第10話「片思」

「類衣!」


「何をしているんです! 里帆さん。早く逃げて下さい」


 写転はできるだけ危機感を煽るように言った。


「分かっているでしょう、貴方なら! 俺には、こいつとの力の差が分かりません――だから、ここは俺に任せて下さいッ」


 それは相手との力量差が分からない程に、写転と柴の力量差は離れているということになる。

 すなわち、写転の側に勝利の可能性など微塵もないことの示唆でもあった。


 そして核田里帆は、こういう時に、引き際を弁えている。


 無闇に戦闘を続けず、


 


 こんなところで立ち止まっていて良い逸材ではない。


 長年の付き合いから、写転はそれを誰よりも理解していた。だから、ほとんど無意識的に、自分より核田を優先していた。


「――恩に着る」


 光の速さの判断能力により、核田はその場を離れた。


 柴の攻撃対象は写転に限定されていたようで、発狂しながらも核田を追跡することはしなかった。


「ったく。こういう時は『俺を守る』とか、『そんなことはできない』だとか、そういうこと言うもんだろうよ……」


 右手の側の止血をしながら、写転は呟いた。


「相変わらず、助け甲斐のないっていうか、冷静な人だよなあ。何も変わってないなあ」


 かつての戦友との思い出で満たしながら、目の前へと向き直る。


 目前には、『鬼』形式ルールの外側から来る化物。


 そしてこちらは、手負いの模造品。

 

 一度でも敗北することが許されない。


「まさに、前門の虎、後門の狼って感じかなあ」


 既に見えなくなった、かつて追いかけた姿を背中に――写転は思ったことを口に出した。


 写転も写転で、若干ハイになっているのだろう。これは、普段彼が絶対にしないような会話である。

「ねえ、君――君は何で、戦うんだい」


「■■■■■」


「僕はさ、あの人に追いつきたい、あの人と一緒にいたいと思って、戦う。そしていつか、あの人の上を越えられたらと思っているよ」


「■■■■■」


「それでこの企業に応募したんだよ。まさか、自分が最終戦考まで残ることができるとは、思わなかったけれど」


「■■■■■■!」


「って、通じないか」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


 発狂しながら突進してくる柴に対して、言葉を投げかけた。


「仕方ないねぇ。この写転類衣。生まれて初めて、誰かのために、戦ってやるよ!」


 己を鼓舞して、写転は発狂する柴へと向かっていった。


 その結末はあらかじめ分かり切っている。

 写転に勝率はほぼないと言っていい。


 既に柴と相対した時点で、戦考辞退が推奨される事態である。


 ただ。


 それでも。


 核田里帆をなるべく遠くに逃がすことが、今の彼の目的であり、全て。


 だからこれ以上の描写は避けるとしよう。


 写転類衣の名誉のためにも。



 *


 戦考番号5番/写転しゃてんるい


 憧憬の男性。次世代型核田里帆を作る実験の合間に生み出された失敗作の一人。相手の能力や才能を模倣する能力を有しているが、その能力を主に核田里帆の模倣コピーに費やしている。そのため誰の代替にでもなり替わることができるが、誰かと肩を並べることは決してできない。誰かの代わりなどいないということを、彼は死ぬ寸前に気が付いたのだろうか。ただ、最後に自分の原型オリジナルを護るために人生を費やした彼が不幸であったかといえば、それは。



落戦しぼう

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る