第16話「仕組」


「■■■■■■――が、がはぁ、ぅ、が、はあぁ、はぁ、はぁ」


 口腔よりもう少し奥から血液が吹き出て――そしてそれが鼻にまで持ちあがってきたがために――柴発生はを取り戻した。


「あ、あああ、痛い、痛い痛い、痛い、痛いなあ、痛い、痛い、痛い、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


責任癲癇バックパサー』。


 発狂することによって、人間の限界値を超える能力を自ら引き出す自己暗示的超自然能力。


 しかし、その才覚に、一般人である柴の身体は耐えきることはできない。


 何より深手を負うなどの身体的及び精神的衝撃が無ければ、発狂は解けない。


 どうやら写転類衣を殺害してしばらく暴走したところで、身体の負荷が暴発し『責任癲癇バックパサー』が解除されたという算段らしい。激しい駆動の代償として、全身の筋肉痛に襲われながら、柴は分析した。


「ったく――こんなことでもしなくちゃあ、上澄みの奴らと対敵できないんだから、笑っちまうよなあ」


 本当は核田里帆と写転類衣を両方仕留める予定だったけれど――まさか写転が核田をかばうとは想像がつかなかった。


 誰かを護る、誰かを助ける。


 そんな感情など。


 自分の目的遂行のために。


 捨てたはずだというのに。


「ずるい――なあ」


 柴はそう言って、笑った。


 もう笑うしかなかった。


 発狂し、人間を失い、資格を失い、人を辞めてようやく到達したはずの土俵には、既に追い続けた相手はそこにはおらず、ずっと先に居て。


 自分がかつて捨てたものを、当たり前のように持っていたのだ。


 そこに――柴は。


「あはは、なんだあ、この感情はさあ」


 柴は既に、内定資格を失っている。


 彼の『子』は刮岡配列が――そして、その『子』は、刮岡を打破した核田が有していた。ボロボロではあったけれど、時計型観測機を起動する。画面に血液が大量に付着していた。


【最終戦考者】(降順)


 ――核田里帆。


 ――入間導。


 ――細井ゲノム。


 ――高城翻訳。


 ――染谷塩基。


 ――道欠失彦。


 ――二重谷捩香。



落戦しぼう者】


 ――繰浜みと子。


 ――柴発生。


 ――亜白間街。


 ――怒隈竜電。


 ――写転類衣。


 ――刮岡配列。



 


 道欠失彦。


 二重谷捩香。


 誰だ、こいつらは。


 この2人は、少なくとも最初の戦考会場には居なかった人間である。


 戦考開始から既に1時間は経過している――今更却下することはできない。確認を怠った彼ら側の失態である。


「ったく、かよ――分かっちまったなあ。知らねえ奴らを混ぜて混戦を演じようってか、それとも、いや――」


 発狂後の冷却状態である柴には、想像が至ってしまった。


 本来存在するはずのない2人の人間。


 そして企業側からの黙秘。


「この戦い――まさか」


 


 ただの就活戦争ではないと思っていたけれど、しかしそれ以上に、その裏にある策略に、まんまと乗せられてしまった形になる。


 奇しくも怒隈が辿り着いていた知識領域に、足を踏み入れた。


 この戦考は、ある。


「……そういう、ことか」


 心臓に胸を当てる。


 残り発狂持続可能時間は1分を切っている。


 それを過ぎれば肉体は限界に達し、心臓が動きを止める。


 既に資格を失い、監視対象から外れている柴――否、彼にのみできる事柄。


「仕方……ねえなあ」


 企業は内定候補者しか見ていない。前述の通り監視対象の外側に、柴はいる。

 だからこそ、彼が何をしようと――それをとがめる者も、止める者もいない。


 例えば、だとか、そんな意図すらも。


「スゥッ――――」


 息を、思い切り吸って、止めた。


 ここでの柴発生の心境については、非情に描写が困難である。


 心停止をさせて刮岡の爆撃を乗り越えるしかなく。


 意図的な発狂による強制的な体力の向上によって目の前の者を殺すしかなかった状況。


 『責任癲癇バックパサー』という才覚の由縁というところもある。


 感情を意図的に暴走される彼の内面は、これからもこれまでも、決して描かれることはない。


 初めから詰みきっていて、どうしようもなく、ただ戦争の中で翻弄されるしかなかった、どこかの誰かの駒として動く。


 それに同情できる人間は、誰一人としていない。


 誰も彼の気持ちを、分かってあげることはできない。



(続)

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