第13話 没落への足音
「じゃあ、行ってくる」
ギフト授与式当日、僕は式典向けの正装に身を包んで、ディセとセッテに声をかけた。
「はい、どうかお気をつけて」
「いってらっしゃい!頑張ってね!」
すっかり元気を取り戻した、とは言い難いが、ディセはいつもと変わらない強い目で僕を送り出してくれた。セッテも明るく振る舞っているが、きっと不安に思ってる。だから、2人を安心させるために両手で頭を撫でてから、
「2人とも、ありがとう、いってきます」
もう一度そう言ってから、玄関の扉を開けて歩き出した。
♢
ギフト授与式の式典会場に到着した。ここは王城の敷地内に建てられたギフト授与式専用の神殿で、白を基調にした神聖さを感じさせる建物だった。会場の中に入ろうとすると、扉の前にいた衛兵2人にチラリと視線を向けられる。しかし、すぐに目を逸らされて見逃された。
『あんたは一応王族なので入ることは許すが、歓迎はしていない』そんな雰囲気が滲み出していた。スキル無しの僕を歓迎してくれるとは思っていなかったので、無視して扉をくぐる。
式典会場の中は多くの人で賑わっていた。ギフト授与式のために建てられたこの神殿は、1階が儀式場、2階が観客席になっている。
1階部分を見ると、少し高い位置に円形の舞台のような祭壇が設けられていた。階段を3段ほど上がったところに、魔法陣が描かれた祭壇が作られていて、数十人が乗っても余裕があるくらいの広さがあった。ギフト授与式はあの祭壇上で行われる。
ギフトを授かる貴族たちは、すでにその祭壇の下に集まっていて、5名の貴族が椅子に腰掛けて待機していた。
貴族たちの正面は、祭壇を挟んで、王族たちの待機場所となっている。円形の祭壇を数十段登った高い位置に、豪華な椅子が何脚も並べられていて、ギフトキーを使う王族がそこから祭壇に降りていく構造になっている。今は誰も座っていない。式典が始まるタイミングで入場するのだろう。
僕は、観客席である2階に移動するべく、壁沿いの階段をのぼっていった。2階の観客席はほとんどが立ち見席で、手すり沿いに授与式を見学することになる。2階にも一部だけ座席はあって、王族の正面に位置するところに何脚かの椅子が用意されていた。あそこには、公爵位を持っている一族だけが座わることを許されているようだ。
こういうところでも、スキルによる格差を見せつけられて嫌な気持ちになる。
僕は、円形の祭壇と、貴族たち、王族たちがよく見えるように、祭壇の真横の位置を陣取って、待機することにした。周りには貴族たちばかりだ。
見知った顔がいないかとキョロキョロしていたら、僕の近くにいた貴族たちが少しずつ距離をとった。みんな、僕の顔を見るとギョッとして、穢らわしいものでも見るように離れていったからだ。
まぁ、別にもう慣れたことだけど、ここまであからさまだと逆に笑えてくる。気を取り直して、1階の方を覗き見る。
今日、ギフトを授与される予定の5名の貴族たちの中に、セーレンさんの姿があった。城下町であったときと同じように優しげな面持ちだったが、あのときと違い、式典用のちゃんとした貴族服を着用し、姿勢を正して前を向いていた。彼のことをしばらく眺めていたが、ピクリとも動かないので緊張しているのかもしれない。
セーレンさん、がんばってくれ、姉さんのためにも、と心の中で応援し、授与式が始まるのを待つことにした。
♢
しばらく2階の観客席で待っていると、祭壇の近くに長い髭を伸ばした老人が現れた。白い魔術師のローブのような衣装を着ていて、ゆっくりと祭壇の上にあがる。祭壇の周りに配置されている青い篝火によって、その老人の顔がしっかりと確認できた。どこかで見覚えのある顔だ。
ああ、そうか、スキル鑑定式のとき、僕のことをスキル無しと判定した爺さんだ。
あのときはどうも、少し恨めしい気持ちで爺さんのことを見ていると、祭壇の中央あたりにきたところでそいつは口を開いた。
「ただいまより!キーブレス王国!ギフト授与式を執り行う!」
爺さんが声を上げると座っていた貴族たちが一斉に立ち上がる。あの爺さんは今日のギフト授与式で司会を務めるようだ。
「キーブレス王国!王家の皆様のご入場ー!」
司会が呼びかけると、間も無くして王族の座席の端から、金髪の男が現れた。
長い髪に眠たそうな目、長身で美しい顔立ちをしている。性別を言われなければどちらかわからない中性的な雰囲気の人物だった。
その後ろから、見知った顔が2人現れる。第四王子クワトゥルと第五王女ピアーチェス姉さんの2人だ。
最初に入場した長髪の男が真ん中の1番豪華な席に着席し、すぐに足を組んで肘をつき退屈そうな態度をとるクワトゥルとピャーねぇは、それぞれその左右に腰掛けた。
「本日は!第二王子デュオソーン様より3名へのギフト授与を行います!また!第四王子クワトゥル様!第五王女ピアーチェス様より!はじめてのギフト授与をそれぞれ1名ずつ執り行います!それではまず!デュオソーン様より!ギフト授与を賜ります!レデモイ・スール殿!前へ!」
名前を呼ばれた貴族の青年が階段をのぼり、祭壇の中腹で膝をついた。
そこに、デュオソーン第二王子がゆっくりと降りてくる。かつかつと階段を降りるその様子は気怠そうで、こんな儀式早く終わってくれ、と言っているように見えた。
祭壇に到着し、貴族の前に立つと、これまた気怠そうにゴニョゴニョと詠唱を始めて、ギフトキーの鍵を顕現させる。第二王子は金色の鍵を青年に差し込んだ。
ギフトの授与が終わると、司会の爺さんが水晶にしてスキル鑑定を行い、「貴殿はAランクの土魔法を授かった!」と宣言する。
すると、会場から「おぉ〜」と声があがる。
Aランクのスキルを授かったつまりは、侯爵以上の地位を手に入れた、ということになるからだ。
僕は、こんなことで権力を手にできるこの国の制度に改めて嫌気がさす。
そのあとも、デュオソーン第二王子から貴族2名へのギフト授与が行われ、1人がBランク、1人がAランクのスキルを授かった。
3人とも高ランクだったのは、あの男、デュオソーン第二王子のギフトキーがSランクだからだろう。授与相手の才能がよっぽど小さくない限り、Bランクは保証されたようなものだと聞いている。
デュオソーンは自分の役目を終えるとすぐに踵を返し階段をのぼっていき、もとの座席に着席する。また足を組んで退屈そうに肘をついた。
そして、次に司会から呼ばれたのは、自信満々のあいつだった。
「続きまして!第四王子クワトゥル様より!ギフトキーを授与いただきます!アズー・ヴァンドゥーオ殿!前へ!」
名前を呼ばれた、これまた見知った顔が祭壇にのぼっていく。第四王子の取り巻きの1人であるアズーのやつだ。あいつも、第四王子と同様、自信満々のニヤケ面をしている。
祭壇の中央付近で跪いたアズーの前に、カツカツと尊大な態度でクワトゥルが降りてきて、アズーに向かって両手をかざす。そして、詠唱を始めた。
あいつの本来のギフトキーの力はAランク、アズーにどんなに才能がなくっても、Cランクのスキルは発現するはずだった。詠唱が終わる。
「目覚めろ、誰もを屈服をさせる才覚よ。ギフト・キー」
クワトゥルの両手の間が光り、輝き出す。しかし、その光を見て、クワトゥルとアズーは目を見開き、そして、観客たちがざわつきだした。
あきらかに、光が小さいからだ。さきほどの第二王子を比べると半分の光量すらない。
「な、なんだこれは……」
「く、クワトゥル様?」
まもなくして、その小さな光は収束し、みすぼらしい、石でできたようなボロボロの鍵が顕現した。
「こんな、バカな……」
「クワトゥル様?そ、それは?ぎ、銀の鍵ですよね?」
「いや……これは……」
ざわざわが大きくなっていく。
「まさかあれは……」
「いや、そんなはずが……」
「クワトゥル様はAランクのギフトキー持ちのはずでは?」
「しかし、だがあれは……おそらく……」
「クワトゥル様!ギフトの授与を!これは神聖な儀式です!」
司会の爺さんが、観客のざわつきを抑えるように、大きな声を出す。
「あ、ああ……」
クワトゥルはおそるおそる鍵をアズーにさそうとする。
「……い!いやだ!それは!それはEランクの鍵じゃないのか!?そんなものをさしたら!私は!!」
「……アズー……」
青い顔をするアズーと、どうすればいいか分からないという顔のクワトゥル。自分を慕っていた者からの拒絶に、少しは何かを感じるようだった。
「無礼者!キーブレス王家からのギフト授与を拒むのであれば!即刻処刑である!衛兵!前へ!」
爺さんの指示に従い、ガシャガシャと鎧を鳴らして兵士たちが祭壇に上がろうとしてくる。
「待ってくれ!すまん!アズー!」
「いやだ!いやだ!」
ガチン。鈍い音が鳴った。首を振り続けるアズーに石の鍵が差し込まれた音だった。
怒り顔の爺さんが水晶を持って、2人に近づいていく。
「アズー・ヴァンドゥーオ殿のスキルは……Eランクの水魔法!貴殿の振る舞いは、議会にて報告させていただく!処分を待たれよ!」
「そんな……そんな……ああ、あぁぁぁ!!」
「アズー……」
祭壇の上で泣き始めるアズー。Eランクのスキルを授かってしまった。王族ではないアズーには、これから過酷な人生が待っているだろう。そして、それを招いたのは、今まで使えてきた主人だった。
「アズー……私は……」
キッ!アズーに睨まれて身体を震わせるクワトゥル。
「アズー殿!これ以上の王族への無礼は看過しかねるぞ!首をはねられたいか!」
「……」
再度、司会に咎められ、悔しそうにしながらも、祭壇を降りていったアズー。あいつはもとの席について、小さな声で泣きはじめた。
「おい……まさか、クワトゥル様がこんな失敗をなさるとは……」
「ですな、Aランクのギフトキーであるならば、Eランクなど……」
「こんなこと歴史上なかったはずです……」
「では、クワトゥル様はAランクではないのでは?」
「貴殿、滅多なことを言うでない、首を飛ばされるぞ」
観客たちがさまざまな憶測をしている中、クワトゥルは「なぜ、なんでだ、私はAランクのはずなのに……」と呟きながら、とぼとぼと階段をのぼり、糸が切れた操り人形のように座席に沈んだ。
はじめてのギフト授与式で失敗した。この事実は、アズーだけでなく、クワトゥル自身にも大きな汚点として、これからの人生で足を引っ張ることになるだろう。
その光景を見て、僕の少しばかり残っていた良心がずきりと痛むような気がした。自分の胸を押さえて、前を向く。
これは僕が招いた光景だ。僕が背負って、生きていく、僕とピャーねぇが生き残るために。
そして、ついに、僕の姉さんが呼ばれる番となった。
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