第30話「終戦後・選択」

「なん、だって?」


「ええ。入間導。少なくとも彼女の誕生は、世の中に大きな影響をもたらしました。何らかの外的要因もなく、超自然的能力を生まれ持って備え、使いこなすことのできる女の子の誕生。天然由来の超人間なのです、彼女は」


「…………」


「分析し、解明しようと思い至りました。超能力――誰にでも主人公になることのできる素質を、誰でも得ることができる。しかしそのためには日本の人権問題が邪魔になります。既に入間導は、表社会でも裏社会でも有名になっていましたからね。、就活斡旋業者と内通して、就活戦争という仕組システムを作ったのです」


「だからこそ――? いや、その接続詞は、繋がらないんじゃないか? どういうことだよ」


 今度は染谷が狼狽することになった。


「戦争っつって、多くの人間が犠牲になってるんだぜ。まさかたった一人の人間を分析し、能力を手に入れるために、わざわざ日本の就活制度を変えたってのか」


「そうです」


 頚城氏は続けた。


 悪びれることも、だからといって善人ぶることもなく。


 まるでそれが当たり前であるかのように。


「私達が超能力者に優位に立つことができるとするのなら、という一点のみです。全ては、入間導の能力を解析、分析するため。今日この一日の就活戦争のために在りました」


「…………」


「まあ、死んでしまいましたけれどね」


「死んで――って。じゃあ」


「二重谷捩香は、私たちにとって切り札でした。我々の技術では、『約定鎖掟プロミス』を再現することはできなかった。だからこそ彼女が死亡した時点で、我々の計画は終わってしまっているのです」


 至極残念そうに、頚城氏は言った。


「それだけのために――大勢の若者の――就活生の人生を、生涯を、就職活動を、犠牲にしたのか? 、したってのか?」



 いっそのこと清々しかった。


 悪ぶって怪奇的に笑いながら言ってくれていたら、もう少し怒りも沸いたのだろうが――残念ながら染谷が憤怒の感情に駆られることはなかった。


 この男は、倫理観とか、価値観とか、そういうものが全く違う場所にあるのだ――と、染谷は理解した。


 怒っても無意味だと――相対しただけで理解させられてしまった。


「……もしも入間導が敗北するようなことがあれば、どうしたんだよ」


。その人物を懐柔し、内定という扱いを持って我が社で実験を行います」


 


 取締役は、笑って言った。


 否、それは笑みとは呼べないものなのかもしれない。


「ッ――!」


「人間など、人材――所詮材料なのですよ。別に入間導である絶対性はないのです。素材はいくらでもありますからね――私自身も、そうであるように」


 流石にこの台詞には、染谷は絶句せざるを得なかった。


 ――何てことだ。


 ――これは、入間が絶句する訳だ。


 染谷はそう思って、思いを喉元でかみ殺した。


 感情を露わにしてはいけないと、思ったからだ。


 入間導という自分のせいで、ここ数十年の日本の就活制度が変わり、多くの就活生が死亡することになったのだから。


 自分が存在していたせいで、世界が変遷してしまった。


 その現実を知り、入間は思考停止してしまったのだろう


 結果、隙を突かれて、『搔把式トラックダウンミキサー』を食らった。


 ――そういうことか。


 


 、戦争社側に利益が回るようになっている。

 

 ――『共感神経シンパシー』を。


 ――今度は研究対象にするつもり、ということか。


 秘中の秘を話し終えたからか、両手を挙げると、周囲にシークレットサービスが戻った。


 それを明かしたということは、最早染谷に選択肢はない。

「勿論、待遇は保証しますよ。戦争の生き残り――内定者として、一生困らない報酬を支払い続けます。これは就活戦争参加時にサインして戴いた通りです。ただ、我々の実験に協力していただければ、それで構いませんよ」


「……」


 染谷の家庭も、決して裕福だったという訳ではない。


 自身の能力のせいで、辛酸を舐めて来た。高い共感性なんて、何にも役に立たなかった。ただ人の気持ちが分かるというだけで――辛いことの方が多かった。


 他人の気持ちなんて分からなければ良いのにと、どうしてこんな能力を得てしまったのだろうと、自分なんて死んだ方が良いのではないかと、そう思い続けた人生であった。


 だからここで首肯してしまえば、自由はなくとも――約束された生涯があることは紛れもない事実だった。


 入間導。


 細井ゲノム。


 自分を生かし、自分に繋いでくれた彼女達。


 ――あいつらなら。


 この状況に対してどうするだろうと――染谷は考える。


 運命にあらがい。


 世界に立ち向かい。


 己を貫いて死んだ彼女らと。


 自分との違いは。


 果たして。




(続)

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