第28話 地味子の前髪の向こう側
「……はぁ」
マーダスが姿を消した後、僕はペタンと座り込む。斬り合っていたら、たぶん無事では済まなかった。大きな実力差があることくらい僕にだってわかっていたんだ。でも、女の子を盾にして逃げるわけにはいかず、盛大な虚勢を張っていたに過ぎない。
「ジュナリュシア様!お怪我は!?」
「え?ううん、僕は大丈夫、シューネさんのおかげでね。改めて、助けてくれてありがとう」
「いえ……そんな……」
「あ、髪が……」
シューネさんの方を見ると、長かった前髪がバッサリとなくなっていて、綺麗な水色の瞳が姿を表していた。宝石のようにキラキラしている。
「綺麗だ……」
吸い込まれそうな目の色に、ふと、つぶやいてしまう。
「え?」
「あ、ごめんね、僕を庇ったせいで髪が……」
「髪?」
「ん?前髪が切れちゃってるよ?」
「ええ!?」
シューネさんは焦った顔をして両手でわちゃわちゃと前髪を触る。
「ない!わ、わたしの前髪!」
「お、落ち着いて。その……無くっても大丈夫だよ」
「大丈夫じゃありません!目が!目を見られちゃう!」
そっか、シューネさんは白い髪と同じくらい、自分の目の色のことを気にしていた。呪われた子だって、言われてきたからだろう。だから、僕はもう一度、自分の考えを伝えることにした。
「あのさ、さっきも言ったけど、シューネさんの目の色が家族と違ったって、なにも問題はないんだよ?」
「で、でも……」
「それに、すごく綺麗な水色だと思う」
「そんな……き、きれい、だなんて……ウソです……」
「ウソじゃないよ、僕のことを見て?」
チラッ。シューネさんが、両手の指の隙間から僕のことを見る。
「シューネさんの目は綺麗だ」
誠意をこめて、僕を救ってくれた少女に、そう言った。
「……うー……」
シューネさんの顔がほんのり赤くなっていく。それを見て、自分がなんだか臭いセリフを言っていることに気づいた。
「な、なんかごめん……そういうつもりはなくって……」
「い、いえ……」
自信を持ってもらいたくて言ったのに、口説いてるみたいになってしまい気まずくなる。
「……あのさ!もしよかったら、この際、髪型変えようよ!」
「え?ええ?」
「よし!そうしよう!そうすべきだよ!」
僕は、気まずさを誤魔化すために、シューネさんの手を取って立ち上がった。
「あ、あの……」
「えーっと、ピャーねぇには僕の家に来て、と手紙を残して、っと、さぁいこう!」
「ええ?ジュナリュシア様!?」
僕はシューネさんの手を引いて自宅まで戻ることにした。
♢
「ただいまー」
「ジュナ様?お早いお帰りですね?」
「あれー?ピャー様はー?その子だれ?」
「あ、シューネさん、僕のメイドを紹介するね。こっちがディセ、こっちがセッテだよ」
「こ、こんにちは……」
「で、この子はピャーねぇの友達のシューネさん。あ、僕の友達でもあるね」
「と、ともだち……」
「そうなんですね、そちらの方が。はじめまして、ディセと申します」
「セッテはセッテだよ!よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします」
「あのさ、2人にお願いがあるんだけど、シューネさんの髪をかわいく整えてくれないかな?さっきちょっとしたトラブルで前髪が崩れちゃって」
「前髪が?なるほど」
ディセが髪を隠しているシューネさんを覗き込む。
「いいよね?シューネさん」
「え……でも……」
「セッテがもっとかわいくしてあげる!こっちきて!」
グイッ。セッテがシューネさんの手をとって引っ張る。シューネさんはあわあわしていた。
「あ、あの!わ、わたし!でも!」
「いいからいいから!」
そんな感じだ。よし、ここはセッテに任せることにしよう。
僕はそうだな、あれをとってこようかな、と考え、ある物を自室に取りに2階への階段をのぼりはじめた。
♢
「どんな感じにしよーかなー♪」
「ジュナ様のリクエストは可愛くだから、目いっぱい可愛くしちゃいましょ」
「りょーかーい♪」
「いえ……でも……あう……」
僕はリビングのソファに腰掛けて、シューネさんが双子メイドに好きにされているのを眺めていた。
「あ、そうだ。セッテ、シューネさんに似合いそうだったらコレも付けてあげて」
僕はさっき自室から持ってきたものをセッテに手渡す。
「はぁーい♪」
ガチャ。
「ジュナー?シューネー?」
そんなやり取りをしているところに、ピャーねぇがやってくる。
「なんで家に帰ってますの?荷物も置きっぱなしで」
「あ、おかえりピャーねぇ」
遅かったね、うんこ?とは言わない、さすがに。
「……お母様にお弁当をいただきましたのよ」
ピャーねぇがジト目で僕のことを見て、両手で持ったバスケットを見せてくる。
「そうなんだー(棒」
なんだか、『あなた、失礼なこと考えていましたわね?』と怒られそうで目を逸らす。
「……それで、シューネはディセたちに何をされてますの?」
言いながらピャーねぇが僕の隣に腰掛ける。
「んー、ちょっとマーダスのアホといざこざがありまして。前髪を切られたので、2人に頼んで可愛くしてもらってます」
「……なんですって?」
ピャーねぇが不思議そうな顔から真面目な顔になる。
「詳しく話してくださいまし」
「わかりました」
僕は先ほどの揉め事についての詳細を包み隠さずピャーねぇに話す。
「なんて人なんですの……」
「だよね。許せないよ」
「わたくしもですわ、なんとか、わたくしがシューネを守らないと……」
「ピャーねぇ、僕も一緒に戦うよ」
「ジュナ……あなたって子は……」
ピャーねぇが目を輝かせて僕のことを見る。
「僕もシューネさんには助けられたからね。もう、僕にとってもシューネさんは恩人だから」
「そうですわね!わたくしたちでシューネを守りましょう!」
「うん」
そんな話をしてるうちに、シューネさんのイメチェンは完了する。
「できたよー!」
「これは……力作です、早くお2人も見てください!」
「はぁい」
「楽しみですわ!」
僕とピャーねぇは立ち上がって、椅子に座っているシューネさんの前に向かう。シューネさんの前には、得意げなセッテが立って目隠ししていて、お披露目を焦らしてくる。
「それじゃあいくよー!ジャーン!」
そして、僕たちの準備ができたのをみてから、両手を広げながら横にどいてくれた。
「おぉ〜」
「わぁー!」
イメチェンをおえたシューネさんの姿を見て、僕たちは歓声をあげる。
「可愛い」
「ほんとですわね!」
「そんな……か、かわいいなんて……」
もじもじ。シューネさんは、椅子に座ったまま、もじもじしている。
ついさっきまで、長い白髪を伸ばしきっていて前髪で目を隠していた地味な少女はどこにもいなかった。今のシューネさんは、前髪の片側を三つ編みで編んで耳にかけていて、半分は切り揃えてヘアピンでとめていた。なので、以前と違い、綺麗な水色の瞳がはっきりと見えている。長い後ろ髪はそのままに、でも丁寧に櫛でといて、後ろには細いリボンを結んでいた。リボンは白い髪を際立たせるように同じ白色にしていて、白髪の裏側に見える赤い髪色が差し色になってバランスがいい。
紛れもない美少女がそこにいた。そっか、シューネさんってこんなに可愛かったんだ。
「とっても可愛いですわー!もっとよく見せてくださいまし!」
ピャーねぇは、満面の笑みでシューネさんに抱きついたあと、近くで舐め回すように観察していた。
「ピアーチェス様……恥ずかしいです……」
「恥ずかしがることなんてありませんわ!だってこんなに可愛いんですもの!ねぇ?ジュナ!」
チラ。シューネさんが僕のことを見る。
「うん、そうだね、お世辞抜きに可愛いよ。白い髪も少し見える赤い髪色も。もちろん水色の綺麗な瞳だって。どこをとっても美少女だ」
「そんな……はう……」
シューネさんがどんどん赤くなっていく。
「あらあら!ジュナは女ったらしでしたのね!あら?シューネのこのヘアピンって、たしかわたくしがジュナにあげた……」
ピャーねぇがシューネさんの前髪についているヘアピンを見て、そのことに気づいた。僕がセッテに手渡したヘアピンだ。あのヘアピンは、僕が小さいころ、ピャーねぇが僕のことを人形かなにかと勘違いして、僕の髪の毛で遊んでいたときにプレゼントされたものだった。白い桜のような飾りがついていて、白い髪のシューネさんによく似合っている。
「そうですね、僕がピャーねぇにオモチャにされてたときのものです」
「オモチャってあなた……」
「ええ!?そんな大切なものを!?もらえません!わたし!」
ジト目をするピャーねぇと、あわてるシューネさん。
「いいんです。どうせ僕は使いませんし」
「でも!」
「んー、じゃあさっき助けてくれたお礼です。プレゼントさせてください」
「シューネ!ここは受け取っておくべきですわ!ジュナを助けてくれてありがとうですの!」
「ええ?……じゃ、じゃあ……ありがとうございます……」
ピャーねぇの援護もあって、僕のプレゼントを受け取ってくれる。
それにしても、本当に可愛らしい少女だった。改めて見てもそう思う。
「こんなに可愛いのに呪われた子だとか……意味がわからん……」
僕はつい、ぼそりとつぶやいてしまった。
「ジュナリュシア様……はう……」
僕の言葉を聞いて、再度赤くなるシューネさん。
そして、「やっぱりジュナは女ったらしですわ!お姉様は複雑ですわー!」とか言って騒ぎ出すピャーねぇ。
「はいはい、ピャーねぇが1番可愛いよ」
「キー!なんか違いますわー!むしろムカつきましたわ!」
「はぁ、めんどくさいお姉様ですね」
「なんですってー!」
「ピアーチェス様、ジュナリュシア様……け、ケンカはダメです……」
「シューネがお姉様って呼んでくれたらケンカをやめてあげましてよ!」
「ええ!?な、なんで……」
「ははは」
「たのしいね!」
「そうね。ディセもすっごく楽しい」
こうして、僕たちは、しばらく、わぁわぁと騒ぎ続けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます