第3話「先制」

 *


「派手にやり過ぎたな。うん、良いよ。サンキュ。いつも通り精密な狙撃だ。オーバー」


 極秘回線の無線を通じながら、一人の男はそう言った。


 坊主頭と射貫くような眼光のその男は、喪服スーツを着用していながらも屈強な印象を与えていた。


 面接者番号4番、刮岡こそおか配列はいれつ


 国内外、合法違法を含めた軍との接点コネクションを持つ彼の強みは――手数の多さであった。遠距離狙撃、近距離での軍隊射撃、何でもござれである。


 最終戦考のルールが『鬼』である時点で、既に彼はかなりの優勢であった。


 倒壊した部屋の横の非常階段にて――刮岡は照準スコープ越しに爆心地を見た。


 最終戦考前に配布された、手首の自社製時計型観測機により――二つの『子』を入手した通知が来る。

 

 既に2人が落選しぼうしたという扱いになる。


「――たった2人か」


 落選しぼう者名簿一覧表には面接番号1番「繰浜くりはまみと」、そして、面接番号8番「しばはつ」の文字が、早速追加されていた。


 時計型観測機と心拍数が連動しているのである。


「流石は最終戦考残留者――良い状況判断能力だよ、ったく」


 そう言いながら、ポケットの中から小型のアンテナを取り出し、周囲へとばらまいた。空中に飛び、くるくると先端についた羽が回って、四方八方へと飛んでいった。


 探知機ソナーを内蔵した空中スカイ浮標ブイ――軍事機密どころか国家を転覆させかねないものだが、彼にはそう言った機密事項は通用しない。



 常に世界最新の情報と技術が、彼に提供される。


「ッと――マジか」


 爆心地にもう2、生命活動反応があった。


 この爆発で落選しぼうしないということは相応の戦闘力を持っているだろう。


 殺気立つより先に、刮岡はこの場所から逃亡した。


 彼の強みは手数の多さに比例する引き際の良さなのである。


 非常階段から飛び降り、下へと向かう刮岡――それを見る影が2つ程あった。


 爆心地で咄嗟に爆撃を防ぎきり、その場で文字通り息を潜めていた、生き残りである。


「……逃げましたね。追いますか?」


「その必要はないだろう。それよりもお前との殺し合いを楽しみたいものだ、私は」


「楽しむって。快楽殺人者ですか」


「そうとも言うし、そうとも言わない」


「曖昧な言葉で誤魔化すのは止めて欲しいですね」


「止めるでも良いし、辞めるでも良い」


「別に良くはないです。欲もないです」


 一人は女で、一人は男であった。


 女の方は戦考番号2番、核田かくた里帆りほ


 男の方は戦考番号5番、写転しゃてんるい


 二人共、当然のように爆発を生き延びている。 


「今の爆発は一体何なんでしょうね」


「敵勢力の分析を怠るとは、戦場においては命取りだぞ、類衣。爆弾遣い、爆撃遣い、否、そのもう一つ上位の、ならいるだろう」


「ああ。一人で国家レベルの軍隊を使役している、刮岡さんでしたっけ。いやあ、すごい人のいる戦争になってしまいましたねえ」


 元より戦争就活においては、個対個の戦考となることが必須であり、その技術、戦考能力、ひいては会社での即戦力となれる己を、監視する戦考官に対し主張アピールすることこそが必須となる。


 そんな中で徒党を組むこの2人の目的は、未だ謎に包まれている。


「いかに、と言われてもね。。大人として当然のことだろう。確かに個の能力は大事だけれど、一人では社会の歯車とはなれない。どうせどこかで聞いているのだろう、面接官とやらは。まあ、聞いていても聞いていなくでも、どちらでも良いが」


「社会の歯車ですかー、だからって俺を巻き込むのもどうかと思うんですけどね、姐さん。まさかおっかなびっくりっすよ。かつての同胞と最終選考でばったり会うなんて、俺、運命感じちゃいます」


「心底気持ちが悪い」


 唾棄するように、核田は言った。


 そして視線を下に移す。爆心地のすぐ横に大量の焦げ付いた肉片と、骨が落ちていた。


「この爆発程度で死ぬとは、ヤワな人間が最終戦考まで残ったものだ。誰が死んだか分かるか?」


「俺が何でも知っているとお思いなら、分からないと言っておきますよ。まあ――そうですね。2人――面接番号の1と8の死亡報告があります」

「2人か――成程、刮岡め。奴に2つの『子』か加算され、単独首位におどり出たということだ」


「あはは、そうですねえ。『子』を有するということは、より狙われやすくなるということでもあります。序盤でぶっぱなすとか、流石は配列の旦那」


「それに忘れるな。一時的な同盟を結んだだけで、残り2人になった場合には、容赦なくお前を殺すよ、私は」


「ええ。それで俺も了承しましたから、構いませんよ。残り2人になった場合は、容赦なく殺し合いましょう。せいぜいそれまで、死なないようにして下さいね――里帆さん」


 刮岡と核田、写転が面接会場を離れて、少々時間を必要としたけれど、最終戦争は開始される運びとなったのだった。


 そんな中。


 一人の男が、瓦礫がれきの中から登場した。


「さーてさてさてさてさてさてさてさて」


 それは、死んだと思われていた、柴であった。


 否、時計型観測機は、平等に最終選考者に配布されている。


 それが死亡したと判定したから、ここで生きているはずがない――のだが。


「死んだと思って勝手に離れてくれて僥倖ぎょうこうの極みだねえ。まあ? 実際心臓は停止していたから、死は決定事項なのだろうけれど――、どうして思いつかないかなあ。後々回収とか、そういう魂胆なんだろうねえ。たのしみだな、実に、うん、愉しみだあ」


 ぐちゃあ、と。


 顔をゆがめた。


 多分、笑ったのだろう。


 男は晴天の空を見た。


 8


 勿論もちろん既に選考資格は失っている。


 、彼は、参加を続行していた。

 

 会社規定すれすれの違法行為に他ならず、社によってはここで強制辞退させることも可能ではあったが――柴がいくら待っても、その連絡は来なかった。


 


 その理由は、この地球上の誰にも理解することはできない。



(続)



 *


 戦考番号第1番/繰浜くりはまみと


 半陰陽の女性。幼い頃から男でも女でもない自分に自己同一性を抱くことができずに苦しんでいた。子どもを作ることができない自らの劣等感を育て上げ、人間の欲求をつかさどる能力『刷毛口マイブロウ』に目覚めた。人の食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求を数値化し自由に操作するという代物である。もっぱら「相手の睡眠欲を極限まで上昇させ戦闘不能」にし、「自らの食欲を強制的に増幅させて相手を食殺する」という回避不能な戦闘方法バトルスタイルを取る。滅多に性欲を操作しないのは、彼女の主義ポリシーだろうか。女権拡張論フェミニズムを推進しており、さる団体では幹部を務めている。何でも、思想に反する者の粛清を行っているのだとか。



落戦しぼう

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