第39話 決戦

 僕は、従者たちと別れスラム街の中を歩いていた。あの路地を曲がれば、少し開けた場所がある。そこに、あいつがいるはずだ。


 路地の切れ目に到着し、一度足を止める。

 あいつと会えば、戦いは避けられないだろう。でも、僕がやらないといけないことだ。


「……行こう」


 僕は、もう一度深呼吸してから、足を一歩踏み出した。


 赤い髪のポニーテールの男がそこにいた。鞘に入れた刀を肩にのせ、トントンと叩いている。そして、僕の顔を見てニヤリと微笑んだ。


「やぁやぁ、やっと来たでござるか。スキル無し」


「時間通りのはずですが?」


 スラム街の広場で、マーダスと相対する。周りには誰もいない。ディセたちに頼んで住民たちには避難してもらっていた。

 だから、これから僕たちが争っても巻き添えは防げるはずだ。


「それにしても、まんまと釣られて、ここまで来てくれるとは、ありがたいことです。罠だとは考えなかったんですか?」


 僕は、あえて挑発するような言葉を発する。どうせ戦いは避けられないのだから、覚悟を決めろ、そう自分に言い聞かせていた。


 僕とあいつの距離はまだ数メートル離れている。あいつの間合いの外から、警戒を解かないようにして、相手の回答を待った。


「これのことでござるか?」


 マーダスが手紙を取り出す。そこには、〈果し状〉と書かれていた。


「先週、愚妹がこれを持ってきたでござる。そなたからの決闘の申し出だと言って」


「そうです。わざわざ倒されに来てくれて、ありがとうございます」


「ははは!これは面白い!拙者がそなたなんぞに負けるとでも?」


「すぐにわかります」


「では、さっそくやろうか」


 マーダスは言いながら刀を鞘から抜き、鞘を腰に差し込む。すると、音も立てず、手紙はいつのまにかバラバラになっていた。パラパラと手紙だったものが宙に舞う。


「……」


「剣筋も見えなくて驚いたようでござるな?そんな調子で拙者と戦えるのでござるか?」


 図星だった。僕の目では、あいつの剣筋は追い切れなかった。

 しかし、動揺はない。今の実力では、勝てないなんて分かりきっていたからだ。


「僕が勝ったら、ギフト授与式には何も言わずに欠席してください」


「拙者が勝ったら、そなたを斬り刻んだ後、そなたの大事な者たちも斬り刻む。もちろん、拙者の愚妹も返していただく。邪魔をするならピアーチェスも斬る」


 マーダスが邪悪な笑顔を向けながら、僕の覚悟を後押しするようなことを言ってくる。


「そんなことはさせません」


「だが、果し状には、好きにしろと書いてあったでござろう?」


「おまえが勝てたらな。マーダス・ボルケルノ」


「あまり調子に乗るなよ。ジュナリュシア・キーブレス」


 ニヤついた顔が暗くなるのを合図に僕は駆け出した。

 スラム街の中の用意していた1つ目の家に入り、眠っている騎士の腕に触れ、彼の技能を奪った。身体が軽く、早くなる。そして、彼の剣を手に取った。

 建物から出る。


 ガキン!マーダスの刀が音もなく迫っていたが、なんなく察知し、それを弾き返した。僕は、身体をひるがえして、軽いステップを踏みながらマーダスと距離を取る。


 ニヤついていたマーダスは、僕の動きを見て、笑うのをやめた。


「なんだ?その構えは?」


 僕は2本の短剣を逆手に構え、腰を低く落としていたのだ。


「ふぅー……それが自慢の剣筋ですか?」


「……付け焼き刃で拙者に勝てるとでも?」


「やればわかる」


「……舐めるなよ」


 怒りにも似た暗い声を出したあと、マーダスが一直線に斬り込んできた。速い。でも、今度はあいつの剣が手に取るように見える。


 左上段からの剣戟、僕はそれを左の短剣で受け止め、それと同時に右の剣であいつの首元を狙った。


「くっ!?」


 マーダスが後ろに飛びのき、距離をとる。あいつの首元からは赤い血が流れていた。浅かった。仕留め切れてはいない。


「……なんだおまえは……」


 マーダスは自分の首元を触り、出血していることを確認した後、恨めしい声を出す。


「おまえの妹の友達だ。クソやろう」


「……面白い」


 そして、また剣戟が始まる。

 僕は全てを受け止めることができていた。しかし、さっきの一撃以降、マーダスには一太刀も入れれない。あいつも僕の攻撃に慣れてきたのか、薄ら笑いを浮かべるようになってきた。

 くそっ!この人の剣技じゃもうダメか!


「カリン!」


 ボフッ。僕が合図をすると、煙玉が投げ込まれる。その隙をついて、僕は次の家へと向かった。

 2軒目の建物に入り、双剣を地面に放り投げ、次の武器を手にする。それから、寝ている女騎士の手に触れた。


 路地に戻る。路地の数メートル先で、マーダスがこちらを見て立っていた。刀の刃がついていない方で、肩をトントンと叩きながらニヤニヤと笑っている。


「逃げたわけではなかったでござるか」


「逃げるわけあるか」


「で?そのレイピアはなんでござるか?」


 僕が武器を持ち替えていることが気になるようだ。


「……」


 しかし、無視して僕はレイピアを正面に構える。半身をマーダスの方に向けて、左手は後ろに、それから左足で思い切り地面を蹴った。


 キンッ!僕のレイピアを柄で受け止め、驚いた顔を見せるマーダス。やはり、急な剣筋の変化には対応が遅れるようだ。その隙をついて、僕は全力でレイピアを叩き込んだ。


 キンッ!キンッ!キンッ!何度も何度も突き出す。マーダスはそれらの攻撃を受け流しはするが、何発かはカスっていた。そして、

 ずぶり。レイピアの芯が、マーダスの左手の掌を捕らえる。剣の3分の1ほどが貫通していた。


 よし!これで左手は使い物に――


「捕まえたでござる……」


「っ!?」


 罠だった。

 ズバッ。下段からの切り上げで僕の右腕を斬る。大量に出血して、たまらずレイピアを離した。


 ボフッ。また煙玉が投げ込まれる。僕はすぐに撤退した。右腕が熱い、感覚もない。ぶらぶらと揺れていて走りずらかった。

 そこに、「ジュナリュシア様!ヒール!」待機していたセーレンが治癒をしてくれる。


 回復するのを確認して「ありがとう!」と声をかけてすぐに駆けだした。3人目の元へと向かう。


「はぁ!はぁ!」


 建物に入り、騎士の手に触れ、武器を、


「さっきから、そなたは何をしている?」


「っ!?」


 真後ろからマーダスの声がした。近い。僕は咄嗟に飛び出して、目の前の壁に体当たりする。スラム街の建物は脆く、ばきばきと音をたてて突き破ることができた。


「はぁ……はぁ……」


 たまらず地面に転がり、反転し、槍を構えた。片膝をついた状態で、突き破った壁の方を見て深呼吸する。


「ふぅー……」


 後ろから背中を斬られていた。でも傷は浅い、セーレンに治してもらうまでもない。

 やつが、土煙が舞う中、僕が出てきた壁の穴を跨いで、ゆっくりと姿を現す。


「そなた……なぜ先ほどから、獅子王騎士団の騎士たちの剣技を模倣している?それに、なぜその剣技を使う騎士がここにいる?」


「……さぁ?なんででしょうね?」


「面白い……いいぞ、好きにするでござる。しかし、猿真似もいささか飽きた。そいつの槍では拙者には届かぬ。1番の使い手でこい。そうしないなら、今ここでお前を殺す」


「……」


 僕は何も答えず、あいつから目を離さないまま、その場を離れた。最後に力を借りる予定だった男の元にいく。


「がぁー!がぁー!」


 5軒目の建物に入ると、大男が椅子にもたれかかり、豪快なあくびをかいていた。獅子王騎士団副団長ライオネル・アーバングリム。副団長という地位ではあるが、実力は団長と遜色なく、その髭面の見た目から、こいつこそ獅子王だ、なんて言われている人物だ。

 彼の手に触れ、技能を借り、彼の大剣を両手で握る。僕には似つかわしくない大剣だ。ずしりと重量が伝わってくるが難なく持ち上げることができる。そして、その剣を握ったとき、長年の相棒かのような感覚を覚えた。こいつとならいける、そう確信して立ち上がる。


「お借りします」


 僕は、副団長に頭を下げてから建物を出た。

 マーダスの元へと戻る。


「やっときたでござるか。……まさか、それは……ライオネルの?……面白い……」


 僕の大剣を見て、あいつは察したようだ。僕がこれからライオネル副団長の剣技を使うということを。


「いつまでその余裕が続きますかね」


「そなた次第でござるな。頑張って拙者を楽しませてくれ」


「いくぞ」


「こい」


 全身に力を入れ、一歩ずつ地面を踏みしめる。この剣に小細工なんて必要ない。ただの一刀、一刀に、全力を込めればいい。確かにそう感じながら、一歩一歩近づく、そしてマーダスの胴体を狙って剣を振るった。


 ガキン!!


「ぐっ!?」


 はじめてマーダスが苦しそうな声を出す。


「らあ!!」


 ガン!!僕は力の限り剣を振りぬいた。


「がっ!?」


 マーダスが吹き飛び、建物に叩きつけられる。ガラガラと、ガレキが崩れ、土煙が舞った。


「……ふふ……ははは!面白い!」


 マーダスが笑いながら突っ込んでくる。僕はそれを弾き返した。


「そなた!その細い身体のどこにこのような力が!」


「……」


 楽しそうに何度も剣戟を繰り出してくるマーダスの刀をガンガンと打ち返す。当たる気がしない。それに軽い。なんでこんなやつに苦戦していたのかと疑問すら感じる。


「もういいか?」


「あ?どういう意味でござる?」


 僕の言葉を聞き、動きを止めるマーダス。


「もう、おまえと戦うのはうんざりだ」


「つれないでござるな。もっと楽しもうではないか」


「次で終わらす」


「……」


 マーダスは、僕の顔を見て笑うのをやめる。

 僕は、それを見てから、もう一度、全身に力を溜めるように集中し、マーダスの脳天目がけて、思い切り大剣を振り下ろした。


「ぐぅ!?」


 マーダスは、その一撃をなんとか受け止めるが、片手で支えることができなくなり、両手を使って対応する。

 僕は大剣を振り下ろす力を緩めない。目の前の敵を叩き潰すことに囚われていた。


「あぁぁぁ!!」


 全身に力を、この一刀に全てを、その気持ちを叫びに乗せた。


「ぐ!がぁぁー!!」


 僕の全力をマーダスが押し返そうとしてくる。あいつの両足を支える地面が割れ、食い込んでいく。


「おまえの剣は!人を不幸にする!ここで折れるべきだ!」


「それは!そなたに決められることではござらん!」


「あぁぁぁー!!」


「がぁぁぁあ!!」


 さらに力を込め、マーダスをこいつの剣を叩き潰すことに集中した。

 バキン!鈍い音を立てて、マーダスの刀が折れる。そしてそのまま、目の前の敵を斬りつけた。


「ぐぼっ!?」


 カラン……刀を落とし、大量の吐血をするマーダス。両膝をつく。


「はぁはぁ……僕の勝ちだ」


「ぐっ……まだまだ……」


 目の前の敗北者は、降伏せず、折れた刀に手を伸ばす。僕はその手を斬りつけた。右手が身体から離れ、ボトリと地面に落ちる。


「がぁ!?」


 そして、左手も無言で斬り飛ばした。


「ぐぅぅぅ……」


「これで刀は握れない。僕の勝ちだ」


「……」


「シューネの痛みが少しは分かったか?」


「……」


 目の前の男は、下を向いて、僕のことを見ようともしない。


「何か言ってみろ」


「……いつか……お前を殺す……」


 僕は大剣を大きく振りかぶった。

 こいつを生かしておいたらダメだ。そう思ったからだ。そこに、


「待ってください!お兄様!」


 シューネが姿を現し、僕の前に立つ。


「……なんですか?どいてください」


 シューネは、なぜか僕の前に立って両手を広げていた。マーダスを庇うように。


「どきません!」


「……」


「……バカ女が……武士の戦いに、水を差すな……」


 マーダスも朦朧としながらも、シューネの介入を拒む。


「と、いうことです。どいてください。そいつを殺します」


「ダメです!」


「なんでですか?」


「これでも!こんな人でも!わたしの肉親です!」


「シューネは優しすぎます。どいてください」


「お兄様だって!優しすぎるんです!」


「僕が優しい?何を言ってるんです?」


「お兄様!何で泣いてるんですか!」


「え?」


 僕は、シューネに指摘されて、はじめて、自分の頬に涙が伝っていることに気づく。


「殺したくないんでしょう!だったら!お兄様は人を殺すべきじゃありません!」


「……でも、コイツは、殺さないと……ダメなんです……」


「そんなことしなくても!お兄様には力があるじゃないですか!」


 マーダスの才能を奪え、それでいいじゃないか。シューネは、そう言ってるのか。でも、本当にそれでいいのか。


「……はっ……殺せよ。おぼっちゃん……」


「……」


「今殺さなかったら、拙者は必ずそなたに復讐する……」


「……」


「お兄様!お兄様は優しいままでいてください!」


 逡巡した。なにが正しいのかも悩んだ。でも、


「シューネは!優しいお兄様が大好きです!」


 そう言われて、僕は大剣をおろした。我ながら、単純な男だと思う。でも、シューネのその言葉が嬉しくって、僕は剣を手放すことができた。


 バタっ。マーダスが倒れる。


「マーダスお兄様!」


 シューネが心配そうに寄り添って、応急処置をはじめた。昔から自分のことを斬りつけてきた男をだ。なんて、慈悲深い子なんだろう。


「……セーレン」


「はっ!」


 戦いの決着を見て、従者たちが姿を現したので、セーレンに声をかける。


「あいつの治療……止血だけしてくれ。腕は再生させるな」


「はっ!」


 セーレンの治癒魔法により、マーダスの止血が終わり、シューネが安心した顔をして一歩下がった。僕は、気絶したマーダスの前に立ち、最後の仕上げを行うことにした。

 従者たちが見守る中、倒れているマーダスの背中に触れ、詠唱を始める。


「汝が培ってきた力を、汝が授かった力を、我が譲り受けよう。汝は望まぬだろう。それは汝の唯一無二の力なのだろう。だが、王の前に置いて汝の望みは叶えられぬ。寄越せ、貴殿の全てを。簒奪の錠前キー・ラオベン


 詠唱が終わると、マーダスの背中から、小さな鍵が現れる。才能の鍵だ。そして、その鍵は虹色に輝いていた。


 なんでこんなやつに……そう思いながら鍵を回す。

 ガチン。鈍い音を聞きながら鍵を抜ききる。


 こうして、マーダス・ボルケルノとの決着は僕の勝利で幕を下ろした。いや、違うな。


「僕たちの勝ちだ」


 一言だけ、そうつぶやいてから、撤退の指示を出す。

 寝ている騎士たちを元の居酒屋に戻す必要があるのだ。僕たちはまた、闇に紛れて後片付けに取り掛かった。

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