第18話「満足」

 *


 それは突然やってきた。


「!」


「!」


「――ッ!」


 ビルの隙間を走り抜ける入間導、染谷塩基、そして高城翻訳の前に、2つの影が落ちてきた。


 2つの人影のうち一つは、核田里帆。


 負傷していることを隠していたけれど、入間はそれを推察することができた。


 もう1つは――だった。


 最終戦考会場に存在していない誰か――であっる。

 

 意味不明の状況。

 

 理解不能の現実。


 突発的な登場。

 

 あの入間導でさえも、反応が鈍るほどの異常事態である。


 しかし。


 最初に行動したのは。





「――っ」




 


 核田里帆のに、手に持っていた刺突用のブラックジャックを突き刺した者。


 


「なっ」


「――翻訳ちゃんっ!?」


 高城は――その能力により、遠方から負傷した核田、道欠の追撃が迫っていること、そして核田のを理解することができていた。


 決してこれは、裏切りではない。


 まだ。


 ただ、接近して来る核田、道欠を報告しなかったというだけ。そして核田の殺害も、入間の『約定鎖掟プロミス』の規定からは逸脱していない。

 ただ、このまま入間、染谷に付いていけば、いずれ彼らと戦闘することになることは必須である。


 そして入間と染谷には、何らかの浅からぬ縁があるらしい。


 ならば――場を搔き乱す。


 自分の脳の電気信号をいじくり、領域ゾーンに入った高城は――、核田里帆の心臓を貫通した。


 正確な心臓の位置を把握していたのは、ペースメーカー細胞に送られる微弱な電波を感知していたからである。


 そこへと向かって自動的に自分の攻撃を設定した。


 領域ゾーンに入っているからこそできる、一時的身体能力の異常な向上――。その威力は、手刀で人体を貫通するには、十二分過ぎる程に十分であった


「っ……あ」 


 声にならない声をあげて、自分の胸元に空いた穴を、核田は見た。


 ぐらり、とよろけそうになるのを、何とか踏ん張って止めた。


 それも結局は付け焼刃でしかない。


 肺臓と心臓に穴の開いた彼女は、既に限界を越えていた。


 領域ゾーンに入った高城は勿論――急な展開を迎えた入間、染谷、そして追跡者の道欠ですら、核田里帆の敗北を悟った。


 が。


 核田里帆は、倒れなかった。


 思い切り足を、地面に叩きつけるようにして、踏ん張った。


「だ、あああああああああ!!」


 大声もかすれていて響かない。


 肺と心臓に穴が開きながら、何が彼女をそうさせているのか。何が彼女を生かしているのか。少なくとも、とどめを刺したはずの高城には、理解できなかった。


 既に電気信号的にも、核田は限界のはず。


 なのだが。


 目を見開いたまま――空に手を挙げた。


「ッ!!!」


 何を。


 核田里帆は何を、掴もうとしているのだろう。


 生ける伝説には、何が見えているのだろう。


 それは誰にも分からない。


 孤高の存在として君臨し、世界最強として名を連ねさせられた。


 無理矢理生かされ、折れないだけの心を備えてしまったからこそ、ここまで全力疾走するしかなかった彼女が。


「っが」


 膝を、ついて。


 そして――手を、月の方へと向けた。


 掴もうとしても、その手は決して届かない。


 最後に考えていたのは、自分に追いつこうともがき、最後まで負け犬にしかなることができなかったあの青年、写転類衣のことだった。


 ――私は。


 彼女の表情を説明することは、たかが明朝体の羅列ではあまりに情報不足である。


 ただ、これだけは表記できる。


 戦いのために生まれ、戦いのために死んだ、そんな誰よりも強く、誰よりも孤独な女。


 核田里帆は、笑っていた。



 *


 戦考番号2番/核田かくた里帆りほ

 

 万能の女性。内定者筆頭候補の一人。「完璧な人間を作る」という命題の元、試験管によって全てを与えられて生まれ、あらゆる全ての教育を詰め込まれてきた。戦闘能力においては随一であり、右に出る者はいない。世界の就活戦考能力基準がRという表記であるのは、核田里帆を基準としているためである。本来は対戦考者に対する人形として売却される予定だったが、思春期到達時、想定外に「感情」を学習してしまい、研究所を壊滅させて後、一人伝説として生き続けた。

 

落戦しぼう


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