第7話「遭遇」

 前方に居たのは、リクルートスーツから着替えていない、ポニーテイルの女性であった。両側から囲むようにして、ビルヂングの屋上へと追い詰めた。


「え、っ、え、あ、っあれっ――」


 まるで一般人のように狼狽するその姿には、二人とも見覚えはなかった。


 染谷と同じように、努力だけでのし上がってきた類の人間だろう。


「2つ――質問するよ」


「は、はいっ?」


 入間は続ける。


 相手に考える隙を与えない。


 本音を強制的に引き出させる。


 日本にどれだけ就活生が居ようとも、他人の尋問をこうもスマートに行うことができるのは、入間くらいのものだろう。


「1つ、君の名前と戦考番号を教えなさい」


「わ、わたしはっ、戦考番号3番! たか翻訳ほんやくですっ!」


「結構。次――私たちと組む気はある?」


「く、組む、ですか?」


「そう。三重苦スリーマンセル。最後私たちだけになったら、3人で殺し合って決める。それまでの約束」


「え、えとえとっ!」


「3秒、2、1――」


「く、組みますッ!」


 もう手刀が首元を削ごうとしていた極限ギリギリのところで、高城は両手を挙げてそう言った。


「……く、はぁ――はぁ、びびびび、びっくりしました……」


「うん。分かった。組んでくれるなら問題はないよ、ありがとうね、高城さん!」


 笑顔で手を伸ばして、ぎゅっと握手をした。相変わらず無茶苦茶な手法である。



 すう――と。


 偶像の鎖が、二人を繋いで、すぐに消えた。


「こ、これはっ」


「『約定鎖掟プロミス』。だよ」


 入間導の固有能力――『約定鎖掟プロミス』。


 他人との約束事を絶対化させるための能力である。その契約を破った、あるいは裏切った場合には、鎖が精神を破壊し、自律行動を不可能にする。


 嘘が嫌いだという強い意志から発現した能力であり――使用者が死ぬ以外で絶対に解けることがない。


 もっとも、入間を少しでも知る者ならば知っている能力である。むしろ入間の代名詞として、本人像よりもこの能力が有名なのである。


 故に彼女と盟約、契約の類を結ぶことは、国際的に禁忌とされている。


 ――のだが。


 隣で見ていた染谷は、つい溜息を吐きそうになった。


 ――この高城という女、馬鹿なのだろうか。


 ――極限状況とはいえ、入間との会話には注意することが基本だろうに。


「こ、これが、『約定鎖掟プロミス』。な、なんか格好良いですねっ」


「格好良くはないよ。少しでも裏切るようなら――君は精神が壊されて自由に動けなくなる」


「クラピカの念能力みたいなものですね」


「まあ、そういうこと」


 その比喩は、漫画をたしなまない入間には理解できなかったので、適当に流した。


「意思を喪失した場合は――戦考は棄権と見みなされるからね?」


「は、はいっ分かってます! 改めてよろしくお願いしますっ、入間さん。えと、そちらの方は……」

「僕も『約定鎖掟プロミス』の被害者ってとこだよ。染谷塩基だ。よろしく。高城さん」


「はいっ。宜しくですっ!」


 はきはきと喋る子だった。


「何を言うのよ染谷君、自分から契約を申し込んだ癖に」


「それは言わない約束だろ?」


「約束であって、約定じゃないわ」


 そんな風に話しているのを見て、


「お二人、仲が良いんですねっ」


 と、高城は言った。能天気である。


「さてと。これは契約にはないから自由なんだけれど、高城さん。貴方はどんな能力を持っているの?」


「能力っ、ですかっ――私のは、入間さんみたいに凄いものではないんですけれど」


 そう言って、つい――と、地面をなぞった。


 すると、地面に今まで走ってきた二人の足跡が浮かび上がった。


 蛍光色の如く。


「!?」


「情報の可視化――とでもいいましょうか? 地面に残った生体電気を追っているというか――。私にも良く分からないんですけれど、まあ、レーダーみたいなものですっ! 半径三百メートル圏内に何がどうなっているのかは、すぐに分かりますし、生命体にはマーキングをすることができます。後は感知、という感じでしょうか」


「これは……凄いな」


 染谷は素直に驚いた。


 どれだけの応用が可能かは分からないが――超長距離からの狙撃でもされなければ、大概の相手は感知ができる。


 人間レーダーということか。


「そう、この能力を使って、戦考会場の爆弾を予め検知していたのね」


「ですです!」


 ですが一つ多かったが、気にはならなかった。


「ただ――マーキング中、索敵中は集中力をほとんど削がれるので、皆さんの中にいることが不可欠です」


「僕の精度の低い察知よりも、かなり追跡、索敵が簡単になるよ――入間」


「…………」


 入間はじっと、その地面を眺めていた。能力を分析しているのだろう。


 最高戦力は伊達ではない。


 腕っぷしが強いだけでは、その場所に上り詰めることはできない。最も頭が良いということにも等しいのである。



(続)

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