第11話 寄越せ、おまえの全てを
-翌日-
城のような第四王子の別荘の中をこそこそと歩き回る。結局、あいつらはあの後戻ってこなかった。おそらく、アズーの部屋で飲み始めて、そのまま寝たのだろう。
僕の能力の特性上、第四王子が寝ている間に奪うのが1番リスクが低い。だから、あいつの寝室に潜り込んでいたのだが、昨日のように別の部屋で寝られては敵わない。せめてあいつの習性くらいは把握しておかないと、そう考えながら、キョロキョロしていると、使用人の服を着たカリンがキッチンへと入って行くのが見えた。
そして、そのカリンのことを、あいつが……第四王子がニヤけた顔で追いかけていくのを見つけてしまう。すごくイヤな予感がして、すぐに後を追った。見つからないように物陰に身を隠し、キッチンの中の会話に聞き耳を立てる。
「おまえ、新入りだな?」
「……はい。3日前から使えさせていただくことになりました」
カリンとあいつの声が聞こえる。
「いい身体してるじゃないか」
「おたわむれを……」
冷や汗が流れる。そっと、キッチンの中の様子を伺った。
カリンが第四王子に迫られ、壁に追いやられていた。両手を掴まれている。
『カリン!』すぐに出て行こうとしたが、カリンと目が合い睨まれる。『今は出てくるな』そう訴えかけられた。僕は、ぴたりと身体を止めて、元の位置に戻る。
ぎゅっと、棚の縁を強く握りしめて、カリンのことを見守った。
「あん?なんだその目は?私のことを舐めているのか?」
「滅相もございません……」
「おまえ、私に使えてるということは、私の所有物であるという自覚はあるな?」
「……」
「答えろ!」
「は、はい……」
「いい子だ。ふふふ……おまえ、今晩、私の部屋に来い、可愛がってやる」
「か、かしこまりました……」
クワトゥル第四王子は、カリンの同意を聞いて満足したのか。ニヤついた顔を浮かべたまま、キッチンを出ていった。
「……カリン!大丈夫!?」
僕は、あいつの気配が無くなってから、すぐにカリンに近づく。
「よく我慢されました、ご主人様」
焦っている僕とは裏腹にカリンは冷静だ。
「なんであんな約束!すぐに逃げよう!」
「いえ、逆に好都合です」
「なにがだ!」
「落ち着いてください、ご主人様」
そっと、唇に人差し指を当てられる。
「むぐ……でも……だって、カリンが……」
「心配していただけるのは嬉しく思います。しかし、目的はあいつからスキルを奪うことです。私のことは二の次で大丈夫です」
「でも……」
「いいですか?ご主人様。私はあいつに今晩呼ばれました。つまり、今晩あいつは自室で私と2人っきりになるということです。ご主人様は、昨日と同じようにベッドの下に隠れ、待機していてください。あいつが眠ったらギフトキーの奪取を」
「でも……カリンの身が危ないよ……」
「私は大丈夫です、私を信じてください。ほら、人が来ました、隠れて」
グッと背中を押され、廊下に出される。僕は不安な気持ちを抱えたまま、その場を後にした。
♢
-当日の夜-
「ぐびぐびぐびぐび……はぁ〜、なかなかいいワインではないか!」
「ありがとうございます!クワトゥル様!」
「うむ、アズーは酒の趣味もいいな。あー……今日はそろそろお開きとするか」
「もうですか?……あ!もしかして!昼の新入りですね!」
「ああ、この後呼んであるんだ。これからお楽しみだ、ふふふ……」
「そうですか!それではすぐに失礼します!お楽しみください!」
「ああ、ありがとう」
アズーとブラウが退室する。それを僕はベッドの下から眺めていた。このあとの展開を考えると気が滅入る。あいつが酒に酔って寝てくれれば……
ガチャ。そんな儚い願いが叶うはずもなく、扉が開いた。たぶん、カリンが入室したのだろう……
「おお……なんだおまえ、私に抱かれることを期待していたのか?」
は?何を言っている?
クワトゥルのセリフに違和感を覚え、ベッドの下でよじよじと体制を変えた。
っ!?カリン!?
ベッドの下から扉の方を見ると、カリンが黒のネグリジェ姿で立っていた。ほとんど下着だ。
「ふふふ、こっちにきてお酌をしろ」
「かしこまりました……」
おずおずと近づいていくカリン。
だ、ダメだダメだ、そんなの。いくらピャーねぇを救うためだって……カリンを犠牲にしていいなんてこと、あるはずがない。
コポコポコポ。ワインがグラスに注がれる音が聞こえてくる。
「ゴクリ……ふふ……おまえ名前は?」
「……リンと申します」
「リン、おまえ、やはりいい身体をしているな」
「ありがとうございます」
「ふむ?つまらぬ反応だ、こっちに来い!」
ギシッ!僕の真上のベッドが軋む。2人分の体重がかかった音だ。
「今からおまえを犯す。それはもうたっぷりとな」
「……」
「そうだ。もっとイヤそうにしてみろ、ふふ……」
「わ、私はクワトゥル様の使用人ですので……ご寵愛をいただけるのでしたら……幸せです……」
「寵愛?何を言っている?」
パーン!なにか肌を叩かれるような音が聞こえてきた。
「バカが!使用人ごときに寵愛などと!おまえは玩具として私に犯されるだけだ!今晩は楽しませてもらおう!」
「そんな!ああ!」
ギシギシとベッドが揺れ始める。カリンが追い詰められていくのがひしひしと伝わってくる。
噛み締めていた唇から血の味がした。
本当にいいのか?こんなことをさせて。
カリンに最低の思いをさせて、それでスキルを奪って。それがハッピーエンドなのか?
「や!やめ!」
「ははは!!」
ちがう!こんなの絶対にダメだ!!
「っ!カリン!!」
僕は、あわててベッドから飛び出て、懐に隠していた短剣を構える。
こいつを脅して黙らせてから!無理やり奪い取ればいいんだ!
「……あれ?」
意気込んで出てきてベッドの上を見たところ、そこには調子抜けする光景が広がっていた。
カリンがゴミを見るような目で、グーグーと寝息を立てている第四王子を見下していたのだ。
「カリン!大丈夫なの!?」
僕はカリンに近づいて両肩に手をかける。パッと見た感じ怪我はしてなさそうだ。
「ご主人様、私に任せてくださいと言いましたよね?」
なんだかカリンは怒っているようだ。呼ばれてないのに出てきたからだろうか。
「だって!あんなのダメだ!カリンがあんなことをする必要ない!!」
「大丈夫です。さすがの私でも、ご主人様以外の男に好きにされるくらいでしたら任務を放棄します」
「でも、だってさっきは……これは一体?」
「あのワインには、遅効性の睡眠薬を仕込んでおいたんです」
ピッとテーブルに置いてあるワインを指差す。
「え?」
「その薬は、性的興奮を覚えると急速に効果が現れると聞いていたので、このような姿で部屋に入ったのですが、このゴミは女を叩かないと興奮しないようですね。このゴミは」
また、カリンが第四王子のことを軽蔑した目で見た。そのとき、カリンの頬が腫れているのに気づく。
「叩かれたのか!?」
グッと腕を引いて、頬に顔を近づける。赤くなっていて、痛そうだ。かわいそうに。
「ご、ご主人様……あの……」
「え?」
目を見ると、カリンは赤くなっていた。
「あ!ごめん!」
パッと手を離す。
「ぽ、ポーションを!……ごめん、今は持ってない……」
「大丈夫です。すぐに撤退しますので」
「でも……そんなに腫れて……」
「じゃあ、ご主人様にチュ……チュー、してもらえれば……な、治るかと?」
「へ?」
カリンはセクシーなネグリジェ衣装のまま、目を逸らしモジモジしはじめた。
「あの……任務中なんですが……」
「ひどい……」
「え……」
「こんなに頑張ったのに……ゴミにビンタされて……ご褒美もくれないご主人様……よよよ……使える人を間違えたかしら?」
チラッ。わかりやすく嘘泣きをしながら、僕の様子を伺ってきた。
「わ、わかった……」
従者の期待に応えるのも主人の務めだ。うん、たぶんそうだ。
ちゅ。
僕は意を決して、カリンの腫れているほっぺにチューをする。痛いの痛いの飛んでけー、の心持ちだった。
「……ふふ、ありがとうございます、ご主人様」
「いや……そんな……」
嬉しそうに頬を染めてお礼を言われ、僕の方が恥ずかしくなる。
「それよりも、お早く」
「うん、そうだね」
真面目な顔に戻ったカリンに促されて、ゴミ、もとい、第四王子の方に向き直った。永久に返すつもりがない覚悟でスキルを奪うのははじめてだ。だから、少し緊張する。
でも、今更こんなやつに与える慈悲は持ち合わせていなかった。ピャーねぇだけじゃなく、カリンにまで危害を加えようとしたコイツには情状酌量の余地はない。
第四王子の背中に触れ、詠唱を始める。
「汝が培ってきた力を、汝が授かった力を、我が譲り受けよう。汝は望まぬだろう。それは汝の唯一無二の力なのだろう。だが、王の前において汝の望みは叶えられぬ。寄越せ、おまえの全てを。簒奪の錠前、《キー・ラオベン》」
……ガチンッ。
鈍く、重い音が鳴る。鍵がかかるような音だ。そして、その音の後に、第四王子の背中が光り、金色の鍵が姿を現す。
僕はその鍵を握って、第四王子から引き抜いた。
「……」
「それでは、参りましょう、ご主人様」
「うん、行こうか……いや、ちょっと待って」
♢
こうして、ギフトキーの奪取に成功した僕たちは、別荘に潜入したときと同じルートで、すぐに脱出することにした。
帰りはカリンと一緒にロープをつたって崖をおり、おりきったところでカリンがロープを回収してくれる。それから海沿いを歩いて森までいき、繋いでおいた馬に2人で跨って王城に向かって走り出す。
「ふふ、あのゴミを誘惑するのはホントに気が進みませんでしたが、ご主人様にチューしてもらえたので、結果的に得したかもしれませんね」
「……」
背中に抱きついているカリンが僕の背中でおかしなことを呟いている。
これは、あとで説教しないといけないな。あんな無茶なことしてはダメだって、わからせないといけない。
それにしても……なんでこの子はさっきから僕の背中にぐにゅぐにゅと胸を押しつけているんだろう……
これについても、説教しなければならない。女の子がはしたないですよ、と。
いや、そんなことより、僕はついにAランクのギフトキーを手に入れたんだ。小さいころから、何度も何度も絡んできた宿敵ともいえる第四王子から。あいつは、あろうことかピャーねぇの命を狙い、それを悪びれずに嫁に迎え入れようとするクズだ。そいつから、スキルを奪ってやった。
これで、これでやっと、ピャーねぇを救う準備が整ったんだ。
僕は闇夜の中、まっすぐと王城を照らす篝火を見据え、馬を走らせ続けた。
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