第21話「焦躁」

「おい、高城ッ――!」


 ビルの隙間を飛び抜けながら、染谷は言った。


 後方には、ぴったりと背後にくっつくように高城翻訳が付いている。半自動セミオートでの、生体電気の追尾。


 人間の能力を超越した高城が、可能にした技ではあった。


 本来はこれで入間と対峙するはずであったが、自らの意思と関係なく、高城は染谷を追った。


 そして混線した高城の感情は、困惑や疑念を全て無視する。

 

「何ですか、染谷君っ」


 高城は緊張したような口調で言った。


「お前、ぼくらと同盟組んでたんじゃなかったのかよ!」


「染谷君も言ったでしょうっ!」


 怒号を発するように、高城は言う。


「裏切るか裏切られるかの問題なのですよっ。約束を破ることなんて、私にとっては日常茶飯事なんですよっ」


「お前にとってどうなのかなんてどうでもいいよ。ただ、一時は信じた仲間だろう」


「仲間、はっ。何を言っているんですかっ!」


 嘲笑しながら、高城は言った。


 脳の電気信号を無理矢理活性化させたせいだろうか。


 口が勝手に動いていた。


「そんなもの、私たちの間に存在する訳がないじゃないですかっ。殺し殺され、死に死なれる間柄ですよっ。何より『約定鎖掟プロミス』で無理矢理結ばれた制約の上での活動ですよっ」


「そりゃ、そうなんだろうけれどさ――」


「だから、私に仲間なんて、要らないんですよっ! 私みたいな人間は、ずっと独りで、いるべきなんですよっ!」


 高城翻訳にとって、仲間とはそういうものだった。


 所詮一時的なものでしかなく、継続しない。


 小学校から中学校へ、中学校から高校へ行くたびに――人間関係をリセットしてきた。


 彼女が無意識下で発生させる電気的特性が周囲に苛立ちを与えていると知ったのは、大学で精密検査をされた時のことである。


 自分の性格のせいであると思ったそれは、自分の能力のせいだった。

 人を苛立たせる、苛つかせる、


 そんな自分が許せない。


 電気を帯びた苛立ち――そうした劣等感が、高城の能力の根底にあった。


「じゃあ、話してたことも、言ったことも全部嘘だってのかよ」


「嘘ですよ! 利用してやろうって気まんまんでしたよっ!」


 高城は、自分が熱くなっていることを感じた。


 これは彼女にしてはとても珍しいことであった。


 決して表層を見せることなく、裏面を再生し続ける、自分という核など全て捨てたはずの、高城翻訳にしては。


 ――妙に冴えていて、気分が悪い。


 ――頭を無理に弄った所為?


 ――いつもは所詮他人の声、全然気になんて、ならないのに。


「だったら、もう一度仲間になるってのはどうだよ!」


「は……?」


 そのふざけた提案に対して、思わず高城は歩みを止めた。ビルの非常階段の横に捕まるようにして――あくまで飄々と、染谷は続けた。


「何を、言ってるですかっ」


「何って――同盟だよ。僕と、入間と、お前。三人でもう一度同盟を組む。ついさっき確認したら、道欠っつう男以外にももう一人の闖入ちんにゅう者がいる。最初の会場にいなかった奴だこの就活戦争での、運営側からの介入――これがか。今のお前なら、分かるんじゃないのかよ、高城」


 通常より冴えてしまっている高城の脳髄は、簡単にその答えを導き出してしまった。


「っ、企業側が、何か仕組んでいるって、こと、ですかっ。まさか、そんな、じゃあ、怒隈さんの言っていることは、正しかった、とでも――」


 能力の向上により、どんどん事実が符合していくのを感じる。


 怒隈竜電。


 柴発生。


 彼らが辿り着いていた真実に、二人は近付きつつあった。


「正しい、じゃない、ですねっ。正確、じゃない。そうか、つまり――そういうこと、なんですねっ。分かりましたっ」


 そう言って、両手に構えたブラックジャックを下ろした。


「分かって、くれるのか」


「ええ――」



 でも。



 そう言って。


 再び構え直したブラックジャックが、染谷の右頬を掠めた。


真実それ戦考これとは、別の話ですっ! あくまでも私は、取らせていただきますっ、内定!」


「ッ――そう、来なくっちゃなあ!」

 

 染谷は逃亡を続けた。




(続)


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