弄していたのは、二重谷捩香だけではなかったのですね、そういうこと、ですか。成程成程、実に興味深い。興味ついでに聞くのですが、相手の思考になるということは、どういう状態なのでしょうか」


「別に――もう慣れちまったよ。僕は元々自分ってものを諦めているからさ」


「成程、そういう自己破棄こそが、貴方の『共感神経シンパシー』を形作っているのかもしれませんね」


「そう。だから他己認識については、それこそ高城翻訳程じゃないけど得意なつもりだよ。この部屋を包囲している人間の数を当てようか」


「ははは、面白いことを仰る。安心して下さい、余計なことをしなければ、銃口が熱くなることはありませんよ」


「あんたも死ぬことになるぜ」


「私の代わりはいくらでもいますから」


 頚城氏は笑った。


 余計なことを喋り過ぎた。失敗した――と思った。


共感神経シンパシー』は、一対多数の状況では感情が混戦して非常に不利である。


 恐らく事前にある程度アタリを付けていたのだろう。


 対策を済ませている。


 質問を続けた。


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