第15話 投獄された王子

 バン!自宅の扉が勢いよく開く音が聞こえてくる。


「ジュナ!ジュナはいますの!?」


「はぁーい、いますよー」


 ギフト授与式が終わり、空が暗くなったころに、ピャーねぇが自宅にやってきた。


 閉式後の挨拶周りとかで忙しかったのかな?と考えながらソファから立ち上がったが、バタバタと走ってきたピャーねぇとリビングの入口でかち合ってしまう。


「おっと」


「ジュナ!あなた!腕は本当に大丈夫ですのね!?」


 ピャーねぇは、後ろにのけぞる僕の左腕をガシっと掴み、ペタペタと触りながら心配そうに尋ねてくれる。


「うん、全然大丈夫だよ、この通り」


 僕は、左手を挙げてグーパーグーパーと動かしてみせた。欠損した腕はすっかりと元通りであった。


「ホントですのね!?」


「うん、痛くも痒くもないよ。Sランクの治癒魔法ってすごいんだね」


「なんで!そんな他人事みたいに言えますの!あんな無茶をして!血が!血がピューって!出てましたのよ!ジュナの顔もどんどん青くなっていきますし!わたくし!心配で心配で!」


「わ、わかった。わかったから、ピャーねぇ。落ち着いて」


 僕は両手を前に出して、ドードーと抑えようとする。でも、そんな僕のことを苦しそうな顔で必死に心配してくれるピャーねぇ。


「これが落ち着いてなんていられますか!あんなこと!2度としないと約束してくださいまし!」


「うん、わかった。2度と……いや……」


 安請け合いで肯定しようと思った。でも、それはウソになるんじゃないかと気づいて首を振る。


「ジュナ?」


「ごめん、ピャーねぇ。それは約束できない」


「なんでですの!」


「僕は、ピャーねぇを守るためなら、これからも無茶をすると思う。だから、2度とやらない、っていう約束はできないんだ。ごめん」


 言いながら、ぺこりと頭を下げた。


「ジュナ……そんな……そんなにわたくしのことを……」


 顔を上げると、ピャーねぇは自分の身体を抱くようにして、片手で口を抑えていた。目はウルウルとしていて、頬は赤く染まっている。


「ジュナ!わたくし!あなたが誰よりも愛おしいですわ!」


 バッと飛びつかれ、そのまま抱きしめられる。そんな姉さんを受け止めて、僕も背中に腕を回した。


「僕も、僕にとっても姉さんは特別な人だよ」


「ああ、なんて可愛い子なんでしょう……わたくし、結婚するならジュナがいいですわ……」


「……結婚?……ピャーねぇ?」


「あっ!わたくし何を言ってるのかしら!そ、そそ!そんなことよりも!わたくしの今日の勇姿について語り明かしませんこと!?なんと言ってもSランクのスキルを授与したのでしてよ!Eランクでこんな快挙はじめてのはずですわ!わたくし!お祝いしてほしーですの!」


 指を空に掲げてクルクルとさせながら、目を泳がせて、まくし立てるピャーねぇ。照れ隠しなのかな?と思い、笑顔になってしまう。


「ふふ……そうだよね、そういうと思って、セッテ」


「はい!ピャー様のために、お祝いのケーキをご用意してあります!」


「ディセ」


「ディセはディナーをご用意致しました!」


「2人とも大好きですわー!」


 満面の笑みを浮かべるピャーねぇが台所に吸い込まれるのを見て、僕は我慢できなくなってクスクスと笑う。そんな僕に、どこから現れたのか、カリンが声をかけてきた。


「ご主人様」


「うん、牢の鍵の手配、任せた」


「かしこまりました」


 すっと、姿を消すカリン。そう、僕にはまだやることがある。



 あのあと、ピャーねぇとディセとセッテの4人で夕食を食べ、セッテがピャーねぇにケーキを食べさせてあげてるのを幸せな気分で眺めた。そして、ピャーねぇを家まで送り届けてから、その足で牢獄へと向かう。


 僕は、第四王子が投獄されているという牢に向かっていた。いや、その前にあいつの能力を借りておくか。



「ご主人様、こちらへ」


 カリンが牢獄に続く地下への階段の前に立っていた。


「衛兵は?」


 金貨を握らせてトイレに行ってもらいました。


「ありがとう、カリン、意外と簡単だったね?」


「はい。やはり、第二王子様に楯突いた罪人という扱いで、警備も雑なのかもしれません」


「そうか。そうだよな、この国はそういう……」


「では、参りましょう」


「うん」


 僕は階段を降り始める。薄暗い石の螺旋階段を降りながら、昼のギフト授与式のことを思い出していた。


 この国には、絶対的な存在が4人いる。それは、キーブレス王国国王と、Sランクのギフトキーを持つ第一、第二、第三王子の4人だ。


 Sランクのギフトキーを持つ人物は、この4人だけで、この4人からスキルを授与されれば、少なくともBランク以上のスキルは発現するということから、特権階級扱いを受けている。要するに、善も悪も全てを決定できる権利があるのだ。罪を犯していなくても、この4人に逆らえば、簡単に命を失うだろう。だから、ギフト授与式のとき、第二王子が勅命だと言い放った瞬間、衛兵たちが顔色を変えて命令に従ったのだ。それが、第四王子という王家のものを取り押さえろ、という命令であってもだ。Sランクの第二王子の命令は絶対なのである。


 だから、僕はそれを利用した。第四王子とアズー、ブラウの3人を没落させるために。

 これは以前から考えていた計画だった。ブラウの水魔法を奪って、特権階級の誰かに反逆したように見せかけよう、というものだ。


 ギフト授与式では、クワトゥルが僕たちを殺せと命令していたが、その命令を実行しようとしたブラウが狙いを誤って第二王子を攻撃してしまった、という風に演出した。

 少し無理があるシナリオの気もした。でも、デュオソーン第二王子は想定通り、自分に向けられた害意に過剰反応してくれた。いや、彼にとっては当たり前のことなのかもしれない。不快なものを処分する、その行為になんの躊躇いもないように見てとれた。


「ここだね」


「はい、この奥に個別の牢獄があり、彼らが投獄されています」


「そっか、じゃあ」

 僕は鉄の扉の鍵穴を指差し、「スリープ」と唱えた。すると、僕の指先から薄い煙のようなものが出て、鍵穴から室内に入っていく。ついさっき、王城勤めの貴族から奪ったBランクの睡眠誘発魔法だ。軽く触れて奪っただけなので、あと数分で元の持ち主に戻るスキルだが、スキルが戻る前に使ってしまえば、その効果は継続する。このスキルは、5分間相手を眠らせるという魔法と聞いている。


 バタ……バタン……

 スリープを唱えてから少しすると、扉の奥から人が倒れる音が聞こえてくる。


「カリン、お願い」


「かしこまりました」


 カリンが鍵を取り出して鉄の扉を開けてくれる。そして、僕たちは牢獄の中に足を踏み入れた。

 扉の奥は、廊下と同じくらい薄暗い場所で、左側は石の壁と松明、右側に牢獄がずらりと並んでいた。10部屋はないと思うが、その手前の牢獄3つに、知った顔が3人、そして、その奥にはアズーとブラウと同じ色の髪をしたヴァンドゥーオの一族の人たちが捕らえられていた。

 その光景を僕は黙って見つめる。


「……」


「ご主人様が罪悪感を覚える必要はありません。因果応報です。ヴァンドゥーオ家は、自らの地位を傘に好き放題やってきた一族です。一掃するには良い機会だったかと」


 大勢の人を不幸に追いやったことに僕が責任を感じているのを察して、カリンがフォローしてくれた。


「そう……だよね……うん、ありがとう、カリン。気遣ってくれて」


「いえ、それよりも御用をお済ませください」


 ガチャリ。そう言ってから、カリンがある人物の牢の鍵を開けてくれた。クワトゥル第四王子の牢だ。

 僕はその中に入って、地面に倒れている男の服をめくり、背中に手のひらを接触させた。


「姉さんの大切なギフトキー、返してもらう」


 僕は詠唱をはじめ、「寄越せ、貴殿の全てを、簒奪の錠前、キー・ラオベン」と唱え終わると、第四王子の背中から石の鍵が現れた。

 ガチン、鈍い音をさせた後、僕はその鍵を引き抜く。


「ごめん、ごめんね、ピャーねぇ……こんなやつにピャーねぇのギフトキーを……」


 僕はその石の鍵を抱きしめてピャーねぇに謝った。なんでこいつに、ピャーねぇのギフトキーを貸し与えたのか、当初の計画では、こいつのAランクのギフトキーだけを抜き取り、スキル無しとして儀式を失敗させる計画だった。


 でも、Eランクのギフトキーを与えて、ヴァンドゥーオ一族もろとも没落させるのがより効果的だと判断し、事前に抜き取っておいたピャーねぇのギフトキーをこいつに差し込んだのだ。

 結果的に第四王子の勢力はほぼ壊滅した。でも、数日間とはいえ、ピャーねぇの大切なギフトキーをこんなやつに与えていたと思うと、すごく気分が悪くなる。もちろん、こいつのギフトキーを返してやるつもりはない。これからはスキル無しとして、牢の中で今までの行いを悔いてもらおうと思う。


 そして、僕は牢獄を後にした。階段を上がりながら、カリンに質問される。


「ご主人様、ヴァンドゥーオ家の水魔法ですが、本当に奪わなくてもよろしいのですか?今後の国取りに役立つ力かと思いますが」


「今はまだ、ね。牢獄にいた人物が何人もスキル無しになっていたら、騒ぎになりそうだし」


「たしかに。ご慧眼恐れ入ります」


「ううん、そんな大したものじゃないよ。カリンも鍵の手配と衛兵のこと、本当にありがとう。カリンのおかげでいつも助かってる」


「ふふ、ありがとうございます。カリンはそのお言葉だけでとても幸せです。……いえ、もし、よろしければ、またご褒美をいただけませんか?」


「ご褒美?僕にできることなら、なんだってするけど」


「では……ご褒美のチューを」


「……チュー?」


「はい……」


 暗い階段を登っている途中で足を止め、後ろを振り返ると、松明に照らされたカリンが少し照れているのがわかった。クワトゥルの別荘でほっぺにチューしたことを思い出し、僕も恥ずかしくなる。


「……」


「あの……ご主人様……ダメ?でしょうか……」


 しょんぼりしてしまうカリン。


「いや……ほっぺでいいなら……」


「はい!お願いします!」


 嬉しそうに横を向き、ほっぺを差し出してくるカリン。


 ちゅ。僕はそこに控えめにチューをしてみた。


「うふふ♪ありがとうございます」


「いや……こんなことでいいなら……」


「もっと頑張ったら、口にしていただいても、よろしいですか?」


「え!?」


 なんだか、妖艶な笑みを浮かべて舌なめずりしているカリン。


「……冗談だよね?」


「冗談じゃありません」


「……考えておきます……」


「はい、ぜひご熟考ください」


 なんだか、カリンにからかわれているような気もしたが、僕は階段を登るのを再開し、カリンと一緒に自宅に帰ることにした。

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