第27話 呪われた子
「シューネ、これも食べなさいな」
「あ、ありがとうございます……ピアーチェス様……」
「もう!わたくしのことは呼び捨てでいいとおっしゃってますのに!」
僕は、ピャーねぇとシューネ嬢と一緒に湖畔でピクニックをしていた。水辺のほとりにシート引いて、お茶菓子を広げている。さっきから、ピャーねぇはシューネさんにつきっきりで、すごく甘やかしていた。
「わたくし、妹ができたみたいで嬉しいですわ!」
「妹……わたしなんかが、ピアーチェス様の妹だなんて……」
ニコニコのピャーねぇに対してシューネさんは縮こまって恐縮そうにしていた。そんな2人を眺めながら話しかける。
「随分仲良くなったみたいですね、ピャーねぇ」
僕は平常心で話しかけたつもりだったのだが、どこかいつもと声色が違っていたのかもしれない。まぁ、ようするに、2人が仲良さそうにしているのをみてムっとしていたのだ。
「あら?あらあら!もしかして嫉妬ですの!なんて可愛いのかしら!おいでなさい!」
僕の声色にすぐに気づいたピャーねぇが抱きついてこようとしたので、僕は身体をそらしてそれを避ける。
「あぁん!いけずですわ!」
抱き着くのに失敗したピャーねぇが僕の膝の上に転がる形になり、ピャーパイが膝に押しつけられて大変気まずい気持ちになる。たわわに育ちよってからに……
「……どいてください」
「やっぱり嫉妬してますわ!最近はデレ期でしたのに!またツンツンしてますもの!」
「デレてませんし、嫉妬もしてません。ところで、あれからボルケルノ家から何か連絡はきてませんか?シューネさんを返せとかどうとか」
「いえ?特にありませんわよ?」
「うーむ?」
ボルケルノ家には5人の子どもがいる。シューネさんはそこの末っ子で、唯一の女の子だそうだ。跡取りは男という文化の国だから、シューネさんのことをあまり重要視していないのだろうか?僕が首を傾げていると、シューネさんがしょんぼりしながら口を開いた。
「わたしなんか……お父様もお兄様も、興味はありません……」
「そうなんですか?んーでも、それならそれでいいのかも。ピャーねぇのもとにいれば虐待されることもないですし」
「でも……わたしみたいな呪われた子が近くにいたら……ピアーチェス様も不幸になります……やっぱり、帰った方が……」
「呪われた子?」
「シューネ!何度も言ったではありませんか!それはあなたの家族が言ってるだけで、なんの確証もありません!あなたは呪われてなんていません!」
「でも……この髪も……目も……」
彼女の髪を見る。白くてサラサラな髪だ。髪の裏側が赤いので異世界特有の雰囲気ではあるが、綺麗だと思う。目は、長い前髪に隠れていて見えないのでよくわからない。どちらにしろ、呪われている要素を把握することはできなかった。
「髪と目がどうかしたんですか?」
「……」
僕が尋ねるとシューネさんは、しゅんとなり黙り込んでしまう。自分からあまり語りたいことではないようだ。
「シューネ、わたくしから話してもよろしくて?」
「……はい」
「ジュナ、ボルケルノ家の一族の髪と目の色は知ってるかしら?」
「えーと?たしか、赤髪、赤目だった気が……」
僕はマーダスと次男のことを思い出しながら回答した。
「そうですわね。ボルケルノ家は代々、そういった容姿の特徴がありますの。でも、シューネは……」
「白髪で、目の色も違うという話ですか?」
「ええ……」
「……」
ピャーねぇは同情しながらシューネさんの肩を抱き、シューネさんはしゅんとしている。
「それがなんだっていうんですか?」
「え?」
シューネさんが顔をあげて僕のことを見た。
「だって、髪や目の色なんてその人の個性ですし、それが親兄弟と違うからって呪われた子なんて言うのはおかしいですよ」
「ジュナリュシア様……」
「さすがジュナですわ!ジュナならそう言ってくれると思ってましたの!」
僕のことを2人がキラキラした目で見る。
「でも……わたしは……」
しかし、シューネさんは、僕の言葉が信じれないのか、また下を向いてしまった。
だから、僕自身のことも話すことにする。言葉だけじゃない、そう思って欲しかったから。
「……それに、僕もキーブレス王家なのに銀髪なんですよね。銀髪だからスキル無しなんじゃ?とか。呪われてるのでは?とか言われた覚えがあります」
「ジュナリュシア様も……」
「ええ。でも、僕はそんな他人の心無い発言は気にしません。シューネさんも気にする必要ありませんよ」
「ジュナリュシア様は……お強いですね……わたしは……」
「うーん?じゃあ、同じ境遇のシューネさんも強くなれますよ」
「わ、わたしも?」
「ええ、きっとなれます」
「わたし……」
「うふふ、ジュナはとっても素敵な言葉を紡ぎますわ」
「そんな大したこと言ってませんよ」
「いいえ、そんなことありません。ねぇ?シューネ?わたくしの可愛い弟は、言った通り、素晴らしい人でしょう?」
「はい……ピアーチェス様……わたしも、そう、思います……」
2人に褒められて、気まずくなる。僕はポリポリと頬をかいて目をそらした。
「うふふ。もう大丈夫ですわね!わたくし安心したらちょっとお花を摘みたくなりましたの!ジュナ!シューネ!しばらく2人で仲を深めてくださいまし!わたくしの可愛い弟と妹なのですから!仲良しになるべきですわ!」
ピャーねぇは言い終えると同時に立ち上がり、靴を履いて駆けていく。
「あ、ピャーねぇ……行っちゃった……」
僕はピャーねぇの後ろ姿を追いながら、屋根の上を見る。カリンが首を縦に振って任せろと言ってくれた。ピャーねぇがトイレに行く間、護衛についてくれるようだ。
「……シューネさん」
「は、はい……」
2人っきりにされて若干気まずい空気が流れていたが、僕は目の前のおどおどしてる女の子に話しかけることにした。
「ピャーねぇの家に来て、どうですか?」
「すごく、よくしてもらってます……」
「そうですか、今は幸せですか?」
「え?……わかりません……でも……でも、ピアーチェス様と一緒にいると、すごく心があったかくなるんです……」
「そうなんですね。じゃあ、僕と一緒だ」
「ジュナリュシア様も?」
「ええ、僕もピャーねぇと一緒にいるとすごく温かい気持ちになります。姉さんは高潔な志があって、すごく優しい人なので」
「そう、ですね……わたしも、そう思います……」
少し笑ってくれるシューネさん。
「でも、ちょっとおっちょこちょいだったり、抜けてるところがあるので、こちらが気をつけてあげないとってよく思いますけどね」
「……た、たしかに……ふふ……」
自宅でのピャーねぇのことを思い出したのか、やっと声に出して笑ってくれた。その様子を見て、シューネさんがピャーねぇの友達になってくれたんだな、と実感する
だから、僕の気持ちを伝えることにした。
「もしよければ、シューネさんもピャーねぇを支えてくれると嬉しいです」
「わたしが?ピアーチェス様をですか?そんな、わたしなんか……」
「僕と姉さんは、この王国ではかなり微妙な立場にいます。姉さんはこの前のギフト授与式で成功したことで見直されつつありますが、それもどうなるのか、わかったものではありません」
「それは……」
「だから、1人でも多くの人に仲間になってもらいたいんです」
「仲間……」
「急にすみません、こんなこと」
僕は焦っていたのかもしれない。仲間探しが進まないこの数週間のせいで。だから、シューネさんに対して、つい仲間、という言い回しをしてしまった。
「いえ……わたし、が、がんばり――」
シューネさんが決意の言葉を発しようとしたとき、聞き覚えのある語尾の男が近づいてきた。
「おい。ここにいたでござるか、シューネ。あのピアーチェスとかいう王女はどこでござるか?」
「ま、マーダスお兄様……」
「まぁいい。さっさと帰るでござる。立て」
「……」
突然やってきて、命令口調のマーダスにビクつくシューネさん。そして、その命令に逆らうことはせず、立ちあがった。
「待ってください。シューネさん、本当にそれでいいんですか?」
「え?」
「帰りたくないなら、そう言うべきです」
僕も立ち上がり、彼女の前に出てマーダスと向かい合った。
「わ、わたしは……」
「そなたは誰でござるか?拙者の妹に余計なことを言わないでもらいたい」
「僕はジュナリュシア・キーブレス。こんにちは、マーダス殿」
ニコ。僕は、背中に仕込んだ短剣を握りながら、余裕の笑みを浮かべる。
「キーブレス?……王族の方でござるか?いや……そなた、この前ピアーチェス王女の後ろにいた御人でござるか?」
「そうですね、やっと思い出していただいたようでよかった。改めて、僕は、ジュナリュシア・キーブレス、キーブレス王国第十七王子です。ピアーチェス第五王女とは大変仲良くさせてもらっています」
「なるほど。だから余計な口を挟むでござるか」
「余計かどうかは、マーダス殿が決めることではないと思いますけどね」
「……面白い御人だ」
面白い、そう言いながらもマーダスの顔色は暗く沈んでいってるように見えた。
「ジュナリュシア様……わ、わたし!帰ります!」
シューネさんが焦った声を出す。あいつの顔色から何かを察したようだ。
「大丈夫です。シューネさんは姉上の御友人、つまり僕にとっても友人です。その人が虐待されるような場所に帰るのは賛成できません」
「友人……ジュナリュシア様……」
「……はぁ……虐待でござるか?何を言ってるのか、皆目見当もつかぬでござる」
「路地裏で妹の背中を斬りつけようとしてた人に、友だちは渡せません。そう言ってるんです」
「……はぁ、そうか、見ていたんでござったな……めんどくさい……」
マーダスが腰の刀に手をかける。
「お兄様!?相手は王族の方ですよ!」
「……あー……しかし……ん?」
一瞬躊躇したかに見えたマーダスは、口元をニヤつかせて僕のこと見る。
「第十七王子、ということは、そなたスキル無しでござるな?」
「……」
「では、斬っても問題にはならぬ」
シャキン。嬉しそうに刀を抜ききるマーダス。近くに衛兵はいない。いや、いても助けてはくれないだろう。
やるしかないのか?僕が短剣を抜こうとしたとき、
「遅いでござる」
僕の目の前にあいつの刀が――
あ、死……
「ジュナリュシア様!!」
「っ!?」
ドサッ!
首を斬られたかと思った。しかし、まだ僕は生きている。シューネさんが飛び込んで僕を押し倒してくれたおかげだった。
「ふぅ……シューネ、どういうつもりだ?」
「わ、わわ!わたしのお友達を傷つけないでください!」
シューネさんが膝をついたまま僕の前に出て、両手を広げた。
「なんだと?」
ビクッ。強い殺気を当てられてビクつくが、そこからどくことはしない。震えながら、僕のことを守ろうとしてくれている。
「……」
シャ。僕は短剣を抜いて立ち上がった。
「シューネさん、ありがとう、感謝します。あとは僕が」
「ジュナリュシア様!だめです!マーダスお兄様には敵いません!」
「拙者も同意見でござるな。そなたでは拙者の相手には幾分か不足がすぎる」
「……やってみないとわかりませんよ?」
「愚かな、実力差もはかれぬとはな」
へたり込んだシューネさんを挟んで睨み合う僕とマーダス。一触即発だった。どちらかが動いたら剣戟がはじまる。そんな空気を壊したのは、
「お兄様!!わたし!か!帰りません!」
立ち上がって、僕の前で手を広げたシューネさんだった。
「あ?」
「もし!ジュナリュシア様に怪我をさせたら!わたし!絶対に帰りませんから!!」
今まで聞いたこともない大きな声でそう宣言するシューネさん。それを見て、ニヤけていたマーダスは無表情になり、ブツブツとひとりごとを呟き出した。
「……めんどうだ……もう、2人とも……いや……」
シャキン。唐突に刀を鞘に納め、一歩下がるマーダス。
「わかったでござる。今日は引いてやるでござるよ」
「……どういう風の吹き回しです?」
「いや、拙者、正式にギフト授与式に出ることに決まりましてな。そこで高ランクのスキルを授かれば、こんないざこざどうにでもできると思いまして。そのときは……そなたを斬ってから、そこの愚妹もお仕置きしてやるでござる」
「そんなことはさせません」
「ははは!スキル無しになにができるというでござるか!それでは、授与式の後を楽しみにしてるでござるそれまでは……いつものストレス発散で我慢するでござる……」
気になる一言を言い残して、マーダスは僕たちの前から去っていった。
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