第19話「膠着」

 *


「高城翻訳さんに、『子』4点が追加されました」


 無慈悲に、放送が響いた。


 高城翻訳が、首位へと躍り出た!


 そして場に、膠着こうちゃく状態が訪れた。


 入間導、染谷塩基、高城翻訳、道欠失彦。


 平行四辺形のように、彼らは並んで、止まった。


 最初に口を開いたのは、道欠だった。


「ややあ。優勝候補のの入間導さんだね。そしてその隣には、腰巾着のお二人ががいる。ままあ? そのうちの一人の予想外の行動があったみたいだだね」


 高城の行動。


 それは入間にとっても想定外であった。


 約定プロミスで行動が制限されているはずの高城が、勝手に動いた。


「――翻訳、ちゃん?」


「済みませんっ――私、、効かないんですっ。嘘ついてて、ごめんなさいですっ」


『約定鎖掟(プロミス)』


 絶対防御の効力がない。


 謙虚さを持ちつつも、入間は自分の能力に対してある程度の信頼を置いていた――にも拘わらず、それが打破されてしまった。そのショックを隠しつつ、入間は優しく訊いた。


「聞かせてもらえる? どうして――」


「教え、ませんっ。言ったら、あなたは対策をするでしょうからっ」


 ぎゅっと目を瞑って、高城はそう言った。


 微弱な生体電流の受信。

 しかしその彼女の本来はその発信にある。自身の体内の生体電流を操り、自分の記憶を改竄かいざんする――自らを作り変える――


 人の言動ではなく精神を束縛し制約する約定鎖掟(プロミス)の抜け道を無理矢理作ることができるのだ。


 高城の心理状況テンションが常にハイであるのも、言動が少々以前と違っているのも、多少強引に脳内を電気で弄り回したからということに尽きる。


 事実、『約定鎖掟プロミス』から脱することができたとはいえ、高城の脳内は混線していた。


 当たり前である。


 自分の身体とはいえ、無理矢理電気信号を流したのだ。


 混線しない方が、無理である。 


「おやおやや。仲間うちでいざここざか。怖いねねえ」


 刃を持ったスーツの男は、そう言って――くくく、と笑った。


「……貴方、道欠失彦ね」


「道欠……?」


 染谷の知らない名前だった。


「去年の就活浪人だよ。要するに企業側が仕組んだ刺客。OB訪問はしておくべきよ、染谷君」


「成程、勉強になるよ……」


 どうしてそれを入間が知っているのか、それを聞く暇は、もうここにはないようであった。


 道欠失彦には――気配という気配がなかった。


 この最終戦考に臨む人間は、ある種オーラのようなものが存在している。


 選ばれた者たち。


 企業最終戦考には、全国から多くの就活生が参加する。


 就活戦闘に参加できるのはその中での上澄み、そして最終戦考に登壇できるのは、上澄み中の上澄みである。


 そんな中で存在感のないまま――普通なまま存在しているというのは、成程確かに異常だった。


「ぼぼくを知っているとは、流石は入間さんだ。内定者筆頭候補の一人、入間導。そして腰巾着のの染谷塩基君」


 道欠は古びたレコードのような喋り方をした。


「腰巾着ね。散々皆色々と言ってくれるじゃないか。老害先輩」


「ち違うのかい? いつまでも入間導らとと共に行動しているから、やる気がないのか、裏切りの機会を伺っていると思っているよ。そそこの高城さんと同じくね」


「ふうん……まあ、そりゃそうだろ」


 染谷は少々苛立ちを覚えたような面持ちで言った。


 それはとても微妙な表情変化で、入間でも気付かない程の機微ではあったけれど――それでも、彼は押し殺した苛立ちを形にはしなかった。


「結局最終的には殺し合って内定者を決めるんだ――だったら、先に裏切ろうが後に裏切ろうが、同じことだろ」


「卵が先か鶏が先かという理論のようだだね。ふふ――まあ、良いさ。高城さんは、入間さんに対抗できる唯一の勢力となった訳だ」


「……私は」


 高城の脳内は、未だ混線していた。


 無理矢理『約定鎖掟プロミス』の外側に出たことは吉ではあったけれど、それ故に極端な視野狭窄に陥っていた。


 例えば、目の前に見えた誰でも良いから、排除しようという命令を、脳に下してしまうくらいには。




(続)

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