第2話「火蓋」

「それでは、詳細のルール等の説明を表示致します。30秒間表示致しますので、どうぞご記憶下さい。とはじょう――普遍的オーソドックスなものなので、ここまで辿り着いた皆様には不要でしょう」


 ・制限時間、2時間


 ・範囲、坂道さかみち戸尾内とおない(範囲から出た場合資格剥奪)


 ・形式、『鬼』


 ・殺害、あり。


 ・人払い、あり。


 ・勝利条件、獲得した『子』の最も多い人物――または最後の1名。


 ・その他条件、なし。


「念のため繰り返しますが――面接中の死亡、怪我、傷害に対して、弊社は責任を負いません。あらかじめ、ご了承下さい――ふふ」


 最後に失笑が混じった。当然である。


 近年就職活動を行う者であれば、その程度知っていることが前提。


 就活とは命を懸けて行うもの――なのだから。


「それでは、最後に質問はありますでしょうか?」


 一人だけ、手を挙げた者がいた。


「はい、入間いるま様」


 その名前を聞いて、周囲の者たちは振り返らずにはいられない。


 入間みちびき


 13歳にして、第3次世界大戦を未然に防いだ女性である。


は、どうなりますか」


「全員が死亡……つまり同時に心臓の停止が確認された場合、でございましょうか」


「はい。その可能性も考慮すべきと考えます」


 ふむ――と、頚城氏は首を傾けた。


「確かにそれは失念しておりました。その他条件――の部分に一点、追加させていただきましょう。全員が死亡した場合は、今年度の内定者はなし、ということになります」


「分かりました。ありがとうございます」


 入間は、表情を変えずに返事した。


 内定者なし。


 今や若者を企業が戦わせ、より良い人材を奪取していく時代である。内定者が零だとしても、不思議ではない。


「その他、質問がないと言うことですので――これにて事前オリエンテーションを終了させていただきます。それではカウントダウンの後、戦闘開始とさせていただきます」


 流石にこれもまた想定外であったらしく、複数名が騒然とした。


 通常、多少の準備の時間的猶予が与えられるものである。


 即戦考とは、誰も聞いていない。


 立ち上がり、距離を取る者たちまでいる。


 更にここはビルの25階。


 生半なまなかな手段では、生き残ることはできない。


 しかし。


「十」


 カウントダウンが始まった。


 既に臨戦態勢になっている者もいる中で、職員、社員の人々はいつの間にかいなくなっている。


 告知のすぐ後に退散したらしい。


「九、八」


 狼狽ろうばいこそすれ、しかし。


 誰一人として、物怖じする者はおろか、何かを憂慮する者はいなかった。


 既に5回の面接と戦考経過を経てここに来ている連中である。


 覚悟が違う。


「七、六、五」


 人はそれぞれあらかじめ人生が定められているという考え方がある。


 産まれた環境によって、人生の大半が決まる。


 確かにそうかもしれない。


 親の拳の味を知らず、他人の血を浴びる日常を知らず、クラスで無視される辛さを知らず、自分の言葉に責任を持てない者の言霊で襤褸襤褸ボロボロになるまで傷つけられても誰も助けてくれない孤独を知らない。


 そんな風に育つことができれば、成程理想的な人格が完成することに違いはないだろう。


「四」


 この中には戦争孤児だった者から、億万長者の子として産まれた者、一般の家庭に育った者、親族を皆殺しにした者、自らに毒の耐性が付くまで蠱毒の中に放り込まれた者、親の名前を知らない者、試験管で育てられた者まで、多岐に渡っている。


「三」


 流石に人種や種族を越えることはないものの、しかし、人には人の数だけ、個性がある。昨今の多様性を重視する社会にとってそれは、良きことなのかもしれない。


 しかしどうだろう――多様な在り方を認めれば認める程に、異端者が目立っていくのではないだろうか。外れた者が顕在化して、異端者というレッテル張りが成されてしまうのである。


「二」


 そう考えれば、昨今の在り方というのも、簡単に首肯できるものではないのかもしれない。古いものが全て間違っている訳ではないように、新しいものが全て正しいとは限らないのである。


 とか。


 とか。


 とか。


 とか。


「一」


 昨今の薄っぺらい多様性主張など吹き飛ばすかのような、濃度の頂点に到達している連中である。


 全員が、生涯を賭けて、この戦考に参加している。


「零」


 機械的な音声は――ただその数字だけを告げた。


 そして次の瞬間。


 



(開戦)

(続)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る