第15話「同盟」

 *


「私と組みませんか?」


「……はあ?」


 細井ゲノムは、その見知らぬ者と相対していた。


 という状況が、細井にとっては想定外であった。


 毒使いとしての彼女のもう一つの一面として、外見とは相応しない程の情報収集能力を有している。


 全員に毒を投与することのできるタイミングを完璧に見計らう――ぼうとしている細井ゲノムの表面とは対照的に、策略家であった。


 そんな彼女だからこそ――目の前の、存在しえない戦考参加者に、動揺を隠すことができなかった。


「……貴方は、誰ですかあ」


 目の前にいたのは、大きめのパーカーを着崩して着用する女であった。間違っても企業の戦考に参加するような格好では、無い。


 管理者ゲームマスターに近い存在かと思ったけれど、時計型観測機ではまだ『鬼』ルールは継続している。


 パーカーの女は、抑揚のないダウナーな口調で話した。


「私? 私は二重ふたえだにねじです」


 細井も知らない名前である。


 存在するはずのない、13人目の最終戦考者。


「誰、ですかあ。ここの参加者は11人、否――、12人のはずですよね?」


「ふうん、道欠君を知っているんですね。すごい」


 大してすごそうでもなく、二重谷はそう言った。


 じっと、細井は二重谷の動きを観察する。


 いくら戦争形式の戦考とは言い条、パーカーを着用して来るなんて舐めている。


 それに動きにも


 本来戦うタイプではない細井ですら、そう思った程だった。


「無駄ですよ――私を分析しようとしても。


 二重谷は言った。


 意味が分からなかった。


「13人目の戦考者なんてえ、いないはずですけれどお。っていうかあ、いくら自由な服装で参加が許されていると言っても、そのパーカーはないんじゃないですか」


「現にこうして存在しているんだから、現実を認めて欲しいですね。ほら、こうやって『鬼』に参加している証明もありますよ。それにアナタの言葉は、全世界のパーカー着用者を敵に回しています、謝って下さい」


 そう言って、手に付けている時計型観測機を見せた。


 簡単に偽造できるものでは、ない。


「すみませんねえ」


 細井は反射的に謝罪してしまった。


 道欠の存在を知っている――ことによって情報のアドバンテージを見せようとしたのだが、失敗であったらしい。


「…………」


「それで、話を冒頭に戻すわね。私と組まない?」


「組むメリットが、分かりませんねえ」


 そう思って、服の中で毒の調合をする。こちらが風上であるので、毒を風で流して相手に通達させることができる。


「あるんですよ――核田里帆が実質上の敗退、亜白間街、刮岡配列の死亡、残る内定候補者筆頭は入間導。彼女の『約定鎖掟プロミス』を打倒する方法を、アナタはでしょう?」


 それも、露呈バレていた。


 入間導の約定それは、攻撃の耐性を容易に付与することができる。


 数々の戦争に関与してきた入間にとって、毒物による暗殺など、日常茶飯事のようなものである。


 防御力でいえば、内定候補者の中では随一であった。


「あれは、どちらかというと契約というか――超常の力の類ですからあ――誰かと潰し合うまで、こうして隠れていようって算段、なんですけれどねえ」


「その『約定鎖掟プロミス』を打破する方法が、私にはあります」


「……!」


 その発言に、驚かざるを得ない。


「それを、信用しろ、とでも言うんですか」


「へえ、ふうん、そう。していないみたいですね、特に対策は」


 ずけずけと、細井の心中に入ってくる。


 まるで全てを分かっているように。


 こちらの応答には微塵も返答していない。


「信用しろとは言いませんよ、ただ、同盟を結ぼうと言っているんです。入間導は当然のように毒の耐性を有しているでしょうし――誰かが彼女を倒してくれなければ、アナタに勝機はありません、違いますか」


 違わなかった。


「随分と――私のこと詳しいんですねえ」


「ええ、私は弱者の味方です」


「…………」


 弱者扱いされたことに、遺憾の意を表明したいところであった。


 ただ、自分の情報が知られていないという絶対に近い自信があったから、少なからず細井は驚嘆した。


 どこから漏洩したのか。


 それを考察する前に、目の前の人間をどうにかする必要があった。


 人を人と思わず――だと思う。


 茫洋ぼうようとしていながらも、細井はそういう人間であった。


 情報処理するように、適合した毒物で――細井ゲノムは人間を処理する。


 ただ――処理するには情報が、余りに不足している。


 二重谷捩香。


 問うた。


「貴方は、一体何者ですかあ?」


「ううん――そうね、去年の就活戦争の生き残りとでも言っておきましょうか」


「去年の生き残りは、道欠失彦だけだったはず――でしょ」


「それは戦争のですよ。ワタシは浪人ですね。所謂就活戦争浪人。だから特別枠中の特別枠なんですよ。まあ、生体兵器ってところですね。弊社に作られた人間です」


「作られた、人間」


 そんな枠があることは、細井は知らなかった。


 戦考浪人――就職活動中、、戦考枠から強制的にはじかれた人間のことをそう呼ぶ。


 何が何でも、たとえ人を殺してでも内定を取る現代の就活戦争時代においてそんなもの半ば伝説だと思っていたけれど――事実目の前にこうして存在している。


 二重谷捩香――という名前も、恐らく偽名だろう。


 昨年度の最終戦考到達者の名簿においても、この社を受けた就活生を探しても――二重谷捩香という名は、細井ゲノムの記憶領域には存在していなかった。


「さて――いちいち考えている暇はありませんよ。時は一刻を争う。ワタシと組むか、組まずにここで死ぬか、どちらかですよ」


 情報がない以上、下手に動くことは逆効果に繋がりかねない。


 既に細井ゲノムの体内には、一定量の毒が巡っている。


 亜白間街の意識を奪うために、大気中に散布した毒。


 それは本来耐性を持つはずの細井自身にも有効な程に強力であり――時間が、ないのだ。


 ――それでも。


 ――内定を取るためならば。


 迷っている暇はない。


 そう判断した細井は、選択した。


 緩慢な口調に反して、迅速に。


「良い、ですよう。ただし、最後の2人に為ったら」


「そうね、殺し合いましょ」


 こうして、誰も知らないところで。


 業界一の情報通にして毒使い、細井ゲノムと。


 正体不明ないはずの13人目、二重谷捩香。


 この2人の同盟が成立した。




(続)

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