第8話「再会」

「早速で悪いんだけど、高城さん」


 と、口を開くのに5秒程かかった。これは入間にしてはかなりの遅延ロスである。


……できる?」


「!? はいっ、できますっ!」


 そう言って、ぐに地面をなぞると。


 同時に。


 建物、隣のビルの室外機の脇から。


 一人の男が現れた。


「おやおや、気付かれていたとは」


 出てきたのは、蝙蝠こうもりのような特徴的な外套コートを着た男であった。


 暑く湿度が高いにも拘わらず――長い燕尾服を着用している。


「久方ぶりですねぇ。入間さん。相変わらず仲良しこよしでやられているようで、血反吐を吐きそうですよ。私が会いたかったのは、才能ある孤高の貴方ですのに」


「血、は要らないと思うけどね。久しぶり。会いたくはなかったわ、


「!!」


「!」


 その名前を聞いて、染谷と高城は反応する。


 反応せざるを得ない。


 日本戦考協会の異端児。


 永久追放されたという悪名の轟く男。


 どうしてこの企業の戦考に存在しているのか――という疑問は、今は抱くまい。


 それより何より、この3対1の局面にわざわざ姿を現したのか――その答えについては3人は有していなかった。


「おやおや、私の自己紹介の機会を奪ってしまうとは、相変わらず不粋な方ですねぇ」


 そう言って、男――怒隈竜電は笑った。張り付いたような笑顔を浮かべる男である。年齢は、他の就活生よりかは上に見える。大学院か博士の卒だろうと、染谷は見た。


「お初にお目にかかりますお二方――私は怒隈竜電。戦考番号その九です」


 名乗りを上げた――ということは。


「そう血気を起こさないでいただけませんかねぇ。既にここは私の領域だということを理解わからせねばならない程――貴方がたも愚かではありませんでしょう?」


 そう言って、怒隈は両手を広げた。


「……何をしたの?」


「分かっている癖に、弱者に合わせるのも、貴方の悪いところですねぇ、入間導。この辺りには既に罠を張ってあります。余計な動きをすればそのまま全員爆発しますのでねぇ」


「嘘です、この男、嘘を吐いています!」


 と。

 

 怒隈がそれ以上続ける前に。


 高城は糾弾した。


「ほう?」


「この近くに、人間の痕跡はありませんでした。ここに設置しているというのは虚言ブラフです」


「ははは、――高城翻訳さんですねぇ。残念ながら私がここに設置したのはかなり前の話、指紋や遺伝子と違い、放電される生体電流はここには残っておりませんから――その発言は愚かと言えますねぇ」


 そう言って、怒隈は笑った。


「っ……」


「なんなら1つ爆発させてみせましょうか? 命の保証はしかねますねぇ。軍隊遣いの刮岡配列さんなどとは違う、完全純系の爆発物ですのでね――たとえ入間導であれど、3人を助けてこの場から離れることは不可能だと、釘を刺しておきますよ」


 ここで驚いたのは、高城の情報を彼が知っていたことだった。


 少なくとも入間も染谷も知らないものを、なぜこの男が調べ上げているのか。


 あらゆる外法に通じる怒隈ならば可能かと思い、2人は納得した。


 確かに、事前に設置されていたのなら、入間が検知できなくとも当然だろう。


「拮抗状態を作って、何をするつもり? 怒隈」


「拮抗? いえいえ、追い詰められているのは貴方がたの方ですよ、入間導。私はここで、貴方がたに話して爆発させるか、話さず爆発させるか、爆発させないか、それら全てを嘘ということにするか。膨大な選択肢があるのですからねぇ」


「そう?」


「おっと、発言はこれから規制させていただきますよ。貴方の『約定鎖掟プロミス』は厄介ですのでね。貴方がたの選ぶ選択肢は一つだけ――私の話を聞く、ということです」


「…………」


「…………」


「…………」


 3人は、首肯せざるを得ない。生殺与奪は、この男の手に委ねられている。






「私と協力して――






 それは衝撃的な発言であった。

 3人は顔を見合わせた。


「終わらせる、というと誤解を招きそうですね。『鬼』形式の戦考では、最後の一人以外は全員死ぬか意思能力喪失をしなければ終わりません――なので強制的に、継続不可能にするのです。。あと数時間の間で、全員が死にます」


「…………」


「…………」


「…………」


「就職活動のために人が死ぬなど、間違っています。企業側の何らかの策略があると見て、その陰謀を暴くために、どうか協力していただけませんかねぇ」


 間違っています。


 3人にはもう、その台詞セリフだけで十分だった。


 就活とは、命を懸けて行うもの。


 その気の無い者は、ここに存在する意味はない。


 言葉はもう必要ない。


 この男は、殺さなければならないと、全員が判断した。


「おやおや、雰囲気が変わりましたねぇ。この程度で動揺とは、天下の入間導もたがか知れますねぇ。ただ、私はおかしいと言っているだけですよ。――」





 ずばあん。




 小気味いい音と共に、怒隈竜電の首が吹き飛んだ。

 染谷、入間、高城。


 三人共呼吸を合わせ、初めてにしては上出来の三方挟撃。


 死ぬ覚悟も殺される覚悟も決まっている彼らにとって、一番言ってはいけないことを言ってしまったのだから。


 就職活動程度、などと。


 命を懸けることが当たり前の就活に対して、その程度の覚悟の者が臨むべきではないし、介入するべきではない。


 嫌悪と唾棄であった。


 薄笑いを浮かべた怒隈の首が、ビルの屋上へと落下して。


 それとほとんど同時に。


 爆発により、ビルが倒壊した。



 *


 戦考番号9番/怒隈どぐまりゅうでん

 裏切の男性。日本戦考協会において異端児と称される人物。一度も相手と戦闘行為を行うことのないまま戦考協会代表理事まで上り詰めた過去を持つ(当然すぐさま解任された)。相手と交渉して先に勝利を勝ち取ってしまう八百長やおちょうの天才であり、情報戦において右に出る者はいない。最終戦考参加者の中では最年長で、就活戦争可能年齢ギリギリでの参加となった。積乱雲を用いた大規模雷撃能力『中央竜電セントラルドグマ』を有するが、それを使ったのは入間と戦争をした一度のみ。既婚者であり、娘が二人いる。娘を就活戦争に参加させたくないという思いを持ち、この負の連鎖を終わらせようと目論もくろんでいたというが、真偽は定かではない。


落戦しぼう

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