就活戦争

小狸

戦前史・前編

 *


「当社を志望した理由は何ですか」


 延々と尋ねられる質問に対して、用意された回答を伝える。


 それこそが、就職活動であった。


 正しい就職とは何かと問われるとはなはだ疑問だし、改めてそんなことを言うと――不謹慎だの、誠意が相手に伝わらないだのと言う輩が容易に想像付く。


 しかしそれらの回答は全て間違っている。


 なぜならば実際に働き始めれば、社会の歯車の一部に過ぎないからである。


 歯車。


 機械部品の一つだ。


 その歯車としての適性検査が、就職活動である。


 壊れにくいか、また、歯が合致するか。これまでの人生を、たった数十分の選考で表現しなければならない。


 恐らく甘やかされて、誰かに察してもらってきたであろう馬鹿は、そういうものに不服を唱えるのだろう。


 服装がどうだの、個性がどうなのと理由を付けて、努力していない自分を正当化するのだ。


 何にも真剣になったことのない自分の方が正しいと信じて疑わない。


 そういう人間を、誰かが必要とするだろうか。


 答えはノーである。


 選考とは、そういうなのだ。


 金銭が発生するところに、異常者を入れる訳にはいかないだろう。


 


 存在自体が他人に迷惑なのに。


 社会福祉的に死なないように守られているだけなのに。


 倫理観的に殺されないだけなのに。


 まるで自分が必要とされていると信じて疑わない馬鹿は、今すぐに首を絞めて自死をすることを薦めよう。


 つまるところ就職活動とは、異常者をはじくために存在しているのである。


 会社に必要な人材だとか、これからの会社の躍進のために不可欠な存在だとか、そういうものは別段求めていない。


 勝手な幻想である。


 社会人になりたてのまだケツの青い餓鬼に、一体何を求めるというのか。


 初めからできなくて当たり前――それ以上に、人間を求めているのである。


 当たり前のことを、当たり前にこなすことのできる人間を。


 社風とか、人材とかは、言い訳に過ぎない。


 この場合の当たり前のこととは――普通のこと、と表現しておく。


 普通。


 一般。


 例えばそれが中学生ならば、こんな言葉を聞けば唾棄するに違いない。


 普通なんてふざけている――。


 一般になんてなるものか――。


 サラリーマンになんてなりたくない――。


 誰しもが一度は抱き、通る道であろう。


 しかしそんな中学生でも、現実を知る。


 普通であることが、どれほどに幸せか。


 一般でいることが、どれほどに安心か。


 知るのである。


 挙句の果てに高校卒業の頃になると、将来の夢は公務員、とか言い出すのだ。


 そうしていつの間にか人々は、嫌悪していたはずの「普通」や「一般」になってゆくのである。




(続)

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