第22話「限界」

 まだここは最終局面ではない。


 ここで彼の秘中の秘を使う訳にはいかない。


 染谷の持ちうる能力は、言ってしまえば一撃必殺である。


 一対一以外で効力を発揮することはない。


 ここで使えば、間違いなく企業側に露見する――それは、あってはならない。


 だが、体力知力共に平均的な染谷には、人間の限界を電気的強制的に超越した、高城翻訳の突撃を避けることはできない! 


 ならば。


 どうするか――。


 ギリギリ間に合うかどうか、微妙なところではある。最後の賭けではある。


 ――使うか。


 ――いや、駄目だ。


 ――まだ、少なくとも三人以下にならなければ、僕のこれは意味がない。


 ――バレてしまえば、それで、終わりなのだ。


 ただしそんな猶予を、今の高城は関知しない。


 高城の爪に寄る掻撃が、まさに。


 染谷の喉笛を持っていこうとして。



「――?」



 高城の身体が、止まった。

 

 染谷は死を覚悟した。


 ただ、勝利の女神というものが存在するのであれば、それが微笑ほほえんだのは、この戦いに限り、染谷の方であったらしかった。


 ぐずぐずと、骨から肉が取り払われるように、彼女の肉体が崩壊していった。

 


 ぶしりぶしりと手と足と、身体の末端から出血を始めている。

 

 高城は一瞬にして視力が飛び、ついて身体中の感覚が失われ、どんどん寒くなってゆく。


「え――あ」


 喉の奥に血液が満ちて、排出することができない。身体の中でボコボコと音が鳴り、内臓が壊れて、役目を終えていくのが分かった。


「……ど、どう、し――」


 何が起こったのか、高城には理解することができなかった。


 しかし、起こっているのは当たり前の出来事であった。


 自分の脳髄に電気的な刺激を起こし、高城は2つのことを行った。


 まず『約定鎖掟(プロミス)』の解除である。


 人の精神を崩壊させるというのなら、電気的信号に何らかの作用をしているという高城の読みは、一応正解していたということになる。


 そしてもう一つ、核田、入間、亜白間たちが意図的に外している生物の制限リミッターを強制的に外し、へと立った。


 これで実質高城は、彼らの人知を超えた胆力に加えて――生体電流を操るという能力を持っている。これは間違いなく、内定候補に躍り出たと言っても過言ではないだろう。


 ただし一つだけ、欠点があるとしたら。


 


 全身全霊全力駆動に対して耐えられぬ身体は、既にもう限界を迎えて――否、限界を越えていた。


 あんな風になりたい。


 あんな風になれない。


 高城は思った。


 ――あと少し。


 ――あと少し、なんだ。


 ――あと少しでわたしは。


 ――何かに、なれる。


「あ――、ま、だ、わ、たし――わ」


 限界を向けた人間の肉体が崩壊していく様を、染谷は見ていた。


「悪いな、高城。痛くしないように、殺すから」


 染谷はその答えを聞かぬままに――手刀を用いて。


 まだギリギリ繋がっている高城の首を意識を。


 刈り取――。




(続)

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