第37話 家族
セーレンさんを連れてリビングまでやってきた僕は、この事件の全容をセーレンさんに話すことにした。カリンを隣に座らせて、僕が2人にお茶を用意してから話し出す。
シューネさんがピャーねぇの友だちになったこと、そのシューネさんの兄マーダスが人斬りで、カリンとシューネさんを斬ったこと、僕は、マーダスをどうにかして止めたい、ということを。
「なるほど……ジュナリュシア様は、難しいお立場ですね……」
「いえ、僕がやることは単純です。姉さんを守って、家族も守る、それだけです」
「しかし、そのためには、マーダスという男を止める必要があります。聞いた限りではかなりの手練れ、どのようにされるおつもりですか?」
僕は、カリンに目配せする。こくりと頷いてくれた。リビングには、僕たち3人しかいない。当初から計画していた通り、僕たち組織のことをセーレンさんに話すことにした。
「……実は――」
僕は、国取りの計画と、そして僕の能力について、セーレンさんに順番に説明した。物騒な話題と聞いたこともない能力について話をされ、動揺を見せるセーレンさん。
「なんと……国取りを……それにジュナリュシア様の能力は……誠なのですか?」
「忠誠を誓った人物の言葉を疑うのですか?」
ムッとするカリン。
「いえ!滅相もございません!しかし……そのような能力聞いたこともなくて、失礼致しました」
「いえ、僕もこの能力を知ったときは同じ気持ちでした。セーレンさんの反応は当然だと思います。それで、改めてお願いなのですが、セーレンさんも僕たちに協力してくれないでしょうか?」
「私も組織に入れ、ということでしょうか?」
「はい」
難しい顔をするセーレンさん。突然、自分の領地から連れ出され、死にかけてる人を治療させられたかと思ったら、次は国取りに協力しろ、だ。彼に心の準備なんてものはなかっただろうし、考え込むのは当然だと思う。
「……私は、常々この国をどうにかしたいと、考えていました」
「……」
僕は黙ってセーレンさんの話を聞く。
「貴族が権力を振りかざし、国民たちを虐げ、ときには貴族の横暴を許さなければいけないこの国を憂いていました……しかし、何もしてこなかった……ピアーチェス様から素晴らしい力を授かってからもです……ジュナリュシア様はおっしゃっていましたね?貴族も平民も同じ人間なのに、なにが違うのか、と」
「僕がセーレンさんと別れるときに話したことですね」
「はい。ジュナリュシア様のお気持ちは今もお変わりはないでしょうか?」
「もちろんです」
「……ジュナリュシア様が作る国は、みなが平等に生きれる国になるのでしょうか?」
「どこまでやれるかはわかりませんが、そうなるように努めるつもりです」
「なるほど……」
「でも、すみませんセーレンさん、一つだけ補足させてください」
「なんでしょうか?」
「僕が目指しているのは、僕が大切な人たちが幸せに暮らせる国です。それをなにより優先します」
「それは、ピアーチェス様のことでしょうか?」
「姉さんもそうですし、それにここにいるカリンと双子のディセとセッテ、シューネさんもです。みんなが安心して、楽しく過ごせるようにしたい」
「ジュナリュシア様は家族思いなのですね……」
「そう、かもしれませんね」
「では、国と家族、どちらを優先しますか?」
「家族です」
「……」
即答したあと、マズかったかと思う。王になるつもりの人物としては、間違った発言なのかもしれない。
ここは嘘でも、国を優先するというべきだったか。でも、信頼してる人に嘘はつきたくなかった。
「……ジュナリュシア様のお考えは承知しました。喜んで協力させていただきます」
「いいんですか?」
「はい。しかし、条件がございます」
「なんでしょう?」
「ジュナリュシア様が作る国が、もし国民にとって不利益になる動きをしそうになったなら、そのときは反対意見を述べさせていただきたい」
「無礼ですね。ご主人様、こいつはやめましょう」
「カリン、静かにしてなさい」
「む……」
「セーレンさん」
「はっ!」
「そのときは、是非お願いします。一緒にいい国になるように意見を出し合いましょう」
「はっ!ありがとうございます!」
僕は頭を下げている緑髪の優男に手を差し伸べた。セーレンさんは、恐縮そうにしながらその手を取ってくれる。僕たちは固い握手をして、セーレン・ブーケを仲間として迎え入れた。
♢
セーレンさんに事情を説明した後、僕たちは寝室に戻ってきて、シューネさんが目が覚ますのを待っていた。しばらく待っていると、白い髪の少女が目を覚ます。
「…………ここ……は?」
「シューネ!」
ベッドの横に寄り添って、ずっと手を握っていたピャーねぇがシューネさんのことを覗き込む。
「おねえ、さま?」
「そうですわ!わたくしですわよ!ああ!シューネ!」
ピャーねぇが瞳に涙をためて、笑顔でシューネさんに抱きついた。
「お姉様……わたし……」
抱きしめられたシューネさんも、ゆっくり両手をピャーねぇの背中に回す。
「え?手が……」
そして、気づいた、自分の腕が再生していることに。
「なんで……だって……斬られて……」
「こちらのセーレンさんが治してくれたんです」
僕は隣の優男を紹介する。
「セーレンさん?」
「はい、はじめまして。クリオ南部を治めるブーケ家の三男、セーレン・ブーケと申します。シューネ様、お目覚めになって本当に良かった」
「あ、ありがとう……ございます……」
「そんなことより!シューネ!」
ピャーねぇが声を荒げて、シューネさんの両肩を持った。目を真っ直ぐに見つめる。
「なんであんな大怪我を!勝手に出て行って!わたくし!心配いたしましたのよ!」
「心配しすぎて、命懸けで輸血したしね」
「ジュナは黙ってなさい!」
「はぁい……」
「お姉様が命懸けで?わたしのために?……そんな……ごめんなさい……」
「いいんですわ!シューネはわたくしの大切な家族ですもの!当たり前ですわ!」
「家族……わたし……わたしが家族……う、うぅ……」
ポロポロと泣き出してしまうシューネさん。
「かわいそうに!泣かないでくださいまし!ジュナのせいですわ!」
「ピャーねぇも怒鳴ったでしょ」
「……シューネ、泣かないで。わたくしはあなたが無事ならそれでいいですの」
「お姉様……うう……でも……わたし……」
「それに、シューネ様は何も悪くないと思います。あのクソ兄貴のせいですね。そろそろあいつをなんとかしましょう」
しんみりしているのに、空気を読まず好戦的なことを言い出すうちのアサシンメイド。
「あ……あなたは……」
シューネさんが顔を上げ、カリンのことを見た。シューネさんはカリンのことをよく知りもしないのに、身を挺して守ってくれたんだ。目を覚ましたらちゃんとお礼を言おうと、カリンと話して決めていた。
「先日は、実力不足の私を助けていただき、ありがとうございました、シューネ様」
「僕からもお礼を言うよ。シューネさん、僕の大切な従者を助けてくれてありがとう」
「いえ……わたしは何も……やっぱり、ジュナリュシア様の従者の方だったんですね」
「はい、カリンと申します。以後、お見知りおきを」
「わたくしにも挨拶はなくって?」
なぜかムっとしたピャーねぇが割り込んできた。さっきもカリンを紹介しろ、って言いながら怒ってたし、僕がいない間にカリンとなにかあったのか?
「……カリンと申します。ジュナリュシア様のお気持ちも考えれないおバカな王女様。以後、お見知りおきしていただかなくても結構です」
「は?はぁぁ!?なんなんですの!?この女!!無礼者!そこに直りなさい!」
突如、ケンカを売り出すカリンとすぐに買うピャーねぇ。
「あなた様がディセを叱責して輸血を続けたこと、私は怒ってるんです。バカ王女」
「キー!またバカって言いましたわ!ジュナ!なんなんですの!この女!」
「どーどー、ピャーねぇ、ピャーねぇはおバカでも可愛いよ?」
「なんなんですのそれ!ぜんっぜん!フォローになってませんわ!許せませんわ!」
「お姉様……おちついて……」
「はぁ、はぁ……血管がブチ切れそうですの……」
「短気バカ王女……」
ぼそりとカリンがつぶやく。
「カリン、黙ってなさい」
「はぁい……」
「あー、えっと、カリンのことだけど、数年前から僕のことを手伝ってくれている従者なんだ。主な仕事は、諜報活動をお願いしてる」
「諜報活動ですって?」
ピャーねぇに怪訝な顔を向けられる。
「うん。最近だと、クワトゥルのバカの行動やマーダスのカスの動向なんかを見張ってもらってた」
「……なんで、この方のこと、わたくしに秘密にしてましたの?」
「それは、カリンには裏の仕事を任せることになるってわかってたからだね。だから、ピャーねぇからは遠ざけた。なるべく、この国の暗いところを見て欲しくなくって」
「それは、余計なお世話ですの。わたくし、子どもではありません。そういったことと向き合う覚悟は持ってるつもりですの」
「そう、だよね……ごめんなさい……」
「では、重要なことを聞きますわ。ジュナは、この方を信頼してるのですね?」
「うん、大切な従者だ。いつも助けてくれるし、すごく信頼してる。ディセやセッテと変わらないくらいに」
「……カリン、とおっしゃいましたね?あなたはジュナのこと」
「愛しております」
ピャーねぇを真っすぐ見て、食い気味に答えるカリン。その回答はすごく照れくさいものだった。
「……よろしい、認めましょう。あなたがジュナの従者であることを」
「別に、あなたに認めて欲しいと頼んだ覚えはありません」
「なにかおっしゃいまして?」
「……」
「あなたの態度はわかりましたわ……ふぅ……んん!カリン」
頭に怒りマークを浮かべながらも、深呼吸して落ち着きを取り戻すピャーねぇ。カリンの方に向き直り、真剣な眼差しを向けた。
「……」
「シューネを助けてくれてありがとう」
「いえ……私に実力が足りていれば、シューネ様に怪我をさせることなど……至らぬ従者で申し訳ありませんでした……」
「そんなことはありません。あなたがここまでシューネを運んできてくれたから、この子は助かったんです。ありがとう、よく、あのマーダスから逃げ切りました。あなたは素晴らしい能力の持ち主です」
「いえ……私は、私たちは見逃されたんです。あのクソ侍に」
「見逃された?」
僕たちは、2人が斬られたときの詳細をまだ聞いていなかった。シューネさんが目を覚ましてからにしよう、そう決めていたからだ。はじめて、そのときの様子がカリンの口から話されていく。
「はい。私はシューネ様が虐待されているのを見て、命の危機を感じ、独断であいつに斬りかかりました。しかし、まったく通じなかった。だから、撤退を試みたんです。煙幕の中、逃げようとした私は、マーダスに捕捉され殺されそうになりました。そのときシューネ様が私を庇ってくださったんです」
「シューネはそれで両手を……」
「はい。しかし、マーダスはシューネ様の腕を斬り落として、私を斬りつけてから急に大人しくなったんです。シューネさんの腕を見て、笑うのをやめたように見えました。そして、こう言ったんです〈そのゴミを死なせるな、クソ女〉と」
「あいつ……」
僕は両手を握りしめた。あいつのセリフを聞いて、〈許せない、殺してやる〉そんな思いに支配されそうになる。
「なんて人なんですの……それにしても、シューネ、なぜマーダスに会いに行ったんですの?あんな家に1人で……わたくしに黙って戻るなんて、あなたらしくありませんわ」
「それは……わたし、聞いちゃって……」
「何をですの?」
「マーダスお兄様が、スラム街で人殺しをしてるって……」
シューネさんは、僕の方をチラリと見る。盗み聞きを咎められると思っているのかもしれない。
「なんですって?」
「……僕たちの会話を聞いたのか?」
「はい……」
つまり、シューネさんは知ってるんだ。僕の能力のことも。でも、今は黙ってくれている。
「だから……わたしがマーダスお兄様を止めないと、と思って……」
「でも!それでしたらわたくしに相談してくれてもよかったですのに!」
「お姉様に話したら、お姉様も危ないかもって……それに、このままだとジュナリュシア様が……」
「僕?」
「……ジュナリュシア様が……斬られるかもって……」
そうか、この子は、僕がマーダスを倒す計画についても聞いていたんだ。だから、もし僕とマーダスが戦ったら、僕が斬られると思って、僕のことを案じて単身マーダスの元へと向かってしまった。
「そんな……僕はキミに優しくしてこなかったのに……それなのに、あんなやつのところに……」
「わ、わたしにとっては……ピアーチェスお姉様と……ジュナリュシア様は……はじめて、わたしのことを受け入れてくれた人だから……だから……守ろうと思って……」
「シューネ……なんて優しい子なんですの……でも、あんな無茶はもうしちゃダメですの」
「はい……」
「僕なんかのために……そうか……シューネさん、いえ、シューネ」
「は、はい……」
「ありがとう。これからは僕のことも兄って呼んで欲しい」
「え?」
「キミは僕たちの兄弟だ。それに命の恩人で、カリンも助けてくれた。もう、大切な家族だよ」
「か、家族……かぞく……わたし……うう……わたしが……」
またポロポロと泣き出してしまうシューネ。でも、今度の涙はさっきと違い、嬉しそうな涙だった。
ピャーねぇも笑顔でシューネの頭を撫でる。僕は、そんな優しい少女が泣く姿をみて、改めて決心した。
マーダス・ボルケルノ、あいつは絶対に許さない。
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