第36話 大切な人を守るためなら
「はぁはぁ!すみません!」
「な、なんだいあんた……」
僕は全力で走ってきた勢いのまま、馬屋の店主に話しかける。
「馬を二頭!今すぐ購入させてください!」
「い、今すぐ?それは無理ってもんだよ。鞍の準備も、蹄だって、」
「お金ならいくらでも出します!」
僕は金貨の入った袋を取り出し、中身を見せながら、机の上に乱暴に置く。
「……レンタル用の馬だったら用意できるが、でも、それを売るわけには……」
「3日以内に返します!」
「じゃ、じゃあ書類を……」
「すみません!時間がなくて!この金貨すべてお渡ししますので!」
机の袋を持って、店主に押し付ける。
「こ、こんなに貰うわけには……」
「いいから!人の命がかかってるんだ!急いで!」
「わ、わかった……」
僕の勢いに負けた店主が急いで馬を二頭用意してくれた。一頭にまたがり、もう一頭の手綱を握る。もう一頭は、帰ってくるときのセーレンさんのための馬だ。
「ありがとうございました!絶対返しに来ますので!」
「あっ、ほんとにいっちまいやがった……こんなに……さすがに悪いことした気分だな……」
クリオ南部トレア、大河のほとりに建築されたその町は、キーブレス王国首都から馬車で3日、早馬なら、一日中走り続ければ着くはずだ。
「ごめん!大変だろうけど頑張って!」
僕は猛スピードで走る馬たちに声をかけて草原の中を走り続けた。
♢
夜が明け、また夜がやってくる。馬たちの速度もだいぶ落ちてきてしまった。
「ごめん!もうちょっとだから!がんばって!頼む!」
馬たちに必死にお願いして、なんとか一日と経たず、トレアの町が見えてきた。大きな川だ。そこに寄り添うように細長いトレアの町が見える。
簡素な門をくぐり、何人か住民がいるのを見つけて、僕は大声を出した。
「セーレン・ブーケ殿は!どこにおられるか!私は第五王女ピアーチェス・キーブレスの使いの者!セーレン・ブーケ殿はいずこに!」
住民たちは、なんだなんだ?と不思議そうな顔をしている。
「セーレン・ブーケ殿!誰か教えてくれ!これは王女からの急用である!」
「あの……セーレン様でしたら、この時間は教会かと……」
若い女性がおずおずと教えてくれた。
「ありがとう!その教会とはどこでしょう!」
「あちらです……」
僕は指をさされた方に向かって馬を走らせた。
「セーレンさん!」
見つけた。教会の前で、シスターや子どもたちに笑顔を向けている緑髪の男、セーレン・ブーケだ。
「ジュナリュシア様?」
僕を見て不思議そうな顔をするセーレンさんの前に駆けてきて、馬から降りる。
ガクッ、一日中馬に乗っていたことで膝に来ていたようでよろけてしまう。
「ジュナリュシア様!」
すぐにセーレンさんが肩を貸してくれた。
「どうしたのですか!そのようなご様子で!」
僕の表情と、それに汗だくだったからなのか、緊急事態だとすぐに理解してくれた。
「すぐに一緒に来てください!僕の!大切な人たちが!姉さんも危険な状態なんです!」
「っ!?承知しました!シスターアマンダ!私が留守にすることをみなに伝えてください!」
コクリ。年配のシスターが頷くのを確認してから、「ヒール!」セーレンさんが僕に治癒魔法を使ってくれた。さっきまでの疲労が嘘のように消え失せる。
「すぐに出発します!」
「はっ!」
僕とセーレンさんはそれぞれ馬に跨った。そして、馬たちにもヒールをかけてもらう。
お願いだ、間に合ってくれ。
♢
トレスから首都まで、行きよりも数時間早く帰ってくることができた。移動中、馬の速度が落ちる度にセーレンさんが治癒魔法を使ってくれたおかげだ。僕たちは、自宅の前で馬をおり、馬たちをそのままにして家の中に駆けこんだ。
「みんな!」
僕とセーレンさんが部屋に入ると、カリンが身体を半分起こし、そのカリンに抱きついているディセの頭を撫でていた。
「う、うう……ピアーチェス様……ディセ……ディセのせいで……」
むせび泣いているディセ。
なんで……泣いて……
ピャーねぇの方を見る。輸血をしてるシューネさんの顔色は、昨日よりも幾分かいいように見える。でも、対するピャーねぇの顔は真っ青で、目を開けていなかった。
「……え?」
「ピャー様が……これ以上、輸血を止めたら……許さないって……」
セッテが泣きながら僕に報告してくる。
「セーレンさん!!」
「すぐに!ヒール!!」
セーレンさんがピャーねぇに向かってヒールを唱える。大きな緑色の光がセーレンさんの両手からあふれ出し、ピャーねぇの身体に吸い込まれていった。
僕は、姉さんの手を取って、祈るように膝をつく。姉さんの顔から目を離さない。怖くって、涙がにじんでくる。
でも、治癒魔法の光が浸透していくと、徐々に、ゆっくりと、ピャーねぇの顔色が戻っていくのがわかった。さっきまで青かった顔色は、いつもの綺麗なピャーねぇの顔色に戻ってくる。
僕はそれを見て、乱暴にピャーねぇに刺さっている輸血チューブを引き抜く。引き抜いた先からヒールによって傷口が塞がり、そして、姉さんが目を開けた。
「…………ん……ジュナ?」
「バカやろう!」
僕は、こんな、輸血なんてバカなマネをした自分と命懸けで無茶をした目の前の女の子に向かって、怒鳴った。
なんで輸血なんてものを提案したのか。自分のバカさ加減に嫌気がさして、大声を出す。
「バカ!ピャーねぇは!ホントにバカだ!!」
怒鳴って、怒鳴って、涙があふれ出た。
「僕が!なんでこんな!っー!!ごめん!!」
「なにを……怒ってますの?」
「セーレンさん!こっちの子も!」
キョトンとしているピャーねぇを無視して、涙を拭き、シューネさんの治療をお願いする。
「お任せ下さい!」
セーレンさんはすぐに移動して、シューネさんにもヒールをかけてくれた。でも、そんなことより、
「僕は!ピャーねぇが!1番!大切なんだ!」
目の前のベッドに横たわっている女の子に抱きつく。泣いてるのを見られたくなくって、ピャーねぇの肩越しに話を続けた。
「ジュナ?」
「ピャーねぇは!大切な人なんだ!だから!」
だから、シューネさんを助けるためだからって、無茶しないで欲しい。自分の命を優先して欲しい。でも、そんなこと言っても、この人には受け入れてもらえないことはわかっていた。この人は、大切な人を全力で助ける。たとえ自分の命をかけることになっても。
「だから!だから……」
そう思ったら、なんて言えばいいかわからなくなり、僕は言葉をつまらせた。涙だけが、ピャーねぇの肩口につたわっていく。
「ジュナ……わたくしも、あなたがなにより大切ですわ。でも、シューネも、もう家族ですのよ」
優しい声で、僕の頭を撫でながら、言い聞かせるように話すピャーねぇ。
「……でも、だめだ……こんなの……」
「うふふ、泣いてますの?かわいいですわ」
「泣いてるよ!ピャーねぇが死んだらって!思って!バカやろう!」
「ばかばか言わないでくださいまし……」
「ピャー様……ぐすっ……」
「う、うう、う……ディセは……」
僕が言いたいことを言い終わったころ、ディセとセッテが近づいてくる。2人ともピャーねぇに抱きついた。
「ディセ、さっきは、怒鳴ってすみませんでした」
「わたし……ピアーチェス様が……こわかった……」
「ごめんなさい、怒ってしまって……」
「違うんです……ピアーチェス様が死んじゃったらって……すごく、怖かったんです……うう……」
「ごめんなさい……わたくし……」
ピャーねぇは、ディセの頭を撫で続けた。セッテも、ディセのことを抱きしめてくれる。僕はその姿を見て、輸血のことをディセに一任したのは酷すぎたと反省した。あのとき、あの場で1番しっかりしてるディセにお願いしてしまったけど、ピャーねぇが危なくなったら輸血をやめさせろなんて判断、なかなかできるものではない。この場が落ち着いたら、ディセにちゃんと謝ろう。そう考えてから、セーレンさんの方に向き直る。
「……セーレンさん、シューネさんの容体は?」
「大丈夫です。助かります」
「良かった……」
シューネさんの方はというと、すっかり両手も再生し、顔色も正常にもどっていた。すやすやと眠っているように見える。
「あの、あの子もいいですか?かなり血を流したので」
カリンのことを指して、セーレンさんにお願いする。
「もちろんです」
そして、セーレンさんはカリンのことも快く治療してくれた。治療が終わったカリンは、すっと立ち上がる。
「まだ寝てた方がいいんじゃない?」
「いえ、大丈夫です。さすがSランクの治癒魔法ですね、体調は万全です。ありがとうございました」
「いえ、私はピアーチェス様にいただいた力を使っただけですので。それに、身体は治っていても精神的には疲れがあるはずです。ご無理はなさらないでください」
セーレンさんが補足すると、カリンはぺこりと頭を下げて一歩下がった。そこに、ピャーねぇがやってくる。
「改めまして、セーレン・ブーケ殿、わたくしたちを救ってくださり、ありがとうございました」
ピャーねぇがスカートを両手でつまんで、お辞儀をした。丁寧に、王族を相手にするような仕草で。
「滅相もございません!頭をおあげ下さい!私はピアーチェス様とジュナリュシア様に忠誠を誓っております!何なりとお命じください!」
ピャーねぇの姿を見たセーレンさんは恐縮そうにしたあと、あわてて膝をついた。
「ありがとうございます。それで、あの子の容体は、どうなのでしょうか?なぜ目を覚さないのでしょうか?」
ピャーねぇがシューネさんの横に寄り添って、質問した。
「こちらの方は、怪我を負った際、相当な痛みを伴ったのかと思います。ヒールによって血液は再生しましたが、心が目を覚ますのを拒んでいるのかと思います。しかし、経験上、必ず目は覚ましますので大丈夫です」
「わかりました。ありがとうございます。わたくしの妹を救ってくれて」
「いえ……あちらの方も王族の方だったのですね」
シューネさんのことを知らないセーレンさんは、ピャーねぇの妹という言葉を聞き勘違いしたようだ。それに、この惨状がなんなのか気になるだろう。
「あー、セーレンさん、そのあたりは僕から説明しますね。こちらに」
僕はセーレンさんを連れて、部屋を出ようとする。
「お待ちなさい、ジュナ」
しかし、ピャーねぇに捕まってしまった。
「なに?」
「そのまえに、このカリンという方は誰なのですか?」
「え?あー……」
そういえばカリンとは初対面だったか。カリンのことをどうやって話したものか、頭を悩ませる。
「まぁ、あとで説明するよ。とりあえず、はるばる来てくれたセーレンさんに事情を説明するから」
そう言って誤魔化した。カリンのことは後で上手いこと説明しよう。
「……わかりましたわ。シューネが目を覚ましたときに、ぜんぶ説明してもらいますわよ」
「……はぁい」
僕は生返事をしたあと、セーレンさんとカリンを連れてリビングへと移動した。
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