第6話「理解」

 *


「どうやら誰か死んだみたいね。染谷君、そっちにはいそう?」


「あんまり僕を当てにしないでよ? ただ、うん、南側に固まっているみたい」


「了解! 引き続き警戒を続けて!」


 四大内定候補の一人。


 戦考番号第10番、入間導。


 幼少期から海外にて育ち、紛争地域にもボランティアで行き、戦争そのものを終わらせる程の強大な戦力を誇る、特に防御力については絶対的なものを持つ。


 そんな彼女と行動を共にするのは、染谷塩基だった。


「ねえ」


「何! 染谷君!」


「どうして僕なんかと、って思ったんだよ」


「僕なんかって――相変わらず自虐的ね! そんなんじゃ自己アピールできないよ」


 就活戦争は、戦考であり、戦争である。全員が究極の個人主義者ソリストであるから、同盟を組むという発想を抱くことはまずない。同じ地面を踏みしめたが最後、相手は、踏み越えるべき敵なのである。 


 そんな中で、早速その暗黙の了解を破り、同盟を組む人間がいた。


 それが、入間導である。


 そして、そんな入間に半強制的に同盟を組まされることになった染谷は、口を尖らせてこう言い返した。


「ははあん、成程ね。企業に対するアピールって訳だ。これくらいの負担を背負っていても自分は内定取れますよーってか」


「自虐もそこまで行くとウザいよ! 別に! その方が楽って思っただけ。刮岡君や核田さんを相手取るにあたって、1人より2人の方が好都合なのは自明! 最後の2人になったら――容赦なく切るよ」


「わーってるよ。ったく――僕だってすぐにどっか隠れてしまおうって思ってたのにさ、流石は導きの入間だよ。僕の才能まで引っ張りだしてしまうなんてさ」


「その名前、嫌いだから止めてよ。私は人を導けるような大層な存在じゃないもの。どこにでもいる、普通の女子だよ」


 少しだけ苦い顔をして、入間は言った。


 自分でもそれが間違いであると分かっているかのように、ビルとビルの隙間を走り抜け、距離を取る。


 二人とも、あの爆発の正体は刮岡によるものだと気付いていた。精密狙撃でもされればもう終わりである。


 だからこそ、蛇行しながらの回避行動をとりつつ、周囲に注意を払っていた。


 就活生ならば当然のスキルである。


「っと――普通の女子は戦争を未然に防いだりはしない。僕の方こそ普通の男子代表として、ぜひともその願いは取り下げたいところだな」


「別に――止める方法を、もし有していたら、君だって、止める、でしょ」


「止めねえよ」


 導きの入間。それが入間導の二つ名である。


 それは一種の中学生的な異名ではなく、真実として彼女の知らない彼女を神と崇めた宗教が存在するくらいには、象徴的な存在である。


 世界中を転々としながら、戦争や紛争を脅威にして究極の慈善者ボランティア


 留学なんかよりも企業に対する印象は強いだろう。


「えええ、強烈なツッコミなんだけど! 傷付くんだけど!」


「事実だよ。面倒事に使おうなんて思わないね。その能力を自分のために生かす」


「そんなの――謙虚じゃないよ。強大な力は、自分のためじゃなく、誰かのために使うべきでしょ。私はそう思うわ」


「そうかな。それは、誰かに利用されているのと、何が違うんだ」


「違わない――利用されることも踏まえているわよ。世の中聖人君主だけではないもの――むしろそういう人の方が多い。それを前提にして、生かそうって思っているのよ」


「戦争を止めたのも、そういう理由か」


「何、さっきから随分と、つっかかってくれるじゃない」


「別に。ただ、僕には分からないってだけだよ。自分のためじゃなく――他人のためにそこまで尽力するって奴の気持ちがさ」


「……ふうん」


 お互いに生存権を握り合っていることを、どうやらこの隙だらけの青年は忘却しているらしい。理解わからせてしまおうか――と入間は思ったけれど、大人気ないので止めた。


「どうせ他人なんてさ、助けようと尽力しようと、2秒後には当たり前みたいに裏切ってくるぜ。だって他人なんだ。自分じゃないんだ。そんな優しいあんたのことを、僕は理解できない」


「……別に」


 ――分かってくれなくとも、良いよ。


 入間はそう言った。


 一度きりの人生なのだから、自分らしく生きろ。


 そんな風に人生を総括したようなことを言えるのは、自分らしく生きることを許された、一部の幸せな人間だけである。


 大概の者は、死ぬことができないこの世の中を仕方なく生きている。そしてせめて自分のためにと、無自覚に自己を尊重している。


 染谷もそういう大衆の一人であった。


 だからこそ――理解することができなかった。


「世の中がそうだろうと、世界がそうだろうと、風潮がどうだろうと――そして君がどう思おうと、私はそういう風に、私の人生の時間を費やそうって思ったの。誰かに命じられたわけじゃない。私は私の力を、そういう風に生かそうって――生きようって思ったの。だから」


 余計なお世話だよ。


「……そうか。だったら、悪いことを言った、ごめん」


 そう言って、そっぽを向いてしまった。


 まだ思春期性の残る青年を怒らせてしまったかと思ったけれど、どうやら本気で気にしているようだった。


「いや、私こそ、強い言葉、使っちゃったね、ごめんね」


「良いよ。別に。突っかかったのは、僕だしな」


 他愛ない会話を続けていくと、前方に戦考者を探知した。


「前方に対象発見、どうする?」


「どうって――るしかないだろう」


「一旦、


「…………」


 染谷は仕方なく、入間に続いた。



(続)



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