第13話「堂々」
それは、もう。
何というか。
何もないというか。
何も言えない。
言葉を差し挟む余地はなかった。
刮岡と核田。
二人の戦いだけで、小規模な戦争を形成していたと言っても、過言ではない。
刮岡配列。
一歳から孤児として軍人により戦場で育てられた戦争の
あらゆる軍事力を持ち、それらを遺憾なく発揮することのできる裁量を併せ持つ――迷彩服の大男。
核田里帆。
試験管ベビーとして全てを与えられた状態で生まれ、『完全な人類』の創作を目指した計画に生まれた時から加担しており、その唯一にして絶対の成功例として世に知られた革命世代。
この二人が同年代に位置しているからこそ、今年の令和七年度の就職活動が、苛烈な就活戦争となったと言っても過言ではないのだ。
昨年よりも規模を大きくして、就職活動が行われたのも、彼らの参戦が一因となっていた。
内定筆頭候補の二人。
本来は禁止されているけれど、裏取引の賭博では、レートは二人共高得点を維持していた。
「――――」
「――――」
刮岡の一挙手一投足を見て、核田が動く。その反応速度は、人間のそれを凌駕している――既に手持ちの武器は全て使い尽くした。
徒手空拳による戦闘行為となっている。核田は基本的に相手に合わせる戦闘スタイルをとる。
基本に忠実な、一切の淀みの無い真っ直ぐさだけで簡単に人間を超越することのできてしまう彼女は、それでも自身と同等程度の人間との戦闘に、血沸き肉躍っていないと言うと、嘘になるのだった。
両手両足頭歯爪肘肉体の百パーセントを使い切ってくる。
と。
相手にそう思わせることが、既に術中。
正当性の高い戦闘に見せて、互いに騙し合いの牽制を入れ続けている。
超高度な知略戦を兼ね備えた刮岡配列と核田里帆の戦争に――誰一人介入する余地もなかった。
あれだけ意志の強い写転であっても、ここに介入することはできない。
意志の力でどうにもできない差異が、二人と写転にはあった。
そして。
何より。
自身と同等の力量の人間などそういない――ということ。
就職活動と言うことを半ば忘却して、二人は戦いに興じていた。
愉しんでいた、と言っても良い。
ただ――。
「済まないな。そろそろ私も、限界だ」
核田はそう言って、徒手空拳を繰り出した。
亜光速を超え、人間の反射神経では到底対応することのできない攻撃。それを避ける手段を、満身創痍の刮岡はもう、持ち合わせていない。
「ッ――」
が、しかし。
その拳が、空を切った。
がういん。
という、衝撃が走り、刮岡の身体が折れ曲がった。
超長距離からの射撃で、刮岡は自身を撃った。
ゴム弾とは言え骨の一、二本は
そうすることで、拳の通過する線にあった自分の頭蓋の位置を、自身の肉体に弾丸を
絶対に自身を狙撃しないという今までの彼の主義を曲げた一撃に――核田は驚嘆せざるを得ない。
「はっ! 悪いな! 負ける訳には、いかないんだよ! 俺は」
飛びそうになる意識を何とか抑えて、刮岡は指で指示を出す。
核田の隙――空拳を
そこまでは。
「!」
核田が、自分の肩の関節を無理矢理外して――そのまま腕を振るって来ることまでは、予想が付かなかった。
どんな手法も使ってくるとは言え、人間の可動範囲をも超越したその打撃に、流石に刮岡配列は反応しきれない。
「ッ――クソがッ!」
「終わりだ。楽しかったよ、配列」
「ッ!」
ロードローラーさえも破砕する核田の打撃が、刮岡の頬と、そして脳髄ごと吹き飛ばす瞬間。
彼が最後に見たものは、戦いに対する敬意と。
笑顔だった。
「――」
「核田里帆さんに『子』、3点が追加されました」
装着している時計型観測機から、機械音声でそんな通知があった。
吹き飛んだ脳漿を腕から散らしながら、核田はその場に座り込んだ。まるで隕石か何かが落ちてきたように、クレーターと化していた。
「流石に――消耗し過ぎたか。全く、容赦のない男だ」
刮岡配列の所属する軍が暴動を起こす――ということはない。その辺り抜け目のない男である、自身と軍との関係は、あくまで契約。
「いや……今襲って来られても、対応はできないが――まあ、超遠距離狙撃の出来る輩はいない、だろうな、回復に努めなければ――」
そう思って、ふう――と息を吐いた。
が。
核田里帆がその息を吸うことは無かった。
少なくとも、次の一瞬までは。
「っ」
自分の左胸の部分に――長い日本刀が突き出た。
(続)
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