第27話「終戦」

「貴方みたいな」


 嗄嗄ガラガラの声で、細井は言った。


 か細い声だったけれど、なぜか脳髄に良く響いた。


「貴方みたいな人には、分からない手法、ですよう」


「ッ――」


 倒れ伏す直前、二重谷は、細井ゲノムの背後に誰かがいることを認識した。


 ――あれは。


 ――戦考番号、7番。


 ――染谷、塩基!


 ――


 ――あの、毒使いと、平凡男が?


 それは、二重谷が想定していない事態であった。


 結託を提案した際にも、こちらを信用していない風が伺えたし、何より最初の刮岡配列の爆撃の時、いの一番に逃亡したのは細井である。


 そんな細井が、誰かと共謀することなど、一体誰が想像できただろう。


 思わず、二重谷は、笑ってしまった。

 

 それはかつて、企業が彼女から取り払ったはずの、感情であった。


 結果、笑みとはならず、頬が変な風に歪んだだけとなった。


 ――まったく。


 ――何が、全て予測がつく、だ。


 ――何にも、上手くいかないじゃないか。


 ――これだから人生は。


 そう思って。


 二重谷はその場に倒れ伏した。


 それが、この就活戦争中に唯一、二重谷捩香が見せた人間性であった。


「細井ゲノムさんに『子』6点が追加されました」


 冷血な機械音声がそう告げると殆ど同時に、細井はその場に――二重谷同様に倒れかけた。


 しかし細井には、支えてくれる者がいた。


 二重谷と細井、ほんの小さな差異ではあれど、生存をわかったのは、その違いであった。


「おい、細井」


「ああ、染谷くんですかあ」


 虚ろな目で、あさっての方向を向いていた。


「お前……」


「どこに、いるんですかあ」


「もう何も、見えていないのか」


 その様子に、流石に染谷は、眼を背ける。


 見たくもない現実から、そうやって目を逸らすかのように。


「あはは、眼精疲労、スマホの見過ぎって奴です、よう。目の血管が、切れてしまいましたよう」


 誰がどう見たって虚勢だと分かる笑顔で、細井は言った。


「約束……ですよう。染谷くん」


 そう言って、細井は手を差し出した。


。そうすれば、染谷くんが内定、取ることができますよう。殺す理由は、なんとなくとか、むしゃくしゃしてやったとか、そーゆうので、良い、ですよう」


「……一つ、訊いていいか」


「駄目、ですよう、もう時間が、ありませんよう。私が死ぬ前に、私を殺して、『子』を……取って、下さい、よ――う」


「……分かった」


 もう力尽きそうな、細井の小さな、内出血だらけの首に手を掛けた。


「なあ、細井」


「なん、ですかあ」


「僕らは、弱い」


「そう――ごぶっ、ですよう」


 口から血を吐いた。


 もう声も、掠れていて、その肉声を聞き取ることが、難しい。

 それでも、聞きらさないように、染谷は耳を澄ました。


「そう――ですよう。私たちは、弱い、ですよう。結局、就活戦争も、弱肉強食、なん、ですよう――」


「ああ、確かに僕らは、弱い。弱くて、群れることでしか、勝率を上げられない」


「…………」


「でも、協力すれば、こうして内定を取ることができた――僕は生涯、お前のことを忘れないよ」


 ありがとう。


 それは、染谷が就活戦争中に、初めて口にした感謝の言葉だった。


「……あ」


 その――台詞は。


 細井ゲノムの短く脆い人生の最期を飾るには。


 あまりに幸せ過ぎる言葉であった。


 ぎゅっと。


 染谷は、彼女の首を絞めて。


 息を止めた。


「染谷塩基さんに『子』7点が追加されました。1名以外の全員の死亡が確認できたため、以上で最終戦考を終了します。内定者は、染谷塩基さんです」


 機械音が空虚に響いた。


 こうして。


 長きに渡り短きを極めた、生を侮辱し死に反発する、就活戦争が終わりを迎えることになった。


 *


 戦考番号13番/二重谷ふたえだに捩香ねじか


 人外の女性。戦争社が開発した生物化学兵器。オリジナルは不明。対入間導のために調節されており、『搔把式トラックダウンミキサー』を使う。対象の才覚や人生を内部から掻き出し、その特質を得ることができる。体内からの爆発はその時の余波。発動条件として一定時間相手を一定領域内に在留させ続ける必要がある(最終戦考会場集合時に、全員がその条件を満たしている)、連続して使用することはできない、などの多くの制約がある。元より入間導の『約定鎖掟プロミス』を戦争社が再現しようとした結果生まれた能力をベースに人の形にしたため、能力そのものと言って良い程に身体に馴染んでいる。それが敗因となったのは、ある種皮肉と言えるのかもしれない。


落戦しぼう



 *


 戦考番号11番/細井ほそいゲノム


 毒物の女性。薬学の天才であり、同じく理系畑の亜白間に尊敬の眼差しを抱いていた。生まれつき多くの抗体――耐性を持つが、あまりに強すぎて自己免疫疾患でもある。自分で自分に新しい免疫を足して行って、何とか奇跡的に生きている。内定後に支払われる参加報酬を、難病に罹った子どもたちのために寄付することを約束している。気怠い口調は、筋肉が弛緩しているためで、別に意識してやっている訳ではありませんよう。


落戦しぼう


(戦考終了)

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