第40話 人斬りの末路
深夜、僕たちは戦いを終えて、自宅へと帰ってきた。玄関の前に見知った女の子が立っている。
「……おかえりなさい。ですわ……」
真剣な顔をしたピャーねぇがそこにいた。ピャーねぇには、今夜マーダスと相対することを伝えていた。もちろん、「わたくしも戦います!」と言い出したけど、許可しなかった。
ギフト授与式前に問題を起こせばピャーねぇの立場が危うくなるし、シューネの授与も取り消しになるかもしれない、と説得したのだ。シューネにも待機を命じたが、自分の兄のことだし、遠目で見るだけだという話にして、許すということにした。ピャーねぇの前では。
実際には、シューネに僕の能力のことはバレていたので、能力について詳しく説明し裏組織の仲間として同行を許可していた。だから、1人家に残されたピャーねぇは、僕たちが戦ってる間、不安で不安で仕方なかったと思う。
たぶん、ずっとここで待ってたんだ。
それをわかったうえで、「ただいま」と、僕はいつもの声色を心掛けて、姉さんに返事をする。
「みなさん、ご無事、ですのね?」
「うん。セーレンさんのおかげでね」
「……結果は、どうなりましたの?」
不安そうに質問をするピャーねぇ。
「僕たちが勝ったよ」
「それは……ジュナ……殺したんですの?」
怯えるように、重ねて質問された。
「ううん、シューネが止めてくれた。殺してないよ。深手はおわせたけど」
「そう、ですか……」
ピャーねぇは、胸に手をあて息を吐く。僕が人を殺していない、という事実を知って安心したようだ。
「シューネ、よく止めてくださいました」
「いえ、そんな、わたしはなにも……」
「ジュナ、シューネいらっしゃい」
僕たちは2人して、姉さんに近づく。
「2人ともよく頑張りましたね」
ピャーねぇが僕たちを優しく抱きしめてくれる。
「お姉様……」
「うん、ありがと、ピャーねぇ」
それからピャーねぇは、ディセとセッテも抱きしめて、カリンとセーレンさんに頭を下げた。
今回の作戦では、実力者のカリンがメインで戦って、セーレンさんの治癒魔法を最大限に活かしたゾンビ戦法で戦うと伝えてあった。だから、ピャーねぇはこの2人が最大の功労者だと思っている。
ピャーねぇは、まだ僕の力を知らない。
まだ、まだ言わなくていい。そう心の中で言い聞かせて、僕たちはみんなで玄関のドアをくぐった。
♢
ざわざわざわ。
マーダスを倒してから1ヶ月後のギフト授与式当日、会場の観客たちは、隠そうともせず、ある男のことを噂していた。
「あの手……ボルケルノ家の長男殿はどうしたのだ……」
「趣味の人斬りで失敗したとか……」
「ふ、戯れが過ぎたようだな」
多くの貴族たちが、高名貴族の落ちぶれた姿を見て、笑みを浮かべていた。気持ち悪い奴らだ。そいつらの目線の先、そこには、ギフト授与式が始まるのを待機場所で座って待っているマーダス・ボルケルノがいた。両手を失い、包帯を巻いたあいつは、イラついた表情で貧乏ゆすりしながら、祭壇の方を見ていた。「早く始まれ」、あいつの素振りは、そう言ってるように見えた。
スキルさえ授かれば、立場が良くなる。それに腕も治療させられる。そう思ってるのかもしれない。
僕としては、「おまえにプライドはないのか?」と言いたいところだ。僕に負けたら、ギフト授与式には無断欠席する、そういう約束だっただろう?でも、別にいいさ。おまえは自分の首を自分で締めにきたんだ。
僕は、いつもの2階席で、手すり越しにあいつを見下ろしていた。そして、その後ろの少女のことも。
シューネは、緊張した顔で、兄の後ろに座っていた。
がんばれ、キミなら大丈夫だ。
そして、ギフト授与式がはじまる。いつものスキル鑑定士の老人が祭壇の上にあらわれて、大きな声を出した。
「それではみなみな様!これよりギフト授与式をはじめさせていただきます!ご静粛に!」
会場がシーンと静まり返る。
「それでは!キーブレス王家の皆様のご入場ー!」
司会の爺さんがそう言うと、右手の2階席よりも高い位置にある王家の座席の横から、王子、王女たちが姿を現した。
先頭を歩くのは、第六王子ヘキサシス。自信満々の表情で中心の1番豪華な椅子に座る。
次に歩いてきたのは、ピャーねぇだった。式典用の真っ白のウェディングドレスのような衣装に身を包み、優雅な足取りで歩を進める。そして、ヘキサシスの左手に静かに腰掛けた。
その後ろから車椅子のナナリア第七王女が現れた。従者に椅子を押され、ヘキサシスの右手に移動する。それから、従者に手伝ってもらいながら椅子に座り直した。従者は車椅子を押して姿を消す。
僕はその光景を見て、密かに喜びを噛みしめていた。なにがだって?そりゃあ、ナナリア王女よりもピャーねぇが先に入場したことだ。王家の人間が入場する順番は、ランクが高い順と決まっている。
ヘキサシス第六王子はAランク、ナナリア第七王女はBランク、なのにEランクと虐げられてきたピャーねぇが2番目に入場した。
きっと、セーレンさんにSランクのスキルを授与したことで、立場が改善されたんだろう。ほんの少しの変化かもしれない。でも、それがすごく嬉しかった。
「本日は!4名の貴族の方に!キーブレス王家の皆様からスキルを授与いただきます!」
僕が口元を緩めていると、司会が話し出す。
いかんいかん、本番はこれからだ、集中しよう。
「まずは!ウォールズ家次男のオーデ・ウォールズ殿!」
司会に呼ばれた男が立ち上がり、祭壇へと上っていく。ガタイのいい大男だった。そいつは、祭壇の中心までのそのそと歩き、跪く。
「授与いただきますのは!キーブレス王家第六王子!ヘキサシス・キーブレス様!」
金髪メガネが、くいっとメガネを触ってから立ち上がった。偉そうに祭壇まで降りていく。
「それでは!スキルの授与をお願い致します!」
「ふんっ!」
そんな鼻息を発したあと、ヘキサシスは詠唱を始めた。ドヤ顔で詠唱しているヘキサシスを見ていると、なんだか、鼻につく詠唱だと思った。そう感じるのは、僕があいつを嫌いだからかもしれない。
ギフトキーの詠唱は、王子、王女によって微妙に違うのだが、それぞれ性格を反映したような詠唱になっている。ヘキサシスの詠唱は、普段の紳士ぶってる雰囲気にある意味合っていると言えば合っていた。詠唱が終わる。
「――貴殿の眠れる力よ。目覚めのときだ、輝きを示せ。ギフト・キー」
ヘキサシスの両手から光が発せられ収束する。そこに現れたのは、銅の鍵だった。つまりCランクのスキルということだ。
それを見て、ヘキサシスは、わかりやすく不機嫌そうになる。『Aランクの自分が授与してやったのに、Cランクかよ』そう言いたげだった。
そのあとのスキル鑑定の発表も興味なさそうに聞いている。次の男が本命だと思っているからだろう。
そして、あいつの番がやってきた。ウォールズとかいう大男が元の席に着席する。
「続きまして!ボルケルノ家が嫡男!マーダス・ボルケルノ殿!」
マーダスのやつが立ち上がり、早足で祭壇にのぼっていく。さっきまで自信満々だったヘキサシスは、マーダスの姿を見てギョッとしていた。
「マーダス殿、その手は……」
「いいから早くスキルをよこせ」
マーダスは跪いているのに、非常に不遜な台詞を吐いた。
「貴殿!キーブレス王家に対して無礼であろう!」
案の定、司会の爺さんがキレる。
「ま、まぁまぁ、ははは……彼と私は友人でね。許してやってくれたまえ」
ヘキサシスは冷や汗を流しながら、司会をなだめた。そして、気を取り直して、マーダスの前に両手を掲げた。
「大丈夫なんだろうな?マーダス殿」
「そなたと拙者であれば高ランクは固い。それで全てひっくり返る。Sランクを所望する」
「……よし、頼んだぞ」
「……」
詠唱がはじまった。ヘキサシスのギフトキーのランクはAランク、マーダスは、公爵家の嫡男、豊かな才能が保証されていた。はず、だった。
「――貴殿の眠れる力よ。目覚めのときだ、輝きを示せ。ギフト・キー」
ヘキサシスの鼻にかかる詠唱が終わる。
すると、ヘキサシスの両手が光り、その小さな光は、それ以上大きくなることもなく、すぅとかき消えた。
「……なんだ?」
「……なにをしてるでござる?」
首を傾げるヘキサシスと、跪いたまま顔をあげるマーダス。
「ヘキサシス様?」
司会も心配そうに声をかける。
「まぁまぁ!こういうときもある!もう一度!」
焦ったヘキサシスは何事もなかったように、再び詠唱をはじめた。
「――目覚めのときだ!輝きを示せ!ギフト・キー!」
大きな声で詠唱を終える。しかし、今度は両手が光すら発しない。
「これは一体?」
「ヘキサシス様はご体調が悪いのか?」
会場がざわつきだす。
焦るヘキサシス。何度も何度も詠唱を繰り返した。
「ギフト・キー!」「ギフト・キー!」
「目覚めよ!輝きを!示せ!ギフト・キー!!!……………」
5回目の詠唱を終え、大量の冷や汗を流したヘキサシスが両手を下ろした。
「……この者を捕らえよ。ボルケルノ家を名乗る偽物、不届き者だ」
なるほど、自分の責任ではないと言い張るつもりのようだ。
「なっ!?貴様!裏切る気でござるか!」
「そもそも貴殿とはなにも契約していない!この無能が!」
「殺してやるでござる!」
マーダスは、立ち上がり、刀を握ろうとする。しかし手はなく、刀もない。悔しそうな表情を浮かべたあと、ヘキサシスに飛びかかろうとしたところを衛兵に取り押さえられた。
「そやつをすぐに牢に入れよ!王族に対する殺害予告など!すぐに処刑してやる!」
「お待ちください!」
激昂する司会の声を遮って、シューネが立ち上がった。
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