第14話 ギフト授与式と第五王女

「続きまして!第五王女ピアーチェス様より!ギフトを授けていただきます!セーレン・ブーケ殿!前へ!」


 隣で泣きじゃくるアズーのことを心配そうにしていたセーレンさんが名前を呼ばれ立ち上がる。ゆっくりと祭壇に向かい、階段をのぼる。青い篝火に照らされた彼の表情には、覚悟のようなものが見てとれた。


 これから、自分もEランクのスキルを授与されるかもしれない。さっき、隣で泣いていた男と同じことになるかもしれない。しかし、それでも、このチャンスを逃すなんてことは絶対にしない。

 城下町で語った彼の志は、その表情から嘘ではなかったのだと、僕には感じ取れた。


 セーレンさんが祭壇の中心あたりで膝をつくと、ピャーねぇがゆっくりと立ち上がり、階段を降りはじめる。


 まわりの貴族どもは、見た目だけがいいEランクがどうのこうのと、好き放題言っている。


 僕はそんな雑音を聞かないようにして、2人の姿に集中した。


 祭壇に到着するピアーチェス第五王女。中央まで歩いていき、目の前の男に語りかけた。


「セーレン・ブーケ殿」


「はっ!」


「この度は、わたくしの呼びかけに応えていただき、ありがとうございます」


「私の方こそ!このような機会を与えてくださり!身に余る光栄です!」


「ありがとうございます。それでは、ギフトの授与をはじめます」


 ピャーねぇが両手を前にかざす。目をつむって、一呼吸おいてから、祈るような詠唱がはじまった。


「……我、ピアーチェス・キーブレスは、キーブレス王国の名の下に、汝に祝福を授けよう。汝の培ってきた才、育ててきた才、それを超えるものを与えよう。この新たな才が、汝と、そして汝の大切な者たちに祝福あらんことを、切に願う。目覚めよ、何にも代え難い才覚よ。祝福の鍵、《ギフト・キー》」


 ピャーねぇの優しい祝詞が終わると、彼女の両手から、とても大きな光が溢れ出した。祭壇の上を埋め尽くすような大きな光だった。


 今日見た、どの光よりも大きい。第四王子よりも、第二王子よりも、大きな光の筋がキラキラと輝き続ける。


「これは……」

「そんなバカな……」

 会場内のざわつきが聞こえてくる。


 当然だろう、彼女はEランクのはずだ。大きな光を発している当人すら、目を見開いて驚いた顔をしていた。

 でも、それよりも、『なんて美しい光なんだ』そう思って、目を奪われている人間の方が多いように感じた。

 神秘的な光景だったと思う。光が収束していく。そして、ピャーねぇの両手の間には、虹色の美しい鍵が顕現していた。その鍵を大切なものを扱うように、そっと、両手で握りしめる。


「それでは……授与させていただきます。セーレンさん、あなたに祝福を」


 カチリ。鍵を差し込まれたセーレンさんから、透き通るような音がなり、彼の身体が緑色の光を発して、すぐに消える。


「……」


「鑑定をお願いできるかしら」


「……は、はっ!ただちに!」


 ピーねぇに声をかけられるまで硬直していた司会の爺さんがあわてて2人に近づき、水晶をかざす。


「セーレン・ブーケ殿のスキルは!スキルは……Sランクの!治癒魔法なり!」


「おぉぉぉ……」

 司会の宣言に、会場から驚きの声があがる。


 祭壇にいるピャーねぇとセーレンさんは、頑張って平静を装おうとしているが、笑顔が溢れ出しそうな表情だった。

 ピャーねぇの方は、合わせた両手を握りしめている。ガッツポーズを取りたいのを我慢してるのかな、と思うと微笑ましかった。


「それでは、お二人とも、席にお戻りください」


 司会に促されて、ピーねぇとセーレンさんが席に戻ろうとする。しかしそこに、


「ふ、ふふ!ふざけるな!なにがSランクだ!何かの間違いだ!!」


 クワトゥル第四王子が立ち上がり、ピーねぇのことを指差してきた。


「クワトゥル様!神聖なギフト授与式の最中ですぞ!」


「うるさい黙れ!鑑定士風情が!おまえ!おまえがピアーチェスと結託して嘘のスキルを報告したんだな!この!国家反逆罪だ!そいつを捕らえよ!」


 大声でまくし立てるクワトゥル、しかし、衛兵たちは困り顔でお互いの顔を見て、動くことはなかった。


「なっ!?私は国王陛下よりこの式典を任されております!誓って嘘の報告など致しません!儀式を汚す発言ですぞ!取り消されよ!」


「うるさいうるさい!そもそも!EランクのピアーチェスがSランクのスキルを授与できるはずがないんだ!なにか!なにか不正があったはずだ!誰か!誰か動かぬか!ブラウ!アズー!そやつらを捕らえよ!」


 声をかけられた取り巻きたちも、先ほどの失態があったからか、前に出ることはない。しかし、


「たしかに、EランクがSランクを授与できるはずがない……」

「なにか不正があったのなら、それこそ極刑なのでは?」


 そんな声が聞こえてくる。何人かの貴族がクワトゥルに同調するようなことを言い出したのだ。

 それを聞いたものたちの声はどんどんと大きくなっていく。自分の味方がいるとわかり、ニヤけ顔になるクワトゥル。


「Sランクの治癒魔法というのなら!証拠を見せてみろ!」


「お兄様!いい加減になさってください!ギフト授与式は我が国の大切な行事!そのような醜態をさらすべきではありません!」


「黙れ!Eランク!おまえは私の物になっていればいいのだ!私の命令だけ聞いていろ!バカ女が!」


「なっ!?」


 はぁ……やっぱりすんなり終わらないか……

 ここまで大騒ぎになるとは思っていなかったが、クワトゥルのやつが文句を言い出すのは予想していた。

 だから僕は、覚悟を決めて、1階への階段に向かうことにした。



「ギフト授与式の閉式に移ります!クワトゥル様!ご着席ください!」


「黙れ!今すぐそのジジイを引っ捕らえよ!それからその2人もだ!ええい!なぜ誰も動かぬ!」


 依然として大声で怒鳴り散らすクワトゥルに対して、僕は祭壇に向かいながら声をかけた。


「兄上、Sランクの治癒魔法だと、証明できればいいのですね?」


「貴様は黙っていろ!スキル無し!」


 やつの静止の声を無視して祭壇への階段をのぼる。


「ジュナリュシア様!式典の最中ですぞ!あなた様は観客席に控えておられよ!」


 祭壇をのぼりきったところで司会の爺さんが怒りの声をあげた。


「とは言っても、あのバカ王子を黙らせないと収束しないでしょう。この事態は

まぁ、僕に任せてくださいよ。僕も神聖なギフト授与式を汚してはいけないと思っています」


「しかし……」


 ニコリと、僕は味方だよ、とアピールしたら爺さんの勢いはなくなった。


「誰がバカだと!この無礼者め!」


 こっちは相変わらず絶好調だ。


「はぁ……もう一度聞きます。兄上、セーレンさんの治癒魔法がSランクだと証明できれば、納得するんですね?」


「ああ!そんなことができるのならな!」


「わかりました、ではそこで見ていてください」


 シャ。僕は服の下に隠していた短剣を取り出し、勢いよく抜き去った。


「な、なな!何をする気だ!そいつを取り押さえろ!」


 僕が凶器を抜いたのを見て、さすがの衛兵たちも動き出す。でも、彼らが祭壇に上がってくるまでの時間で、僕がやりたいことには十分時間が足りていた。

 僕は信頼している人たちの方を向く。


「ピャーねぇ」


「ジュナ、一体何を……」


「セーレンさん」


「ジュナリュシア様……」


「僕は2人のことを信じています」


 言いながら、短剣を自身の左腕に当てがった。人体切断の魔法を付与した短剣を。そのまま、振り抜く。


「ジュナ!?」


 姉さんの声が聞こえたような気がした。激痛で意識が飛びそうになる。


「ああぁぁ!!」


 しかし、声を出し、奥歯を食いしばって意識を保つ。みんなが、狂人を見るような、恐怖の目を向けているのがわかった。でも、そんなことは無視して、僕は自分の左腕を拾う。

 そして、舞台のまわりに焚かれている青い篝火にそれを放りこんだ。


「ジュナ!!なんてことを!!ああ!!どなたか!医者を!」


 僕の頭上にピーねぇがいた。僕のことを心配そうに見下ろし、ボロボロと泣いている。

 そうか、いつの間にか倒れていたのか。


「ピャーねぇ……」


「ジュナ!ジュナ!」


「僕たちなんかに医者なんて……来ないよ……へへ……」


 いつか、湖でおぼれたとき、ピャーねぇに言われたことを言い返し、笑いかける。


「そんな……そんな……」


「だから……セーレンさん……」


「わ、私、ですか?」


 反対側で、同じく心配そうな顔で僕を覗き込んでくれている青年に声をかけた。


「あなたの力を、みんなに、見せてください」


「!?はっ!!必ずや!!」


 セーレンさんは思い出したようだ。自分が何を授かったのか。

 彼は両腕を前に出す、僕の左腕に向けて、

「ヒーリング!!」

 大きな声で治癒魔法を唱える。


 すると、彼の両手から緑の光が輝き出し、僕の左腕に集まっていく。僕のまわりに飛び散った血は、みるみるうちに身体の中に戻り、燃えてしまったはずの左腕が光によって形作られていく。


 1分も経たなかったと思う。そんな一瞬の時間で、僕の左腕は元通りに再生した。痛みも、倦怠感もなにもない、健康そのものに戻ったことがわかる。僕が上半身を持ち上げて、再生した左手をグーパーさせていると、


「ああ!ジュナ!なんて無茶を!わたくし!わたくしは!」とピャーねぇが泣きながら抱きついてきた。


「ごめんね」

 そんな優しい姉さんを僕は両腕で抱き締める。これで、一件落着だろう。


「な、ななな……そんな……バカな……」


 僕の腕が再生されたのを見て、クワトゥルが狼狽していた。それに、僕を取り囲んでいた衛兵たちはどうすればいいのか、わからない様子だった。だから、「もう、下がっていいですよ。僕はスキルの証明をしたかっただけですので」と声をかけてやる。すると、衛兵たちは大人しく引き下がり、元の持ち場へと戻っていった。


「鑑定士殿、神聖なギフト授与式の進行を妨げてしまい、申し訳ありませんでした」


 司会にも丁寧に頭を下げておく。


「いえ……」


 司会の爺さんは、あまりの事態に思考が追いついていない様子だ。


「兄上、よろしいですね?」


 椅子にもたれかかっているクワトゥルを見て確認する。


「……」


 やつからはなにも返答はない。

 だから、この場を借りて、大きな声で言い放った。


「本日のギフト授与式にて!ピアーチェス第五王女が!セーレン・ブーケ殿に!Sランクの治癒魔法を授与されたこと!皆々様もお忘れなきよう!」


 僕はそれだけ発言して、祭壇から降りようとする。


「……待て」


 祭壇を降り切ったところで、あいつの声が聞こえてきた。


「おまえ!おまえがなにかしたんだな!スキル無し!」


「はぁ……」


 心底嫌気がさす。またギャーギャーと騒ぎ出したクワトゥルを司会が咎めているが止まる気配がない。


 もう、やるしかないのか。

 ある計画を実行するか否か、僕は逡巡していた。

 ずっと考えてはいた。でも、決心がつかなかったんだ。多くの人の人生を変えてしまう行為だから……

 でも、考え込んでいる僕を、時は待ってくれなかった。


「ブラウ!そいつもろとも!そこいるやつらを殺せ!さすれば!弟も!おまえの家族も守ってやる!」


 は?

 泣いてるアズーに寄り添っていたブラウの方に顔を向ける。

 青い顔をして戸惑いを見せていたが、あいつは、あろうことか、ピャーねぇに対して構えをとった。あいつの水魔法はAランクだ。当たれば、ピャーねぇは……


 僕はすぐに駆け出した。


 ブラウの目の前に立ち塞がり、手首をつかむ。


「おまえ!?」


「……悪いけど、もう限界だ」


 僕はブラウの手首を握ったまま、こいつのスキルを奪い取った。そして、そのまま、ブラウが使ったかのように見せかけて、凝縮した水魔法を解き放った。

 王族の席の真ん中に座る、退屈そうな男に向けて。


 キーン。ブラウの水魔法は、第二王子デュオソーンの目の前で結界に阻まれてかき消えた。

 ここで、ずっと退屈そうにしていたデュオソーンが口を開く。


「……ヴァンドゥーオ一族とクワトゥルを取り押さえ、投獄せよ」


「なっ!?兄上!?」


「これは、勅命である」


 第二王子のその一言で、衛兵たちが顔色を変えて動き出した。すぐに3人は取り押さえられる。いや、他にも捕まっている人たちがいた客席にいたヴァンドゥーオの一族が次々に手錠をかけられていく。


「兄上!兄上!私は!くそ!くそー!」


 そして、最後まで醜くさえずってクワトゥルは連行されていった。


 その後、式典の最中に王族が投獄されるという異例の事態を招いたギフト授与式は、冷や汗を大量に流した司会の言葉と共に閉式となった。

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